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第4話 異形の獣

コミック3話相当の話となります!


「そっちに一匹行ったぞ!」


「こっちにはいない! 右に回り込んだかもしれない」


「一匹仕留め……いでっ! 大丈夫かすり傷だ!」

 

 イノシシの群れが来ると聞いてリシュと向かった村外れ、村の男達が総出で竹槍や農具、盾代わりの木板などを振り回している。


 その後ろに全体を見下ろせる木組みの櫓があり、上からゴルラが指示を出しているようだ。

 

 俺は目を凝らしてボボロなる獣を確認する。


 体長150cm体高80cmといったところだ。

かなり大型ではあるが俺の知っているイノシシの範囲にまあ収まる。


 ただ一つ違うのは牙だ。

俺の知るイノシシの牙ではなくサメのようなギザギザの歯が口内にビッシリと並んでいる……ってこっちに向かって来るぞ。


「これは害獣の範疇で語っていいのかい? ライオンや虎と同じ系統なんじゃ……」


 子どもは危険とか言っていた気がするが、あんなもの大人でもダメな気がするが。


「ボーっとしてないで櫓の上に行って! ユーリは鈍臭いから怪我どころか食べられちゃう」


「やっぱり食べられるんじゃないか!」


 リシュに押されて櫓を登る。

理想を言えばリシュを先に登らせたかったが贅沢は言えない。


「てか登るのおっそ! 見た目通り鈍臭いなぁ!」

 

 そして登り切るなりゴルラに睨まれる。


「役立たずが何しに来やがった」


「緊急避難かな。邪魔はしないようにするから」


 俺はリシュと並んで邪魔にならないように膝を抱えて櫓の隅に座る。


「どこまでも情けねえ奴だな……怪我されても面倒だからそこで見て――おい右に二体行ったぞ。ミゲルの応援に行け! 左から来るのはちっこいのばっかりだからゴッテ一人でなんとかなる! ミシャはそっちじゃなくてもっと前の方だ!」


 ゴルラは必死に叫んでいるが、一人一人に向けて指示を出すものだから間に合っていない。


「もっと複数人をまとめて、隊として指示を出したらどうだい? そもそも体高の低いイノシシ――ボボロ相手に見通しの効かない草むらで乱戦は悪手じゃないかなぁ」


「うるせえ! 黙ってろ!」

「ほい」


 今の最高指揮官はゴルラなので黙ろう。


「バカそっちに行ったら囲まれる! 違う! 右ってのは俺から見て右ってことだ!」


「正面の森が北だからそこを基準点にするといいよ」

 

 黙ってろと怒鳴られてまた黙る。


「おーい遅れてすまん。俺達も来たぞ。どっちにいけばいい?」

 

 新たにもう何人か到着したようだ。


「おう助かる。とりあえず一番数の多い正面に加勢――」


「いやいや正面は既にゴチャゴチャだよ。増援は手元に残して次の動きに備えるべきだね」


「……ユーリわざとやってる?」


 リシュにつつかれ、ゴルラが爆発寸前になっていることに気付く。


「ごめんつい癖でね」


 後ろから口を出すのが大好きな性分なんだ。


 そういえば参謀時代にも同じ流れで時の司令官を噴火させたことがあった。

自重しておこう。


「ぐわっ!」


 その時、正面で戦っていた一人が草に足を取られて転倒してしまう。

しかも運悪く複数のボボロに囲まれた状況で。


「まずい! 待ってろ今行く!」


 ゴルラは一声叫ぶと剣を持って櫓から飛び降り、囲まれた者を救いに行ってしまった。


「おーい。トップが前に行っちゃたらダメだよ。こういう時は余裕のある所にいる……聞いてないね」


 ゴルラは四頭のボボロを蹴散らして転んだ者を救い出し、尚も複数体を相手に圧倒している。

兵士としては表彰ものだが、指揮者としては大問題だ。


 指揮官が前線に飛び出した弊害はすぐに表れる。


「一頭逃げられちまった! 次のはどっちにいる?」


「おっと一際でかいのが……ってモストじゃねえか! 同士討ちするところだったぞ!」


「草で見えねえ! 俺の周りにいるのは誰なんだ! まさかボボロに囲まれてるんじゃないよな!?」


 ゴルラが前線に飛び込み、指示が途絶えたことで全体が大混乱に陥ってしまっている。


「だからお前は向こうの奴らを……向こうってのは村の反対ってことだ!」


 ゴルラも声を張っているが、自分が見通しの悪い草むらに入ってしまってはまともな指示が出せない。

引き返そうにも自身が戦力として参加してしまい、下手に抜けると隣の仲間を危険にさらしてしまうのでもう下がれない。


「仕方ない」


 俺は櫓から少しだけ身を乗り出して全体を観察する。

草むらを走り回るボボロと右往左往する人間達……。


「獣の方が統率とれているね。はははは」

「笑い事じゃない!」


 リシュに尻を叩かれてしまった。

そして気付く。


「ボボロの群れは統率が取れているのに、たまに不合理な動き方をしていないかい? 何かを避けているような」


「ボボロはエロスの花――あの黄色い花の臭いが大嫌いで何があっても近づかないの」


 なるほど所詮は獣、魅力的な名前の花を避けてしまうと。


「人は恐れないみたいだね。しかし4人以上まとまっている場所は避けている。賢いね」


「その通りだけど……ユーリ本当はボボロ知ってるでしょ」


 全く知らないけれど、この習性が正しいならボチボチ上手くやれそうだ。


 俺は頭をかいてから指示らしきものを出してみる。


「全員、一旦後方に下がろう。自分の前面を威嚇しつつ草むらを出て畑の境界まで後退だ」


 反応はない。乱戦で聞こえていないのかと思ったが視線は感じるので無視されているらしい。

まあ一番の新参者かつ役立たずが何をいっても聞かないか。


「聞いてくれないならどうしようもないね。これ以上できることはない」


 さっさと諦めて下がった俺を乗り越えリシュが叫ぶ。


「みんなちゃんと聞いて! 畑まで下がりなさーい!」


 俺の時と違って皆が一斉にこちらを向く。

耳が痛い。物凄い声量だ。


「そうは言うけどリシュ。そいつなんにもできない無能って評判じゃないか。ボボロ狩りで下手うたれると大怪我しちまうんだぜ」


 ごもっとも。反論しようもない。


「うっさいミゲル! 聞かなきゃアビーと草むら隠れてチュッチュしてたの親父さんに言うからね!」


「どわぁ! もう言ってんじゃねえかぁ!」


 これまたすごい音で言うものだ。

村全体に響き渡ったんじゃないか。


「このクソガキ! よくもウチのアビーを!」


 ミゲル君が犠牲になったおかげで全員の注目がこちらに向いた。


「まぁまぁ騙されたと思って聞いて欲しい。黄色い花のラインまで下がってみてよ」


「ほら私を信じて急いで! 責任はユーリが取るから」


 その通りなのだけれど釈然としないなぁ。


 皆に好かれるリシュの応援もあって村人達は不満げながらゾロゾロと移動していく。


 これで入り乱れていたボボロと村人が二つに分かれた。

獣相手に冗談みたいな表現だが戦線らしきものができた。


「さてボボロ達は畑や村に突っ込んで食べ物を漁りたい。しかし正面には人間が沢山集まっている。彼らの習性的にここには突っ込めない。だとすれば……」


 ボボロ達は草むらを揺らしながら大きく迂回を始める。


「五名ほど森を正面に見ながら右方向の丘へ――そこで止まって。残りは左方向に動いて花の前で屈んで正面に備えよう」


「言うこと聞きなさいよー。あと責任は全部ユーリだからね」


 責任と聞くと身構えてしまうのでやめて欲しい。


 大きく迂回したボボロ達は村を目指す途中でエロスの花畑に行き当たる。

ほんといい名前だ。後で一輪積んでおきたい。


「さて、これも彼らにとっては越え難い。どっちに進んで良いのかわからないから辺りを見回すと丘にいる5人が見えるはずだ。そこから反対に動いて……本隊の正面に出るよ」


「気をつけてね!」


 ボボロの群れは草むらを突き抜け、ほとんどの村人達が待ち構えている真正面に飛び出した。


「一斉攻撃」

「いっけー!」

 

 草むらを掻き分けて両者の遭遇。

来るぞ来るぞと身構えていた村人に対して獣達にとっては草むらを掻き分けた先での奇襲だ。

次々と竹槍やナタが叩きこまれ血飛沫が舞う。


 ボスらしき巨体な個体も凶悪な牙を披露する前にゴルラに脳天を叩き割られて絶命した。


「さすがにこれはまずいと気付く。獣の反応速度で引き返そうとするけれど……」


 ボボロは群れで動いている。

そして後方の個体は草むらが邪魔で前の状況がわからないから、一刻も早く仲間に追い付こうと次々飛び出して引き返そうとする個体とぶつかり、あるいはぶつかりそうになって足を止めてしまう。


 更には奇襲でリーダーを殺されて統率者不在では目も当てられない。


 ボボロの群れは最初の統率された動きから一転して、ただただ逃げ惑う存在となった。


「全員草むらまで踏み込んで追撃。丘の上の5人は左側面から包囲、こっちは武器を構えておくだけでいい。むしろ戦闘参加しないように」


「よくわかんないけど、頑張れ!」

 

 混乱し無防備になった獣達は薪でも割るかのように倒されていく。

殴られて混乱し、自慢の牙で隣の同族に噛みつく有様だ。


「こうなったらもう食べ物どころじゃあない。ただ逃げることだけ考える。選ぶのは自分達が来た道、森への最短経路……そしてそこには」


 丘の上から来た5人が待ち構えている。

逃げ道を塞がれていよいよパニックになった群れは壊れ、四方八方に逃げ散った。


「はい。お終い」


 ボボロの厄介さの原因たる群れの連携は崩れ、自慢の牙も生かせずに各所で一体ずつ狩られていく。

畑と草むらはたちまちボボロの死体で埋め尽くされた。


「……怪我人はいるか?」


 いつの間にか戻ってきていたゴルラが問うと僅かに声があがるが、ごく浅い怪我だ。


 一名、顔の形が変わるぐらいボコボコにされた青年がいるが、狩りと関係がないので損失から省く。


「これ、群れ一個丸々全部仕留めたんじゃねえか? 食い切れねえぞ」


「ボボロってもっと手強くなかったか? 途中からウサギでも狩るみたいにやれたぞ」


「今日は村総出で皮剥ぎと燻製作りだな。行商人もとんでくるぜ」


 複雑そうなゴルラがこちらにやってくる。


「むふー」


 どうだと言わんばかりに小さめの胸を張るリシュを尻目にゴルラは俺の前に立つ。


「……俺が指揮を取ってたらこんなに上手くいかなかった。怪我人も出ていただろう」


 だろうねと言わないぐらいの社交性は持ち合わせている。


「大したもんだユリウス。お前は村の一員だ」


「ありがとう」


「どうよ、すごいでしょ!」


 俺が差し出されたゴルラの手をとって微笑むと、ゴルラは照れくさそうに笑う。


「邪険にして悪かったな。リシュや村に寄生するつもりだと思ってたからよ」


「気にしてないさ。そう思われても仕方ないぐらいの有様だったからね。あとリシュはそれ以上仰け反ると背骨が折れるよ」


 ゴルラが認めたことで村人達も一斉にやってくる。


「ナヨナヨなのにやるじゃねえかユリウス!」


「ぬぼーっとした顔してたのは演技……って今もぬぼっとしてんなおい!」


「ともあれ飲もう! ユリウスが村の一員になった祝いの酒盛りだ!」


 男達が俺を囲んで笑い、女達は酒の前に仕事をしろと怒鳴りつける。


 ゴルラはまだ少し気まずそうなのを村の女に茶化され、リシュは仰け反りすぎて遂にひっくり返った。


「いいな。すごくいい」


 ここで穏やかに余生を過ごそう。

向かない畑仕事で生計を立て、押し寄せるボボロの群れが最大の修羅場だ。

役立たずと呼ばれたって構わない。


 なによりも重要なことは――。


「もう二度と戦争には関わらない。どんな理由があろうとも」


 俺は壊れた銃を草むらに捨てた。

生い茂った雑草の中に落ちた銃を見つける者は誰もいないだろう。


『閣下、丸腰なんていけません。拳銃をお持ち下さい』


『ははは、僕が銃なんて使う状況になったらおしまいさ。そもそも下手くそだしね。物資も足りていないんだ。前線に出る者に持たせた方がいい』


『ならばせめてこの銃をお持ち下さい。旧式単発銃ですが無いよりは……プッ。ち、違います笑ってはいません! 大道芸人みたいだなんて……だからそのままお持ちください!』

 

 頭を軽く振って意識を現実に戻す。


「「「乾杯!!」」」 


 夜、村総出での皮剥ぎと肉の処理が終わり、食糧庫から酒が出されて酒盛りとなる。


 少しばかり目立ったせいか主役に抜擢された俺は村一番の建物である集会場のど真ん中に座らされ、隣にリシュ正面にはゴルラが座る。


「おっユリウスさん、案外いける口ですね」


「あはは、まあそれなりに飲む機会は多くて」


 お酌をしてくれるのは村の奥様方だ。

歳は行っているけれど俺は年上も嫌いじゃないし、屈んだ時のお胸が大層豊かで素晴らしい。


「ユーリ?」


 俺はさっと目を逸らし、お酒をちびりと飲んで笑う。


「ひゃーやっぱりボボロの肉は絶品よねぇ。燻製にしても美味しいけれど、新鮮なのを軽く炙って食べたら最高! それが食べきれないほどあるなんて……ユリウスほんと最高!」


 若い女性が酔って俺の背中をバシバシ叩く。

いかにも派手で軽そうな感じではあるが俺は遊んでいる女性も嫌いじゃないし、無警戒な太ももがまた大層健康的で素晴らしい。


「ユーリ?」


 俺は一つ咳払いしてボボロの肉を摘まむ。なるほどこりゃ美味い。


「ねえゴルラ。今更だけどユーリと同じ場所で寝てるの怖くなってきたんだけど」


「だから言っただろうが。ああいう真面目な顔してる奴のが特大のスケベだったりするんだよ」


 失礼な。

俺は独身なんだし、ちょっとぐらい女の子が好きでもいいじゃないか。

それに胸尻抜きでも命の恩人たるリシュに手を出すような外道な真似はしない。


「胸尻抜きって部分についてちょっと話そうじゃないか」


「く、酒のせいか声に出てた……」

 

 リシュに耳を引っ張られる俺を見て皆が笑い、ゴルラも笑う。


「いやユリウスの活躍も凄かったけど、ゴルラの兄貴も相変わらず凄かったよなぁ」


「あぁ真正面から2m近いボボロの頭かち割るなんて領主様の騎士にだって出来やしねぇ」


 そして皆の話がゴルラへ移っていく。


「そりゃ兄貴は山へ行って戻ってきた猛者だからな。ボボロなんて目じゃねえよ」


 取り巻きの一人がそう言った瞬間、ゴルラの肩が跳ねた。

動揺が分かりやすい男だ。腹芸は絶対できないな。


「あれでしょ兄貴。若い頃に力試しも兼ねて教団の奴らと一緒に山に行ったんでしょ?」


「それで奴らの態度が気に食わないってんで、ぶん殴って一人戻ってきたんですよね」


 騒ぎながら賞賛する取り巻き。


 一方で当のゴルラは誰とも視線を合わせずに酒を煽る。


「昔の話だ。何度も言うのはダサいからやめろっての」


「へえ。すごいんだね」


 ゴルラの態度に嘘だと確信するが、あえてつついても意味がないので軽く流しておこう。

若い頃にホラ武勇伝を吹くぐらい良くあることだし、別に悪いことでもない。


「それで各地を流れ回ってた時にリシュの父ちゃん……ジェイコブさんと出会って村に来たんですよね」

 

 ゴルラは何も言わずに酒を煽りはじめた。


「ジェイコブさんとゴルラの兄貴は無敵のコンビだったよな。山に入れば大熊を仕留め、海に出りゃクジラを引っ張って来た。洪水の時には屋根まで水に呑まれた家から赤ん坊を助け出した」

 

 村人が言っているのだから本当の武勇伝のはずなのにゴルラの表情はさえない。


「それがあの戦争でよ……」

「ボンクラ領主の指揮がまずかったんだよ。そうでなけりゃジェイコブさんが死ぬなんて」


 ゴルラがテーブルを叩く。


「やめろ! リシュもいるんだぞ馬鹿たれが!」

 

 ゴルラの言うことは当然だ。

リシュの前で父親の死を語るのは糾弾されてしかるべきだ。

 

 しかし何故ゴルラはあんな顔をしているのだろうか。

あの表情は怒りではなく恐怖だ。それも恐怖はリシュに向いている。


 ゴルラが怒鳴ったことで場は静まりかえってしまった。

なんとも嫌な感じの終わり方になったが、そろそろお開きだろうかと腰をあげる。



 その時、集会場の扉が開いて女性が一人入って来る。


「あらぁ随分静かねぇ。どうしたのぉ?」


 甘ったるい声と色気を振りまくような歩き方、女性の大事な部分が飛び出るギリギリ限界まで布面積を削った服……歩くたびにウフンウフンと擬音が鳴っているようだ。


 男達が一斉に唾を呑み、女達は一斉に舌打ちする。俺も一旦あげた腰を下ろして隣の男に聞いた。


「あの人は?」


「村一番のドスケベ姐さんだ。二十五より下の男はほぼほぼ世話になってる。オールOKなんだ」


「なんて素晴らしい村だ」


 ドスケベ姐さんはウフンウフンと擬音を鳴らしながらやってくる。


 男達はみんな鼻の下を伸ばしていたが、何故かゴルラだけが顔を強張らせて青くなっていた。

そして姐さんがゴルラの隣に座って彼の足に手を伸ばすなり、跳ねるように立ち上がる。


「お、俺はもう家に戻る! 雰囲気を悪くして済まなかったな! それじゃあ!」

 

 ゴルラは冷や汗かきながら走り出し、扉に額をぶつけて入口に躓いて転び、這うようにして出ていった。


「あぁん。また逃げちゃったぁ。女の子の練習させてあげたかったのにぃ」


 姐さんがウフンと残念がる。


「ゴルラの兄貴は女が全くダメなんだよ。そういう雰囲気になったら即逃げる。追い詰められたら……泣きだすかも」


「あの外見で?」

 

 人は見かけによらないものだと首を捻る。


 そこでウフンウフンと擬音がこちらに向かって来る。


「あなたが噂のユリウスちゃんよねぇ。少し私の家でオハナシしません?」


「ええ、行きましょうか」


 俺は即答して姐さんと並んで立ち上がる。

 

 さり気なく胸に手を置かれたので俺も姐さんの腰から心持ち下に手を添える。


「待てぃ」

「ぐえっ」


 リシュに木の器で鼻っ柱を殴られ、蹲ったところで首根っこを掴まれる。


「それじゃ私達も帰るね。また明日ー。ほんっとにこいつは性欲なんて無さそうな顔して底抜けの女好きじゃないの! 私のスカートめくれてたのも最後まで言わなかったなコイツ!」


「スケベな女性が嫌いな男なんて……痛い痛い! 耳が取れる!」


 俺はリシュに耳を引っ張られながら、家へと帰る。


「あらー残念。また遊びましょうねー」

「是非ともお願いします」

「ヘラヘラしない! おっぱい見ない!」


 ゴルラの表情は気になったが、あえて藪をつつくこともない。

本人が言いたくないならそのままにしておく方が良い。


 ルップルは平和な村でこれからも平和が続く……それでいいじゃないか。



――数週間後 


 ルップル村での生活は平穏そのものだった。


 村でのトラブルと言えば、老漁師ハレポカの船が悪戯イルカにひっくり返されたことと、ドスケベ姐さんに夜這いをかけた青年2人が喧嘩になり互いの恋人に見つかったこと、傷も癒えぬミゲルが再びアビーと逢瀬を試みて父親に見つかって骨を折られかけたこと……それぐらいだった。



 そんな平和な村にあって軍人として身に着けた戦術・戦略論などまったく無用だったが、俺はまた全く役立たずに戻ったわけでもなかった。


「本当に大丈夫なのか? トマトには呪いがかかっていて土地が腐るとか言うぞ」

「大丈夫。それは呪いなんてものじゃない」


 心配そうな顔で言うゴルラに言い切る。


 この地でのトマトはとても美味だが、それゆえに神の作物として呪いがかかっており、しかるべき土地以外で栽培するとバチが当たるのだそうな。


「それはただの連作障害というものだよ。年ごとに作物をかえるか洪水が運んできた土を利用すれば問題なく栽培し続けられるよ」


 追加で言うなら、恐らく呪いうんぬんの噂の出元はトマト産地となっている『しかるべき場所』だろう。他の土地で栽培できなければそりゃ価格もあがると産地は安泰だろうから。


「あまり派手に特産品にはしない方がいいね。余計なトラブルを呼び込むかもしれない。自分達用にしよう……遊水地の方も問題ないかい?」


「ああ、先週の洪水も例年ならもっと広範囲にやられてた。アンタの指示で作った場所のおかげで被害はほぼ無しさ」


 それはよかった。


「しかしお前は色んな事を知っているよな。自分では大根一本抜けないのに」

 

「ははは、昔よく勉強したんだよ」


 治水や農作物の知識などは軍政の勉強をした時に覚えたものだ。


 俺は軍学校卒業後の配属希望は第一志望に会計課、第二志望は補給科だったのだ。


 しかし結局は参謀部に配属にされてしまい、仕方ないので配属初月に軍政部門への転属を願い出たら逆に実戦部隊に配属された。


 もし俺が会計か補給科に配属されていたら反乱なんて……止めておこう。

もう全て過ぎたことだ。


 俺はここで闘争とは無縁に生きていくのだから。

 

 一通り村を見回ったところで陽が落ちてくる。

 

「おう。今日も一日終わったな」

「うん。良く働いたよ」


 ゴルラが一杯やろうと仕草で示す。

断る理由はない。


「お前が来てから全てが上手く行っている。ルップルは豊かになるはずだ。あの人が居たころよりもな」


「そりゃあ良かった」

 

 あの人が誰かには突っ込まずに頷く。

 

 そこで同じく仕事終わりの農夫が通りかかり、ゴルラが思い出したように声をかける。


「よお。そういえばルモ夫婦はどうしたんだ? 畑に誰もいなかったが仕事熱心なあいつのことだからサボるはずもねえ。病気でもしてるのか?」


 農夫は汗を拭きつつ笑って応じる。


「ルモは隣村の親戚の結婚式で留守にしてるんですよ。なんでも急に決まったそうで今朝がた贈り物を荷馬車一杯に積んで嬉しそうに出かけてました。5日ほどで戻るそうで畑は俺が見てますよ」


「そりゃめでたい。ルモはおしどり夫婦で有名だからな。結婚する親戚にも福がつくだろうよ」


 ゴルラと農夫は笑い合い、俺達は3人となって酒を飲みに向かうのだった。

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