1
『……ラリー、俺、もうダメかもしんねぇ』
あんな弱い言葉を吐いたのはそれが最初で最後だと思う。
涙は出なかった。
エドを失って悲しいと言うよりは多分「がっかりした」のだろう。
現実を受け止めきれなかったのかもしれない。
幸せになるために二人で逃げたというのに、それがまさかこんな短い間で終わってしまうとは思っていなかったのだ。
三年。
エーリが本当に幸せを感じていられた時間はあまりにも短い。それ以上に、彼女が自分自身のために生きていた時間の方がよほど短い気もした。
彼女の生きた二十一年。
その半分以上は自分と一緒に過ごした。その人生の何もかもエーリの為に費やしてきた。彼女は自分の為に何もかもをくれたのだ。
それで、幸せだったのだろうか。
それで、良かったのだろうか。
倒れる彼女の姿だけが鮮明に浮かぶ。楽しかった思い出も、後で話して笑い話になるはずの辛い経験も、その瞬間、悲しい思い出に変わった。
すぐに受け入れられなかった。
いまだに何が起こったのかがまるで分からない。
彼女は暴動鎮圧の為の流れ弾に当たり死んだ。
ほんの一瞬だった。
それだけははっきり覚えている。
「……エリック、俺の専属で働かないか?」
エドの墓の前でラリーが言った。
正直、何もかもどうでも良かった。
彼女がいないのなら、何もかもどうでもいい。
しゃがみ込んだままエーリは力無く答える。
「俺、オッサンが社長だからって敬ったりしねーし、やりたくねぇコトは死んでもしねーぞ」
「もとより承知の上だよ。少佐の性格は重々承知してる。今までと同じようにやってくれればいい。店だってあのままが良ければそこで作業してくれても構わない」
「……ウォールナットで? 冗談じゃない」
あんな彼女の匂いが留まるところにいたら気が狂ってしまう。
エーリは嫌そうに首を振った。
「悪いが、あの店、処分してくれ」
「……いいのか?」
「要らない。俺にはもう、守るべき家族ないから」
「………」
「あいつが全部だったんだ。あいつがいなきゃ、店なんて、意味がない」
「思い出が残っているだろう?」
「要らない」
全部必要ない。
使っていたものも、服も、写真も、彼女の気配が残っていても彼女じゃない。彼女はもう戻ってこない。
なら、何も必要ない。
思い出すものなんて全て拷問のようにしかならないのだから。
「分かった。俺が全部預かるよ」
「……頼む」
そう言ったきりエーリは顔が上げられなかった。
何分も、ひょっとしたら何時間もそうしていたかもしれない。
黙ったまま蹲ったエーリが意識を手放すまで親友は横でずっと見守っていた。