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棺桶

作者: 泉田清

 土曜の夕方。半年ぶりで街へ行く電車に乗った、同僚らとの食事会のために。酒など飲みたくないのに。飲むなら一人の方がいいに決まっている。

 車窓から見える、田圃の向こうの山々に目をやった。あの向こうには何があるのか。未来とか希望。こんな漠とした言葉が浮かぶあたり、監獄にでもいる気分になった。


 街の駅構内は意外なほど人がいた。制服やジャージ姿の生徒たちがゾロゾロと。

 駅のホームから学校校舎や校庭が見渡せた。巨大な校舎の白壁と、だだっ広い校庭に、薄い夕焼けが落ちかかる。その隅をトボトボと、一人の生徒が歩いていく、大きすぎるリュックサックを背負って。

 中年の独身男にとって、学校ほど縁遠いものは無い。もちろん自分も通ったはずの学校。が、当時の知り合いと連絡を取っている者は一人もいないし、思い出といったってロクなものは無い。こんなに多くの生徒たちを一に見る機会も殆どない。変な感じだった。この、今の駅構内では、自分は明らかに浮いていた。


 であるから、駅から出た時はホッとしたものだ。駅前広場のロータリーにはタクシーがズラリと並び客を待っている。生憎タクシーは必要ない。食事会の店は駅から徒歩十分でいける。

 広場の裸婦像、の下のベンチから視線を感じた。麻のジャケットを羽織った老紳士、がこちらに顔を向けてる。のみならず笑みを浮かべて。すぐ顔を背けた。どんな田舎街であろうとこういう手合いはいる。関わらないのが身のためだ。


 店の直ぐ近くの、繁華街の一角にある銀行前のベンチに腰を下ろした。時間調整のために。一番乗りは気が引けるし、自分はあくまで気が乗っていないはずだ。

 ベンチの反対側では若い女性が電話している。通りを歩く人々は次々とそれぞれの店に入っていく。期待に胸を膨らませて。いつの間にか電話を終えていた女性に、もう一人の女性が近づいていく。「久しぶり!」彼女らは再会を喜び合い、通りの向こうへ消えていった。

 独りになってみると、銀行前に子供の像が置いてあることに気づいた。やはり裸で両手を天に掲げている。この子供の母親はどこかにいるのだろうか。ふと思った。あるいは父親は。


 待ち合わせの10分前に店に着いた。なかなか洒落た店だ。たまになら、半年に一度の食事会なら悪くないかもしれない。酒が入れば同僚らの愚痴だって楽しめるだろう。

 まだ誰も来ていないようだった。中に入るとウエイトレスがやってきた。「ご予約ですか?」、「〇〇の名前で4名で予約していたんですが」、「ハア」。彼女が予約表を確認する。「〇〇様では入ってないようですが」、「アッ、そうですか確認してみます」。すぐ店を出た。


 おかしい。店を間違えたか?幹事からのメールを確認してみる。なんと「予約日」は一週間後だった。一週間早く来てしまったというわけだ。

 愕然とした。気の乗らない食事会、を最も楽しみにしてたのが自分だったというのか?一週間早く来てしまうくらいに。が、今の自分に行き場はない。通りには人が溢れているというのに自分を知るものは一人もいない、もちろん予約している店もない、街全体から拒絶されてしまった。かといってここで立ち止まっているわけにもいかぬ。駅へ向かってフラフラと歩き始めた。

 駅前広場でまた視線を感じた。目の端で、ベンチに腰掛ける、麻のジャケットを捉える。ヤツはまだいた!それもそうか、あれから30分も経ってない。俯いて、重すぎる駅の扉を開けた。老紳士はやはり笑みを浮かべているのか、嘲っているのか、苦笑しているのか。ヤツと目を合わせる勇気はない・・・


 帰りの電車が発車した。ちょうど今、窓から見える山々に日が落ちた所だ。7日早く訪れてしまった街、自分が居てはならなかった街、は自分の死後の世界と同義かもしれない。みるみる黒い影と化す山々を見ているとそんな気がしてきた。ヒトは死ぬ前に、全てのものたちと関係を絶ってから死ぬのだ。

 ガタンガタン。子守歌のような電車の音に耳を傾けていると、いつの間にか外は暗闇に包まれていた。車窓には生気を失った、我が肖像と思われるものが、今にも消え入りそうに映っていた。

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