表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹴鞠と糸のフィールド  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/36

第30話『風、さらなる高みへ』

リヨン・ルミエールのロッカールームは、決戦前の緊張と微かな熱気に包まれていた。チャンピオンズリーグ、決勝トーナメント一回戦。相手は、イタリアの堅守速攻を極めたクラブ──FCヴァレンツァ。


「クロエがいない分、背負うものが重い」と誰かがつぶやいたときだった。


「否──この風は、みなで起こすでござる」


いとが一歩前に出て、右手を胸に添えた。背番号は「10」。クロエの不在を受け、背中にその数字を刻んだ初陣だった。


エミリーが笑い、ゾエが拳を掲げる。


「それでこそウチの10番や!」


「だったら、止まる風になるなよ」


笑いが起きる。円陣の輪が自然とできて、チームの中心に立ったいとは、口を開いた。


「この蹴、そして風、わらわ一人にて起こすものにあらず。皆々が心を寄せ、ひとつの鼓動を刻むとき──されば風は舞い立つ」


その声音には、言葉以上の“間”と“理”があった。


キックオフ。ピッチ上ではFCヴァレンツァが、ラインを低く保ちリヨンの攻撃を受けて立つ。相手は奪ってはロングボールを一閃。正攻法では崩せぬ壁が、そこにはあった。


だが、変化は中盤から生まれた。


ゾエがカットインのように中央に進出し、いとへパス。


「しかと受けたり──」


いとは間髪入れずに縦へ差し込む。ライン間に走るのは、エミリー・デュラン。スピードと緩急を併せ持つウィングの新鋭。


「走れ、風のように!」


エミリーが一瞬のタメから加速し、相手DFの背後を突く。左足のシュートは鋭くゴール右隅へ吸い込まれた。


新たな“三位一体”──ゾエ、いと、エミリー。それぞれが、欠けたクロエの穴を補うのではなく、別の風を吹かせたのだった。


後半。1点リードを守りつつも、攻守の切り替えに揺らぎはない。いとは声を出し、身体を使い、時に手を打ち鳴らして仲間の動きを整える。


「左空くぞ、エミリー、裏へ!」


「ゾエ、もう一歩詰めてよし!」


まるで“風の軍師”だった。


試合は1-0のまま終了。リヨンはアウェイで貴重な勝利をつかむ。


試合後、取材エリアで記者に囲まれたいとは、ある質問を受けた。


「クロエの代役というプレッシャーはありませんでしたか?」


その問いに、いとは少しだけ視線を空に投げ、そして柔らかく笑った。


「代役にて務まるほど、彼女の蹴は軽からず……されど、わらわは、わらわの“風”を吹かせますゆえ」


その言葉は、誰かの真似ではなく、花村いとという一人の風の在り方を示していた。


ピッチの外に立ち上る、ひと筋の風。その風に、クロエ・モンフォールの姿が重なるように思えたのは──記者だけではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ