第6話 戦闘前夜
村中央の広場で村人達が並び、どこに仕舞っていたのか剣、盾、槍を振るって訓練らしきことをやっている。
「おりゃあ! でえぃ! ぐわぁぁぁ!」
「せいっ! せいっ! せいせいせーいっ!」
「村は俺が守る! ふぅん!」
威勢よく汗を飛ばして頑張ってはいる……が。
「ダメだね。こりゃ」
俺は彼らの中心にいるゴルラを呼ぶ。
「おうユリウス。俺達は戦うと決めたぜ。村を捨てて逃げることもない、まして女達を――」
「それはもう仕方ない。でも残念だけどこの訓練は無意味だ。すぐに辞めさせた方がいい」
俺はゴルラの言葉を遮った。
「だが戦なんてやったことのないやつばっかりだぞ! 訓練も無しにはなにもできん!」
「だからだよ。剣を振ったことのない者と10日ばかり剣を振り回した者に違いがあるかい?」
ゴルラが呻く。
そもそも集団戦闘において個々の戦技能力は大した要素にはならない。
「一人で百人を蹴散らすような怪物が居るなら話も違うだろうけれど」
怪物ならざる普通の兵士に求めるものは指示通りに動こうと試みること、そして逃げ崩れないことだ。
もちろんただの村人達にそれを期待することはできないから状況を作ってやる必要がある。
「長い竹槍を揃えよう。数は戦闘要員の半分。それから竹槍よりも更に長い棒を用意して先に石か刃を括りつける。よくしなるやつね。これも戦闘要員の半分ほどだ」
「竹槍? 棒? そんなもんなら簡単に揃うだろうが……」
素人兵に勇猛であれと期待するのは無理というもので、彼らを戦場に踏みとどまらせる方法はまず一方的に攻撃できる状況を作ることなのだ。
「訓練内容はこう――まず竹槍組と棒組の半分ずつに分ける。竹槍の方は一列にずらりと並び一斉に突く。向かってくる敵から見れば逃げ場のない針山だ」
おぉと村人達からも声があがる。
「そして突いたら引き戻す。動きを揃えて一斉に素早くね」
ふむとゴルラが頷く。
「それだけ」
「「「それだけかよ!」」」
ゴルラと他の村人がひっくり返る。
「拠点防御だけならこの2つが完璧にできれば95点。それ以上は別にいらないよ。棒の方も一斉に振り下ろして引きあげる2つの動きだけでいい。10日を使ってこの動作だけを徹底的に訓練する」
「中に飛び込まれたら終わりじゃないか?」
ゴルラが言う。
「もちろん終わりだ。だから終わらないように別の準備も必要だ」
俺は村の正面をざっと示す。
「正面に防壁が欲しい」
「そんなもの作る時間は……」
あるわけないと言われる前に続ける。
「本格的な物は必要ない。人が通れない間隔で丸太を立てるだけでいい。これを切れ目なく村の正面に並べていく。可能なら内側に土でも盛ってくれれば満点だ」
「まあそれぐらいなら夜を徹してやればなんとかなりそうだが……簡単に運べる程度の丸太なんて、相手が斧でも持って来れば簡単に壊されちまうぞ」
それをさせないのが指揮官の仕事だ。
「あとは編成かな。今は十人隊を複数作っているみたいだけれど」
「おう。戦争に行った経験のあるやつに十人ずつ任せてある」
確かに見たところただの村人達とは動きの違うものが数名いるようだ。
だがその動きは優秀な兵士の動きであって指揮官の動きではない。
「部隊の小分けは必要ないね。この程度の人数なら全員を一括して指揮した方がいい。経験者はまとめて予備部隊として後ろに置こう」
「予備だと? 俺達に後ろに居ろってことか!?」
「バカな! 一番戦える俺達が先頭に出なくてどうするんだよ!」
「予備がいるなら老人とか怪我人とか、そういう奴らを置くべきだ!」
さてどう説明したものかと頭をかいているとゴルラが前に進み出る。
「まあ待て、ここはユリウスの言うようにしよう。他になにかあるか?」
抗議していた者達だけではなく、俺も驚いたが時間が惜しいので続ける。
「村への迂回路には罠を張ろう。右手の林は落とし穴を掘るには最適の地形だからね。左手側の川も水量が増えているから、小細工できそうだ」
「あぁ、慣れた奴にやらせよう」
俺の脳内リシュが『素直なゴルラ気持ち悪!』と言っている。
本当に何か妙だ……まあ突っ込んで言い合いになっても益はないか。
「じゃあそれで。時間がないからボチボチ頑張っていこう」
出せる指示は出したから一旦家に戻ろう。リシュは地下壕建築を続けている。また埋まっていたら大変だから見に行かないと。
そして9日の時間が流れる。
グボン山賊団とやらが示した期限は明日に迫っていた。
「概ね準備は整った。それにしても10日後と言って本当に10日来ないなんて、山賊団にしては律儀だねぇ」
防壁を作り始めたタイミングで来るんじゃないかと思っていたが斥候すら置いていないとは。
こちらを完全に舐めているのか、絶対に近くに居られない理由があったのか。
「こちらとしては助かったけれど」
俺は村の前面に完成した防御柵というより丸太の群れと盛り土、そして竹槍と棒で武装した村の男達を眺めて頷く。
「俺死ぬ気で戦うからよ。遠慮なく一番やばいところに行かせてくれよな」
悲壮な顔でそう呼び掛けて来たのはミゲルだ。
山賊団の来襲に責任を感じているのだろう。
「そう気負わずにボチボチでいいよ。ボチボチで」
一人が逸って前に出れば防御隊列が崩れて隙ができる。
あるいは敵に殺されれば、それを見た味方の士気は下がる。
訓練された兵士ならともかく、素人兵集団にとっては大変よろしくない。
「わ、わかった……ボチボチ……だな」
ミゲルは敵と接触しにくい場所に置くようにしよう。
そこで俺の肩にスッと手が置かれる。
「少し話がある。ちょっと集会所へ来い」
声の主はゴルラだ。今までにないぐらい丁寧で自信なさげな手の置き方だった。
直前になって悪い情報が出て来るのは慣れっこだが対処できる範囲かどうか。
いつも賑やかな村の集会所にいるのは俺とゴルラの二人だけ。
ゴルラは手を組んで机を見つめ、俺は夜は海風で涼しいなぁと伸びをする。
さて話があると言ったのはゴルラの方なのに何も話さない。
「林の方はやってくれたかい?」
仕方なく俺の方から別の話を振ってみる。
「あぁ、リックと木こりが2人で仕上げた。誰にも見られてないはずだ」
「ありがとう。アレが本命なんだ」
また沈黙、はてどうしたものか。
「ところで訓練や編制にケチをつけた時に良く怒らなかったね。君がやろうとしていたことを全否定していたのに。どこで怒ってしまうかヒヤヒヤしていたよ」
士官時代に同じようなことをした時は司令官閣下に廊下へ放りだされた覚えがある。
「さすがに少しイラッとはしたけどな。それでもお前が言うなら、その方がきっと良いんだろう。はっきりと聞きたい。グボンの奴らに勝てるか?」
「運が悪くなければね。損耗は多くて5、6人。損耗10%程度で収まるだろう」
ゴルラの顔が引きつったのに気づく。村の皆は苦楽を共にした仲間だから当然か。
「戦うなら犠牲は覚悟しないといけない。誰も死なせたくないなら戦う選択そのものが間違いだ」
一度戦うと決めたのならば犠牲は数字として処理するしかない。
下手な感傷と迷いは更に多くの犠牲を生む。
だからこそ戦いたくなかったのだが。
ゴルラは大きなため息をつき、自身の組んだ手に頭を置く。
「……やっぱ俺は器じゃねえ。今更だがユリウス、お前が皆のリーダーをやらないか?」
「それはダメだ。戦闘直前に指揮官が交代する愚をおいても、村の皆は僕なんかより君をずっと信頼してる。みんな君の指示だからああやって頑張っているのだから」
「嘘なんだ」
それきた。
さてどこまでの悪情報だ。
ゴルラが目線を机に向けたまま言う。
野太い声が震えていまにも途絶えそうだ。
「皆が知ってる豪胆で恐れ知らずの俺は嘘なんだ……山で教団の奴らが気に入らなくて蹴り入れて戻って来たって話も……嘘なんだよ」
「ふむ」
山うんぬんの話題が出た時の態度で8割ぐらい疑っていたから驚きはない。
「もう13年も前だ。16の俺は……調子に乗ってたんだ。世の中のことにはなんでも逆らって、なんでもバカにしてた」
俺はただ話を聞く。
「教団の奴らをコケにしてやろうとイキって行った山との境界、黒い樹海でバケモノに食われていく奴らを見て、俺は逃げた……小便漏らしながら泣き叫んで」
ゴルラは顔をあげない。
俺の反応を怖がっているのだろう。
「俺はその程度の臆病者だ。今だって明日の戦いを想像して手も足も震えてやがる! とてもリーダーなんて器じゃねえんだ!」
「別にいいじゃないか」
俺がそういうとゴルラが顔をあげる。
「若気の至りでバカをした。失敗して恥ずかしいのでホラを吹いた。至極健全、皆が通る道じゃないか。大袈裟に悩むことじゃないよ」
「でも村の奴らは俺の嘘で……」
俺は笑って首を振る。
「違うね。武勇伝一つで人はついてこないさ。君が皆に信頼されているのは村の為、相応の行動をしてきたからだよ」
家柄、学歴、勲章……そんなもので人がついてくるのは最初だけだ。
ゴルラが皆に慕われているのはそれにふさわしい実績をあげたから。
「そもそも神話の勇者様じゃあるまいし。猛獣を怖がるのとリーダーの資質は無関係だろう。僕だってボボロの口が開いた時は腰が抜けるかと思ったよ」
「ふ、バカやろう。黒い樹海の怪物とボボロを一緒にされてたまるかっての」
ゴルラがようやく笑った。
「ところで山に行こうとしたのは13年前だっけ? その時に16? それだとゴルラは29歳ということになってしまうけれど……」
「そうだが」
ゴルラの顔を凝視し、一度視線を外してもう一度見る。
「40半ばかと」
「うるせえ! 老け顔なんだよ!」
戦闘前日にリーダーが塞ぎ込むなんて事態は回避できたようで何よりだ。
そしてゴルラは笑いながら、覚悟を決めたように深呼吸する。
「もう一つ嘘が……俺は前の戦争で」
「ユーリここー? およゴルラもいた。何の話してるのさ?」
集会所の扉が開き、間延びした声のリシュがやってくる。
まるで雷にでも打たれたかのように立ち上がるゴルラ。
一瞬にして額に汗が浮かぶ。
この目は焦り……いや恐怖か。
「な、なんでもない。明日に備えて最終確認してくる」
「ほどほどにして体を休めてくれよー」
俺はわざと適当な調子で言いながらゴルラを見送る。
「変なの。何の話してたの?」
「ゴルラの顔が老けてるって話かな」
「なんだそりゃ。噂では子どもの頃からあの顔だったらしいけど」
この二人の間にはもう一段深い何かがあるのだろう。
「とはいえ明日を凌がなければ何も始まらないのだけれどね」
――夜
いよいよ明日に迫った戦い。
その緊張で……別に眠れない訳でもなく普通に夢に落ちようとしていると何かが布団に入ってくる。
「リシュ寝ぼけてるのかい? また誤解で張り倒されるのはごめんだよ」
「寝ぼけてない……」
寝ぼけていないはずのリシュが俺の体に手を回し、胸板に顔をつける。
どう考えても誘われているとしか思えないけれど、ここでいったらまた張り倒されそうなので我慢だ。
「明日は勝てそう?」
胸に顔をつけたまま囁かれるのでこそばゆい。
「余程の不運がなければね」
運以外の要素は全て揃えた。
神様が昼寝していれば勝てるだろう。
更に数秒の沈黙が続く。
これは戦いの前にくれるということだろうか。
リシュは恩人だし色々小さめだが良いのならば遠慮なくもらいたい。
「いでで」
そうして伸ばした手が抓られ、リシュが布団から飛び出す。
「勝てるなら良し! ダメっぽいならあんな臭い奴らに奪われるよりユーリにあげようと思ったけど大丈夫そうだね! 良かった良かった!」
しまった。
そういうことだったのか。
「考え直すとまだ五分五分のような気がしてきたよ」
「今さら訂正してもダメ! というか女に恥をかかせて飄々としているんじゃない! 何か面白い話……ユーリの失敗談も聞かせてよ」
無茶で理不尽な要求だが真っ赤な顔で叫ぶリシュに言われては仕方ない。
「失敗談は沢山あるなぁ」
「全部カモン」
本当にいくらでもあって語り切れないから無難なのだけ。
「ある時、街で美人さんに声をかけられたんだ。一目惚れしたので貴方の女にして欲しいってね」
「うへぇ……怪しすぎる」
俺はウンウンと頷く。
「腕組んで帰ったら家の前で諜報部……衛兵みたいなものかな……に止められてね。その女性は敵国のスパイだったんだ。大目玉を食らったよ」
「その流れで連れ込もうとしたの!? 怪しさ満点でしょうが! なんでわかんないの!」
ヴァイパーにも同じことを言われたな。
『正直わかってはいたけれど美人でスタイル抜群だったから、違うかったら勿体ないと思って』と答えて半日説教された。
「次の失敗どうぞ」
リシュに次を促される。
「戦勝式典があってね。そこで有名な女優さんに声をかけられてさ。お酒の勢いもあって家にお邪魔したのだけれど」
「こいつ流れるように女についていくな……」
女優さんだけあってすごい美人だったんだ。
「翌日起きたらベッドの横に記者……吟遊詩人みたいなのかな。ずらりと並んでてさ。いやぁ参った」
布団の上から殴られた。
「最初と同じパターンでしょこれ! しかもやっちゃってるじゃん!」
ちなみに記事が世に出る直前にヴァイパーが新聞社へ突入して輪転機を止めてくれた。
「次、ほら次」
リシュがベッドを叩いて次を促す。
「一時期、良い関係になった女性が居たんだけれど」
「……おい」
呆れるリシュを見ながら続ける。
「その女性に別の女性と……仲良くしてたのがバレたみたいで」
「浮気、最低!」
リシュが俺の上に飛び乗って首を絞める。
「ぐえぇ……で、激昂したその人に刺されちゃったんだけれど、悪いことに場所が帝都の総司令部でね。血を流す僕を見た人が攻撃と勘違いして大騒ぎになっちゃったんだよね」
帝都全体に戒厳令が発令され、郊外駐屯地から師団が乗り込んでくる本気の大騒ぎだった。
そのままだと刺した女性がまずい立場になるので、果物剥いていたら間違って刺さったってことにしたのだけれど、結局ヴァイパーと2人で3か月ほど辺境に飛ばされた。
「話せる失敗談はこれぐらいかなぁ」
「全部女関係かい! 大人しい顔して風紀メチャクチャじゃない!」
リシュは俺の首を絞めて鼻を引っ張る。
そしてふと動きを止めた。
「ねえユーリ。私は世界の事なんてよく知らないけど、ユーリはすごい立場の人だったの? スパイに狙われたり戦勝式典とか総司令部とか」
俺はリシュの唇を軽く指でつついて微笑む。
「最初に言った通り、僕はただのユリウスだよ」
リシュは安心したように笑う。
「そっか、それでいいんだよね! というか今のキュンってきたんだけど、そうやって口説くんだなこの女好きめ!」
思い切り首を絞められる。
「理不尽だ……」
決戦は明日。
なるようになるだろう。