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第5話 グボン山賊団

4話相当の話となります。

――林道


 横倒しとなった荷車の隣に男が倒れている。


「積み荷は差し上げますから! これ以上妻に乱暴は……ぐはっ!」

 

 額から血を流しながら懇願する男の顔面を一目で山賊と分かる男が笑いながら蹴りとばす。


「はーはは! 差し上げるだぁ? 積み荷なんざとっくに俺達の物よ!」


「嫁の方はたっぷり楽しんだ後に返してやるから安心して寝てな!」


 山賊の蹴りが男の脇腹に入り、男……ルモは胃液を吐き出しながら自らの無力に咽び泣く。


 隣では同じく泣き叫ぶ妻とその上で体を揺らしながら笑う複数の男の声が聞こえていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ルップル


 とある家の前に村人達が集まっていた。

その家の中からゴルラがぬっと現れて集まった村人達に言う。


「ルモが心配なのはわかるが集まってもなんにもならねえ。自分の仕事に戻るんだ」


 だが村人達は歯を食いしばり拳を握りしめて動かない。


「ルモさんがこんな目にあったのに仕事なんか手につかねえよ!」


 ゴルラに詰め寄る男はアビーとチュッチュして親父さんにボコボコにされたミゲルだ。


 彼は傷だらけの姿でベッドに腰かけ俯いているルモと、痣だらけの体を女達に手当てをされながら泣き続けているその妻を交互に見て叫ぶ。


「あの林道は危ねぇって話はしたんだが。急な式だったからな……間に合わせようとしたのか」

「積み荷を差し出したのにルモは腕を折られて嫁さんは何人もの男にかわるがわる……クソ」


 シンとした空間に潜めた声すら大きく響く。


 状況は把握できた。


「武装強盗――盗賊と呼ぶべきかな? 凶悪な事件だ。統治者――領主さんは取り締まらないのかい?」


 俺がそう言うとミゲルが叫ぶ。


「ウチの領主様はなんもしねぇよ! ここいらじゃ兵士なんて見たこともねえ!」

 

 リシュも付け加える。


「盗賊の方もやり方をわかってて、大きな街道とか御用商人の隊列なんかは襲わないんだ。狙うのは今回みたいに個人とか行商人ばっかり。だから領主は面倒臭がって討伐なんてしないの」


 封建体制は資料で知るのみだったがルップル周辺の領主は『民』には興味がないらしい。


「なんにせよルモがこんな目に合わされて黙ってるなんてできねえ。クソったれ共に思い知らせてやる!」

 

 ミゲルが気勢をあげると周囲からも賛成の声が上がった。


「ルモの話じゃ相手は5人っぽちだ! 皆で押し寄せてボコっちまえ!」

 

 他の男達もそうだそうだと声をあげる。


「みんな……ありがとう……」


 ふらつきながら表に出て来たルモが涙を流しながら言うと村人達の気勢はいよいよ高まる。


 しかし残念だが水を差さねばならない。


「危険だからやめた方がいいかな」


「「「あん!?」」」


 そんなに睨まないで欲しい。理由はあるんだ。


「相手が5人と言ってもそれで全員なのかわからない。救助に行くならリスクを冒す必要もあるけれど、復讐目的の攻撃は意味が薄い」


「ユリウス!」


 俯くルモを見たミゲルが俺の襟を掴む。

ここまで言ったからには最後まで言うけど殴られないことを祈ろう。


「君達はとても仲間想いで勇敢だ。でも勇気だけで物事が上手くすすむことはない。ここは別の方法で奴らの排除を試みるべきだ」


 俺も歳の割には戦場を多く見てきたけれど勇気というのは本当に曲者だ。

臆病者はただ負けるだけだが間違った勇者は多くのものをぶち壊す。


「別の方法もなにもやった奴にやり返すだけだ! 簡単なことだろうが、なぁゴルラ!」


 ミゲルがゴルラに同意を求めた。

ここでゴルラが「行くぞ」と言えばもうどうしようもない。


「まず落ち着け。ユリウス何か考えがあるんだろ? 言ってみろ」


「おっと予想外に冷静……なんでもない。一応は考えてあるけどね」

 

 ゴルラに睨まれながら咳払いをする。


「あくまで正道でもって対処すべきだと思う。つまり領主に出てきてもらう」


 全員が失望の表情を浮かべ、ミゲルなどは露骨に悪態をついた。


「ユーリ、私達がなに言っても領主が兵を寄越す訳が……ふにゅ」

 

 リシュの頬っぺたを軽く撫でて言葉を遮る。


「領主の居る町を地図で見たけれど、件の林道を通るよね」


 ゴルラは頷く。


「まず領主に上手く獲れたボボロ肉の燻製を献上品として差し出すと伝えるんだ。あの肉にはそれだけの価値があると聞いたからね」


「はぁ? なんでせっかくの肉をあんな領主に……もぐあ!」


 リシュが黙って聞けとばかりにミゲルの口を塞ぐ。


「で、申し出た後、あの林道を使って肉を積んだ荷車を送る。何か高価に見えるものも一緒に積んで行くとなおいい」


「そんなことしたら――」

 

 ゴルラの意見に頷く。


「そう奪われる。『領主への献上品』が道中で賊に奪われる。これは封建領主にとって名誉と感情、両方の意味で看過できない。『民』に興味はなくとも動かざるを得ない」


 本当は封建領主なんて知らなくて歴史資料からの推測だが言い切らないと説得力がない。


「形だけでも領主が兵を出せば奴らは逃げ散って当分ルップルの近くには寄ってこないだろう。……それなりに考える頭はあるらしいから」


 運び手には足の速い者を選び、積み荷を捨てての逃走を前提としておく。


「仮に失敗しても失われるものはほとんどないからね。改めて別の手を考えれば良い」

 

「……わかった。それでいこう」


 ゴルラが同意する。


「よっし、一見美味そうに見えて微妙な味の部位を選ぶから!」


 リシュも意気込むが、あんまり酷い部分選ぶとそれはそれで揉めるから程ほどにね。 

 


 概ね皆の同意は得られたがルモとミゲルは俯いたままだった。


「それで上手くいっても妻をひどい目に合わせた奴らは逃げちまう」


「ルモさん。俺も同じ気持ちだ。大丈夫、アイツらをそのままになんてさせねぇよ。今夜……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 月明りの下、5人の男達が松明も灯さず林の中を歩く。


「この方向で大丈夫なのかリックさん?」

 

 ミゲルの声に囁き声が応えた。


「あぁ俺は5つの時から親父とこの林で狩りをしてきた目をつぶってでも歩けるさ。林道を見張るなら多分……居たぞ」


 五人の山賊が焚火を囲んで眠っている。

少し離れた場所に見張りらしき男が居たが、その男もまた松明を抱えるようにして居眠りをしていた。

 

 ギリリと歯を噛みしめるのはルモだ。

鬼気迫る形相で賊を睨む。


「それいけ!」


 まずリックが獣のような素早さで見張りに駆け寄り、棍棒で頭部を強打し昏倒させる。

鈍い音に反応したもう一人が起き上がったところにミゲルが飛び込み、どこの家からか拝借してきた麺棒で側頭部を殴りつける。


「ぐわっ!」


 大きな声が漏れて残りの賊達も起きだしたがもう遅かった。

 

「ぎゃっ!」

「ぐえっ! いで! やめっ! ぎゃあ!」


 一人は起き上がろうとしたところで脳天に一撃貰って卒倒。

もう一人はタックルで転がされてから顔面を何度も殴り付けられ悲鳴をあげる。


「俺達が誰だかわかってんのか! こんなことしてただじゃ……ぎゃっ!」


 なんとか腰の剣を抜いた賊も、闇雲に剣を振り回していたところをリックに一撃されて倒れ込む。


「ひー! た、助け……うわぁぁーー!」


 最後の一人は逃げようとして足を滑らせて崖を転がり落ちていった。


「よし全員やったな!」

「卑劣な山賊なんてこんなもんだ!」

「こいつらは村に連れて帰ってしかるべき罰を受けさせる。だがその前に……」


 地面に転がる賊が引きずられていく。


「て、てめえら。俺達はグボン様の……おい待て、やめろ! やめてくれぇ!」


 賊の腕が切り株に乗せられ、押さえつけられる。


「妻も何度もそう言った!!」

 

 ルモが左手で握った棍棒が振り下ろされ、生木の折れる音が夜の林に響いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌朝


 まだ陽も昇り切らない早朝、俺とリシュは喧騒で同時に目を覚ました。


「にゅー。朝からうるさいなぁ」

「おはようリシュ。またなにかあったかな」


 俺達は並んで起き上がり、同時にあくびをした。

数秒時が止まる。


「なんで私のベッドに居るんだぁ!」


 おっとすまない。

夜中にトイレに行って戻る場所を間違えたようだ。


「て、貞操! 私の貞操は無事!?」


 がばっと寝間着のスカートをめくり上げるリシュ。

どうせなので鑑賞しておこう。


「見るなぁ!! 見せたのはこっちだけどせめて目を逸らすとかしろぉ!」


「朝から元気だね。それより表の方はなんだろう?」


 木窓を開き、外を窺う。そして大きなため息を吐く。


「やっちゃったかぁ」


 リシュが大騒ぎしているがそっちはやっていないから大丈夫だよ。


 窓の外では賊と思われる男5人がミゲル達に蹴り飛ばされながら、ルモの妻に土下座させられていた。うち一人は両手を折られて赤子のように泣き叫んでいる。


「ようユリウス。小細工は必要なくなったぜ!」


 俺に気付いたミゲルが「どうよ」とばかりに胸を反らせた。

困ったものだと溜息がもれるが、一応挽回の余地がないでもないので状況を聞いておこう。


「もう一人いたけど崖から転がり落ちやがったんだ。暗くて探せねえし無事で済んでもいねぇだろうから放っといた。そういえば取り返そうと思ったのにルモの荷物どこにもなかったな」


 残念ながら挽回策は破綻だな。


「今さら言ってもなんだけど」


 俺の独語をリシュだけが聞いてくれる。


「賊は人数を変えず同じ場所に居た。なのに昨日奪われた大荷物が無いってことは別に輸送役がいるってことだ。林道を見張れる場所に軽装備で5人のみ……嫌な予感しかしないなぁ」


「ユーリ考えすぎだって。仇は討ったぜ万々歳でいいじゃないの」




3日後


「ね」

「……はい」


 ルップル村の正面に武装した数十人の男がずらりと並んでいる。

軍隊というにはあまりに不揃いでナリも汚すぎる。


 その中の一際大きく、また飛びぬけて汚らしい男が怒鳴る。


「ルップルのゴミ共! よくも俺様のグボン大山賊団をこけにしてくれたな!」


「そう山賊団だ。イメージにぴったり」


 リシュに「言ってる場合か!」と頭をはたかれる。


 溜息を吐きながら周囲を窺うとミゲルとルモら『勇気ある者達』は真っ青になっており、逆に賊達は縛られたまま笑っている。


 そんな中でゴルラは村を守るように一人仁王立ちしていた。

やはり彼は戦士としては一級品のようだ。

表情は伺い知れないが。


「俺達をコケにしたやつは誰であろうと許さねえ! 一人残らず皆殺しにしてやる! ……が俺も悪魔じゃねえからには慈悲をくれてやってもいい」


「くれるってさ」


 振り返って言うとリシュに再び頭をはたかれる。


「まず攫った手下を返しな! 愛すべき間抜け野郎共をよ!」

 

 数秒の後、ゴルラは無言のまま顎をしゃくり、ミゲルが歯を食いしばりながら賊達を解放する。

賊はミゲルに唾を吐きかけ、ルモと妻に下品な声をかけて山賊団と合流した。


「その4人で全員だ。1人は捕まえ損ねている」

 

 ゴルラが表情を見せないまま言う。


「おう知ってるぜ。可哀そうなベクは臓物こぼしながら戻ってきてくたばったからな」

 

 人死が出たとなれば穏便に済む可能性はなさそうだ。


「といってもアイツはクソ野郎だった。その命になんざ大した価値はねぇ――そう畑にたっぷり実った麦を全部と、若い女全員ぐらいで釣り合うだろうよ」


 山賊達は笑いながら歓声をあげ、村人からは悲鳴があがる。


「へへへ、まずは乳のデカい順に女の味見を……なんだ?」


 そこで小柄な賊が一人、山賊の頭に近づき何事か囁く。


「第4軍団が国境に向けて動いているだと? ちっ……しばらく目立つのはまずいな。よし十日後にまた来る。それまでに麦と女を揃えておけよ!!」


 グボン山賊団は村を去っていく。

泣き崩れるミゲルと絶望する村人達、俺から言うことは一つだ。


「村を捨てて逃げるべきだね。十日あれば十分なはずだ」


「そんな代々住んできた村を捨てるなんてできないわ!」


「村を捨てたら一文無しだ。それこそ生きていけない……」


 残念だがそれ以外に選択肢はない。

なにもないのだ。




「にゅぉぉ! ふんがぁ!」


 珍妙な掛け声をあげながらリシュが床下を掘っている。


「ここに隠れてやり過ごす! 私の純潔をあんなゴルラより臭そうなおっさんに奪われてたまるものかぁ!」


「地下壕のつもりだったかぁ」


 補強も無しにそんな豪快に横穴を掘ったら……。


「ぐわぁぁぁ! 崩れたぁぁ! ユーリ助けてぇ!!」


「言わんこっちゃない」


 俺は突き出たリシュの尻を掴んで引っ張り出す。


「もう少しで抜け……抜け……全部抜けたぁ! なんでこうなるの!」


 リシュの体が穴から抜けたのは良いが、勢い余って着ていた服まで体から抜けてしまったのだ。

丸見えの小さな胸と健康的なお尻を鑑賞していた俺を殴りつけるリシュの手が止まる。

さあ来るぞ。


「ねえユーリ」

「嫌だよ」


 リシュが何を言おうとしているかはわかっていた。

その上ではっきりと否定する。


「どうして?」

「どうしても。絶対に嫌だ」


 これだけは譲れない。


「でも……ユーリにはできるよね?」

「やらないよ。この話に終わりにしてくれないかな」


 命を助けてもらったリシュに対して恩知らずな態度にも程がある。

それでも、どうしても嫌だ、もう二度とやりたくない。


「みんな逃げないよ。自分の村を離れない。奥さんや娘を差し出すなんてこともしない。きっと戦うよ」


 俺は無言で目を逸らそうとするがリシュに頭を掴まれる。

もう丸出しの胸を隠そうとも……殴られた。

まだ見たらダメみたいだ。


「このままじゃあみんな殺されちゃう」


 ちょうど窓の外を小さな女の子が駆けていく。

大人たちの緊張が伝わっているのか強張った顔で。

 

 いやダメだ。

ここで戦ったら同じになってしまう。

行き着く先はまた地獄だぞ。


「もうユーリのバカ! なんで――」

『たすけてくれないの』


「――!?」


 泥にまみれたリシュが一瞬血まみれに見えて目を見開く。


「ユーリ?」


 あぁなんてことだ。

戦えばいずれまた後悔することになるに決まっている。 

しかしここで戦わなかったら俺は少女を救えなかったあの時と同じ後悔をするだろう。


 どちらも後悔の袋小路。

ならば選ぶべきは――。

 

 山賊団、村の戦力、周囲の状況、全ての情報が脳内を駆け巡る。


「実に残念だ」


 どうしようもないなら逃げられた。


 全く望みがないなら、不可能なら、逃げるしかないから。


 しかしなんとかなってしまう。

奴らを撃退できると確信してしまう。


「よーし、こうなったら最終手段だ! 村を助けてくれたら私とチュッチュする権利を――」


「行こうかリシュ。ゴルラのところに」

 

 俺は溜息を一つ落として歩き出す。

なにやらリシュが大騒ぎしていたが今はそれどころではなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 荷物を奪いこそすれ、ルモも妻も返してくれる山賊はかなり慈悲深いなと思ってしまいました。 主人公が穏やかだと、釣られて山賊も穏やかになるのでしょうか。
[良い点] ユリウスの考えがとことん”現実的”な考え持ち主で、一時の感情に流されるのではなく冷静沈着な人物、流石はかつては軍団を率いた“名将“だなと思いました。 例えて言うなら‥真田昌幸公の如く知略の…
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