第7話『孤高と孤高、交わる』
「私のゴールは、私のためにある。それでいいと思ってる」
三宅澪は、そう言い切るストライカーだった。
スピードも、テクニックも、シュート精度も申し分ない。
でも、パスはしない。来た球を決める、それだけ。
「点を取るのが私の役目。なのに、いとさんのパスって……」
澪はひとり、練習後のピッチでボールを転がした。
頭の中に蘇るのは、大阪セレーネ戦の決勝ゴール。
いとのヒールパス。
完璧だった。まるで、未来の自分を知っていたかのような――。
(あれは、偶然? 違う)
胸の奥に、微かな波紋が広がっていた。
***
「三宅澪殿、やはり来たか」
「えっ、なにその言い方……いや、どうしてここに」
夜のピッチ。
自主練のつもりだった澪の前に、花村いとが立っていた。
「パスを合わせし者とは、心の速度を揃えねばならぬ。そなたは風のように速いが、気持ちがついてきておらぬ」
「気持ち? ……サッカーって、感情でやるもんじゃないでしょ」
「否。鞠は、心で受け取るもの」
どこかズレている。けれど不思議と通じる。
澪は溜息をついて、ボールをひとつ転がした。
「じゃあ、合わせてよ。私、あんたの“心”ってやつ、ちょっとだけ見てみたい」
***
自主練が始まった。
パス&ゴー。ダイレクトプレー。
最初はタイミングが合わず、何度もやり直した。
でも、いとは決して怒らない。ただ、ひとこと言う。
「も一度。風のごとく、なめらかに」
ボールが弾む。足元に滑り込む。
澪のスピードが、いとの“予測”に追いついてきた。
「なんでわかるの?」
「そなたの目が、すでに“次”を見ておるから」
汗が滲むころ、澪の頬に笑みがこぼれた。
「……信じるって、こんな感じか」
いつのまにか、孤高のエースの心がほどけていた。
***
次の試合。
対戦相手はミッドレンジの「戸塚エスペラ」。激しいプレスが特徴のチームだった。
だが、澪は落ち着いていた。
いつもは孤立していた彼女が、いとを見て、頷いた。
「風、来て」
前半20分、いとが右サイドからインサイドにボールを通す。
澪が走る。ワンツー。再び、いとに預けて――
「今だ!」
スルーパスが澪の足元へ吸い寄せられた。
ワンタッチゴール!
ゴールネットが揺れると同時に、チームが一斉に駆け寄る。
「ナイス、澪!」「いとさんのパス、えぐっ!」
澪は少しだけ、顔を赤らめながら言った。
「今のは……いとのゴールでもあるよ」
その言葉に、いとは静かに微笑む。
「そなたもまた、風を感じられるようになったか」
***
試合後、澪は誰よりも長くグラウンドに残っていた。
そして、もう一度だけいとの言葉を思い出す。
「鞠は、心で受け取るもの――か」
孤高だった背中に、ようやく風が吹き始めていた。