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思考開始


第二章

 実習を終えた晶は、進一のバイクを借りて、二葉の入院する竹田病院に来ていた。

 勿論貧乏な高校生である晶は無免許だが、それは進一も同じ事だ。バイク自体も正確に言えば進一のものではなく、進一の持つ探偵事務所の所員の誰かの名義になっている。

 学校から二キロ程度離れた場所にあるこの総合病院には、部活で大きな怪我をした場合等に良く使われ、蜂田高校の実質の指定病院になっている。バイパスが通っているので、救急車を使えば五分とかからず到着できることだろう。もっとも、かなりの歳月を感じさせるこの建物からは晶にとっては不気味、という感想しか持ち得なかったが。

 受け付けはどこだろうか、と見渡したところで、ちょうど近づいてくる若い看護婦を見つけたので捕まえて質問する。

「すみません、昨日運ばれてきた中西二葉って子はどこにいるか知ってますか?」

 彼女はほんの数瞬、躊躇うような表情を見せ、「え、えっと。その子なら302号室にいるけど、でも……」「ありがとうございます」

 最後まで聞いていられない。立ち尽くす彼女を置いて、エレベーターホールに向かい案内図を見る。

 302号室は三階西棟にあった。ここは一階東棟。

 エレベーターのボタンを押し、しばし待つ。

 少し離れたところに灰皿を見つけ、煙草が吸いたい、と思ったが、ここは病院内であることと、なにより学生服のままであることを思いだし我慢する。

 しかし、二葉は無事だろうか。とりあえず重大な問題はなかったようだが…………。先ほどの看護婦の言葉の感じからして、あまり良くない状態のようだ。もっとも、頭部への衝撃は無かった様なので、植物状態といった事態は起きないだろうが。

 音を立てて降りてきたエレベーターに乗り、早足で302号室を目指す。

 301、302。足を止め、軽く息を吸い、ノックしようとしてその札が目に入る。

『面会謝絶』

「…………へえ。そうですか」

 間が悪いようだ。

 帰ろう、そう考え振り向いたところで、真後ろに立つ男性に気付いた。

「え? 何で」

 気配を感じなかったことに対する驚きと、知らない人間に観察されていたという驚きに、晶はつい声を上げた。なにせ足音すらしなかったのだ。

「今は家族以外は入れないさ。ところで君はこの子とどういう関係だい?」

 冷静極まりない口調。髪も黒く、物腰もきびきびしている。三十代半ばといったところで、優秀なサラリーマンといった風格を感じさせる。この人なら大丈夫、という安心感を与えるタイプの人間だ。

「僕はクラスメイトですが……あなたは誰です?」

「ああ、すまない」

 背広の内ポケットから手帳を……警察手帳を取り出し、自己紹介をはじめる刑事。

「山畑、だ。一応この件を担当することになった」

 ふうん、と、晶は内心感心していた。この程度の事件にもこのレベルの人間が出てくるのか、と。たかが暴行未遂といった事件なのに。

「えっと、彼女の容態とか、聞いても良いですかね?」

 間抜けな質問だろうか、と考えながらも山畑の反応を見る。少し困った様にしながらも、こちらに対する観察の目は緩めてはいない。

「いいけど、まず名前でも聞いておこうかな?」

 そこで、晶は自分は名乗ってなかった事に気付いた。

「あっ、と高菜晶です。雪……中西さんとは中学時代からの友達ですね」

 うんうん、と頷きながら、先ほど出したものとは別の手帳を取り出してメモしていく山畑。

「まあ、少しならいいだろ。今のところ意識不明。だが少なくとも今どうなる、という話じゃないようだ。おそらく薬品による気絶ということだからね。クロロホルムやアルコールの麻酔薬じゃないかな。それで気を失っていたらしい。じき目が覚めるさ」

 落ち着いた物腰と計算された刑事のにこやかさに反発を感じながらも、

「そうですか」

 言葉にだされると、つい安心してしまう。

「ところで、何か知っている事があるかな?」

 さりげなく聞いたようだが、観察の目は更に厳しくなっている。全てを疑うその態度は、刑事としては立派だが、相対する晶にとっては、かなり厳しいものがある。

「いえ、特には。具体的に何か聞かれるなら答えられますが、役に立てはしないと思います」

 警戒の目を緩め、雰囲気をサラリーマンに戻した山畑は、再び懐を漁り、名刺を取り出す。

「そうか。いや、まあいいんだ。あとこれを。何かあったら電話してくれ」

 はい、そう返事をして受けとり、確認もせずに財布にしまい病院を出た。


 駐車場に向けて歩きながらも思考する晶。人間は考える葦だ。頭を使わない人間などただ二酸化炭素をまきちらすだけの、葦以下の存在だ。

 ただひたすら、暴走する思考に身を任せる。

 テーマは、何者が二葉を襲ったか? 今はそれが一番重要だ。

 まず考えられるのは変質者。二葉をレイプしようとした男が実は近くに鈴乃がいることに気付き、逃げ出した。

 次はただの殺人快楽者。ばったりと出会った二葉を気絶させて殺そうとしたが、やはり同じ原因で逃げた。

 他には……えーと、強盗……薬物中毒者……誘拐……。

(そうだ、俺に対する復讐か?)

 案外捨てきれない可能性だ。今では無害な一高校生だが、中学校以前の晶は荒れていたので、そちらの関係もあるかもしれない。

 だが駄目だ、それではらちがあかない。目的から考えていこう。

 まずはレイプ。確かに二葉は可愛いが、そういう欲求の対象になるだろうか。少々スレンダー過ぎるような……いや、あの時二葉は鈴乃と一緒だったじゃないか。わざわざそんな奴を襲うメリットなんて、リスクを考えたら微々たるものだ。まあ、犯罪そのものがリスクの塊って説もあるか。

 ならば殺人自体が目的? いやいや、それならばその場で殺すだろう。倒れた二葉は無防備だったわけで、首筋や腹を刺したんじゃないか?

  じゃあ、金銭か? しかし、女子高生相手に恐喝も無いだろう。いや、相手が考え無しのガキならばありうる。誘拐? 二葉の実家が裕福だという話は聞いたことはなかったが、ありえない話ではない。

 後は、ただ、なんとなく、か? そこにいたから。場所が問題だった場合。

 そこまで考えて大きく息をつく晶。

 バイクの前で立ち止まり、煙草を一本取り出し、火をつける。

 それでどうしたというのだ。僕が逮捕できるわけじゃない。復讐できるわけじゃない。見つけられるわけが、無い。

 いや、しかし別の道筋から考えればどうだろう?

「待てよ、薬品? 犯人は、薬品を手に入れることができる立場だった?」

 そう、彼女は薬品で眠らされたと言っていた。もしそうなら、本格的に晶の出番は無い。犯人はいくらか絞れるだろうが、せいぜい病院関係者くらいしか想像できない。

 途中、寮の近くの本屋にバイクを停め、映画の情報誌を手に取り、レジに向かった。

「あれ、珍しいね。君って映画とか好きだっけ」

 顔なじみの店員〈同級生〉がにこやかに話しかけてくる。太い銀のピアスが痛々しい。いつも思うのだが、客商売として問題無いのだろうか、と首を捻る。

「まあね。正直不本意だけど。ちょっと、必要になってね」

「へえ? おめでとう。彼女でもできたんでしょう」

 あくまでもにこやかに対応する店員の意外な洞察力に驚きながらも晶は、彼が半年間付き合っていた彼女にふられたばかりだと聞いていたので、少し後ろめたい気分になった。

「ええ。退院待ちだけどね」

 言い放ち、本屋を出る。

「え? ……あっと、ありがとうございましたー」


 寮に帰った晶を待っていたのは、暖かい晩飯ではなく進一の質問攻めだった。ずっと待っていたらしい。

「どうだった? 起きてた? 寝てた? 元気だった?」

「やかましい黙れ、まず夕飯だ。僕は腹が減ったよ」

 食堂は、深夜以外ならば自由に使っても良いことになっている。今の時間ならば、気の早い寮生の為の夕食があるだろう、と見越しての行動だった。

 進一の情報収集能力は趣味の域を越えている。調べればわかることだから、もう洗いざらいぶちまける腹は決まっていた晶だが、疲れている時にこのテンションはこたえた。

「……んで? なんか超機嫌悪いんじゃない? やっぱまだ意識不明なのか?」

 今日の夕飯は豚汁と野菜炒めに米だっただ。冷めきった塩辛い野菜炒めを茶碗の上にぶちまけながら、少しづつ先ほどの出来事を語っていく。

「……ふーん、俺も昨日、その刑事とは会ったよ。腹立つよなー、現場にいたのは鈴乃なのによ、俺にばっか質問してくるんだぜ? 俺がなにしたっつーのさ」

「そりゃそうだろう。鈴乃は混乱してたんだろう? 比較的冷静なお前に質問するのが当然だろう」

「まあ、そうなんだけどよ」

「ところで僕は明日学校が終わり次第見舞いに行くつもりだけど、進一はどうする?」

「ん? だってあれだろ? 中西今寝てるんじゃないんかい?」

「それでも僕は行くよ。警察の人もすぐに目が覚めるようなことを言ってたしね」

「ふんふん。じゃあ俺は明日にでも、鈴乃の方誘っておくさ」

「おう」

「ところで」。と、細目に冷たい光をたたえ、「アキ。どうするんだ?」

「……犯人をか? それとも二葉をか? どちらも僕の手には負えないな」

「犯人だ。警察に任せていいのか?」

「ふん。基本的に警察は優秀だよ。いくら田舎警察っていっても、無能になるのは犯人が異常者、さらに天才の時だけ」

「今回の犯人は天才じゃないってことか?」

「ああ。意味が見えない。多分ただの馬鹿だ」

「彼女を襲われたことに対する怒りはないのかい?」

 晶は、進一を高く評価していたが、軽々しく内面まで踏み込んでくる、この性格は好きになれなかった。

 進一は、基本的にはただの飄々とした狐だが、真剣になると犯罪者より危険な人物だ。

 持ちうる情報網、人材、全てを使って追い詰める。

 人も、物も、何もかも。

「……進一。僕はお前の実験動物か? 少し、不快だよ」

「気を悪くしたか? ま、いいか。じゃあ、俺の動く余地はまだ無いな」

「ああ。プロに任せよう」

「……ま、理由はどうあれ、待つしかないってのは辛いな」

「……まあな」

 結局その日晶は、それ以降特に何もせずに自室にこもって、眠りについた。

 二葉が目覚めたら渡そうと思い、先ほど買った、映画雑誌を読みながら。


 翌日、晶は激しくドアを叩く音に起こされた。

 最早ノックとはいえない。こぶしだけではなく足も使っている。扉に対する攻撃だ。悠長に着替えなど出来る状況ではなかったので、ジャージのまま布団から抜け出し、鍵を開ける。鍵を回しながら、相手が強盗だったらどうしよう、とか思ったが、後の祭で、鍵は開けてしまっていた。

「おはよう起きたかアキ!急げ遅刻する」

 心配は杞憂に終わった。ドアを開けたのは制服に着替えた進一だった。

「……おはよお」

「そうだ! 朝はおはよう! 早く着替えろバカ!」

「んだよ朝から。今何分?」

「二・十・一分! だ! そして今日は水曜日だ!」

「……了解だ」

 晶の通う高校は八時三十分に朝のホームルームが始まる。ホームルーム自体は出席しようがしまいが大した事はないが、問題は一時間目が力学だった場合。担任の竹淵は力学の教師だ。つまりホームルームから直に授業に移行するので、それをサボった奴は二時間徹底的にいびられる。特に、予習もしないでホームルームをサボるなんてのは、まさに愚行。

 当然晶は忘れていて予習をしていなかった。

 ちなみに学校までは、うまくバスが通って五分で到着する。走れば十五分ほど。

 四十秒で着替えを済まし、こたつの上に置きっぱなしだった鞄を手に持ち玄関から出る。進一は足踏みをしつつ急げ急げとせき立ててくる。鍵をかけ、寮の玄関まで走る。寮内は走るな、と書かれたポスターを尻目に、バス停までノンストップ。

「今何分?」

「二十三分。バスは、うん、二十三分だ。もうすぐ来るだろ」

「……助かった。わざわざすまんな進一」

「いやいや、飯ん時いなかったしさ」

「ああ。ってそれならもう少し早く来てくれよ」

「ふふん。実は俺も二度寝しててさ。ついさっき起きたんだ」

 自慢げにふるまう進一。「少し仕事が長引いてね」

「へえ。……ところで、バスが来る気配がないんだけど。僕はどうにもいやな予感がしてならないんだが」

「そ、そういやそうだね」

「もしかして、もう行っちまったんじゃないのか?」

「ま、まっさかあ。遅く来ることはあってもその逆はないでしょう」

「じゃあ遅れているんだろう」

「……二十五分、だ。バイクで行くか?」

 携帯を開きそう宣告する進一。絶望と諦めがブレンドされた表情を浮かべる。

「いらないよ。まあ、仕方ない。僕はサボるよ」

「え、ええ?」

「今まで欠課無しだからね、貯金はたまっている」

 授業の七割出席と、テストの平均六十点以上。これが学校のルール。これさえ守れば単位をもらえる。ポジティブに考えれば、授業の三割、一科目あたり二十時間以上はサボれるという事だ。

「そ、そんな。俺、サボれるかどうか微妙な欠課時間なんだけど……」

 金は尋常でない程あるくせに、何故か学生という身分にこだわる進一。そういう変に真面目なところも晶が彼を気に入っている源泉となっているが。

「まあ、そういうことだ。起こしてくれてありがとう。じゃあ僕は病院に行くから」

「ちょ、待てって、俺一人で竹淵と戦えってのか?」

「ああ。がんばれ。ほれバスが来たぞ。乗らないのか?」

「……もう手遅れだ。俺も病院に行く」

 わざわざ目の前に停まってドアを開けてくれた運転手にすまないと思い手をふる晶。

「ふん、単位落としても知らないぞ俺は」

「たぶん大丈夫だ!」「ああそうかい」

「ちょっと待ってろよ。メット持って来るからバイクで行こう」

 寮の階段を駆け上がって、進一は部屋に戻っていった。

 ……実を言うと晶は、一人でいたくなかった。

 犯人に強い恨みを抱けない自分がいやで。

 復讐しようと思えない理性がいやで。

 それでいて純粋に犯人に敵意を抱ける感情が恐くて。

 宙ぶらりんな状況にある心が、この先どう変化するか分からないのがいやだった。

 

 病院に着き、進一と二人で302号室に向かう。

 ドアには昨日かかっていた面会謝絶の札は無く、開け放してあった。

 病室には、眠りつづける二葉の姿しかなかった。なんとなく入るのが躊躇われた晶だったが、先に進一が入っていってしまったので後についていった。進一は気を使って売店で赤い花を買って来ていたが、部屋に唯一の花瓶に既に花が生けててあるのに気付いて、困ったような顔でこれは返品できるのだろうかと晶に話しかけてくる。

「知らんよ」

 迷った挙句窓際のテーブルに花を置く進一。まあ、多少粗雑に扱われても、花は文句など言わないだろう。

「なあなあ、昨日も中西はこんな感じだったんか?」

「ああ。……いや、昨日は見ていないんだ。面会謝絶だったし」

「ふうん?」

 不安になったのか中西の口元に手を近づける進一。

「うん、生きてる」

「ま、そりゃそうだ。いちおうモニターでもしてるんじゃないか? 意識が無いんだから」

 そう言って、晶はベットの脇のモニターを指した。

「あ、そっか。……なあ、飯食いにいかんか?」

「……お前何しに来たんだ」

 いやー。と、半笑いになる進一。

「よく考えたら、話も出来ない相手見舞ってもつまんねーじゃん。『ええ? わざわざ来てくれたの? ありがとー!』とか言われてみたいし」

 似ていない二葉の物真似が不快だったので晶は進一の足に向け、蹴りを入れた。

「まあ、気持ちはわかるが」

「いてて。……な? まず朝飯食って落ち着こうや。腹減ったよ俺」

 名残おしかったが、病室を離れ、食堂へと連れ立って歩く。

 病院の食堂は閑散として、時間のせいでもあるだろうが、他に客はいなかった。本当に営業しているのか少し不安になったが、料理は思ったよりはるかにおいしかった。バランスも良くほどほどに抑えられた味付けが気に入った。向かいに座った進一はまた別の見解がありそうな表情をしていたが。

「しかしまずかった。あれなら寮の飯の方がまだましだね。いつか潰れるよ」

 食堂を出るなり定食への不満を吐き出す進一。僕ははおいしいと思ったがな、と言うと、信じられないものを見るかのような表情をされてしまった。

「お前、味覚おかしいんじゃないか?」

 本気で心配しているような口調だったのでよけいに腹が立った。ジャンクフードど中華ばかり食べているような奴に言われたくはない。


「で、どう考えているんだ? アキ?」

 突然口調を変えて、進一。滅多に聞かない真剣な声に、思わず晶も身構えた。

「何を?」

「今回の事件を、だよ」

「ん? 特に何も」

「いやいや。考えてるだろう? 格好の暇つぶしじゃないのか? お前の持論からするとさ」

「……少しは、な」

「教えろよ」

「……意味が無い」

「まあまあ。気になるだろう?」

「進一。自分で頭を使えよ。何でも人に聞こうなんてコトしてると脳が退化するぞ」

「知っている奴に聞くのが手っ取り早いだろう? 時間の無駄って奴。俺は調べるのが仕事。お前は考えるのが仕事。さあ、出し惜しみするな。テルミイ!」

 話しているうちにテンションが上がってきたらしく、立ちあがって晶の肩を抱く。

 晶はもうなんだかどうでも良くなってきて、「ああもうわかったよ」肩にかかった腕をぞんざいに振り払う。

 これは全くもって無意味な仮定だ。と前置きして。

「黙って聞けよ。……まず犯人の正体は不明。不確定過ぎて絞りこめやしない。……奴は二葉が邪魔になったから犯行に及んだ。奴に殺意があったのかどうかはわからん。害意は確実にあっただろうけどな。ここで、彼女が鈴乃と二人でいる時に襲われたのは何故かと考える。きっと犯人は切迫していたのだろう。その場所で襲わなければならないという必然性があったわけだ」

 ふう、と。そこまで話して一つ、息をつく。

「ここまでが条件。まあ、コーヒー買いに行こう。喉が乾いた。奢れ」

「おいおい。続きは?」

「続きは完全な推論だ。まあ待てよ。すぐ話す」

 連れだって待合室まで移動し、歯が溶けるほど甘いと学校でも評判の缶コーヒーを買わせる。進一は烏龍茶を買い、「早く、続きは?」

 玄関を抜け、外の駐輪場の隅まできてから、晶はコーヒーを口に含み、また話し始める。やはり甘い。

「まったく。いつも考えろと言っているだろうに。調べるのは得意なくせに。……いいか。つまり計画してやったんじゃない。つい、やってしまったんだ」

「つい?」

「そうだ。犯人は何かをしていた。見られたくはないことを。もしくは元から誰かを襲うつもりだったのかもしれん。薬品を準備してたくらいだからな。そこに女の子に気付く。犯人は焦る。そこで逃げ出せば良いものを、なにを考えたかそこに現れた女の子、二葉を襲おうと考えた。いや、口止めでもするつもりだったのかもしれんがそこは不明だ。んで、突発的にコトに及んだ、ってとこかな。……襲った後で鈴乃の存在に気がついて逃げた」

「ほ、ほおほお。だいぶ考えてるな」

 進一は少し青ざめながらも反論する。「でも、まったく別の可能性もあるだろう?」

「そりゃあそうさ。極論、うちの学校の奴の犯行ってパターンもある。動機はなんだ? 二葉へのストーキング行為の暴走? はっ! 下らない。他の仮説も聞くか? 十は用意しているが。……そうでなくても、基本的に犯罪なんてわりにあわない。無意味どころかマイナスなんだ。+と−の単純計算もできない連中が感情から、もしくは目先の利益だけを見て起こすんだ。そんなことをする奴らの心理を読むってことがどれだけバカらしいかわかるだろ?」

「ああ。ま、まあな。ええと、理論的じゃないってやつだろ」

 進一は答えた。それは晶の口癖でもあった。

「まあ、理由があろうが無かろうが。二葉は僕の仲間であり、友人だ。犯人には、痛い目に合わせないとなあ」

「そうだなあ。でもまあ、程ほどに、な? 落ち着いていけよ? らしくない」

 そう言って心配そうな目を晶に向ける。

「はっ。冗談だ。で、納得したかい? 犯人当てなんて無限にある選択肢の中から一つ一つ削りとって行く地道な作業だ。僕らにそんな根気はないだろう? ましてや動機当てなんて冗談じゃない。ただひたすらに情報が、足りないんだよ」

「……まあな。学校行くだろ?今からなら三時間目に間に合うしな」

「いや、僕は行かない」

「なんだいそりゃ。ちっとは友情深めようぜい?」

「無理。授業でても今の体調じゃ居眠りしてしまう」

「ったく。出るだけ出ときゃあいいのに」

「だって先生達に失礼だろ?」

「……お前いっつも授業中寝てるだろうが」

「……知らんよ。とにかく今日は気分が乗らない。後で行けたら行くよ」

「あ、そ。竹淵には風邪だとでもいっといてやるよ」

「ああ、頼むわ」

 軽く手を振り、バイクで去っていく進一を見送り、

「さて、話、聞けるといいんだけどなぁ」

 誰もいない空に向け、呟いた。

 選択肢を少し、減らす為に。



 昼休み、購買でパンを買いこんで来た進一はひたすら寒さに震えていた。屋上を待ち合わせに指定した鈴乃に怒りを感じながら。雪が降ってもおかしくはない天気なだけに、外にいるだけでテンションが下がっていくような気がする。

 水緋鈴乃は進一同様噂好きで、進一が男子の、鈴乃が女子の噂をそれぞれ集め、二人でよく情報を交換していた。二人は新聞部で、もう一人の先輩〈部長〉とで校内新聞を月に一回配布している。

 ネットで繋がった学校内の情報ならば全て読み取ることが出来る。フルタイムで事務室のパソコンをハッキングしていた進一だが、リアルな噂、となるととたんに収集の難易度が上がる。

 特に校内の女子の噂の情報は個人では掴みきれない。それは進一にとってひどく不安な状況でもあった。無知である者は絶対的な弱者でもあるというのが彼の持論の一つでもあったからだ。

 実際に噂を操作して、進一が起こした数々の悪戯を外部から入りこんだ不審者や、器具の整備不良の所為にしている。

 進一にとって学校とは遊び相手の組織でしかなかった。悪く言えば卒業後のための練習代。

 二年に進級した春。少しでも情報の隙間が埋まれば、と思い新聞部に入ったのは正解だった。進一よりスケールは小さいが、その分熱意を込めて校内の事件、噂を集める二人と知り合うことができた。

 一人は部長であり、もう一人が鈴乃である。

(そもそもなんで俺が待たなけりゃいけないんだ。今回情報を渡すのは俺のはずなのに)

 晴れ渡る空。しかし二月という季節の前には、そんなものは慰めにもならなかった。

 煙草を吸いたかったが余計に寒くなるような気がして我慢していた。

(雪でも降ってれば部室かどっかで待ち合わせだったのに……)

 こうなると空にも理不尽な怒りがわいてくる。

 少しでも風から身を守れるところとして貯水槽を見つける。

 そちらに移ろうと、寄りかかっていた壁から離れたところで、誰かが階段を上ってくる音を聞いた。

 ドアの影にすばやく移動して、「ちょっと遅いんじゃないかな? すっげえ寒いんだけど」

「うわっ」

 ドアを開けたところでたまっていた文句をぶつける。相手は予想通り鈴乃で、

「なにさいきなりー。びっくりしたじゃん」

「寒いんだよここ」

「ん? うーん、そうみたい、ちょっと寒いね。じゃあ中の階段のとこで話しよっか」

「はあ?」

 この寒空の中待ってた俺の苦労はどうなるのか、と問いただしたい気分に襲われた進一だったが、即座に最初から階段で待っていれば良かったという後悔に取って代わられ暗澹とした気分になる。なにしろ屋上にあがるにはこの階段を通るしかないのだ。

「早くドア閉めなよ」

「わかってるよ」

 ひたすら何かを殴りたい気分になってきたが抑えこみ、後ろ手にドアを閉める。

「で? 何かあったの午前中? ガッコにいなかったみたいだけど。二葉も高菜君もサボりだし」

「ああ。晶と一緒に中西の見舞いに行ってたのさ」

「見舞い? どうだった、あの子?」

 未だ目が覚めないということを伝える。

「うーん、まいったなー。今日あたり行こうかなーとか考えてたのに、寝てるんじゃあ、ねえ」

「ま、な。喜べ。手間を省いてやったんだ」

「あんたが威張ることじゃないっしょ。むしろ少し悲しめ。高菜君にばっか考えさせちゃってさ」

「いや、でもあいつ解決する気はないみたいだぞ。色々考えてたみたいだけど」

「今は。でしょ? どうせすぐやる気になるんだから」

「た、確かに。いつまでも待つことに耐えられる性格じゃねえしな」

「あんたに頭脳労働期待してもしょうがないけどさあ。ちっとはカッコイイとこ見せて欲しいんだけどね」

「う。じゃ、じゃあアキのサポートのほうで力だすよ」

「うん、まあ、適材適所だからねぇ」

 そこで鈴乃は少し考え込む。

「……そんじゃ、情報不足の進一君に朗報です。最近この辺で放火事件が多発してるみたいなんよ」

「へえ? 放火、か」

「うん。趣味でしばらく調べてたんだけどね。大きいのはないけど、ちっちゃいボヤみたいなやつ。四月からの一年足らずで七件。全焼は一件。他はボヤ程度で消化できてるけど、すごい数だよ。一言で言うと、異常。全部同一犯だと思うんだけど、さっぱり事件になっている気配がないのさ。新聞にも地方欄の片隅にちょこんと載っているだけ。そりゃあ死傷者は出てないんだけどね、なんだか気に入らないよ。……あとこれ」

 鈴乃が手渡したのは片手に抱えたノートパソコン。起動してデスクトップのファイルを開く。ディスプレイに表示されたのは学校周辺の地図。

 バラバラにいくつかの赤いマルが書きこまれている。マルの隣りには日付。

「これは?」

「わからないの? 放火の跡。半年くらい前から結構地道に調べてるんだけどね。ほら、二葉が襲われた、ここ見て。それに時間帯も。七件全部、一定でしょ? 七時から九時の間に火事が起こってる」

 そこは、全体に散らばった赤マルがまだ近くに無い地点でもあった。そして、二葉が襲われた時刻も、

「……ふうん。お前はこれが今回の事件に関係あるとでも?」

 進一は内心、拍手していた。思ったより目の付け所はいい。むしろ信じがたい嗅覚と言って良い程だ。放火犯が、鍵だというのは、進一の見解と一致する。

 鈴乃は得意そうな笑みを浮かべる。

「もしかしたら。だけどね。けっこーありえそうじゃない?」

「でもそいつ、誰かわかんないんだろ?」

「うーん、もうちょっとかな」

「マジ? わかるのか?」

「まだだけどね、結構近づいてきてる。なーんとなく、だけど。後は確認だけ」

「はっ。ほとんど分かったも同然じゃないかよ。いつくらいに確定する?」

「そうだねー。大体明日の放課後くらいかな」

「ふうん。直接確認するのか?」

「まあねー。でも、まさか、教えても高菜くん、さ。こ、殺したりはしないよね」

 鈴乃は、殺す、という単語のところで少しつまる。確かに晶にはそういうところがあった。いつか激発しそうな、不発弾の危うさ。いや、むしろ自分の力をわかっていない、作りたての爆弾だろうか? 進一も不安に思っていたのだが、それよりも彼は、晶の理性と知性を信じていた。

「ありえないよ。晶だよ? 精々ボコボコにして終わりじゃないかな。ヤバくなったら俺も止めるし」

「そう、かな? ……うん、そうだよね。じゃあ、ちょっと今から動いてみる」

「ええ? 一緒に飯食おうよ」

「ううん。高菜君の負担、ちょっとは軽くしたいからさっ。じゃねい」

 鈴乃は立ちあがってスカートの埃を払うと、階段を駆け下りていってしまった。

「つきあってるんだよなあ、俺ら」

 うまく行かない現実にため息をつきながら、進一は冷たいパンを食べ。

 携帯でメールを打ち始めた。



 話を聞きたい、という晶の頼みにあっさりと答えてくれた山畑は、警察署のロビーで待っていた。

 その場で早速、捜査の状況を聞こうとしたが、

「まず、飯でも食べるかい?」

 まだ昼飯を食べてないことと、場所を思い出し、ありがたく好意を受け取る。

「ここはカレーが美味いんだ。私はドライカレーにするが君はどうする?」

「じゃあ、僕は普通のカレーを」

「退職した元刑事の爺様がやってる店なんだがね」、と前置きして連れてこられた店は、警察署から歩いて二分ほどのところにある喫茶店、『黄色熊』。蜂蜜好きの熊がマスコットかと思っていた晶だが、入ってすぐのところにあったツキノワグマの剥製を見て驚く。毛皮からして恐らく本物だろう。警察の近くにあるだけのことはある。一人ではこまいと心に決め、カウンターに座る。

「夜勤明けとかに良くくるんだ。署内の食堂より余程良いものを出してくれるしね」

「客は警察関係の方々ですか」

「常連のほとんどがそうだね。ありがたく使わせてもらっているよ」

 そう言って山畑は、表情を真剣なものに戻した。

「さて、あらためて言うが。捜査状況だが、民間人に教えられることはない」

「……」

「いや、そう睨まないでくれ。冗談だ。しかし本当に君に言えることは少ない。周りの人間に喋らないと約束するなら、そのほんの少しの情報を漏らしてあげられるが……。これは同情だよ? 君は彼女と仲が良かったようだしね」

 山畑のその口調は、まるで小学生を相手にするようなもので、晶は反射的に反発する。

「僕はそこまで愚かではありません。事件性が低く、マスコミの介入もほとんど無いと考えているからでしょう?」

「まあ、そんなところだ。もう少し感謝とか可愛げとか見せて欲しいところだけどね」

「そんなのは僕以外の人間に期待してください」

「ふん、まあ、その歳じゃしかたないか……」

 独り言だとわかったので口を出さない。

「まあいい」

 そこで二種類のカレーがマスターによって出される。

「おいおい山畑、いいのかそんなことで。この坊主怪しくないのか?」

 総白髪を後ろになでつけたマスター。かなりの年齢を感じさせるが、まだ腰もまっすぐで話し方もしっかりしている。さすがに刑事上がりなだけはある。貫禄だけならば、晶が今まで見てきた人間の誰よりもある。知識と合理性よりも、気迫と体力、勘で犯人を追い詰めるタイプ。晶にとってはこちらの方が山畑よりも苦手な部類に入る。目の前の二人が組んでいたら、犯人にとってどれほど厄介な相手となるだろうか。

「いや、いいんですよ野壱さん。この子もかわいそうな奴でしてね」

 山畑に野壱と呼ばれたマスターは、仏頂面で首を捻りながら、

「だが、こいつ、目がなあ。将来刑事か、もしくは犯罪者だぞ。ひょっとしたら既に犯罪者かもしれん」

「ううん、でもまあ、今回の事件には関係ないですよ」

 本人を前に酷く無礼な口を叩く野壱。さすがに晶も何か言い返そうとして、

「まあおちつけ。この人は口が悪いが基本的には良い人だから」

 察したのか山畑が肩を叩く。

「いや、すまんすまん。まあ食えや。せっかく作ったんだ。冷めると不味くなっちまう」

 野壱も続く。

「いいですけどね、別に」

 二人の年長者に囲まれては不承不承うなずくしかなかった。

 カレーを口に運ぶ。年寄りが作ったにしては、確かに美味い。程よい辛味が後からじわりと感じられる。何故か普通の肉ではなくひき肉が入っているのも面白い。具も小さく丁寧にきざまれて、よくカレーの旨みが染み込んでいる。爽やかな辛味をかもし出すカレーというのを初めて食べ、少し驚いていた。かきこむように食べ、一気に器を空ける。

 グラスに水を注ぎ、「いや、確かに美味いですね」

「だろ? この爺様はカレーに関してはプロなんだ。メニュー見てみな」

 山畑に言われて、メニューを開いてみる。

 喫茶店にあるべきパフェや紅茶、スパゲッティもケーキ類も無い。あるのはチキンカレー、ビーフカレー等と付け合せ。コーヒー(ホットとアイス)、チャーハンの代わりにドライカレー。

「カレーしかない」

 ありえないモノを見てしまった驚きで、目の前の野壱を凝視してしまう。カレーショップとして開店するべきなんじゃないのか?

「ああ、悪いか? 自信のあるもの以外客には食わせたくないからな」

 勝ち誇ったような顔で、食べ終わった晶と山畑の皿を下げる野壱。

「なんなんだこの店」

「驚いたろう? ほとんどは警官しか来ない店だからね。これでいいのさ。それに、合理的じゃないか? 作るのはカレーだけだ。まあ、何種類かはあるがね」

 その理屈は晶にもわかる。確かにそれで客さえくれば、しっかりと営業できる。むしろ利率はそこらの喫茶店より高いかもしれない。カレーは少しなら日保ちが効くし、地元警官という固定客も多い。土地もこの辺りなら安いだろう。経済的に見て、破綻はしていなかった。

 流れるような仕草でスーツのポケットから、潰れかけたラッキーストライクの箱を取り出し、煙草に火をつける山畑。

「……君も吸うかい?」

「良いんですか?」

 仮にも刑事だろうに、未成年者に煙草を勧める。

「ああ、自己責任ってやつだ」

「……つまり補導されても自分の責任ってことですよねそれ」

 ははは、と、大きく笑う山畑。

「深読みしすぎだよ高菜君。もっとファジイに生きていかないと、疲れるだろうに?」

「そんなことはいいんです。で、そろそろ教えて欲しいんですけど」

「うん、いいよいいよ。意外と君は頭が回るようだし」

 意外と、という部分が引っかかったが、無視して話を催促する。

「…………」

「……さて、何から話したものか。ざっと調べさせたが、怨恨のセンは薄い。彼女は人に恨まれにくい性格のようだしね。まず、これは突発的な犯行だろう。犯人が彼女を襲ったのはなんだろうね。未だわかっていないが、誘拐か……通り魔かもしれない」

 淡々と語る山畑。

「犯人は攻撃性の高い性格だという予測が立てられるね。プロファイリングは専門ではないので分からないが、ある程度犯人像を絞り込めてはいるようだ。それを根拠にはできないが、捜査の指針にはなる」

「ええ。分かります」

「犯行の後、われにかえったか恐怖にかられたか、逃げ出した。それとも水緋さんの姿を確認して、かな? まあ、流れはこんなもんだろう」

 奥からは洗い物の音が聞こえてくる。

「今のところ容疑者はかなりの数リストアップされている。君も一応入っているがね。それにしても、大した動機を持っていない人間ばかりだ。解決できるか自信が無くなってきたよ。……まあ、こんなところか」

「え?」

「君に話せるのはここまでだ」

 眼の奥に冷たい光を宿らせて晶を見る山畑。自然と晶も構えてしまう。

「少しは知的好奇心も満足しただろう? 言わなかったかい? まだ、君は容疑者のリストに入っているんだ……私の勘ではシロだが、確定していない」

「……そうですか」

「ところで君はこの事件、どうとらえているんだい?」

 晶は山畑に見えない様にため息をついた。どいつもこいつも、晶に事件を語らせたいようだ。面倒だったが、さきほど進一にきかせた推論を少し発展させ、「山畑さんの話と重複しますがね」前置きし、話した。

 ざっと話し終え。

「……結局問題なのは犯人は何を隠そうとしていたか、ですね。二葉から話を聞ければ一発なんですが。あとは薬品の入手方法からですか? 通販ならお手上げですけどね」

「ふん、何かを見られて、か。なかなか……考えているね。うん、いいねえ。おもしろい。犯人が捕まったらまたくるといい。話し相手にはちょうど良い頭脳をもっているようだしね」

「買いかぶりってやつですよ。でも、ありがとうございました。少しはすっきりしました」

 晶のこの言葉は事実だ。山畑も晶と同じような見解にあると知って安心した。この刑事が真剣に調べれば、この下らない事件もすぐに判明するだろう。

「ああ。捜査はプロに任せて、学校にはちゃんと行くことだ。ああ、あと、彼女。あの日、スーパーの防犯カメラに、どこかの高校か、中学生かな? 少年と一緒に買い物している姿が映っていたよ。そして薬品は揮発性麻酔薬……クロロホルムの化学式が書かれた小ビンが側溝の中に落ちていた。指紋は無かったがね」

「え?」それはどう言うことか、と突っ込んで質問したいのを堪え。「…………そうですか。ではご馳走さまでした」

 山畑が何も言わないのは、それ以上晶に漏らす意思が無いということだろう。

「いや、気にしないで良いよ。気分転換になった」

「おう、またこいよ坊主!」

 奥から野壱の声。ツキノワグマの剥製を撫で付けて、外に出る。

 山畑の話は有益だった。オマケのような最後の一言が最も重要だったが。実際警察が彼の考えどうりに動くかは分からないが。自分にできることを考える。まずは二葉の話を聞かなければ。

 それに、一緒にスーパーにいた誰か。山畑からしっかりとヒントは出ている。カメラに映っていた人物が、学生ということは分かっていた。

 もしその男子が、蜂田高校の生徒だったなら。何の為に二葉と? その時鈴乃は何をしていたんだろう?

 いや、待て。

 ゆっくりと歩みを進めながら考える。先走ってはいけない。

 ただの同級生かもしれない。二葉にはあまり友人はいないが、偶然スーパーで会ったクラスメイトを無視するほど神経が太いわけではないだろう。

「無関係かもしれないしな。……つーかこんな簡単に情報を流してもいいのか? 警察ってのは」

 漠然とした不信感、不安感がわきあがってくるのを感じながらも、病院に足を向ける。

 まだ、彼女は寝ているのだろうか。携帯を見ると、もう三時半だった。




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