表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

    『……ラリー、俺、もうダメかもしんねぇ』



 あんな弱い言葉を吐いたのはそれが最初で最後だと思う。


 涙は出なかった。

 エドを失って悲しいと言うよりは多分「がっかりした」のだろう。

 現実を受け止めきれなかったのかもしれない。

 幸せになるために二人で逃げたというのに、それがまさかこんな短い間で終わってしまうとは思っていなかったのだ。

 三年。

 エーリが本当に幸せを感じていられた時間はあまりにも短い。それ以上に、彼女が自分自身のために生きていた時間の方がよほど短い気もした。

 彼女の生きた二十一年。

 その半分以上は自分と一緒に過ごした。その人生の何もかもエーリの為に費やしてきた。彼女は自分の為に何もかもをくれたのだ。

 それで、幸せだったのだろうか。

 それで、良かったのだろうか。

 倒れる彼女の姿だけが鮮明に浮かぶ。楽しかった思い出も、後で話して笑い話になるはずの辛い経験も、その瞬間、悲しい思い出に変わった。

 すぐに受け入れられなかった。

 いまだに何が起こったのかがまるで分からない。

 彼女は暴動鎮圧の為の流れ弾に当たり死んだ。

 ほんの一瞬だった。

 それだけははっきり覚えている。

「……エリック、俺の専属で働かないか?」

 エドの墓の前でラリーが言った。

 正直、何もかもどうでも良かった。

 彼女がいないのなら、何もかもどうでもいい。

 しゃがみ込んだままエーリは力無く答える。

「俺、オッサンが社長だからって敬ったりしねーし、やりたくねぇコトは死んでもしねーぞ」

「もとより承知の上だよ。少佐の性格は重々承知してる。今までと同じようにやってくれればいい。店だってあのままが良ければそこで作業してくれても構わない」

「……ウォールナットで? 冗談じゃない」

 あんな彼女の匂いが留まるところにいたら気が狂ってしまう。

 エーリは嫌そうに首を振った。

「悪いが、あの店、処分してくれ」

「……いいのか?」

「要らない。俺にはもう、守るべき家族ないから」

「………」

「あいつが全部だったんだ。あいつがいなきゃ、店なんて、意味がない」

「思い出が残っているだろう?」

「要らない」

 全部必要ない。

 使っていたものも、服も、写真も、彼女の気配が残っていても彼女じゃない。彼女はもう戻ってこない。

 なら、何も必要ない。

 思い出すものなんて全て拷問のようにしかならないのだから。

「分かった。俺が全部預かるよ」

「……頼む」

 そう言ったきりエーリは顔が上げられなかった。

 何分も、ひょっとしたら何時間もそうしていたかもしれない。


 黙ったまま蹲ったエーリが意識を手放すまで親友は横でずっと見守っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ