第七章
わーい、新しいのが届いたー!(ガキ)
さて、第七章です。
今回は、どうなることやら。
僕がアヤメさんのところに着くと、アヤメさんは建物の扉を肩で押して開けてくれた。
扉は二つになっていて、押しても引いても開けられるタイプの両開きの扉だ。
そのまま扉を肩で止めながら、「じゃあ、入ってください」と言われたので、お礼を言い中に入った。
真四角の建物も他の建物と変わらず、灰色に銅という質素な感じだった。
ひび割れた壁がそこらじゅうに転がっていて、後は何もない。
この世界と同じく、面白さは全く見つからなかった。
さっきまで色々な事が立て続けに起き続けていて、何だか自分の世界が変わりつつあるのかと思えたが、だけど、やっぱりこの世界を抜けてはいないんだと実感させられた。
自分の心の中で芽生え始めた、見えない希望は目に見える現実に打ち砕かれた。
当たり前の景色が僕をここまで傷つけてくる。と、その時。
「……? ワタルさん、こっちです!」
と、ネガティブな思考を止めてくれる声が頭に響いた。
アヤメさんに今はとりあえず感謝したいと思った。
あのまま考えていたら少し前の自分に戻っていたかもしれない。
それだけは、何か嫌だった。
「ワタルさん?」
もう一度名前を呼ばれたので、すっぱりと考えるのをやめて、
「すいません。今行きます」と答えた。
アヤメさんはこのフロアにある一番奥の柱の前で立っていた。
柱は異様に大きく、少し目立っている。
アヤメさんの元に行き、なにか握っているアヤメさんの手元を見てみる。
よく見ると、なぜか柱に鍵穴があって、そこに鍵を入れようとしているみたいだ。
荷物を持っているせいでうまく入らず、大変そうだ。
「僕がやりましょうか?」と聞くと、アヤメさんはこちらに笑いかけ、
「すいません。ありがとうございます」
と、鍵を渡してきた。
僕は鍵を受け取り、鍵穴に入れる。
鍵はすんなりとはいかなかったが、入ってくれた。
なるほど、大変そうだった訳が分かった。
鍵を回すと柱に線が浮き出て、線の内が動き出した。
《ただの風景》だった柱が、急に《意味を持つ物》のデザインになり、僕は腰が引けてしまった。
その線の動きは少しずつ弱まり、真ん中の辺りが長方形に凹んだところで動きは止まった。
アヤメさんは特に驚くこともなく凹んだ部分の前に立っている。
前に立ってから3秒くらいすると、凹んだ部分が自動ドアのように開いた。
アヤメさんはその中に入り、
「さあ、ワタルさんもどうぞ」と言ってきたので、僕は恐る恐る足を中に踏み入れた。
少し中に入り、周りを見る。
柱の中は、柱をそのままくり抜いたようになっていた。
四角くそこだけ切り抜かれたような空間で、そこそこ綺麗だ。
銅色がないとは言えないが、白がベースなのが良くわかるほどだ。
アヤメさんにこれが何か聞こうとすると、その前にアヤメさんが先に話しかけてきた。
「ここはエレベーターになっているんですけど……。ただの柱のようにして隠してるんですよ」
言われたことは大体わかったが、なぜこのようにして隠しているのかが分からなかった。
「なんのために隠してるんですか?」
僕が質問すると、アヤメさんは僕と顔を合わせず、
「一応基地みたいなものですから、誰にでもわかってしまうと困ることがあるので……」
と呟くように言われてしまった。他にも聞こうとしていたけど、ちょっと聞けるような空気では無くなってしまった。
「動くので足元が揺れますよ。気をつけてくださいね」
アヤメさんはそう言いながら扉の横にあるボタンに手を伸ばしていた。
扉の横にはボタンが三つ、三角形に並んでいて色がついている。
上の一つは赤く、下のふたつは右側が緑で左側が青かった。
その中から、アヤメさんは下の青いボタンを押した。
ボタンを押してからすぐにエレベーターは動き出し、どうやら下がっているようだ。
それが気になり、「アヤメさん。これって……下がっているんですか?」と聞いてみる。
「実はこの上には何もないんです。全部部屋は地下にあるんですよ」
と答えてくれたが、とても驚いたせいかよく理解ができなかった。
「あの、全部下って? 自分たちで作ったんですか!?」
アヤメさんは僕の声に少し驚いたが、「はい……全部、皆で作ったらしいです」
と続けてくれた。
アヤメさんの言葉の最後が気になって、「らしい?」と聞いてみた。
「私がこの場所にきた時はもう出来てたんです……。だから話を聞いただけなんですよ」
なぜか申し訳なさそうに答えてくれた。
なんだかアヤメさんに悪いことをしたような気がして、
「なんか……ごめんなさい」と、思わず謝ってしまった。
「え、あ、大丈夫ですよ。謝るような事でもありませんし……」
確かに謝るのは変かもしれないけど。
謝っても悪いことではないんじゃないかな? とか考えているとエレベーターが急に止まった。
いきなり揺れて驚いたが、
「きゃっ!!」
と叫んで(悲鳴を上げて?)膝から崩れたアヤメさんを反射的に支えたので、逆にこっちの方が驚いた。
僕の腕に体を預けていたアヤメさんは
「あっ! ご、ごめんなさいっ」
といって後ろに引いていったが、すぐに壁に頭をぶつけ、少し涙目で頭の後ろをさすっていた。
こうみるとアヤメさんは天然な人っぽく見える。こけたり頭ぶつけたり。
うん、まあ、そこは女性として怖くない部分がみれて嬉しいかぎりだ。
「えーと……大丈夫ですか?」と僕が聞くと、「は……はい、大丈夫です。えと、こちらに……」
そして、アヤメさんが先に行こうとして、閉まっていた扉にぶつかった。
扉が開いていないことは見ればわかったのに……。
慌てていたのか、相当焦っていたことがわかった。
アヤメさんはぶつかった場所を右手でさすりながら、左手で青いボタンをもう一度押した。
ボタンが押されると、閉まっていた扉が少しづつ開いてくる。
僕はその隙間から漏れ出る光に、目を殺られた。
エレベーターの中は電気がついていたが、それとは大きく違う鮮やかな光だった。
もっと、白く、きれいで、神々しい光だった。
強すぎる光に閉じた瞼がようやく慣れた所で目を開けた。
目を開けると、そこにこの世界ではありえない様な光景があった。
そこらじゅう、傷のない壁が全くくすみのない白で広がっている。
それだけじゃなく、床にはタイルが敷き詰められていた。
アヤメさんが歩くと共に、綺麗な音がしている。
カツッ、カツッと小気味のいい音が耳に入ってくる。
僕はこの空間に感動した。
いままで白の壁というものさえしっかりと見たことさえなかったのに、今日は正に純白を見れた。
足音を出そうとしても、歩くと壊れる床の上しか歩いてこなかったのに、今はどうしても音がなる、綺麗な床の上に僕は立っている。確か、この床はリノリウム、とか呼んだはずだ。
少し前の世界は、これが普通だったのかもしれない。だが、今の世界では正に奇跡だった。
とても驚いて、くるくると回りながら廊下を見ていると、アヤメさんに呼ばれた。
僕が嬉しがって壁とか床を大はしゃぎで見ている間に、アヤメさんはいつの間にか先に行っていた様だ。
少し急いでエレベーターをでると左と右に長く廊下がつづいている。
いくつか扉があったが、アヤメさんは左の廊下の1番奥にある扉の前で足を止めて、
「あ、それでは、この部屋に入って下さい」と言って、先に部屋に入っていってしまった。
僕は浮かれてキョロキョロしながらも足を進めて扉の前についた。
僕は扉のドアノブに手をかけようとして、自分の手が汚れていることに気づいた。
なんだか汚い手で触るのがとても悪い事のような気がして、ズボンで手を拭く。
もう一度自分の手を確認するが、結局あまり綺麗とは言えなかった。
そんな訳で、人差し指と親指だけでドアノブに触れた。
指先に力を入れて少し開け、あとは比較的普通な(おせじにも綺麗ではない)肩でぐいっと押した。
中に入るとそこにはファイルが散らばって置かれた机と、ホワイトボードしかなかった。
机には白衣の女性が伏せていて、左手にはビンを持っている。
……ちょっとがっかり。
「あ~! 先生! 何やってるんですか!? また飲みながら寝たんですか!?」
アヤメさんが初めて会った時と同じ様になった。
やっぱりスゴイ迫力だ。
「あれだけ飲んじゃダメッていったじゃないですか! も~、先生、今回はどこにお酒を隠してたんですか!?」
あぁなるとアヤメさんはとりあえず色々聞いてくることが分かった。
こうやって僕は色々なことを分かって来ているけど、これが外の世界に飛び出したからなのか、実感は湧かなかった。
「あぁ、ホントにも~…………」
アヤメさんはまだちょっとした文句と質問を繰り返している。
しかし、さすがに女性が気になって来て、
「あの……アヤメさん? どうしたんですか?」と聞いてみた。
アヤメさんは僕を見て、突然顔を赤くしてあたふたしだした。
「え、ハイ!? ……えーと、あの……これは……いや、この人は……」
そこでアヤメさんは一度俯いて、女性の肩に手をかけ、少し揺らしながら
「……こっ、……この人は私達医務班の班長なんですよ……」
完全に苦笑いで言っている。
アヤメさんが無理して頑張っているのが分かったから、そこはとりあえずツッコまない。だが、僕はまず医務班というものがあるということを知らなかった。
しかし、文字の感じで理解はできたから、自分の中ではいいことにした。
アヤメさんはそのままずっと女性のことを揺らしているから、少し落ちつくのを待つことにする。
アヤメさんは思っていたより早く元に戻った。
顔の赤さは引いたし肩を揺らす手も止まった。
そうなると結局話が切れてしまって、気まずい空気が流れる。
こんな時は、
「あの! 僕はなんでここに連れて来られたんですか?」
メグム直伝、《テンションを上げて話す》を使おう。
ちなみに、これは最初から気になっていた疑問だ。
「えーと、それは私じゃなくて、この先生が知ってるんですよ」
アヤメさんはまた肩を掴み直している。
「あの、私はショウタさんにワタルさんを医務班に連れて行くよう、頼まれただけなんです……」
なろほど、じゃあ僕はこの伏せている女性に聞くしかない。ここに連れて来られた理由を。
「だから……あの! 先生! ホントに起きてください! せ~ん~せ~い~!」
そう言ってアヤメさんが叫ぶと、ついに女性はむくっと顔を上げた。
女性は頭を掻き、起きてすぐの目をさらに細めたまま、
「ん、あ? どうしたのアヤメ? そーんなデカイ声出してぇ」
その女性の喋り方はすこし男っぽかった。
「どうしたじゃありませんよ……。ワタルさんを連れてきたんですよっ」
アヤメさんが僕の名前を出すと、女性は僕の方を見てきた。
僕は頭を下げて女性の方を向いた。
「あー、うん。君がワタルくんね?」
女性はそれだけ言って机に散らばったファイルの一つをパラパラとめくり始めた。
「先生……またこんな汚したんですか……もう……」
アヤメさんが肩を落としている。
いつも何があるのかちょっと気になる。
「ねー、アヤメ。今日はこの検査よね?」
女性はアヤメさんにページを見せて、目線は僕を見てきた。
「私もついさっき聞かされたんだけどさ。君、ここで検査を受けてくれない?」
突然そう聞いてきた。
僕は、ここの説明以外他に何も聞かされていなかったから「あの・・・何の検査ですか?」
と、当然の質問をしてみるが、「まっ。そういう事は検査の結果の時に話すから。ねっ? いいわよね?」
その言葉に呆然として、「え」
ぐらいしか言えなかった。
そして、
「い・い・わ・よ・ね?」
という営業スマイルと共に言われた次の言葉に、
「はい、お願いします」
つい押し切られてしまった。
……僕はやっぱり女の人に弱いのかもしれないと思ってしまう。
女の人はみんなこうなのか? それはなんか嫌だ、という考えは当然強くなっていく。
「はいありがとう。私の名前はレイナ。検査、よろしくね?」
やっと名前がわかったところなのに、そのまま検査になった。
初めは血を取るといったが、僕は注射が苦手だったから断った。
しかし、あのスマイルを近距離で喰らってしまい、(なにか黒いオーラが見えるのは僕の気のせいだろう)で、暴れるわけにもいかないので結局血を取られてしまった。
この後はどうやら特殊な機械を使うらしい。
「大丈夫、台にねてもらうだけだから、ね?」
と、言われたがまずそんな機械が見当たらない。
何度見渡してもホワイトボードと机しかない。
レイナさんは椅子に座ったまま机の引き出しを開けて何かを探しているようだ。
僕は何も出来ないままただ白い壁を見つめているしかなかった。
「おっ! あった!」
レイナさんはそういいながら机からだした黒くて四角いものを僕の見ていた壁に向けた。
カチッ!
レイナさんが真ん中にあったボタンを押すと、なにやらただ白いだけの壁が動き、その中から銀色の扉が出てきた。
……ここはカラクリだらけなのか?
エレベーターといいこの場所といい……。
思わず口が開いていたようで、「口が開いてるわよ」とレイナさんにツッコまれてしまった。
「あなたはもうセイヤに会った? 会ったなら多分分かるだろうけど。これは彼が作ったのよ?」
僕は急に言われたことと、純粋な驚きから「すっ……すごいですね」としか言えなかった。
「ちなみに、ここにあるこういう機械は、全部そうなの。床から何まで、ね」
レイナさんはフラフラと歩きながら扉の方にいった。
レイナさんがつくと扉はスムーズに開いた。
へぇ……セイヤさんはホントにすごいな。
「……先生、フラフラしてるじゃないですか……」
アヤメさんがレイナさんを心配なのが良く伝わってきた。
「さっ! ここに寝て」
ベットをバシバシ叩いて言っているが、そのベットには曲線状にに曲がった物が両サイドについていて、少し怖かった。
「お願いします」
近くにいたアヤメさんに頼まれたので、ベットに向かった。
僕がベットに寝ようとする時には、アヤメさんはさっき取った僕の血の容器を機械に差し込んでいた。
レイナさんはベットの両サイドのものから出たコードと繋がっているパソコンの前に座っている。
僕がベットに寝ると、「中では動かないでね?」 と言ってパソコンで操作している。
「始めるわよ」
僕が返事をすると、レイナさんがパソコンのキーを押す。
キーが押されると同時に両サイドのものが起き上がり、僕の目の前でつながった。それがつながると、ベットは上の部分がないカプセル状になり、光り始めた。
柔らかな光は段々広がっていき、僕を包みこんだかと思った瞬間、するりと光が消えた。
そのままカプセルは開き、元の位置に戻った。
僕が体を起き上げると、パソコンの横にある機械から、何か紙が出てきた。
レイナさんは紙に手を出しながら、「少し待ってて」
と言ってきたので、これ以上靴をはいたままベットに乗るのは嫌だったので、ベットからいったん降りて、ベットに腰掛けていた。
ちなみにベットに乗る前に確認をとったが、靴のままでいいと言われた。
レイナさんは紙を見て
「……ビンゴ……ね」
そう小声で言った気がした。
良く聞こえなかったので本当に言ったかどうかは分からない。
「アヤメ。これをショウタに渡してきて」
と言って持っていた紙をアヤメさんに渡している。
「ショウタじゃなくて隊長です」
アヤメさんはそう言ってから部屋から出ていってしまった。
レイナさんはアヤメさんが出て行くのを見送ってから、「さっ、さっきのアレの説明を始めようか」と言ってきた。
僕は何の検査か気になっていたので、「お願いします」と話に耳を傾ける。
「最初に聞いておくけど。……本当に撃たれたんだよね?」
僕は確かに撃たれたはずだ。
自分のお腹をさすってから「ハイッ」と答えた。
レイナさんは僕の言葉に少し笑って、説明を始めてくれた。
さあ、つぎはどうなるやら!
何を隠そう、期待しているのは読者さんだけじゃなかったりします。