EP11.噂の真相2
「ここが例の事故現場ですね」
拓海が慎重に車を降りてあたりを見渡すが、山道はしんと静まりかえり、真昼とは思えないほど薄暗かった。
「このカーブで立て続けに三件の事故が起きている。どれも下りの際に『対向車を避けようとして』という共通点がある」
ファントムは白手袋を付けて歩き出すが、車がまったくと言っていいほど通らない。静けさのあまり靴の音がやけに響く。
「俺が道に迷ってファントムのマスカレードハウスに辿り着いた時でも、この道を通った覚えはないです。そもそもここは館とは方向が違いますし…」
「そうだね。だからこそ“初めてここに来たヒト”がどう感じるかを見ておきたくてね」
ファントムはそう言うと崖に面したカーブの路肩にしゃがみ込んだ。俺もその隣に膝をつく。
「見てくれ。ここに複数のスリップ痕がある。恐らく道を下る際にバイクが無理に進路を変えた跡だろう」
「うーん、でも、対向車のタイヤ痕はなさそうです。あとガードレールにぶつかった跡もありませんね。綺麗に対向車を避けたんでしょうか」
「“避けた”跡はあっても“相手”の跡はどこにもない、か…」
ファントムは立ち上がるとカーブの先を見つめた。下りのカーブの先には、崖と草むらと木々、そして遠くには海と空が広がっているだけだった。
「…対向車は、本当にいたんでしょうか?」
俺の質問にファントムはすぐには答えなかった。静まりかえった山道で、風が木々を揺らす音だけが響いている。
「対向車はいなかった可能性の方が高いだろうね」
ようやく口を開いたファントムは、仮面を指で押さえながら続ける。
「ブレーキ痕、スリップの方向、そしてこの地形……どれを見ても、“何かを避けた”という動作はある。でも、肝心の“何を避けたか”はどこにも残っていない」
「錯覚や幻ってことですか?」
「目で見た情報が真実とは限らない。パニックや恐怖で人間の脳が錯覚することがある。しかも、事故当時はいずれも夜の山道での出来事だ。この道は所々舗装が割れていて、バイクでの走行時は注意が必要だろう。つまり、事故が立て続けに三回も起こりやすい条件が揃っていた。そういう特異な状況の事故で混乱した脳が幻覚を作ることもある」
俺は黙って周囲を見渡した。まだ昼のはずなのに、空気が急に重たく感じる。
──そのときだった。カーブの先、木立の影に、何か黒い影がふっと横切った気がした。
「……あれ?」
「どうした?」
ファントムが拓海の声に振り返るがそこには何もいなかった。きっと俺の気のせいだ、木の枝が風に揺れているだけだったのかもしれない。
「何かが横切ったような…。いえ…すみません。俺の気のせいでした」
風が通り過ぎ、木々がざわりと音を立てる。ふいにあの旅館の女将が言っていた“赤い仮面の噂”を思い出した。
(対向車じゃなくて…本当に、誰かがこの道に立っていたのかもしれない)
事故、幻、仮面の謎──
すべてが薄い靄のように感じられる中、俺たちは音のない風の中に身を置いていた。
草がそよぎ、遠くで鳥が一声鳴いていた。