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漆黒の姫巫女、愛しの陛下  作者: motomi
第一章:漆黒の姫巫女
7/15

07

「だから私は言ったではありませんか! 此度の結婚は間違いだったと」

 初日に二度も倒れられるなんて――!

 国王執務室。主不在の室内で、昨晩の事の次第を聞き終えたエレンは真っ赤な顔でクラウスに向かい怒鳴り声を上げた。

「まあ、落ち着けエレン」

 息巻くエレンに、一方のクラウスは執務の準備をしつつどうどう、と片手を上げた。

「いいえ、落ち着けるものですか。あなたも聞いたでしょうクラウス様。巫女様は昨夜陛下を押し倒しムリヤリ事に及ぼうとしたのですよ!? 巫女ともあろう女性が、なんたる蛮行。やはり異世界の女性など、計り知れない相手を娶るのは間違いだったのです」

「ミハヤ様もあれは悪ふざけだったと、今は反省していらっしゃる」

「反省すればいいってものではありません! 口先では何とでも言えましょう、女など腹の内では何を考えているか分からない」

 まるで彼自身になにかされたかのように、エレンは実に実感のこもった口調で拳を震わせた。

「ほう? ではエレン、お前は陛下がいつまでも独身を貫き通していればよかったとでも言うのか? 跡継ぎはどうなる。当代、直系の王族は陛下しかいないのだぞ」

「それでも、陛下のご心痛を察すればその方が……」

「馬鹿をいえ、ようやく復興に歩み始めたとはいえ我が国の内政は未だ不安定。後継者問題という争いの種で再び国を傾けるつもりか」

「……しかし、あの巫女はやりすぎです。これならば、まだどこかの貴族令嬢を娶った方がマシだったのでは」

「そうか? 権力欲に溺れた貴族たちの娘など娶ったところで、無理に陛下に迫ろうとするのは目に見えているではないか。夜会のたびに陛下に色目をつかい迫ろうとした女たちを忘れたわけではあるまい?」

「それは、」

「そもそも、お前は失念しているようだから言うが、一臣下である侍従ごときが主の婚姻に口を出せると思っているのか? 幼い頃からお側仕えている身とはいえ所詮は侍従。……エレン、そろそろ口を慎むべきだとは思わないか?」

「っ……」

 冷たい反論に、エレンは口を噤む。

「……申し訳、ありません」

「分かったのならばそれでいい」

 クラウスが言って頷いた時――

 バタバタバタ、ガタン!

 隣接する休憩室から、なにやら騒がしい物音が聞こえ「なんだ?」二人は顔を見合わせた。


 ※※※


 青々と澄み渡った空、風に揺れる木々。

 王妃の庭と称された王宮の中庭には、色とりどりの花たちが植えられ、ミハヤはその花たちを眺めながらぼんやりと東屋でお茶を楽しんでいた。国王である夫は朝食の後、すぐに執務室へと向かってしまったが、王妃となったばかりであるミハヤは、なんの配慮か午前中いっぱい休息の時間を与えられていた。

 午後からはこと細かい王宮マナーに関する王妃教育の授業が入っている。

 それを思うと少し憂鬱な気分になるが、けれど今はいくらか気分もいいため、なんとか乗り越えられるだろう。


 朝食の時、夫がしてくれた約束。

 なぜか、ミハヤがその願いを口に出した途端、彼はこの世の終わり見るような目をしたが、ひとまず「……善処しよう」という前向きな言葉も聞けたので万々歳だ。

 あとは、物事がいい方向に動くのを祈るのみ――


「……ミハヤ様? お休みのところ申し訳ありません」

 一人ほくそ笑んでいたミハヤは、背後からかけられた声に少し驚いて振り返った。

 いけない、いけない。一人笑いをしていたなんて、ただの変な人ではないか。

「ど、どうかした?」

 が、幸いナティーシャには見えていなかったらしい。安堵しながら彼女の顔を窺うと、ナティーシャはどこか困ったように眉根を寄せた。

「なに? どうしたの」

「はい、ええと、それが――」

 躊躇いがちに言葉を紡ぐ彼女に先を促そうとすると――

「ちょっと、困ります! お待ち下さい」

 ナティーシャが口を開く前になにやら、右前方から騒がしいやりとりが聞こえてくる。

「ええい、おどき! 私を誰だと思っているの?」

「王妃陛下は今、お休み中でいらっしゃいます。お許しもなくお会いすることは……」

「許しですって? 王妃がなによ、もとは庶民出の冴えない女のくせに」

「なんということを!」

 暴言とも取れる発言に、侍女たちが色めき立つ。

 このヒステリックな高い声、女王様のような発言の数々……。

 声の主にうんざりするほど心当たりのあるミハヤは、やれやれと立ち上がり、自ら彼女たちの方へと歩き出した。

「ミハヤ様」

 心配して声をかけるナティーシャに「大丈夫」と笑いかけてお茶を二人分頼む。


「早く出てきなさい! サトウミハヤッ」

 東屋の目隠しとなっていた高い木のアーチをくぐると、そこには予想通り、世にも麗しい妙齢の女王様――ではなく、一人の美女が立っていた。

「おはようございます、リーゼロッテ様」

「ようやく出てきたわね、この似非巫女姫!」

 髪を振り乱し、キャンキャンと周りに当り散らしているというのに、美女というのは何をしていても絵になるから不思議だ。

 彼の人の名前はリーゼロッテ=シェースティリア。美しい赤い巻き髪と、エメラルド色の勝気な瞳。ミハヤの後見人である宵闇の神殿神官長の妹であり、そして王妃となった彼女の教育係兼世話係でもある女性。

「朝からお元気そうでなによりです、先生」

「なにが元気そうよ! 私はねえ、ひどく怒っているのよ」

「ええ、ええ、そう見えます。まあ、とりあえずお座りになってはどうですか?」

 怒り心頭といった様子のリーゼロッテに、ミハヤはけれど怯むことなく椅子をすすめた。彼女のヒステリーは、それこそ出会った当時からのものなので、もうすっかり慣れてしまったのだ。

「ちょっと、私にこんな日差しの強いところでお茶を勧めるつもり?」

「今日は言うほど日差しも強くありませんよ。木漏れ日で緩和されていますし、それに東屋ですから、屋根があります」

 そう言って上の方を指差せば、リーゼロッテはキーッ! とまた文句を口にする。

「それでも隙間から日差しがあたるじゃない! 日に焼けてしまうわ、パラソルを持ってこさせて」

「……ユーディリア、ごめん持ってきてくれる?」

「かしこまりました」

「なにを一々侍女に謝っているの。相変わらず庶民くさいんだから。いい? 王妃は王宮の女たちの主なの」

「『下々の者に使う気があれば夫である陛下に最大限の心を尽くしなさい』……ですか?」

「あら、よく分かったじゃない」

 そりゃ、もう何百回といわれた言葉ですから。

「でも、人の言葉を途中で遮るのはどうかと思うわ。それに、覚えていても実行に移さなければなにも意味がない、これも減点ね。……ところで、お茶の用意はまだできないの?」

「さきほどお願いしましたので、すぐにでも持ってきますよ」

「今日はレモンティーの気分だわ」

「レモンでも、ミルクでも、ご自由に」

「あ、砂糖は入れないちょうだい。甘い紅茶は好きではないの」

 運ばれてきたお茶を淹れる侍女にリーゼロッテはあれこれと指図する。

 ええ、ええ、存じておりますとも。

 女王様は今日も絶好調だ。

「で、」

「で?」

 一通り要求が済み、リーゼロッテはもっていた扇をパチンと閉じると、ジロリとミハヤを睨みつけた。いつものことだが、つり目がちの大きな瞳が、これでもかというほどに釣り上がっている。

「……一体貴方、どういうおつもりなのかしら?」

「はあ、」

 問われても、思い当たることがありすぎてただ首を傾げるしかない。

 彼女と出会って以来、すること為すこと一から十まで駄目だしをされてきたので、どういうつもりかと言われても、それが何に対してのことなのか皆目検討もつかない。

「なにについて言われているか分からないといった顔ね」

 ――ええ、まあ。

 ここで素直に頷くと、また罵倒が返ってくることが容易に予想できるので、とりあえず「すみません」と謝っておく。

 が、

「謝ればいいってものでもないのよ?」

 とのことだ。

「いいわ、その要領の少ないおつむでも理解できるように噛み砕いてお話しをして差し上げる。貴方、昨夜陛下を押し倒したそうじゃないの!」

 噛み砕くどころか、この上ない超直球。

 バンッ! と大きな音を立ててテーブルを叩かれ、ミハヤと侍女はすんでのところで高級なティーセットたちを死守した。思いのほか強く叩いたのか、リーゼロッテは一瞬痛そうな顔をしたが、すぐに虚勢を張って再びミハヤを睨みつける。

「いい? 貴方の国ではどうか分からないけれど、私たちの国では女性が男性を押し倒すなんてとんでもない常識外れ。淑女はそんなこと絶対にしないの、あってはならないことなのよ!」

 ……そのくだり、本日二回目です、リーゼロッテ様。

「本当に、なんてこと。貴方のことだから何かやらかすだろうとは思っていたけれど、まさかこんなとんでもないことをしてくれるだなんて」

「まあ、確かに私も少しやりすぎたなあとは思いましたけど……」

「少しですって?」

 ジロリ。

「……いや、大分。というか物凄く」

「貴方ねえ、本当に分かっているのかしら? 貴方の一挙一動で私の評判までガタ落ちになるのよ? ひいては、貴方の後見役である兄様にも迷惑がかかるの」

「う、そ……それは」

 流石に、すまなかったと謝るほかない。

「ようやくご理解いただけたようね。それでは、これからは充分に慎んで行動をするのよ? 女の方から殿方に働きかけることのないように、ただ受身で待っていればいいの」

「あー、えっと……」

「なによ、早速無理だとでも言うのかしら?」

 口ごもるミハヤに、リーゼロッテは目を細め、声を低くする。

 折角脅して――訂正、ご忠告いただいて申し訳ないのだが、ミハヤはまさに早速彼女が沸騰しそうなお願いをアルヴィフリートにしてしまっていた。

 はたしてあのお願いは彼女の怒りの沸点に達するか、否か。

 ――おそらく、達するんだろうなあ。

 思いながら、ミハヤは恐る恐る口を開いた。



「――はぁ!? 陛下に『家族が欲しい』とお願いしたですって?!」

「……はい」

 案の定、彼女は大噴火、先程よりも顔を真っ赤にして声を張り上げるリーゼロッテにミハヤは寸の間身を小さくする。

 が――

「なんってはしたない女なの! 貴方って人は」

 それも一瞬で、流石にそこまで言われるとは思っていなかったミハヤはすぐさま眉根を寄せて口を開いた。

「……はしたない、だなんて。そんなふうに言われるのは心外です。家族を、心を許せる相手を欲しがるのはそんなにおかしいことでしょうか?」

 言い返すと、リーゼロッテは何を言っているの、この子は? という目でミハヤを見つめる。

「……確かに、それが王妃の役割ではあるのでしょうけれど、女の身から言うことではないわ! ああ、なんてはしたない。とんでもなく礼儀や道理にかけた人だとは思っていたけれど、まさかここまでろくでもない人だったなんて!」

「そこまで言います?!」

「だって貴方、女の身で陛下に跡継ぎが欲しいと迫るなんて、ああ! なんて恥ずかしい人なのかしら」

 リーゼロッテは真っ赤になって顔を覆い、まるでミハヤなど視界に入れたくないとでも言いたげに頭を振ってそっぽを向いた。


 ――だが、対するミハヤも一瞬目をキョトンとさせた後、

「え、は? 跡継ぎ――?」

 ようやく互いの意見の食い違いに気づき、タコのように顔を赤くした。

 何かおかしいと思っていたが、そうか、『家族が欲しい』イコール『子どもが欲しい』ととられていたのか。

 ようやくそこまで理解できたとき、ミハヤは自分がとんでもない失言をしたことに思い至った。

「ちょ、ちょっと待って下さいリーゼロッテ様」

「いいえ、待たないわ。こんな恥ずかしい人だなんて思ってもみなかった、金輪際教育係を下ろさせていただきます!」

「だから、誤解なんですってば!」

「なにが誤解よ、この恥知らず!」

「違いますってば! 私が『家族が欲しい』っていったのは、そんな意味じゃなくて」

「じゃあどんな意味だって言うのよ!」

「だから――」

「失礼、お嬢様方。その理由是非とも私もお聞きしたいと思うのですが。よろしいでしょうか?」

 その瞬間、ギャンギャンと真っ赤になって喚き合っていた女たちの間に、冷え冷えと冷え切った男の声が響いた――

「……ク、クラウス様」

 振り返れば、そこにはなぜか極寒の冷笑を浮かべた宰相閣下が佇んでいる。

 その刹那、王妃の庭はまるで真冬のように凍りついたのだった。

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