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EP10.噂の真相

 支度をして館の外に出ると、クラシック・ブリティッシュ・グリーンカラーのミニクーパーが停まっていた。しかも、オープンカーにもなるコンバーチブルタイプだ。天気がいいからか、すでにルーフは開かれ開放的な姿を見せている。


 運転席には仮面の男が座り、ハニーブロンドの髪が朝の光を受けて柔らかく輝いていた。どこか懐かしさを(たた)えたクラシカルなフォルムは、その髪の揺らめきとともに、一層の気品と幻想めいた美しさをまとわせていた。


「この車、まさかファントムが運転するんですか?」


「不都合か?他に誰がいる?」


「仮面のまま運転できることにちょっとびっくりしただけです。いい天気でヨカッタデス」


 拓海は慌てて取り繕うと助手席に乗り込んだ。ファントムは仮面の奥で一瞬だけ息を吐いた気がしたが、すぐさまキーを回す。エンジンは低く、品のある音を立てて始動した。


(この人、意外と派手好きだな…。でもファントムの雰囲気とこの車似合ってよな)


 拓海とファントムを載せたオープンカーは風を切って山を下っていく。陽射しが銀色の仮面に差し込み、影と光が交互にファントムの横顔を染めていた。


 山を下ると湯けむりの上がる古びた木造の宿が見えてきた。こぢんまりとした温泉旅館で入り口の看板には控えめな文字で「湯の寧々」と書かれている。


「もしかして、ルカさんからのご紹介の方でしょうか?」


 旅館の前をうろうろしていた俺たちに気づいて出迎えたのは、柔らかな笑みを浮かべた女性だった。三十代半ばほどだろうか、黒髪をきちっとひとつにまとめて紺の作務衣を着た、落ち着いた雰囲気を漂わせた女性だ。どこか色香を含んだ瞳と長いまつ毛が印象的だ。


 事前にルカが馴染の温泉旅館の女将に俺たちが来ることを伝えてくれたこともあり、ファントムが会釈をすると女性がすぐさま察し挨拶をした。


「はじめまして。私、当旅館『湯の寧々』の女将の沢田と申します。ルカさんからお話を伺っております。…お忙しい中お越しいただき申し訳ございません」


「いえ、こちらこそ急に伺ってしまい申し訳ない。私はイグニス。こちらは拓海、私の助手です」


(俺いつの間にファントムの助手になったんだ?まあ、暇だったからついてきたけど)


「ここでは何ですから、どうぞ中へ…」


 通されたのは手入れの行き届いた応接間だった。畳の香りと木の柱のぬくもりが外の湿気を和らげてくれる。テーブルの上にはコスモスの花が一輪飾ってあった。


「早速ですが、例の事故の件について詳しく聞かせてもらえますか」


 ファントムが低い声で切り出すと、女将は茶を注ぎながら少し視線を伏せた。


「この宿は三年前に病気で亡くなった主人が残したものなんです。…それからはなんとか一人で切り盛りしています。ルカさんはうちの温泉を気に入ってくれている常連さんの一人でしてね、色々と気にかけてくれるんです」


 女将はそう前置きすると、ゆっくりと語り始めた。


「最初の事故は七月の終わり頃でした。うちに泊まっていた若い男性のお客さんが山道で事故に遭い、幸いにも軽傷で命に別状はなかったのですが、お見舞いに行ったときに事故の話をしてくれたんです。なんでも、夜中に伊豆の山道をバイクで走っていたら、突然対向車が来てハンドルを切って横転してしまったと…」


「対向車は?」とファントムが口を挟むと、女将は首を振った。


「警察が言うには対向車はいなかったそうです。対向車のブレーキ痕もなく、バイクのドライブレコーダーにも写ってなかった。でも、お客さんは対向車が来たと何度も言っていたんです。警察の方は事故で動揺しているのだろうとおっしゃってましたけど。そして、明るくなってから事故現場に行くと…赤い仮面が落ちていたそうです」


 背筋に寒気が走った。やはり、ルカの言っていた通りだ。


「しかも、事故は一度で終わらなかった。次も、その次も、すべて同じカーブ付近。同じような状況で軽傷で済みましたが、みんな対向車がいたと言うんです。対向車はいたけれど、いなくなった、と。そして事故現場には仮面が落ちいて、不気味だったと…」


 女将の声は穏やかだったが、その目は真剣だった。


「この辺りの人はね、みんな怖がってます。でも、うちの常連のお客さまの中に、救急隊員の方がいらして…ぽろっと話してくれたんです。“あの現場、気味が悪い”って。私は霊とかそういうの、信じていません。でもね…山道の空気が、あの日から変わった気がするんです。時間が止まってしまったみたいで」

 しばしの沈黙の時間に壁時計の針の音が聞こえてきそうだ。女将が背筋を伸ばし、俺たちの方に体の向きを正した。


「だから、今日お越しになったんですよね」


「ええ。事故現場を見ておきたい。…それだけです」


 ファントムが立ち上がり懐中時計をポケットから取り出すと、女将の視線はその懐中時計をしっかりと捉えていた。


「…懐中時計とは珍しいですね。変わった時計がお好きなんですね」


「ふっ。あなたも“変わった宿”をよく保たれている」


「一人で切り盛りしていますから。風変わりなくらいでないとやっていけませんわ」


 そう言うと女将は憂いを帯びた瞳で微笑んだ。


「お気をつけて」


 俺たちは女将に礼を述べ、車で例の事故現場へと向かった。


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