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漆黒の姫巫女、愛しの陛下  作者: motomi
第一章:漆黒の姫巫女
4/15

04

 初夜を待つ妻というものは、こんなにもわくわくと心を躍らせているものだろうか。

 時刻はいつもなら就寝する時間を少し過ぎたところ。全くといっていいほど眠気の襲ってこない身体をそわそわと動かしながら、ミハヤは夫の訪れを待っていた。

 愛しい人の来訪を待つ愛らしい妻。わくわくもそわそわも、きっと的外れではないのだろう。しかし、彼女の胸をときめかせるのはそう言った世間一般の女性が抱く微笑ましい感情とは全く次元が違っていた。

 甘酸っぱい恋心ではもちろんないし、色欲や情欲といった官能的なものでもない。愛情など勿論論外だ。

 今、彼女の心を満たすのは、まるで小さな子どもが悪戯をする時のような、親に見つからないようつたないながら真剣に計画を練って実行に移す時のような、そういった恋や愛とはかけ離れた感情だった。

(もうすぐ陛下がここにやってくる)

 昼間、彼女の頬に口づけだけで卒倒した夫。周囲の者に背を押され嫌々ながらも夫婦の営みをしに自分のもとへやってくる彼の姿を思い浮かべ、にっと口の端が上がるのを感じた。

 極度の女嫌いの陛下が自分を抱けるとは到底思えない。だからこうしてわくわくと訪れを待っていられるのだけど、大が上に三つはつくほど苦手な女を目の前に、あの美しい陛下がどのような反応をみせるのだろうか。

(好きな子をいじめる小学生の気持ちってこんな感じかしら?)

 これから起こるめくるめく夜に思いを馳せたその時、扉付近に控えていたナティーシャが立ち上がり、陛下の来訪を告げた。


「……」

 憮然とした顔で室内に入ってきたその人は、長椅子から立ち上がり礼をしたミハヤの顔を見て、あからさまに落胆の表情を浮かべた。

「寝ていなくて、残念に思いましたか?」

 様子から察するに、自分がおとないの支度に時間をかけている間に、ミハヤが眠ってしまえば相手をしなくて済むとでも思っていたのだろう。

 だから妙に遅かったのか。

 指摘すると、アルヴィフリートは図星とばかりに目をそらした。

 本当に分かりやすい方。こんなにもいろんな意味で楽しいイベントを前にして、眠れるわけがないじゃない。

「確かに、朝から緊張の連続で些か疲れてはおりますけど……」

 わざとらしく目を伏せて見せると、アルヴィフリートはどこか嬉しそうに「ならば、」と口を開く。が、彼が何か言うよりも早くミハヤは満面の笑みで次の言葉を紡いだ。

「折角陛下がいらっしゃった喜びで、疲れなど吹っ飛んでしまいました! 誠心誠意、真心込めておもてなしいたしますね」

 逃がしませんよという意味を込めて、夫を部屋の中央へと促す。

「……」

 しかし、アルヴィフリートは依然入り口から動こうとしない。ただ突っ立って不機嫌そうに妻の顔を見つめるだけだ。

「あら、なんですその顔は」

「……何度もいうが、私はお前とそういった関係になるつもりはない。巫女が望んだゆえ、式は挙げたが私はお前を愛することは出来ない」

「あらまあ、なんて素直。……夫に拒否された妻として、私は涙を流すべきなのでしょうか?」

 片手を目尻に押し当て、わざとらしくよよと泣く。

「白々しい」

 アルヴィフリートは吐き捨てるように言い、その整った柳眉を歪に寄せた。

「そんなに嫌悪しなくてもいいでしょう、仮にも私はこの国の救世主ですよ」

「っ……、巫女の望みは叶えたはずだが?」

「あら、『王妃になりたい』それが本当に私の心からの望みだとでも思うのですか?」

「は……? どういう意味だ」

 わけが分からない、といった感じで問いかけてくる彼に、ミハヤは一瞬の間を置き、両手を顔の前で組み、満面の笑みで小首を傾げた。

「では私の本当の望みを言いましょう、『私、陛下と本当の夫婦になりたーい』」

 情感たっぷり、語尾にハートまでつけるおまけつきだ。

「……はあ?」

 アルヴィフリートは一瞬にして赤くなり、青くなり、そして固まった。

(まあ、なんて器用なことを)

 それから、たっぷり数秒置いた後、「…………ほ、本気か?」おそるおそる聞いてきた。

 本当に、これが世に賢王と呼ばれる人の姿なのだろうか。

「嘘に決まっているでしょう。顔だけの男に興味は無いんです、私」

 不敬ともとれる発言を吐くミハヤに、アルヴィフリート一瞬ムッとして、けれどすぐさまほっと胸を撫で下ろす。

「……明らかにホッとされるとむかつくんですが。顔だけの男に興味はありませんが綺麗なものは嫌いじゃありません。一度試してみましょうか?」

「はあ!?」

「なーんちゃって。陛下、怯えすぎです」

 とりあえず座りませんか?

 ビクビクと妻に怯える夫へひとまずの休戦協定を投げかけ、ミハヤは部屋中央に置かれた長椅子へと彼を促した。

「巫女がこれほどにまで下品だとは思わなかった」

 けれど、アルヴィフリートは頑なに警戒を崩さず一歩も動こうとしない。

「ええ? 下品だなんて。陛下へのあふれ出る愛の証拠ではありませんか」

「黙れ、嘘つき女め」

 いつまでたっても膠着状態は変わらない。意固地な夫に焦れたミハヤは、無理矢理にでも彼を入り口付近から退かせようと手を伸ばした。

「っ触れるな! 変態」

「うーわー、そういうこと言われると、余計に燃えちゃうなー」

 ふふふ。

 言ってミハヤはアルヴィフリートの胴体に腕を巻きつけた。

「放せ!」

「椅子に座ってくださればすぐにでも放しますとも」

 が、アルヴィフリートはミハヤの言葉など無視して暴れ続け、一方ミハヤも意地になって彼にしがみついた。

「放せ!」

「いいからさっさと座ってくださいってば」

 お互い意固地になったのか「放せ」「放さない」と言い合いになり、押し合いへし合い……そして

「うわっ!」

「え?」

 不安定な体勢で暴れた為、無理もない。二人の身体は重なり合うようにしてその場に倒れこんだ。


「いたた……」

 衝撃に呻く。けれど、実際は言葉に出すほど痛くはなかった。

(はて?)

 ミハヤは首を傾げて状況を確認し、よくよく見ればなにか柔らかいものを下敷きにしていることに気がついた。

「あ……」

 見下ろせば、蒼白な顔のアルヴィフリートが目に映る。

「……」

 まだ彼が上だったなら、逃げ道があったのだろう。

 しかし現実は無情。見下ろす妻に混乱の頂点に達したアルヴィフリートは、あまりの異常事態にたっぷり三十秒固まってしまった。

「えーっと……」

 どうしようかな?

 ミハヤはポリポリと頬をかいた後、とりあえず夫が再び暴れださないようにと彼を拘束することに決めた。王族特有の長たらしい衣装の裾を要所、要所踏みつけ、昆虫採集のごとく動かないよう固定する。華々しい衣装も、こうなっては形無しだ。

 しばらくして、正気を取り戻したアルヴィフリートが暴れだすが、時既に遅し。

「は、はなせ!」

「うふふ、そう言われて放す人がどこにいます。丁度いい機会なので、このまま親睦を深めようではありませんか」

「親睦!? 馬鹿を言え、なにをするつもりだ」

「ご想像にお任せいたしますわ、陛下。習うより馴れろ、ショック療法という言葉もありますし、案外ショックで女嫌いが直るかもしれません」

「そんなことあるか!」

「あら、試してみなければわからないじゃありませんか。さあ、仲良くいたしましょう?」

 冗談交じりにスススと体に指を滑らせれば、アルヴィフリートは面白いぐらいに暴れ、反応を示してくる。

「わー! 馬鹿、何処を触っている!」

(受け……)

 一瞬はしたない言葉が浮かんだが、気にしないようにしよう。

 見た目ややこしそうな衣装は、腰のところで結んだ帯を解くことで呆気なく前をはだけさせた。

「あら、意外と厚いですね、胸板。着やせするタイプですか?」

 さすが最高級の温室育ち、肌質もすべすべで滑らかである。

「変態! この痴女めっ」

「まっ! 愛すべき妻になんてこというんですか」

 それに夫婦間ですることをしているのだから、痴女もなにもない。仮にも愛を誓い合った仲なのだ。それも、大勢の国民の前で、キスまで――頬にだが――してみせた。これからの人生を共に歩むパートナーとなった二人には、キスだってそれ以上だって許されている。それこそ、裸を見せ合ったり(一方的にミハヤが脱がしているが)、素肌を思う存分撫でくり廻したり(やはりミハヤが……以下略)、入れたり出したりだって自由自在のはずである。

 勿論、当のミハヤに本番をする気はこれっぽっちもないのだが、あまりにも彼が大げさに慌てるので、段々とタガが外れて楽しくなってきた。

「うふふ」

 ふう、と耳元に顔を寄せ、息を吹きかける。

「うあっ! やめろっ」

 アルヴィフリートは腰の上にまたがり上半身を弄くりまわるその手を、どうにか止めようともがくが、前述したようにひらひらした服の裾を踏まれてしまっているため思うように動けない。

「そうだわ、陛下。やはり致す時にはキスからはじめるのが定石ですよね」

「は、キス……?」

「口づけのことですよ。昼間、式のときにも結局しませんでしたし、とりあえず今改めてしておくのもいいかもしれませんね」

 身をかがめたミハヤは、そっと陛下を見下ろす。

 苦悶に満ちた表情と、額に浮かんだ汗。ぎゅっと寄せられた眉がなんとも色っぽく、これがまたS心をくすぐるのだ。

(別に私Sじゃぁないけど)

 誰にともなく付け足して、ミハヤはゆっくりと夫の唇に顔を寄せた。

「陛下、――陛下?」

 唇が触れ合うまで数センチ。あとは目を閉じ、唇を合わせるだけとなったその時、ふとあることに気がついた。

 先程から必死に繰り返されてきた抵抗が止んでいる。

 大人しく諦めたのか?

 と思えばそうではなく、組み敷いた夫は額に脂汗を浮かべて顔面蒼白のまま気を失っていた。

「え? ……えええっ!?」

 数秒慌てふためいた後、ミハヤはそっと廊下に出て行き隣室で控えていたナティーシャを呼んだ。

 新婚初夜に夫が気絶。

 こうして、なんとも情けない夜は更けていったのだった。

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