終息開始
エピローグ
「どうだ? 結構速かったっしょ? 依頼は完璧にこなすのがモットーだからね」
「確かに。感謝するが、ここまで簡単に終わるとはな。マスコミを使ったのが気に食わないが」
ため息をつきながら、山畑は伊木を見る。
「ん? どうしたおっさん」
「いや、いいのか? あの、高菜とかいう少年は、友人だったんだろう?」
伊木は笑う。
「そうだよ? これからも一緒に居たいからあんな派手に仕立て上げたんだ」
「彼に無断で? あれじゃあピエロじゃないか」
「勘違いするなよ、多分アイツは俺を許すよ」
あまりにも自信にあふれたその言葉に、山畑は失笑した。
「……君は友情を信じているのか?」
今度こそ、大きく声を立て、伊木は笑った。
「ははは! なーに言ってんのさ。無いよ。そんなモノは存在しないんだ! だから、ここまでやったんだ」
哄笑を上げる伊木を見て、山畑は不思議そうに質問する。
「よく、わからないな」
「アイツはもう俺の会社に入るしかないんだ。わからないかな? アイツは有名になった。芸能界? 性格からありえない。企業のサラリーマン? 有名すぎて難しい。大学の先生? さて、世論はアイツにゆっくり勉強する暇を、与えてくれるかな?」
「果たしてそうかな? マスコミというのは、飽きっぽいものだぞ」
「俺が、煽りたてるさ、いくらでも。……それに。もしもアイツを雇うなんて奇特な会社があっても圧力をかけるしね」
まぁ。と、一呼吸置き。
「アイツは、そこまで俺にさせることはないと思うけどね。大人しく諦めるはずだよ」
「辛辣な性格をしているな。いいのかい? そこまで逃げ道を閉ざしてしまっても」
「うーん。ま、良いんじゃない? 窮鼠と言うほど追い詰めたわけじゃない。出口は最初から示してるし」
あはは、と笑い、伊木は。
「ま、これで貴方もエリート組に戻れるかな? 金枝親子も失脚するでしょ」
「ふん。まだわからないさ」
「警視庁に戻ったら、情報を流すっていう約束、忘れないで下さいね?」
最後に冷たい視線を浴びせ、伊木は、彼の部屋を後にした。
携帯を取りだし、ここ最近良くかけるようになった番号をダイヤルする。
「一兎か? どうだ? ……原稿は……ああ。そうだ。頼むよ」
穏やかな笑みを浮かべ、大きく、進一は欠伸をした。
「この条件でどうでしょう」
「どうって言われてもねえ」
鍵町桜木は、一兎から渡された契約書を眺めながら呟く。
「どうしたの? 突然。てゆーかこの期間、異常に短いんだけど」
そこには、要約すると、どんな短編でも構わないが、それを二週間で翻訳して欲しいという内容があった。
「しかもこれだけじゃあ出版できないでしょう」
「ええ、まずは即急に一作仕上げてもらう必要があるのです。その後の作品はあなたご自身のペースで構いませんが」
「目的を教えて?」
「は?」
「なんでそんなに急ぐの?」
戸惑いながら一兎は説明しようとしたが、どこから話していいものかわからない。
「ん。簡単に言うと、高菜という、心に傷を負った少年の為という訳で……」
途切れ途切れに話し始めた一兎の言葉を遮り、
「良いわよ」
「……は?」
「いいって言ったの。ほら、これ持ってって。もう著作権も無いくらい昔の作品が原作だから」
そう言って桜木は、机の中から、一束の原稿を取り、差し出した。
「長編だけど、いいでしょ? 大晦日に書いたばっかりで、未発表よ」
「え、ええ。構いません。後ほど出版化に対しての書類を送らせていただきます」
そう言いながらも、一兎は立ったまま原稿を受け取ろうとしない。
「あの、その原稿なんですが……」
声を潜め、桜木に耳打ちする一兎は、珍しく爽やかな笑顔を浮かべていた。
二葉は、一束の原稿を持って、晶の部屋を訪ねた。平日の真昼であり、寮には誰もいなかったので、忍びこむのは簡単だった。
「晶君? いる?」
部屋からは物音一つ聞こえず、人がいる気配は感じなかったが。
「いるんでしょ? 開けてー」
晶はここ数日学校をサボり、自室で引きこもっている、という進一の情報がなければ帰っていただろう。
『いつまでも閉じこもってたらだめだよ!』
集中し、口に出さずに念を送る。ちょっとしたコツが必要だが、慣れてしまえば誰にでもできることだ、と思う。
進一にこれを話した時、嬉しそうに驚いていたが、二葉は一度幽体離脱をしてみると良い、と薦めた。すぐに感覚が掴めるから、と。
顔色を悪くして拒否していたが。
『はやくー。おみやげ持ってきたから』
『土産?』
暖かくもささやかな返事は、意外にも直接脳に一兎いた。控えめにだが、二葉は驚いていた。
『……うん、開けて?』『鍵は開いてる』
ノブを掴み、ひねると、手応え無くドアは開いた。中には得意げな表情で二葉を見てくる晶の姿があった。テーブルの上には、昼食らしい弁当の空箱と、一冊の本が置いてあった。『ESPの世界』……これを読んで勉強したのだろうか。実現できてしまう晶の才能に、体に鳥肌が立つのを感じた。進一の話では、晶に適性は無い、ということだったのに。
「……皆心配してたよ」
「ああ、すまない。でも通じただろう?」
『うん。通じた』
『ずいぶん集中が必要だけど、一応感じは掴めた。明日からは学校にも行くよ』
しっかりと頭に一兎く、晶の声に二葉は心地良さを感じた。
「え? じゃあ、これの為に休んでたの?」
「ああ。他に何があるんだ。……進一から無理矢理薬をぶんどった。二葉なら良くて僕には渡せないのか? ってね。所詮は化学反応と物理反応のコラボレーションだからね。イメージは二葉の念話のお陰で最初から頭にあったし。……進一から聞かなかったのか?」
平然とした様子の晶に、二葉は感心すると同時に、呆れた。
「だって、だってさ、あんな映像が勝手に流れて、有名になっちゃって、学校でもうるさいし、携帯も通じないし」
「まあ、少しは煩わしかったけど。元から学校には大して興味持てなかったから関係無いしね。よりおもしろい暇つぶしができたんだ。学校なんかに行っている暇は無かったんだ。連絡しなくてすまないね。途中で起されたら危険だから、携帯の電源も切っていたんだ」
地元のテレビ局がうるさくてね、と晶は語る。
「それに、もう一つあるんだ」
呟くように言い放ち、目を瞑り、集中する晶。
パン、という音と共に、一瞬、手の辺りに紫電が走るのが見えた。
「どう? 見えた?」
「うん……、それは?」
「さあなあ。静電気を集めたのかな? 僕にもよくわからない。こんなんじゃあ、超能力っつーより特異体質だよな……。二日も眠ってこれじゃあ、なぁ」
落ち込む素振りを見せた晶を励まそうと、「ふうん。でも、ほら、電池とか充電できるんじゃない?」よくわからないフォローを入れてしまった。慌てて言葉を続ける。
「さ、伊木君はどうするの?」
「別に。今は何も問題無いよ。僕は僕の思った道を行く。進一は友人だけど、勝手に邪魔はさせない。もし、あくまでも邪魔をするなら、僕は進一に敵対する」
気を取り直したのか、冷徹な口調で話す晶には、強固な意思が感じられた。意地を張っているような態度に、二葉は愛しさを感じてしまう。
「そう、なんだ。気が変わったらいつでも言ってね。私も晶君と一緒に働きたいし」
「……そういえば土産って何?」
言われて二葉は、手に持っている原稿を思い出した。進一が母に依頼して訳してもらった小説。出版時期未定の原稿。
それを渡し、最初は怪訝そうだった晶の顔が、満面の笑みに変わっていった。
「え? これ。どうして」
「進一君が、巻き込んですまない。せめてものお詫びだ。って」
「……え? なんで進一が? 二葉からじゃないのか?」
「あの人、何か出版社も持ってるみたいで、しばらくしたらそこから出す予定みたい。せめてものお詫びだって」
「じゃ、じゃあ僕が、初めに読めるのか! 読んで良いのかっ!?」
「うん…………って、ちょ、ちょっと晶くん」
二葉には目もくれずに原稿の束に夢中になった晶にため息をつく。
(やっぱり私より、お母さんなんだよね。今は負けるけど、いつかは……)
真剣な表情で文字を目で追っていく晶を見ながら、二葉は布団の上で横になり。
ぽかぽかとした陽気に眠気を誘われ、にこにことした表情をその整った顔に浮かべながら、目を瞑った。
終
終わりです。ありがとう&おつかれさまでしたー。ってココまで辿り着いた人は何人くらいいるのだろう……。つまんねー、とか、暇つぶしになった、みたいなのでも構わないから感想くれると助かります。