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第7話 ルップル村の決戦

コミックDAYSにて連載中のコミック6話相当部分です!

10日目 朝


「おいおい……おーいおいおい。一体ありゃなんだぁ? わかるやついるか?」


 俺達の眼前、ルップル村の前に立つグボンが部下に問いかける。


「へえお頭! ありゃあ柵の後ろに武装した村人共が――ぐべっ」


 律儀に答えた山賊が蹴り倒される。


「んなことは見りゃわかる! 聞きたいのは約束通りに麦と女を受け取りに来た俺達が村に入れないのかってことだよ! ……なあ、どうしてだ?」


 グボンは柵の後ろに陣取る俺達に向けて両手を広げる。

そしてこらえ切れないとばかりに笑い始め、続いて山賊達も一斉にゲラゲラ笑う。


「アイツらあれで柵のつもりらしいぜ。ただ丸太並べただけじゃねえか」


「貧相な顔して竹槍と棒で兵隊ごっこなんて怖くておしっこ漏らしそうだぜ!」


 俺も思わずつられて笑ってしまいリシュとゴルラに睨まれる。


 尚も笑い続ける山賊達をグボンは手で制する。


「で、何がしたいのかはさすがにわかるんだがね。もし丸太と棒で遊んでただけなら申し訳ないから一応聞いておきたいんだが……」


 グボンは道化のような口調をやめて歯を剥き、俺達を睨みつける。


「まさか俺達とやろうってのか! おお!?」


 響き渡る怒声に村人達が震えるが、ゴルラがそれ以上の声量で言い返す。


「渡すものはなにもねえ! とっとと帰れ山賊共が!」


 シンと耳が痛くなるような沈黙が数秒続いた後、グボンが腰の剣を抜く。


「二度もこけにされちゃあ仕方ねえよな」


 そして抜いた剣をこちらに向ける。


「野郎共仕事の時間だ! 殺せ! 奪え! 犯せ!」


「「「オォォォォォ!!」」」


 山賊達が武器を振り上げ、怒号とともに駆ける。


「来るぞ! 全員備えろ!」


「私は退避ぃ!」


 ゴルラが怒鳴り、リシュは転がるようにどこかへ避難した。


「不本意ながら仕事の時間だね」


 唸りをあげて降って来る砲弾も暴風のように迫る騎兵隊もいないのだからゆったりしたものだが。

 

「ユリウス。この戦いで村の命運が決まる。絶対に負けられんぞ!」


「ああ、そうだね。百人単位の戦闘は軍学校時代にやったきりだからコツを思い出していかないと」


 俺は汗ばんで光沢を増していくゴルラの頭部を見つめつつ、突撃してくる賊を改めて観察する。


 数は約100。騎馬は0で武装は剣と斧が中心、弓はもちろん長槍もない。

陣形もあったものではないが親玉の指示は聞いているといったところだ。


 維持が大変な騎兵や機動性に劣る長槍隊を山賊が持っているとは思っていなかったが、弓隊すらいないのは大変ありがたい。


「ま、想定通りかな。なにも変更はしなくていい。訓練通りで大丈夫だよリーダー」


「よ、よし! みんな訓練した通りにやれば大丈夫だ」


 ゴルラは自分の頬を強烈に叩いてから大声で指示を出す。


「あぁん! って私じゃなかったわぁ。昨日あんな遊びをしたから反応しちゃった」


 ゴルラの頬を叩く音に何故かドスケベ姐さんが反応した。

昨日の遊びに興味があるけれど、それどころでないのが大変残念だ。



 さて味方兵士――ではなく村人たちが急造の柵の後ろで竹槍を構える。

数は30。なんとか村の正面をカバーできるギリギリの数だ。


「ガハハハハ! 農民共が竹槍持ってお出ましだ!」


「あんな備えで俺達に盾突くとはなぁ。素直に食料と女を渡せば死なずに済んだってのに」


 山賊達は嘲笑しながら突撃の速度をあげる。

やはり真正面から力技で踏み破るつもりのようだ。


「そうだよね。貧弱な陣地と農民兵の群れなんて正面から踏み破りたい。迂回の手間はかけたくない」


 俺は頷きながら独語する。

そして賊がいよいよ柵に取り付こうとしたところで俺はゴルラの肩を叩いた。


「突けぇ!!」

 

 野太いゴルラの号令と共に三十本の竹槍が一斉に突き出された。

きっちり揃った踏み込みの音、竹槍が柵を掠める音、槍が肉に突き立つ鈍い音から一瞬の静寂。


「は? あえ?」


 腹に深々と刺さった竹槍を信じられないといった様子で見ていた賊と目が合う。

その口が悲鳴の形に変わる前に次の号令が出る。


「引け!」


「ぐ、ぐぼ……ごぼぼ……」


 再び号令に合わせて味方が一斉に槍を引く。

肉に食い込んでいた槍が引き抜かれて6人ほどの賊が倒れ込む。


 斃れた仲間を見て賊達が激昂する。


「てめえらよくもやってくれたな!」

「ただじゃおかねえ。生きたまま皮を剥いで――」


 罵り声が終わる前にゴルラが再び「突け」と叫ぶ。

再度30本の槍が飛び出して、また数人の賊が倒れ込んだ。

村人達は十日の間、それだけを訓練した2つの動作を完璧にこなしてくれていた。


 いかに並んで槍を構えても、揃わずバラバラに突いてくるだけならば対処は容易い。

左右に避けるか、あるいは穂先を斬り払っても良い。


 だが統率された槍衾となれば攻略の難度は数倍に跳ね上がる。

どこにも逃げ場はないし、斬り払おうにもその隙に別の槍に貫かれてしまうだろう。


 とはいえまだ攻撃を諦めるほどではない。


「想定外に強力な槍衾に泡を食った。しかし所詮は竹槍で貫通力など知れたもの。盾持ちを前に押し出して柵さえ壊せば突破は容易――と考える。ここで二番隊を前に出そうか」


 ゴルラの合図で別の30人が槍隊の後ろにつく。


 彼らの装備はよくしなるだけの棒だ。

但し長さは竹槍よりも更に長く、先端に石や刃物を括りつけてある。


「おろせ!」


 号令と共に棒が勢いよく振り下ろされた。

石つき棒は横枠のない柵に邪魔されることなく、盾を前に構えて接近してくる賊の頭上へ襲い掛かる。


「がごっ!」

「バカ! こんな玩具みたいなもんにやられてんじゃねえ! 盾でも剣でもなんでも防げ――」


「そして突け!」


 頭上からの攻撃に対応できなかった者は頭を一撃されて倒れ込み、咄嗟に盾をあげて対応した者は同時に繰り出された竹槍に抉られる。


「上から来るぞ注意しろ! 棒を掴んで引きずり出し――ぐげっ!」


 頭上からの攻撃に気を取られた賊が竹槍に腹を貫かれて血反吐をはく。


「槍を先になんとかしろ! 斧持ちが突っ込んで柵を……がっ」


 竹槍に気を取られていた賊がしなる棒先の石に頭を割られて卒倒する。


「よほどの達人でも無ければ人間は別方向からの攻撃に対応できるようになってないからね」

 

 斧一本でもあれば簡単に壊せるはずの柵に手をつけられるものは誰もいない。


「一方的だ……こんな簡単にいくもんなのか」


「貧相とはいえ統制された防御陣を悪戯に攻撃したらこんなもんさ」


 今の村人達は戦闘をしていない。

やっているのは槍なり棒なりを突いて引いてを繰り返すだけの作業だ。

故に恐れることなく淡々と自分の役目をこなせている。


 そして一方的に叩ける安心感から攻撃はどんどん精度と威力を増していく。


「この状況を作りたかった……おっと」


 その時、柵の一部で『作業』が乱れた。


 賊が苦し紛れで投げた剣が運よく柵を通り抜け、竹槍隊の一人を掠めたのだ。


 それだけならば大したことではなかったが、運悪く足元がぬかるんでいたのか、その村人は両隣を巻き込んで転んでしまい槍の壁に3人分の穴が開いた。


「あの場所を狙え!」


 その隙に山賊が斧と棍棒で丸太を叩き折り、陣地に穴が開いてしまう。


「突破されるぞ! 左右の奴らに援護させよう!」


 ゴルラが動揺して叫ぶ。


「それじゃ余計に穴が大きくなってしまう。こんな時の為に予備部隊がいる」


 戦闘が始まってから後方でずっと不平を言っていた戦争経験者達に指示を出すと、彼らは歓喜の声をあげながら飛び込んでいく。


「さあ覚悟しろ農民ども……ぐぎゃっ!」


 一人が賊の振り降ろす斧を盾で弾き、がら空きになった腹を横一文字に裂く。


「こいつら素人じゃ……ひぎっ!」


 もう一人は賊の剣を槍で巻き上げ、足と下腹部を連続で貫いて地面に転がす。

更にその背中を狙った賊の脇腹を三人目の剣が深々と貫く。


 彼らは『兵士として』は山賊よりもずっと強い。見込み通りだ。


 山賊の突破口はたちまち強靭な兵士によって塞がれる。


 もし彼らがずっと前に居たらどうなっただろう。

今よりも多くの敵を屠ってはいただろうが、別の場所が破られた時に駆け付けることはできなかった。


「予備部隊ってのは補欠じゃない。まずい時と場所に投入するのだから他よりも精強であることを求められる。彼らは正に適任だった。もうあそこは大丈夫そうだね」


 ここに至って山賊達が目に見えて混乱し始める。


「お頭! 柵も抜けないまま半分近くもやられちまった。これ以上は無理ですぜ」


「ちくしょうめ! 農民の群れがどうして軍隊みたいな動きをしやがんだ!」


 努力を認めてくれてありがとう。


 さて全体の半数近い損害は軍隊ならば当然撤退すべき数字だ。

山賊であってもこれは同じ、撤退すべきだし首魁グボンもそうしたいに違いない。 


 だが山賊団は真っ当な軍隊とは違って力の論理で成り立つ無法者集団だ。

小さな村一つ襲えず逃げ帰ったとなればグボンは部下を統率できなくなる。

 

「撤退はできないが正面から攻めるのはもう無理だ。だとすれば次に取る手はなんだろうねぇ」


 グボンが手近の部下を蹴り倒して怒鳴る。


「迂回だ迂回! 右手の川……いや左手側の林を抜けて村の裏手に出ろ! 乱戦にしちまえば竹槍も棒もクソみてぇなもんだ!」


 おっと川の増水に気付いていたか。

渡ってくれたら一番楽に済んだのに。


「でも林を行くとすれば注意することがあるはずだよ」


 俺の声が届いた訳もないがグボンは何かに気付いてニヤリと笑う。


「小賢しい真似をする連中だ。迂回路が無防備なわけねえ。落とし穴でも仕掛けてるはずだぜ。足元を確かめながらいけ!」


 思わず拍手してしまう。


「お見事ご明察だ。頑張って掘ったからね」


 賊共は柵越しに罵声を浴びせながら、その主力が林へと入っていく。


「さて落とし穴が見破られたもうお終いだーなんて演技もしておこうか、ゴルラ頼むよ」


「お、落とし穴がぁみつかったぁ、もぅおしまいだぁぁ」

 

 やめようバレそうだ。


 村の者達が慌てながら裏手へと向かうのはあえて止めない。 

ゴルラの大根演技よりは余程真実味があるから。



 さて山賊達は林道を警戒しながら進み、思惑通りのものを発見するだろう。


「林道は落とし穴だらけですぜ!。お頭の言った通りだ!」


 そして罠を張り難い傾斜地を通ろうとするだろう。


「やっぱりあったか! よし林道は通らずに脇の斜面を行け! 木の根に沿って穴の掘れない場所を進――」


 そして首まで罠にどっぷりはまる。


「山賊共め、まとめて潰れろ!」


 木の葉に紛れていたリックが起き上がり、目前の大木を力いっぱい蹴り倒す。


 予め切れ目を入れられていた大木はメキメキと音を立てて折れ、不安定な場所を進む山賊の頭上へ倒れかかる。


「き、木が倒れてくるぞぉ!」


「い、一本じゃねえ! そこら中のが全部倒れて来る!!」


 周辺の木には全て同じように切れ目が入れられ、上部を太い縄で繋げられている。

最初の大きな一本を蹴倒せば周り中の木が引っ張られ、まとめて倒れ込んでくる仕掛けだ。


「縄で繋がってやがったんだ! どうして誰も気付かなかった!」


 良く観察すれば気付ける仕掛けだった。

頭上で揺らめく縄などは隠しようがない。

だが落とし穴を警戒するあまりに視線が足元に集中して頭上に注意を向ける者がいなかったのだ。


 そして罠が発動すればもうどうしようもない。

人の胴の数倍もある大木相手に防御は無意味、ただ走り抜けるしかない。

だができない。


「足場が悪くて……走れねぇ」


 木の根だらけで穴も掘れない斜面――そんな場所で人間は走れない。

逃げようと思えば林道に戻って駆けるしかない。

そして……。


「ギャアアアア!」

「林道には落とし穴があるって言ってるだろうが!」


 罠から逃れる為、看破したはずの罠に自ら飛び込む。


「ち、ちきしょうぉぉぉぉ!!」


 グボンの絶叫が聞こえた気がした。




 林に居るリックから合図が送られて来る。


「作戦成功だね。全部が僕の妄想になっていなくて良かったよ」


 さて戦況の評価だ。


「正面では大損害、迂回した主力は罠で壊滅。敵の損害は破滅的だ。残存兵力を追撃するまでもなく組織としてもう再起不能――」


「皆行くぞぉ! グボンの外道共を一人も生かして帰すな!!」

「「「うおぉぉぉぉ!!」」」

 

 血気に逸りそうだと予備の予備……本当の意味での補欠部隊としていたミゲル達が飛び出していく。

続くように村の男達も陣地を飛び出し、完全に戦意を失った山賊達へ襲い掛かる。


「だから別に殺さなくても……聞いちゃいないね」


「止めるか?」


 ゴルラが聞いてくるが首を振る。

こうなったらもう止まらない事はよく知っている。


 そこら中から賊の悲鳴と断末魔、鈍い槍で肉をめった刺しにする音が聞こえた。


 俺はもう一度首を振ってからリシュを探す。

確かこの辺から声が……おっと木箱の中から膝を抱えて転がり出たぞ。


「私はただの麦袋……可愛いだけの麦袋……ムギムギ……」


 リシュの頭についた土埃を掃ってやる。


「わっユーリ! あいつら追い払えたの?」


「一応その区分でもいいかな」

 

 リシュも察したようだ。


「しかたないよ。アイツらに身内を殺された人とか奥さんや娘を酷い目に合わされた人、いっぱいいるもの。恨みは消えない、止まらないよ」


 嫌と言うほど知っている。

恨みは残り、何年、何十年経っても決して消えない。


 だからこそ俺の愚かな決断に何百万人もついてきてしまった。

屍の山が積み上がってしまったのだ。


「はぁ……もう二度と争いごとには関わるまいと誓ったのに」


 魂すら出そうなほど長い溜息をつく俺の手をリシュがそっと握った。


「でも私は助かったよ。ユーリが戦ってくれたおかげで」

 

 土埃で汚れた小さな手とほのかな温もりにあの日の少女を思い出す。


 でもリシュの手は暖かいままで冷たくはならない。


「それはなによりだね」


 俺は僅かに、それでも本心から笑って目の前の惨劇に背を向け村に戻る。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 決着がついたその影でなにもしらず蠢く賊が三人――。


「へへへ、頭は林から回れって言ったけど。皆と同じことしてちゃ実入りがないよな」


「山賊に義理も何もあるかっての。出し抜いてなんぼよ」


「俺達だけが知ってる抜け道で……よし村の裏手に出たぞ。後は火でもつけてその隙に金目の物を――しまった!」


 賊達が笑いあったところで一人の女性と鉢合わせる。


「あらぁ入っちゃったのがいるわぁ」


「見つかったか! こうなったらさっさと黙らせて……うえっ?」


 慌てて剣を向けた賊達の動きが止まり、その顔の前をヒラヒラと布が落ちていく。

なんと女性が突然服を脱ぎ捨てたのだ。


「うふ、これも脱いじゃお。これも脱いじゃったら……やだぁ全部見えちゃうかもぉ」


「「「おおぅ」」」


 完全に動きの止まった男達を誘うように女性は胸を隠す手を少しずつずらしていく。


 男達の視線は女性の動きに合わせてただただ上下するのみだ。


「「「す、すげえ体だ……ゴクリ」」」


 目を見開いて女性を凝視する男達。

いよいよ女性の全てが丸見えになる瞬間、1人の頭に村人の投げた壺が命中し、もう1人の脛を少年が振りかぶった麺打ち棒が襲う。


「うふふ、山賊するような子にはお預けよぉ」


「だ、騙しやがったなこのアマ! 極上の体してるからってもう許さねえ!!」


 村人の攻撃を凌いだ賊が激昂して全裸の女性に剣を振り上げる――。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「白兵戦なんて軍学校の授業以来だよ」


 俺はドスケベ姐さんと剣を振りかぶる賊の間に割り込んでぼやく。

 

 軍学校以来などと言ったが成績はもちろんお察しだ。

特に刃物相手の格闘術なんて、度重なる補習と教官の溜息の末になんとか基本を一つ覚えたのみ。


「ええと……こうだったかな」


 俺は振り下ろされる剣を避けつつ、腕を掴み足をかけて投げ飛ばす。

覚えているのはこの動きだけ。


「うぎゃっ!」


 しかし幸運にもそれが見事に決まった。

相手もまともな戦闘訓練を受けていなかったのか、帝国式の格闘術が異質だったのか。


 賊は剣を取り落として地面を転がる。


 投げた俺もどうしてか一緒に地面を転がる。


「今だ! 押さえ込め!」


 倒れた賊に飛び出した女性や老人達が飛び乗って押さえ込みに入った。


「くそっ離せ! このっ! あっ軟らか……」


 抵抗する賊の背中に姐さんの豊満な臀部が乗りかかって抵抗が弱まった。


「カッー! 山賊なんぞ儂のデカケツで潰してやるわい!」


 緩んだ賊の顔面に『40年前は村一番のグラマー美女』だったらしい婆さんの巨大な尻が音をたてて圧打ち付けられ、くぐもった悲鳴を最後に両手両足から力が抜けた。


 決着したようだ。


「抜け道があったのは危なかったけれど『終わりよければ』としておこうか」


 視界の端では賊2人が川に飛び込んで逃げていたが、山賊団が壊滅した今あえて下っ端を追うまでもないだろう。


「でも肝が冷えたよ。あんな真似をしなくても逃げてくれれば良かったのに」


 俺は上着を脱いで裸のドスケベ姐さんにかけた。

かける前に5秒ほど裸体を観察してしまったのと背中と肩に軽く撫でてしまったのは不可抗力だ。


「うふん、気にしないで。私って男の人に体を見せるの大好きだから」


 ならばもう少し見てから上着をかけてもよかったのだろうか。

しかし今更取り去るなんて非紳士的なことができるはずもない。


「ユリウスちゃんは賢いだけの人だと思っていたけれど強いのね。素敵だわ……キュンとしちゃった」


 姐さんが俺の胸に手を添え、円をかくように撫でる。

そして鼻にかかった息を吐きながら舌でチロリと自分の唇を舐める。


 これで誘いをかけなければ逆に失礼というものだ。


「綺麗なお体に怪我がないか確かめたいのですが、よろしいですか?」

「もちろんよぉ。私の家でたっぷりと確かめ合いましょう」


 俺は白兵戦の教官に心の中で礼を言いつつ、姐さんと腕を組んで歩き出す。


「うぉいこら」


 そしてリシュに足をかけられて転倒し、そのまま勝利に沸くゴルラ達の方に引っ張られていく。


「良い笑顔で歩いてったから追いかけなかったのに! 結局、隙あらばスケベじゃないの!」


「彼女のスタイルを前にしたら男は……」


「そんなに乳が好きならゴルラのデカくて、かったい乳にいくらでも顔埋めさせてあげる!」


 ともあれ襟首を掴むリシュの手の温かさは失われなかった。それだけが救いだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

――山賊の末路


「げぼっがほっ! 生きてるか」


「なんとか……クソ、散々だ」


 賊2人は水を吐き出しながら川から這い上がる。

激しく咳き込みながら上流を確認し、追手が来ている様子がないことに安堵してその場に転がった。


 息が整ったところで1人が呟くように言う。


「もう潮時だ……そもそも俺は生活苦で賊に落ちただけで本当は殺しも盗みもしたくなかったんだ」


 もう1人も同意して頷く。


「俺だってそうさ。親父と殴り合いの大喧嘩して半分当てつけみたいなもんさ」


 2人は顔を見合わせて笑いあう。


「真っ当な仕事でも見つけるかねぇ」


「俺もオヤジに土下座して、また畑で――かはっ!?」


 胸を貫いて血刀が飛び出していた。

男は何が起こったのかもわからないままに息絶える。


「ボルノフ様。やっちまってから聞くのもなんですがいいんですか? ただの漁民かも」


「賊だ。もし違っても、そう見えたこいつらが悪い」 


 ようやく相方が殺されたことを理解した男は逃げようとしたが、ボルノフはその足首を鉄靴で踏み砕き、男に向かって手をかざす。


 その手が赤く光り始めた時、男はその意味に気付いて砕けた足で必死に這いずる。


「なんだ抵抗しねえよのかよ。ナメクジみてぇに逃げるだけか?」


「や、やめ――いやだ! もう足を洗う! 洗ったから! やめてぇぇぇ!!」


 嘲笑するボルノフの手は更に輝き、男は涙と鼻水を垂れ流しながら命乞いをする。

 

 閃光と火柱があがった。




「少しは気が晴れましたか。ボルノフ様」


「ナメクジ潰して晴れるかよ。俺に魔道具向けたクソ野郎でも焼けりゃご機嫌だろうがな」


「なら西の村で遊びませんか? 村長の娘が結構な美人らしく、酒と一緒に出させりゃいい感じかと」


 ボルノフは鼻で笑い、膝を叩いて立ち上がる。


「馬鹿野郎お前、遊びじゃなくて領地の見回りだろうが」


「へへへ……そうでした。んじゃ見回りに行きましょう」

 

 ボルノフ一行は西に向けて去っていく。


 残されたのは呆然とした表情で胸を貫かれた死体と無残に焼け焦げた死体だけだ。

その死体にカラスのようなナニカが群がっていった。


『ニシノムラ ミマワリ ミマワリ ナブリコロシ ケケケケケ』


誤字脱字・矛盾点などお気づきになられましたらご指摘頂けると嬉しいです。

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