パクラー 永沢綾の言い分
#### 第1章:被害者という名の聖域
「……嘘。なんで、あいつが」
廊下に貼り出された『全国高校生小説コンクール・優良賞』の報せを見た瞬間、永沢綾の視界は真っ赤に染まった。そこには、櫛田茉莉子の名前が誇らしげに刻まれている。
綾の脳内では即座に、ありもしない「物語」が組み上がった。
茉莉子はこの受賞で大金を稼ぎ、雑誌に載り、みんなからチヤホヤされるに違いない。それは本来、自分のような「正しい感性」を持つ人間が手にするべき果実だった。
「これ、私からパクったやつだ……!」
綾は震える声で、周囲のクラブメイトたちに言い放った。根拠などなかった。
実際は茉莉子は綾からパクリなどなにもしていない。
だが、彼女の心の中では、**茉莉子の成功=自分の何かを盗んだ結果**という方程式が完璧に成立していたのだ。
#### 第2章:神が与えた「証拠」
しかし、パクリだと言いふらしても、周囲の反応は鈍かった。綾は焦った。証拠がなければ、自分が「可哀想な被害者」として君臨できない。
そんな時、彼女は運命的な発見をする。
あるアニメの同人誌アンソロジーをめくっていた時、茉莉子の受賞作にあったフレーズと瓜二つの台詞を見つけ出したのだ。
「やっぱり……! 私からもパクったけど、この人からもパクってたんだ!」
茉莉子は綾からパクリなどしていない。だが何故か綾は勝手にそう思い込む。
綾の確信は「真実」へと昇華された。彼女にとって、一部が似ていることは全体が盗品であることの証明だった。これで、茉莉子を心ゆくまで「正義の鉄槌」で叩く大義名分が整ったのだ。
#### 第3章:すれ違う善意の悲劇
一方、当の茉莉子は地獄の淵にいた。
彼女は、好きな歌詞のタイトルや謡曲、宗教家である父の祈りの言葉、そして立ち読みした同人誌の印象的なフレーズなどを、あくまで「自分一人のための習作」としてノートに書き溜めていたに過ぎなかった。
その一部で出来のいい物を原稿用紙に清書して、それを、県の詩人クラブに所属もしている顧問に添削してもらおうと預けたのが運の尽きだった。顧問は茉莉子に無断でその原稿を応募し、多忙ゆえにその事実さえ忘れていたのだ。
受賞してから茉莉子に報告したのである。何もかも後の祭りだった。
受賞作といっても、文集にタイトルと講評が載るだけ。金銭も全文掲載もない。だが、綾が先導する「無視」と「いじめ」は、好美たちを巻き込んで茉莉子をじわじわと追い詰めていった。
受賞の際に何があったかを、茉莉子は同じクラブの坂田好美に相談していたのだ。そのときは、能や歌詞のタイトルの事を話したが、同人誌アンソロジーの事は話せなかった。
好美は、綾の指示通り、茉莉子を無視するようになった。
#### 第4章:偽りの許し
茉莉子は恐怖に震えながらも、同人アンソロジーの作者に連絡を取った。
「偶然、同じフレーズを書いてしまいました」
そう、精一杯の言い回しで謝罪した茉莉子に対し、その作家は手紙でこう返した。
パクリをそのまま告白するには、あまりにも恐すぎたのだ。場合によってはこの同人作家も高文連の事件に巻き込む事になるかもしれない。悪い想像ばかりしていた。
『私たちの感性が通じ合っているのですね。嬉しいです』
茉莉子はその言葉に救われ、許されたのだと思い込んだ。二次創作BLというジャンルへの負い目もあり、習作が招いたこの事態をこれ以上大きくしたくないという一心で、彼女は口を閉ざした。
だが、それは**致命的な見誤り**だった。
事態は最悪の予想よりも最悪となっていったのだ。
#### 第5章:正義という名の集団リンチ
綾はこの「和解」さえも許さなかった。
彼女は執念で同人作家を特定し、茉莉子が何食わぬ顔で学校生活を送っていると密告した。作家のプライドを煽り、憎悪に火をつけたのだ。
学校の内外で茉莉子への攻撃は過激さを増していく。
綾はついには自分が受賞者と名乗り、茉莉子の受賞はなかったことにする。
その上で、一行も小説を書いていなかった綾が、正当な受賞者として、全校生徒が見守る壇上で、**「私は櫛田さんにいじめられていた」「彼女にネタを盗まれ、脅されていた」と、涙ながらに大嘘をついた。**
ちなみに、茉莉子と綾が所属していた文学研究部の部長は戸辺奈緒子という別人である。奈緒子は、高文連の小説コンクールで茉莉子のように優良賞ではなかったが、入賞はしていた。その奈緒子を押しのけて、壇上でうっとりと演説を行うのは快感だった。根拠は学歴。教員の嶋藤が、国立のG大学に合格した綾と、M短大に行った奈緒子では学歴が違うと言ったのだ。
実際に小説コンクールに小説を書いて提出し、入賞した奈緒子には発言権さえもたせず、一行も小説を書いていない方を受賞者として登壇させるという気の狂った判断を行い、恥ずかしいとも思わない。
綾が、嫉妬に狂った虚言癖の果てに、最終的には結婚式乗っ取りまでやろうとした悪意の源は善意と正義感である。
「私は、あの子を更生させてあげたいだけなの。被害者として、当然の権利でしょ?」
綾は今でも、自分の何が悪いのか1ミリも理解していない。彼女にとってこの活動は、悪を挫く聖戦なのだ。
密告された同人作家もまた、ダークに茉莉子を攻める。
画面の向こうで茉莉子が絶筆し、この世から消え去ることを毎日熱心に祈り続けている。
誰の目にも見えない悪意の連鎖。
歪んだ「正義」に酔いしれる者たちが、一人の少女の命を削り取っていく。
この物語に、救いという名の出口は見当たらない。




