第8話『藤の紐は、絆の証』
「いと先輩、それ……ラッキーアイテムっすか?」
練習後のストレッチ中、小野寺すずがいとの足首を指差した。
そこには、紫がかった細い“藤の紐”が、そっと巻かれていた。
「へへ、なんかずっと気になってて。足首に巻くって珍しいでしょ」
いとは少し視線を落とし、その紐を軽くなぞるように触れた。
どこか懐かしむような、哀しむような、そんな眼差しだった。
「これは……昔の誓いの印に似ていたので買ったものじゃ。主と鞠を共に誓った、友との記憶……」
「友? それって誰っすか?」
「むかし、ずっと昔の話。あれは夢であったか……それとも、風の導きか……」
いとの言葉はどこか詩的で、答えになっていない。
すずは首を傾げたが、そこに悪意はなかった。ただ、ぽつりと呟いた。
「なんかさ、いと先輩って……ホントはすごい物語の中から来た人みたいっすよね」
***
その噂は、すぐにチーム中に広まった。
「いとって、前まで普通の選手だったんでしょ?」
「でも、いきなり変わった。誰か憑いてんじゃない?」
「いや、あれは多分……武士の生まれ変わり」
さまざまな憶測が飛び交ったが、不思議とそれは“怖さ”ではなく“敬意”に変わっていた。
「いとって、ちゃんと皆の名前呼んでくれるじゃん」
「すっごい昔の言い回しだけど、あったかい感じするよね」
「いとのパスって、信じたくなるんだよなあ……」
いとの“静かなる中心”が、少しずつチームの輪を広げていた。
***
その日の試合。相手は守備力に定評のある「熊谷リーヴス」。
前半、膠着状態が続く。相手は中央を固め、澪へのマークも徹底している。
ピッチ上の空気は、やや重かった。が――。
「ほのか、上がれ。そなたの声は、風を切る槍なり」
「舞子、壁をずらせ。いま、間が生まれる」
「すず、いまだ。蛇のごとく這いて、刃となれ!」
いとはひとつひとつ、味方の名前を呼びながらパスを繋いでいく。
まるで、皆の中に“鼓動”を送り込むように。
ワンタッチ、スルー、落とし、展開――。
それはまさに、全員サッカー。
試合を観ていた実況アナウンサーが、思わず叫ぶ。
「久留米FC、全員がボールに触っています! 一体感がすごい、まるで舞のような連携だ!」
最後は、サイドに開いたすずが鋭く中へ折り返し。
中央へ飛び込んだ舞子が渾身のミドルシュート!
ゴールが決まった瞬間、ベンチもピッチも歓声に包まれる。
「これが……いとが言ってた“心を繋ぐ鞠”なんだな」
すずが呟いた声は、ベンチにいた選手たちの胸にも届いていた。
***
試合後、いとは足首の紐をきゅっと結び直す。
ベンチでそれを見ていたすずが、そっと言った。
「ねえ、いと先輩。あたしも、そういう“誓い”……してみたいな」
いとは少し驚いた顔をして、それから目を細めた。
「ならば、心してまいれ。鞠はただの球にあらず。絆を結ぶ、縁の器なり」
静かに、チームの“心”がひとつになっていく。
ピッチには風が吹いていた。
――その中心に、藤の紐が揺れていた。