第3話 職探し
初遭遇の後もゴルラは毎日のように様子を見に来たが、当然ながら俺がリシュを襲うようなこともなく、一週間ほどが経って俺はようやくベッドの住人を卒業する。
「よっし。いよいよユーリの職探しだ! ルップルは海も山も近いから、畑仕事、狩猟、漁業と仕事は色々あるからきっとユーリに合うのが見つかるよ」
リシュは俺のことをユーリと愛称で呼ぶようになっていた。
「今まで食らったタダ飯の分も働いて貰うからな。手抜きなんてしたら張り倒すぞ」
お世辞にも友好的とは言えない態度で言うゴルラに俺は苦笑しながら頷く。
「恩知らずと言われたくはないからね。ちゃんと本気でやらせてもらうよ」
まずは農業に挑戦――。
「……お前ふざけてるんじゃないよな? マジで大根一本抜けないのか?」
「ええとユーリ、こうやって腰を入れて引き上げる感じでそりゃっと」
「なるほど。こうして……こう! ぐえっ」
手本を見せてくれたリシュの真似をして腰を入れると、大根は半ばで折れ、勢い余った俺はひっくり返り頭を打って悶絶する。
「申し訳ない。畑仕事は初めてなもので。ふむ、半分だから漬物には良いかもしれない」
リシュとゴルラが顔を見合わせて溜息を吐く。
次に漁業――。
「入れ食いだ! ガンガン釣り上げろ!」
「それいけ、やれいけ! 大物だぁ!」
「うわぁ!」
屈強な漁師達に混じってゴルラとリシュが大物を次々と釣り上げる中、俺だけが逆に船から水中に引っ張り込まれる。
「見た目通り情けねえなぁ。どうせ50cmもないような小魚じゃ――嘘だろ」
漁師が溜息混じりに引き上げた魚は昔飼っていた金魚ぐらいだった。
「キミはサイズの割にすごい力だなぁ」
漁師に船から蹴り落とされた俺をゴルラとリシュはジト目で見つめる。
木こり――。
「しびれる……これはキツイ……」
斧を気に打ち付けるなり手が痺れ、斧をもったまま右に左にふらつき、とうとう足を踏み外して斜面を滑り落ちた。
幸い枯れ葉溜まりに突っ込んだので怪我はなかったが。
「お、斧も振れないかぁ……」
「『斧に振られる』宴会芸なら完璧だな」
俺はその後も編み物から料理、家の修理まで色々な仕事に派遣されるも、ことごとくしくじってクビになってしまう。
「お前本当になんにもできねえな。今までどうやって生きて来たんだ?」
ゴルラが侮蔑混じりに言うが、全くその通りなので困って頭を掻くしかない。
「いやぁ面目ない。なにぶんまともに働いたことがないもので」
「ずっと無職だったの!? その歳で!?」
リシュの純粋な驚きが心に刺さる。
「あはは……ちょっと違うんだけどねぇ」
軍人と言いたくなくてとぼけてみる。
「はん! プータローは大抵俺は違うとか言い訳するんだよ」
俺は義務教育課程を終えてそのまま軍学校に入った。
卒業後はそのまま参謀職だったから肉体労働はまったくやったことがない。
一応、軍学校で基礎訓練はさせられたが鍛えるのと仕事に使うのは別の概念だからどうしようもない。
更には正式に軍務についてからも雑務はほとんどヴァイパーがやってくれていた。
『閣下は何もしないで下さい。それが閣下と帝国、絨毯と備品にとっての最善です』
いつだったかヴァイパーに言われたことを思い出して笑ってしまう。
「それにしてもここまで何もできないとは我ながら驚きだね。ははは」
「笑ってんじゃねえよ! ちょっとは恥じろ!」
ゴルラに怒鳴られたところで、まだ名前も知らない村人2人が通りかかる。
「おっ、リシュのとこのヒモ男じゃねえか。なんの役にも立たねえ無能って聞いたぜ」
「女の機嫌取りとあっちの方が上手いのかねぇ? うちの不細工な女房にも気をつけるように言っとかねえとな。ガハハハ」
相当な侮蔑とわかるが、ここで反論しても何の意味もない。
リシュに変な噂が立つのは困るのでそこはフォローしておこうと口を開こうとしたところでリシュが怒った顔で前に出る。
「アンタ達いい加減に――」
しかしその声もたちまち掻き消される。
「無駄口叩いてねえで仕事に戻れ! 嵐の季節が来る前に木炭揃えないと飯も食えねえぞ!」
ゴルラの一喝に俺を茶化した村人は駆け足で去っていく。
さすがまとめ役、威厳たっぷりだ。
「かばってくれてありが……って訳じゃなさそうだね」
ゴルラは俺を睨みつける。
「この村もリシュもタダ飯喰らいを養う余裕なんてねえんだ。お前にもできることを必死になって見つけろ。リシュにたかって生きていこうなんて思ってるなら即座に放り出す」
「ちょっとゴルラ!」
リシュが抗議すると、ゴルラはまた気まずそうな顔をしてから去っていく。
「ともかくそういうことだ! しっかり見てるから覚悟しとけよ!」
やはり不自然だ。
リシュを気に掛ける理由は友人の忘れ形見だからとか、あるいは男女の情も考えられる。
だが軽快にやり取りしながらもゴルラからリシュへの視線に僅かな恐怖、リシュからゴルラへの視線に気まずさを感じたのだ。
「まあいいか、考えても仕方ないことだ」
「そうそう、ユーリに向いてる仕事もきっとあるさ。ボーっとしてるから案山子とかどう?」
残念だが俺の頭には野外演習の時によく鳥がとまったので不適任だろう。
そして向いた仕事が見つからないまま数日が経った。
村の早い朝よりも尚早い明け方、いつものように床にござを敷いて寝ていた俺は鳴り響く警鐘の音で目を覚ました。
「リシュ。なにかあったみたいだよ」
ベッドで寝ているリシュを揺らす。
「んごぎゅ……おぉ好みの顔……ユーリ……ベッド……貞操の危機か!!」
「貞操は安泰だよ。でも警鐘が鳴ってる」
リシュは半身を起こして数秒ふらついてから窓を開いた。
寝間着が乱れてお尻が丸出しになっていたが、些細なことなので気にせず鑑賞しておこう。
「火事かな?」
「いや煙は見えないな。起き出した人が北方向、森の方に向かってる」
そこでリシュはポンと手を叩く。
「ボボロが出たんだ! 私達も行こう」
リシュは上着を羽織り家を飛び出す。
「ボボロ?」
俺も追いかけながら問う。
「どう説明したらいいのかな。四つ足で丸っこくて牙があって森に群れで住んでるブヒブヒ」
リシュの擬音混じりで大雑把な説明を脳内で組み立てる……ああイノシシか。
「ボボロは森近くの村に群れでやってくることがあるの。ほっとくと畑が食い荒らされるし、小さい子どもなんかは危ないから村全員で追い払うの。ボボロの肉は栄養満点ですっごく美味しくて毛皮も高く売れるから稼ぐチャンスではあるんだけど」
「手強い?」
リシュは頷く。
「動きが速くて牙が凶悪な上に群れで連携してかかってくるから毎回大怪我する人が出るの。前も漁師のムムリクさんが指を4本無くして廃業しちゃった」
「そりゃ怖い」
確かに銃無しに大きなイノシシを相手にすると考えると中々に危険だ。
「ゴルラ達がなんとかすると思うけど……あっもうやってる」
森と畑の境となってる背の高い草むらから怒声が聞こえてくる。
イノシシは危ないけれど、ゴルラのような力自慢が何人もいるならなんとでもなるだろうと、俺は着替えても尚、丸見えになっているリシュの下着につつまれた健康的に引き締まった小さなお尻を眺めつつ頷いた。
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数時間前 ルップル傍の林の中
鹿達は草を食み、キツネがネズミを追い、頭上で小鳥がさえずる。
ありきたりな自然の営みに乱入する者達がいた。
空気を震わせる鳴き声に全ての生物の動きが止まった。
鳥の声は止み、鹿達は勢いよく首をあげる。
恐れたのは天敵の狼か野犬の群れ、あるいは狩人か。
しかし眼前のそれはどれとも違った。
鹿達は隣の仲間と顔を見合わせながらジリジリと後ずさり、キツネは見るのも嫌だとばかりに顔を伏せて木の洞に入ってしまう。
いつの間にか鳥達も飛び去っていた。
恐れではなく嫌悪。
逃げるのではなく避ける。
奴らは獣ではない、仲間でも天敵でもない異物なのだと態度で示す。
やってきたのは、ただのイノシシの群れに見えた。
――ボスらしき先頭の個体が吠えるまでは。
ソレの口が前足の付け根までガバリと開く。
口内にはサメのような歯がびっしりと並び、触手のような舌が蠢く。
魔獣と言う他ない異形だった。
従うイノシシ達も吠え答える。
彼らの目もまた爛々と赤く輝いていた。
ボスの背中に一羽の鳥がとまる。
恐れを知らぬ鳥に興味を向けたキツネを鳥はバラバラに動く四つの眼球で見つめ返す。
キツネは後ずさり、穢れでも落とすように頭を振って去って行った。
彼ら以外誰もいなくなった獣道の先にあるのはルップルの村だ。