第二話:起
意識が朦朧としている。自分が何をしていたのか思い出せない。いつも通り、本を読み終わって蔵へ行ったところまでは覚えているが・・・瞼が重いので、力をいれてゆっくりあけていく。
「お、やっと起きた。心配したぞ。滝行してたら、流木に頭ぶつけてぶったおれるからびっくりしたよ、死んだのかと思った」
「テンはそんなにやわじゃないよな?私は信じてたよ。生きてるって。うん」
「さっきまで、テンが死んだーって泣いてたのは誰だよ。」
はじめは、騒がしくて脳が反応しない。徐々に、視界の情報を脳が処理していく。目の前には、小学生くらいの少年と少女。目つきが鋭くほぼ坊主の少年は、にやっと笑っている。その隣で、ぼくを正面から見つめている、ポニーテールの女の子は涙をぬぐってはにかんでいる。その少年少女から少し離れたところで、高校生くらいの青年が手を頭の後ろに組み、足をクロスさせてこちらをみている。僕と同じくらいの年齢だろうか。
「だから、それくらいじゃ俺らは死なないっていったろ。ほら、カイトとアヤ!修行の続きするぞ。テンは、そのまま木陰で休んでろ」
「おう!テンも起きたし一安心だな!次の修行もけちょんけちょんにしてやるぜ」
「はい。・・・テンはもう少し安静にしといてね。うん。」
そう一言ずつ僕の方を向いて少年たちは話しかけたあと、森の中へと入っていく。どうしよう、何がおこっているのかわからない。とりあえず、腕に力をいれ上半身を起き上がらせようとする。そこであることに気づく、自分の体の異変だ。まず、体が小さくなっていて、175はあった身長が小学3年生並みの身長になっている。昔の記憶でも見ているのかと、自分の過去の姿を思い返してみるが、こんな紺色の忍び装束を着た覚えなどないし、腕の入れ墨なんてした覚えもない。どうやら僕は、僕でなくなったらしい。こんなときは、ふつう大声を出して驚愕やら絶望やらを表現したいものだが、ここ何年も声を発していなかった僕にはその表現はできなかった。
深呼吸を1回して、小さく「あ」と声を出してみる。体に似合った、声変わりをしていない少年特有のものだ。いまだに自分が出したとは思えない。手をグーパーグーパーとさせながら、困惑した脳をゆっくりと稼働させていく。
「ねえ、君大丈夫?」
「うわっ!」
突然、自分が寄りかかっていた樹の上空から声が降ってきて、さらに人間の逆さまになった顔が目の前に現れる。
「うわって、そんなに驚かないでよ。声をかけたあたしの方が驚いたじゃない」
そういう少女は、太い幹に足をかけてぶら下げた状態で、頭に血が上らないかと心配になるが本人はいたって涼しそうな顔をしている。
「けっこう大きな流木が当たったようだけど、大丈夫そうね。君石頭でしょ?くっくっくっく・・・お、その顔は、修行の時間なのになんでこんな場所にいるの?って顔だね。よくぞ聞いてくれました。あたしは絶賛昼寝の修行中だ。今日は座学があって、いやなんだ。」
一人で楽しそうに笑う少女は、逆さまの顔でも整った顔とわかる顔を表情豊かに変えていく。
「あたしの名前はカエデ。なんかもう起きちゃったからさ、話し相手になってよ。まずは、君の名前をおしえてくれるかい?」
どうやら僕の声、実際には僕の声ではないが、この体の僕の声を引き出してくれた彼女は僕の名前をきいているらしい。
「ちょっとまって・・・」
消えかかるろうそくのような声を出し、どうこたえるべきか考える。考えてみるに、この体には僕の名前と別の名があり、そいつの名を返事するのがここでは無難だと僕は判断する。踏ん切りがつかず一度声を出さないと決め、いや声を出す気力を失い話せなかったといった方がよいが、そんな僕の声を、わけのわからない状態であるとはいえ救い出してくれた彼女には真摯に対応するべきた。
「僕の名前・・・僕の名前はテンっていうらしいです」