オロチノモノガタリ Chapt 3
*ハリネズミとロベルト*
『父さん、あれ、あれっ!』
12〜3歳と思える少年が空を指さしながら近くのトマト畑で作業をしている父親を呼ぶ。
『父さんっ!!大変だっ、あれ見てよ!』
父親はトマトの収穫に集中している。大豊作のようで大きく完熟間際のトマトが所狭しとぶら下がっている。
『なんだ?アンディ。今回もドゥーエのおかげで大収穫だ。のんびりしてると完熟してしまって出荷出来なくなっちまうぞ』
父親は熟練した手付きで手早くトマトを選別しながら収穫している。木箱に並べる顔に満足げな様子が伺える。息子の呼びかけに答える余裕はないようだ。
『父さんっ!いいからちょっとだけあれ見てよっ!!』
『…なんだよアンディ、そっちの列の収穫は終わっ…』
そこで父親の動きが止まる。息子の指差した方向、西の空に見えたものは
『…す、彗星?!…』
息子のアンディが父親の真横まで来る。顔を青くして不安げな表情だ。
『…やっぱり彗星?不吉なんだよね?』
ごくっ
父親が生唾を飲み込む音がはっきり聞こえた。二人の視線の先には西の山の上に青白く光る何かが山嶺に沿って移動しているのが見えた。父親はいったんぎゅっと目を閉じ、指で目を擦ってから再び目を開ける。父親の希望に反して?光る何かはまだ西の山の上に見え、移動していた。山嶺から山間に入る様な動きにも見える。
『…た、大変だ、母さん、ルチア…』
『二人とも多分家にいるよ。どうする?父さん?!』
『…ト、トマトが…ルチア、母さん、でもトマトが……』
父親は明らかにパニックだったが、ギュっと目を瞑ると、自宅に向かって走り出した。慌てて息子のアンディも付いて行く。15年連れ添った嫁のマルティナとまだ4歳の娘のルチアが心配だった。トマトの収穫には後ろ髪を引かれたが家族の方が遥かに大事だった。
(あれは、あの彗星は昔爺さんから散々聞かせれたアレなのか?まさか俺の代になって何でこんな事に…大変だ…大変だ……)
*
(心配だ…心配だ……)
カリカリカリッ
男が部屋の中で右に左にとうろうろ歩きながら煙管を蒸している。…いや、蒸すと言うよりも煙管に噛み付いている。
(全く、御庭番も付けずに緋威様をエウロペになど…緋威様に何かあったらどうするつもりなのだ。いくらヒトツキ様が付いているとは言え上様と来たら…緋威様も緋威様だ。ノリノリでこんな異国の地に乗り込むんだから…ほんとにあの親子ときたら…だいたい何だあの“忍影”ってのは?武士は正々堂々と刀にて生死を決めるものだ!プンプン!)
カリカリカリカリッ
男は時折激昂して煙管に噛み付きながら左腰に刺した日本刀に手をやる、なんなら右手で刀の柄を握りながら左の親指で鯉口を切っている。
『服部艦長、危ないから刀は抜かないでくださいよ』
慌てた風でもない声が聞こえる。声を掛けた者は自分がやっている作業から目も離さずに声をかけた。部屋はかなり広く他にも五人いて、合計七人の男がこの部屋にいる。…いや、一人だけ同じ黒衣で女性がいる。その女性が服部艦長に声をかけ(釘を刺し)たようだ。服部艦長はその声が耳に入ったようで渋い薄目になった。折角爆上げしたテンションに水を差されて白けたような薄目になる。そのまま首をガックリ折ながら後ろを振り返って声を掛けてきた男装の女性に話しかける。
『……千景よ、お前は心配じゃないのか?緋威様が』
千景と呼ばれた男装の女性は初めてちらっと服部艦長を見る。黒髪をショートにして軽く右目にかけたショートボブ。が、目線は鋭い。と言うより怖い。まだ17~8歳のよう歳の様に見えるが、クールビューティの二段上位の怖さがある。彼女の前には計器パネルに見える機械があった。明らかに科学が中世レベルと思われるこの時代にとても似つかわしくない。ただ、現代の操作パネルの様にモニターや細かい計器類、スイッチ等があるわけではなくもっとアナログな金属製の針のメーターとレバーが並んでいる。千景はそれらを慣れた手つきで操作しながら服部艦長に向かってゆっくりと話し出した。
『艦長、いい加減緋威様を信頼なされたらどうですか?緋威様は私より三つ年下ですが、帝都エド最高訓練機関”シンカゲリュウ”で私と一、二を争った強さでした。…ヒトツキ様と”合身”なされてからは私では手も足も出ない程強くなられましたが……それまでは私の方が僅かではありましたが強かったのですが…』
ぐにゃ
千景の手元にあった固そうな金属製のメーター針が曲がった。
『確かに緋威様は上様の御子息として武芸にも天賦の才がありましたが攻撃と防御の切り替え時や、個々の技の完成度等にも甘い部分があって付け込む隙はあったのです。それがヒトツキ様と”合身”なされてからは技をモノともしない爆発的な程の速度、剛力、ヒトツキ様の能力を使わずとも手も足も出なくなってしまいました…』
ばきんっ
千景の手元で先程のメーター針より遥かに太い金属製のレバーが折れた。唯でさえ他のクールビューティーより二段階は怖かった顔がもう一段階怖くなる。千景の全身から負のオーラが発生し、瞬く間に部屋中に充満する。千景の後方にいる残りの男達が怯え出す。
『…お、おい、誰か止めろよ…予備の部品が足りなくなるぞ』
『…無理だよ、千景を止めるなんて服部艦長か御庭番、忍者でもかなりの上位の者でないと…あ、またレバー折った!』
…中々の人間ドラマが展開されているこの部屋はどう見ても戦闘艦の艦橋に見える。それも第二次世界大戦時の戦闘艦だ。服部艦長の前にはガラス張りの視界の良い壁があり、そのそのガラス窓の視界の先やや下方に二連装の艦砲のようなものもある。中世の帆船は30メートルもあればかなりの大型船だがそれよりも遥かに大型のように見える。しかし第二次世界大戦時の戦闘艦にはあった煙突は見当たらない。それなのに帆を張る為のマストも見つからない。如何にしてこの艦は移動するのか…
*
ミツキは不満だった。獅子奮迅の大活躍(?)で木の怪物を撃退し、ヒトツキの兄者に逃げられ(?)つつもトロワを通しての説明とミツキ得意の全身を使ったボディランゲージでテーブルの上全体を使ってのパフォーマンスを行いニンゲン達の理解を得(町長のアリゴにお尻雷撃した事は忘れている)、トロワ、カティ、ソフィーの三人娘にミツキが如何に有能で優しくて頼りになるかと言うエピソードトークをさせて(?)ニンゲン達の尊敬の目を一身に受け、トロワのオッパイのソファで御満悦……のはずだったが、何か違う。
トロワのオッパイソファ。これはとても心地良い。〇(マル)。
ソフィーのオッパイも心地良くていいのだが、すぐ寝てしまう。…まあこれは何時もの事なので△(サンカク)。
カティが何時の間にかテーブルの反対側に行って髭面のニンゲンのオスにトロワ程ではないものの、結構心地良いオッパイをオスの腕に押し付けている。これは明らかに求愛行動なので×(バツ)。
ドゥーエと言う保護対象の少女。痩せっぽちでオッパイも在るかどうか解らないレベルなのだが、明らかに発情しながら髭面のオスに欲情の視線(ミツキにはそう見える)を投げかけている。考慮…………△→×。
…と言うわけでミツキは大活躍の割に尊敬の念を集められていない事で不満を感じていた。
__(…何か面白くない)
ミツキはハリネズミだが目をかなり細めて不満顔だ。このテーブルを囲っているのはニンゲン六人。先程まではスーパーハンデを背負いながらミツキ独壇場の説明会だったが説明が終わって現状が伝わるとあっという間に会議は煮詰まった。そりゃそうだ、木の怪物一体でも四苦八苦していたのに三体も同時に現れたのだ。この町の防衛力でどうにかなるものではない。ウィタリ北部で大きな街であるトーリノ、ジェノベーゼに救援を乞いつつ王宮に報告を入れる…それくらいしか思いつかなかったし、それ以外の手段もなかった。それまでは三人娘そろってミツキを褒めて、感謝して、崇拝して(ミツキ調べ)くれていたのにあっという間に重苦しい雰囲気になってしまった。もっともカティとドゥーエは発情しているが…。
__(ニンゲンって不思議な生き物だよな…)
トロワと接して意思疎通ができるのは都合が良いと拾ってやったニンゲン(ミツキ目線。決して拾ってもらったではない)だったが、戦闘力が全然ない。なのに自分達より強そうな猪や熊に戦いを挑む。肉やら毛皮やら使うらしい。肉を食べるのは解らなくもないがたいして旨い物でもなし(ミツキ味覚)、毛皮なんか何に使うんだか。驚異の排除という意味は理解できるのだが…自分より強いものに向かっていくなんて…。ミツキにとっては簡単な獲物でも彼女達にとっては命懸けだ。…というより熊相手なら彼女達の命はないだろう。
熊でも鹿でもミツキからすれば簡単だ。索敵用の静電気を飛ばしそれに反応したら雷撃を頭に当てるだけ。生物ならミツキの雷撃の敵ではない。むしろあまり大型の熊や鹿をとると彼女達では運ぶ事が出来ない。そんな時は泣く泣く頭を切り落として(ゲゲッ?!ミツキ感)需要の高い部分だけを持って帰ることになる。頭は討伐証明になるらしい。確かに三つも四つも頭のある生物はいない。羆などはそれでもかなりの収入になるらしい。ミツキにとっては簡単な作業だが獲物をとると三人ともとっても喜んでくれる。町の寄り合い所(ギルドとか言ったっけ?)で金属の円盤状の報酬を受け取った後は、町の店舗でミツキに御馳走を買ってくれる。マドレーヌ(美味しい!)、カヌレ(…そうでもない)、それにシュークリーム(極上!!)!!初めて食べたときは夢中になってしまった。カティはミツキの食べている姿を見ながら
『共食い♡!』
とコロコロと笑っていた。…何となく馬鹿にされてる感があったがそれも気にならないくらい美味しかった。それまでは大して興味もなかった人間だがデザートはとっても魅力がある。…それにオッパイ。このハリネズミの小さい体は彼女達のオッパイに丁度乗っかる。ニンゲン達の道具にソファというものがあったが、まさに極上のソファだ。その極上ソファで満足そうにしていると彼女たちはミツキのお腹を指先でこちょこちょする。最初はくすぐったかったが慣れるとなかなか楽しい。今ではすっかり定番のコミュニケーションとなった。
__(…まてよ?これって餌付けされて手なずけられているんじゃ……(考慮)、……まさかね)
ミツキが回想に耽っているとガーディアンの隊長のロベルトが話を切り上げるように立ち上がった。
『…申し訳ないけどアリゴさん、俺準備があるんで今日は帰らせてもらいます』
明るい表情ではない。俺に任せろと言えない無力感と具体的な提案を出来ない歯がゆさを嚙み殺したような、そんな表情をしている。町長のアリゴもその表情から何か感じたらしく、無理やり明るい表情を作って喋りだした。
『おお、そういえば今度の日曜日だったな。私にはドラジェを多めにな。ドラジェをつまみにグラッパをちびちびやるのがホント大好きでな』
町長のアリゴは嬉しそうに喋る。この趣味は本当の事らしい、笑顔が自然だ。フランクの三人娘は普通の会話と気にもとめなかったがウィタリ生まれのドゥーエが敏感に反応する。テーブルから顔を少し起こして
『…日曜?ドラジェ?』
声は抑えているが少し震えてる。何気なく聞いている風を装っているが…
『ああっ、このロベルトは日曜日にリーナと結婚式を挙げるんだ。引き出物に伝統に乗っ取ってドラジェを出すって言うんでな、私の好物だからちょっと増やしてもらおうと町長権力で…』
ぱきっーーーーーーん!!
__(ん?何だ何だ?変な音したな?)
ミツキが異音にキョロキョロ辺りを見回すと、ドゥーエがテーブルに完全に顔を突っ伏して目と鼻と口から体液を流している。頭と肩も震えているようだ。
__(カイギとやらが長くてシッキンしちゃったのかな?)
ミツキは気に留めなかった。いつの間にかカティもテーブルのこちら側に戻ってソフィーの横に何事も無かったかのように座っている。何故か獲物を逃した猫のような表情をしていたがミツキの観察力ではそこまでは解らなかった。
*
ロベルトは自宅への道を力なく歩いていた。明らかに打ちひしがれている。確かに日曜日には結婚式が待っているがたいした用事は残っていない。あの場に居たくなかったのだ。今日見たあのドライアゴレムの三体の残骸。一体は爆散、残り二体を切ったあの切り口。どれもがロベルトの常識には無いものだった。
ロベルトは鍛冶屋の息子として生まれた。物心付く頃から工場で鎚を打つ父親の側に居させられ仕事を覚えさせられた。父親は職人にありがちな無口な男で、
『必要な事だ。覚えろ』
が口癖だった。嫌だった。嫌で嫌でたまらなかった。ごつくてタコだらけの父親の手。一日中炎にあてられて火傷や火ぶくれのようになっている腕。眉毛や髭もしょっちゅう焦げていたし顔もいつも赤黒かった。それでも一心不乱に鎚を打つ父親の姿。
(俺も生きている間中あんな事をしなければいけないのか?!)
ぞっとした。父親は仕事の邪魔になるからとほとんど酒も飲まなかった。母親もそうだ。食事の用意。洗濯。繕い物。父親の服は一日中炎にあてられているのですぐダメになった。しかし着ていないと火傷が酷くなる。服だって安いものではないので母親は夕飯の後に食器を洗いそれから繕いを始める。父親やロベルトが寝た後も。それでも鍛冶屋の稼ぎはたかが知れていた。完成した農機具や滅多に注文の来ない剣などは高く売れたものの、とにかく燃料代がかかったし、原料の鉄の購入費用、道具の消耗、衣服にかかる雑費などを引くといくらも残らなかった。この苦行が一生続くなんてロベルトには到底耐えられなかった。
それに比べて兵士は恰好良かった。眩しかった。金属製の防具を身に着け長剣を腰に携える。さらに位が上がると馬を与えられて騎馬兵にもなれたりする。ウィタリの北部地域では特にガーディアン(守護者)と呼ばれた。たびたび北方のアルパース山脈を越えてドライアゴレムが飛来するウィタリの北方は特に危険とされていたからだ。ロベルトは木の枝や長めの木材を使って剣術の練習をした。真剣だった。どうせ一日中何かを振り回さなければならないなら剣が良いと思った。大金を稼げるし町中の者から尊敬され、頼りにされる。自分にはこれしかないと思った。父親には仕事も手伝わないで何をやっているんだと殴られた。何度も。母親からも兵士になるのだけはやめてくれと言われた。何度も。しかしロベルトは一心不乱に練習に励んだ。倒れるまで枝の剣を振り、気絶するように寝る。起きるとすぐに練習に戻る。そんな毎日をひたすら続けた。やがて父親は殴らなくなった。ロベルトの子供ながらに余りにも真剣な態度と自分に似て頑固な所をよく理解していたからか。時折複雑な表情でロベルトを見たが何も言わなくなった。母親もロベルトの決意の強さを感じたか、心配する素振りは見せるがロベルトのやる事に否定的なことを言わなくなった。…時折泣いているようだったが。
ロベルトは十歳にもならないうちに兵舎の門を叩いた。本来早くても13~4歳になってから叩く門である。10歳にも満たない、背も150センチたらずのヒョロヒョロの子供が兵舎に来たところで相手にされるはずもない。しかしロベルトは諦めなかった。毎日兵舎に来ては門前で木の枝の剣での練習をした。何日もしないうちに
『あの小僧今日も来てるのか。いい加減しつこいな、誰か行って諦めさせろ』
『アイツたしか鍛冶屋の息子じゃなかったかな?親の手伝いもしないで何やってんだか。いっちょ説教してやりますか』
『なんだなんだ?』
『どしたどした?』
一人がロベルトの方に行くと暇そうな兵が何人か集まってきた。
『おぅ、あの小僧か、今日も来てたのか。えらく熱心だよなぁ。…しかしいくら何でも子供過ぎるよなぁ』
『ああ、せめてもう2~3年後ならまだなぁ』
『あれ?でもあいつ小僧があんまりしつこいんでちょっと相手してやるみたいだなぁ、棒切れ持った』
『ああ、でもあの小僧結構いい動きじゃないか。それに自分の身長の低いのをいかして奴の膝や脛、足首を集中的に攻めて…あっ、足元を意識し過ぎて手首を叩かれて棒切れ落とした!マジか』
『あいつ顔真っ赤になってるぞ、本気みたいだ。止めないとまずいか?』
『おい、アイツ力任せにブンブン振り回し始めたぞ』
『大ぶりになってるから、簡単にかわされて…脛叩かれて、あ、頭にもらった!アイツ頭抱えてうずくまったぞ。おいおい』
見ていた兵士たちは笑い出した。ヒョロヒョロの子供に厳つい兵士がやられるのはなるほど見ていて滑稽だ。
『いててててっ、お前等相手してみろよ!それでも笑っていられるか?!』
しゃがんで頭を抱えながら男が抗議する。その姿が更に見ていた男達の笑いを誘った。
『しょうがねぇなぁ、俺が仇を取ってやるよ』
男達の中の一人がニヤニヤしながら木の棒を拾ってロベルト少年に向かう。しかし口調と違って慎重だ。ロベルトの立ち位置を見ながら距離を調整し、明らかに足元への打撃を警戒している。先にやられた男との立ち合いを見てロベルトをただの少年と見くびってはいない様子だ。
びしっ
足元を警戒していたら手首を叩かれた。木の棒は落とさなかったが顔をしかめてバックステップしたところを軸足の脛に強烈な突きが入った。
『ギャッ!』
二人目の男は脛を抑えて地面に転がった。残りの男たちは余りの事にざわざわしだした。そこへ
『なかなか面白いけどちょっとだらしないんじゃないーの?』
ひょろっとした大きめの男が現れた。背は174~5と言ったところだが頬がこけていて痩せているように見える。…が、痩せていると言うよりは締まっていてしなやか、という感じ。ブルネット色のくせっ毛を少し長めに伸ばしている。ニコニコしてとても柔和な印象だ。
『あっ、パオロ隊長』
パオロ隊長と呼ばれた男は、周りの男たちの間をするっと抜けてくると
『バンビーノ(小僧)手を見せてみーな』
『…俺は小僧じゃない!』
ロベルトは文句を言ったが素直に手を出した。
『ふむ、ふむふむ、どれど~れ?』
パオロと呼ばれた男はロベルトの手をじっくり観察した後、しゃがんでロベルトの太ももを両手で触り、最後には靴を脱がせて足の裏までチェックした。
『ちょ、ちょっと!』
転びそうになったロベルトは抗議の声を上げる。しかしパオロは気にも留めず
『お前、歳いくーつ?』
『……13歳…』
『嘘つーけ、せいぜい9歳ってとこだーろ?』
『………』
ズバリと言い当てられたロベルトは黙ってしまった。パオロはそのままニコニコしながらつま先で木の棒をくいっと起こして手に取った。
『バンビーノ、思い切りかかってきーな』
パオロは特段構えるでもなく木の棒をだらんと下げながらロベルトに言う。ロベルトはパオロの力の抜け加減にむっとした様子で木の棒を構えると低い姿勢からパオロの足元に飛び込む。
すっ カランッ!
何が起こったかロベルトは瞬間解らなかった。いつの間にか木の棒が宙を舞った後にロベルトの背後に転がる。
『…えっ?』
ロベルトは自分の右手を見てから木の棒を持っていないことに気が付いた。慌ててキョロキョロ周りを見渡すと自分の背後に落ちている。急いで拾い直すと、今度は慎重にパオロに近づいた。パオロは相変わらずニコニコして木の棒だらりとぶら下げて持っている。すぐさま木の棒を拾ったロベルトは今度は慎重になってパオロに近づき手首を攻撃するフェイントを入れながら本命の脛を狙いに行った。
カンッ クルクルッ
木の棒を上からはたかれ、握り直そうとしたところを巻き取られるような動きで落とされた。呆然とした。思わず自分の手とパオロとを交互に見る。パオロは相変わらずニコニコしている。数舜で我に返ったロベルトは焦燥感に駆られた。
(俺にはこれが…これしか…)
急いでロベルトは木の棒を拾いなおしてパオロにかかっていく。その度に棒を落とされる。何度も。パオロはニコニコしている。
(これしか…これだけが…)
パオロに向かっていくロベルトの顔はいつの間にか汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。息もあがっていた。普段はずっと棒を振っていられるのにいくらもしないうちに肩で大きく息をして、棒も片手では持つのが辛くて両手で持たなければならなくなった。その棒も簡単に叩き落された。何度も。
ロベルトはいつの間にか両膝をついていた。涙が目から溢れて眉、額と濡らす。本人も気付かないうちに丸まり、うずくまっていた。涙も止まらない。パオロはそのロベルトの様子を目を細めて見ていたが、
『バンビーノ、お前明日から見習いとして来ていーよ』
『…………えっ?…』
そうパオロは言うとニコニコしながら男達の間を抜けて戻っていった。男達の一人がパオロを追う。
『隊長、いいんですか?いくら何でも子供過ぎじゃ…』
『バンビーノが来たらどんどん食わせてやーれ。身体が出来てきたら誰も勝てなくなーるぞ』
『…え?…』
(たぶん俺ーも、かな?…)
パオロのニコニコ笑いが初めて苦笑いに変化した。
*
ロベルトは昔の事を思い出しながら歩いていた。人生最大の無力感を感じた瞬間だ。
(あの時は訳も解らず無力感に泣いていたが…今は…)
ロベルトがガーディアンに加わって十数年。ほとんどの脅威は熊や狼、猪などの動物がメインでドライアゴレムの相手をしたのは十体にも満たない。それにいつもドライアゴレムは単体だった。それでも最初の頃はあまりの巨大さに震えた。当時ガーディアンの隊長だったパオロもドライアゴレムが現れた時だけは顔から笑みが消えていた。対応はバリスタと大砲による攻撃がメイン。これが当たらないとどうにもならない。数十人がかりで油壷や火矢で牽制しながら射撃。動きの鈍ったところで斧で触手を落とす。触手を1~2本落としても油断は出来ない。すぐに本体の皮が縦型の帯状に裂け、新しい触手を生み出してくる。不気味でこれ以上ない危険な怪物だった。
(あの怪物を三体…いや、最悪五体同時出現まで想定しなければならないのか?…)
ゾッとした。かつて味わった絶望感がじわじわとロベルトの身体を蝕んでいく。
『…せめてパオロさんに相談できれば…』
ロベルトが”今の”パオロの姿を思い出す…と、更に暗くなりそうになる。その時
『た、大変だ!大変だ~~~!!』
ロベルトの後方から切羽詰まった男の声が。振り返ると二人慌てて走ってくる姿が見える。
(あれはたしか農家の…)
『どうしたんだ?!』
ロベルトが声をかけると真っ青な顔をした男が
『あっ、ああ!ガーディアンの…丁度良かった。た、大変なんだ!す、彗星が、彗星が…』
『?……!!彗星?彗星だと?!』
『ああ、彗星。間違いなく彗星だ!息子のアンディも一緒に見たんだから間違いない!!』
父親の横で少年が縦に何度も首を振っている。ロベルトをからかっているような素振りは微塵もない。
『昔爺さんから耳がタコになるくらい聞かされたんだ。間違いない。あれは、あの青白い光は彗星だった!…あれだよな、す、彗星って、ジパンの…』
そこで男は口籠る。自らの口で禁忌に触れるのを恐れたかのように。息子の方も青い顔でこくこく顔を縦に振っている。
『彗星…そうか、それであのジパンの少年兵…』
ロベルトが思わずつぶやくと
『ジパン!…やっぱりジパンの彗星なのか?た、大変だっ!!』
ロベルトは男の反応を見て自分の失言に気付く。親子は更に慌てた様子で町を目指して走り出していた。
(しまった!パニックになってしまう)
『ま、待てっ!』
ロベルトが親子に声を掛けようとした時それは起こった。
バキバキバキバキッ!
突然200メートルくらい先の町の中で家が吹き飛んだ。それも1軒ではなく4~5軒まとめてバラバラになり、家を構築していた材料が宙を舞った。
『『うわっ!!何だっ!』』
三人の足が思わず止まる。彼らの先には空中をゆっくり落ちていく元家だった瓦礫、木材その他に帆。……帆?明らかに帆船の帆が見えた。町中で川からも離れているのに…。街並みに遮られて本体は見えないが明らかに帆船の帆が家の屋根の上に見えた。マストが三本。真ん中が一番高くて前後のマストが一段低くなっており、それぞれのマストに二枚ずつ大きな帆が張ってある。…それが動いている。明らかに。
『…な、何だ?あれ…船の帆だよな』
クネオの町は川に挟まれた中洲の様な土地にあるが川自体はそれほど大きな川ではない。せいぜい手漕ぎボート位がお似合いの川だ。しかもそのマストが見えるのは町の中心部あたり… 三人が驚きつつも戸惑っていると
バキバキバキッ!
今度はマストの奥の方で家が2〜3軒吹っ飛んだ。
『『……!!』』
ロベルトも驚いたが兵士なだけに判断も早かった。
『二人とも!町に近づくなよ!』
そう親子に言い放つと左腰の剣の鞘を握り締めながら明らかに異変が起こっている町中に向かって駆け出した。
(何だよ…何がどうなってるんだよ…!)
*




