EP04.庭
マーサに館の中を案内してもらった後、例の庭に出ると、目の前に広がっていたのは絵本の中のような風景だった。
手入れが行き届いた草花。バラ、ラベンダー、カモミールと色んな種類のハーブが生い茂り、塀の向こうには海を見下ろせる。昨日まで道に迷って倒れたとは思えないくらい穏やかな気持ちだ。
「この庭はご主人様が自分で手入れされてるのよ。お天気のいい朝は、ここで過ごしてらっしゃるわ」
「えっ、あの仮面で庭仕事なんて、想像つかないです」
つい驚き開いた口を手で覆う。だって、あの銀色の仮面と優雅なスーツ姿で草むしって、庭いじりって想像できない。
「ええ。最初は誰でも驚くわ。でもすぐに慣れるわよ」
「“最初”って…他にもここに来た人がいるんですか?」
マーサは微笑むだけで答えなかった。沈黙がかえって何かを語っているようで――少しだけ背筋が冷たくなる。
その代わり、庭の中央にある白いガゼボを指差した。
「ここでお茶にしましょう。今朝とは違うお茶よ。イタリアのレモンティー。チョコレートのテリーヌもあるわ」
差し出されたカップから立ちのぼる甘酸っぱいレモンの香り。
チョコの濃厚な甘さと、レモンの酸味のバランスが絶妙だった。
「すごく美味しい。体の芯からほぐれていく感じがします」
そうつぶやくと、マーサは微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
ティータイムを終えて館に戻ると、キッチンの奥からガタン、と何かが落ちる音がした。
「あら…また棚のネジが緩んでるのかしら」
マーサがぼやきながら戸棚を直そうとするが、ネジがうまく締まらない。苦戦してるみたいだった。
「よければ、俺手伝います。工作とか得意なんです」
「まあ、頼もしいこと」
拓海はドライバーを手に取り、器用にキッチンの戸棚のネジを締め直した。以前より戸棚の開閉がしっかりできるようになった。
「イタリアンレストランでバイトした時、料理以外にも暇な時は店の修理とか手伝ってました」
「修理だけじゃなくお料理もできるのね!よかったら今夜の夕食、手伝ってくれないかしら?」
「はい!」
突然の誘いに不安もあったが嬉しさの方が勝り、俺の中で“何か”が少しずつ動き始めようとしていた。