貴方は、幸せでしたか?
短期バイトで訪れた先。そこに、貴方はいた。
同じ歳頃。小柄で細くて。見た目や仕草、話し方は男性。だけどどこか柔らかさというか……うまく言葉にできないが、中性的な空気感を纏っていた。
男性なのか女性なのか、まったく分からなかった。
そこで働いたのはほんの数日。だけど、明るくてサバサバして妙に人懐っこい貴方とは急速に距離が縮まった。
しばらく経ったある日、飲みに行った。
「友達を連れて行ってもいいか」と聞かれ、私は快諾した。
貴方の友達なら間違いなくいい人だろう、そう思ったから。
だだっ広い座敷に大きな黒机がゆったりと点在していて、賑やかだけど周りの会話は聞こえない。そんな店だった。
貴方の友達もやっぱり性別不明で。だけどいい子で。すぐ仲良くなり、3人でずっと笑ってた。
盛り上がってる最中、不意に会話が途切れる。誰しも、そんな経験があるでしょう?
あの日も、そんな瞬間が訪れた。
その時のことを、私は今でも覚えている。
貴方達は目配せをして軽く頷き、揃って私を見た。
真顔になった貴方は正座の姿勢を取り、硬い声で言った。
「大事な話がある」
膝に置いた拳はこれ以上無い程強く握られて、棒のように真っ直ぐ伸びた腕からも貴方の緊張が伝わってきた。
「俺……俺達は……レズビアンなんだ」
一字一句覚えているわけじゃない。なにせ20年ほど前の出来事。──なぜかこの時の映像だけは褪せること無く残っているのに──言葉は壊れかけたビデオみたいにあちこち飛んでいる。
けれど、こんな感じで端的に告げられた。
しばしの沈黙。
貴方達は、私を見つめたまま微動だにしなかった。
「うん。それで?」
あっけらかんとした私の言葉に、2人の口がパカリと開いた。
「えっ…………え、あの、だから、俺達は女の子が好きで………」
「うん」
「えっ…………?」
「いや、なんとなくわかってたし。だから?」
「え……………………………………?」
「あ、ごめん。私は恋愛対象が男だから。友達以上は無理だからね?」
「いや、うん、えっ、じゃなくて………あの、受け入れられない、とか……」
「なんで? 貴方は貴方でしょう。なにか問題がある?」
こんな会話を何度か繰り返し、最終的に貴方は喜びを爆発させた。
隠したままは嫌だ。だけど、告げたら嫌われるかもしれない。でも黙っているのも苦しくて…………と悩みに悩んだ末、今日は覚悟を決めて来たのだと貴方は打ち明けてくれた。
今でこそLGBTだ多様性だと言われるが、当時はそんな言葉もなく。偏見にまみれた苦しい日々を過ごしてきたと貴方達は教えてくれた。
喜びに満たされた笑顔の中に泣きそうな苦しそうな表情が見え隠れして、「あぁ、貴方達はまだその日々の中にいるんだな」と思ったことを覚えている。
二人とも、海外で性転換をする為に金を貯めていると教えてくれた。
貴方に同じ悩みを分かち合える友がいたこと。それがたまらなく嬉しかった。
彼女が出来たから紹介したい、と会わせてもらったこともある。
当時一人暮らしだった私の家へ泊まりに来て、2人で語り明かした日もあった。「彼女と揉めたけど、そういう仲じゃないと説得して泊まりに来たんだ」と言っていた。
彼らの恋愛対象は同性なので、私と会うのは彼女から見たら不安材料なのだと。逆に、男性と泊まるのは問題にならないのだと教わった。
彼女を不安にさせてまで来るなんて駄目じゃないか、と叱った。
「でも、お前の存在はそういうのじゃないとわかってほしかったし、今日はどうしても来たかった。だからいいんだ」
貴方はそう言って、ほんのり寂しそうに笑っていた。
彼女は異性愛者だったのに、貴方に惚れてレズビアンになったのだと。「すごくいい女なんだ」と、彼女への想いを語る貴方の顔は穏やかで柔らかかった。
生きづらさを抱えながらも笑顔を絶やさず、いつも朗らかに過ごす貴方との時間が楽しかった。
貴方の話を聞くのが好きだった。
それがずっと続くと思っていた。
思っていた………のに。
あれはいつ頃だっただろう。深夜、突然電話が鳴った。
ベロベロに酔っ払った貴方からだった。
「元気かぁー?」
貴方はやたらハイテンションで、まともな会話は成立しなかった。
「俺はな、俺はなぁ!」
受話器の向こうで貴方は叫んでいた。
投げやりな様子で悲壮感を漂わせていて、私は必死で声をかけ続けて。
だけどこれも、その時の真っ暗な部屋と断片的な貴方の声が残っているだけだ。
もういい、もういいんだ。
俺はもう消えることにした。
俺はもう消える! いなくなる!
俺なんて、いない方がいいんだ。
最後にお前と話したかった、元気でな、じゃあな。
こんな言葉を繰り返す貴方に「切るな、今どこにいるんだ、迎えに行くから」と何度も伝えたが結局会話にはならず、一方的に通話は切れた。
すぐさま折り返したが電源が切れていて、何度かけても繋がらなかった。
その後、二度と繋がることはなかった。
もう、電話番号も貴方の本名も忘れてしまった。
今では顔や声も朧気になっている。
けれど、貴方を忘れたことはない。
今でも、断片的な記憶を思い出しては「今、どこにいる?」と心の中で語りかけている。
LGBTの方を見かけると、ひょっこり出てきたりしないかなと思う。
貴方は今もどこかで楽しく過ごしている。
──根拠も無いのに、何故か私はそんな確信を持っているのです。
貴方は今、どこにいますか?
私といた時、貴方は幸せでしたか?
今、幸せですか?
みっちゃん。
貴方にまた、会いたい。




