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第26話 バルザリオンの戦い

コミック単行本3巻

5月10日発売です!

「これより我らは王都へ向かう。簒奪者たるナヴィスを打ち払い、バルザーラの王位を正統な道へと戻すのだ! 敵は強力ではあるが恐れるに足らぬ。古来、義と道を誤った者が勝った試しはないのだから!」


『そんなことはない』などと突っ込みはしまい。

古来兵士の鼓舞は時に嘘を交えて行われるもの、どうせ伯爵自身も信じていないだろう。

何より余計な茶々を入れると目を輝かせて演説を聞いているベネティアに張り倒される。


「ゆくぞ王都を奪還する!!」


 バルベラ伯爵の号令でイグリスの街に怒号のような歓声が満ちた。

街の内外に留まっていた兵士達が一斉に行軍を開始する。


「意気上がっているのは第4軍団の面子だけだけどね」


 他の民は賛同の声こそあげているものの、今一つ乗り気ではなさそうだ。

露骨に困った顔をしている者もいる。


「所詮はクーデターからの内戦か……これが市民の本当の気持ちだったんだろうなぁ」


 嫌なことを思い出して俺は目線を下げた。

そして溜息を一つ吐いてから一際大きな歓声をあげている兵士に目を向けて――。


「うおぉぉぉ! 見ていろ悪の公爵! 私が正義を教えてやるぞぉ!!」


 リシュだった。


「正義は必ず勝つ! 何故なら強い方が正義なのだから! わはははは!」


 勢いに紛れてそのまま馬車に乗りこもうとするリシュをゴルラと俺で捕まえる。


「リシュは危ないから留守番だって言っただろうが……」

「さあ帰ろうね」


 俺とゴルラはリシュを猫のように持ち上げて家に戻そうとする。


「くぅノリで突破しようと思ったのに……仕方ない今回は諦め……なんて言うと思ったか!」


 リシュは一瞬の動きで俺達の腕をすり抜け、再度捕まえようとした俺に足をかけてひっくり返し、残像すら見える動きでゴルラの股を潜って暗器のように取り出したお玉で脛を一度、尻を二度叩いた。


「ぐえっ!」

「ぐわあ!」


「ふはは! 遅い、鈍い! そんな動きでこの私を捕まえられるとでも――ふぎゃっ!」 


 馬車に飛び込もうとしたリシュが空中でミーマさんにキャッチされた。

そのまま幼児のように小脇に抱えられ、身をよじり手足をばたつかせて抵抗するもミーマさんは岩のように微動だにしない。


「リシュ様を連れ戻せとマルグリット殿下からのご要望でございます。失礼をば」


 尚も暴れるリシュだったがミーマさんが強めに小脇を締めると『んぎょっ』と汚い声を出して動かなくなった。


「よ、宜しくお願いします」

「絞められたわけじゃないよな……」


 ミーマさんは丁寧に頭を下げ、垂れ下がるリシュを抱えて屋敷に戻っていった。



 俺とゴルラは顔を見合わせて苦笑した。


「一応はこれでボロボロに負けてもリシュは大丈夫だな」


 ゴルラがホッとしたように言う。


「そうだね。後は僕達の安全だけだ」


 差し当たっては騒ぎまくったせいか激怒して走って来るベネティアの攻撃を生き延びねばならない。





数日後 王都バルザリオン


 イグリスから王都まで俺達は迎撃を受けることなく到着した。


「報告! 敵は王都正門前に展開しております! 兵数約1万2千! 敵の全軍と思われます!」


 報告を受けて伯爵の表情が僅かに、ベネティアは盛大に顔を歪ませる。


「おおよそ我らの二倍か。イグリスの敗走で多少は領主共が離れるかと思ったが」


 やはり首都と王座を押さえているのは強いのだろう。

あるいはこれでも離れたのかもしれない。  


「なんの所詮は烏合の衆! 士気あがる我らの敵ではありません!」


 ベネティアは勇ましいな。

良い年をしたおっさん参謀が同じことを言ったら溜息が出るが美人なので微笑ましい。


「ともあれ士気だけでは勝てないので作戦をたてましょ」

「うむ」


 俺が地図を広げ伯爵が覗き込む。

ベネティアは頬を膨らませながらゴルラの脇腹を突いて八つ当たりをし始めた。


「自他の兵力はこんなものですね」


味方 

『第4軍団3000 イグリス伯+宰相派兵士1000 領主兵2000』

計6000


敵 

『第3軍団2000 第2軍団3500 ナヴィス直轄3000 領主兵3000 王都1000』

計12500


 その上で王都への布陣を確認する。


「バルザリオン前面、正門前には川が流れている。そして正門の傍にはそれなりの防御設備がある」


「うむ、ちなみに防御設備の建造にはベネティアが関わっていて構造なども良く把握しているぞ」


 拗ねていたベネティアが俺の肩に顎を乗せてくる。

髪が巻き上がるほどのすごい鼻息だ。良い匂いだが。


 以前も感じたことだが王都バルザリオンの防備ははっきり言って脆弱である。


 掘のように見える川は幅が狭く水深も浅いのでその気になれば船無しでも突破できる。

敵前で渡るのでもなければさしたる障害にもならない。


 防御設備全般も要塞と呼べるほど強固ではなく、更には建造担当者がこちらにいる有様だ。

だからこそナヴィス派は正門前に部隊を集めて王都外で迎撃する構えを取っているのだろう。


「ふむふむ……」


 俺は地図においた指を正門前から滑らせベネティアの太ももに――指を折られそうになったので気を取り直して王都の後方へと滑らせる。王都後方の丘陵、名はそのままバルザリオンの丘。


「丘の標高は……」

「どの見張り台よりも高い」


 伯爵はそう言って笑う。


 つまりこの丘陵を取ってしまえば城壁越しにバルザリオン内部が見渡せるし、攻城兵器や弓兵を置けば王都内への直接攻撃も可能だ。誰がどう見てもここが王都争奪のキーポイントになる。


 しかも地形的な制約のせいか、ここにも本格的な城塞は築かれていない。


「本当に良く今まで陥落しなかったものですね。ともあれこんなものを取らない手はない」


 俺達は兵力で大きく劣勢だからまともな攻城戦をやっても苦しい。


「まずは丘を奪取。攻城兵器を配備して王都を射程に収めつつ守りを固め、反撃に来るであろう敵を撃退する……といったところかな」 


 今適当に考えたがもっともらしい理由としては十分だろう。


「真正面から向かえば敵も気付こう。夜陰に紛れて後方から仕掛けるべきだな」


「ふふふ、敵の慌てる姿が見えるようですね」  


 ベネティアがニヤリと笑い、作戦は決まった。


 俺達は王都正面で守りを固めるふりをしてナヴィスの軍と睨み合う。

敵の方も正門の前に展開したままで動きはない。


「ふ、仕掛ける勇気がないと見える」


「敵は王都を防衛できれば勝ちだから、下手に仕掛けてつけ込まれる隙を作りたくはないだろうね」


 言いながら俺はちらりと後方に目をやった。

伯爵も同じ仕草をして無言で頷いた。


 睨み合ったままの俺達に飽きたかのようにゆっくりと陽が沈み始めた。




「正面陣地の火を絶やすな。やりすぎなぐらいに篝火を焚いておけ」


「声を立てるな……盾は背負え。地面に打ち当てないように」


「音の隠せぬ馬車と攻城兵器は大きく迂回させろ。陣地に残した馬はわざと嘶かせろ。俺達がまだ正面にいると思わせるのだ」


 日付が変わる頃に起き出した俺達は正面の陣地を出て王都後方へと迂回していく。


 敵陣で煌々と焚かれた灯りはまったく移動しておらず気付いた様子はない。


「川を渡るぞ。地図の通りであればこの辺り……よしいける」


 川も艀を浮かべるのが精一杯の深さと狭さでは大した障害にならない。


「水音が大きい。もっと慎重に渡れ、敵に見つかったら作戦が台無しだぞ!」


 ベネティアの注意する声の方が大きい気もする。

なんとか全部隊が渡河に成功して、いよいよ目標の丘陵の前に迫る。


「では先鋒は私が」


 進み出るベネティアを伯爵が止めた。


「いや丘を攻める役はお前ではない。モブルク卿、貴様に任せよう。五百の兵を率いてバルザリオンの丘を奪取せよ。ベネティアには別の役目がある」


 当然任されると思っていたらしいベネティアは呆然としてモブルクは目を輝かせる。


「し、しかし!」

「もう決めたことだ。かかれ」


 ベネティアは恨みがましく何度か振り返ってから自分の部隊に戻り、モブルクは満面の笑みで前進を開始していく。

 

 そしてモブルク卿の部隊がいよいよ丘に迫ったところで隠密行動が解かれ号令がかかる。


「攻撃開始!」

 

 一斉に松明が灯され、武器を構える金属音が鳴り、同時に鬨の声をあげてモブルクの部隊が丘陵を駆け上っていく。


「一斉射撃!!」


 暗闇の中に火矢の光が浮き上がり、一瞬の間をおいて丘へと放たれる。


「第一段階成功っと」


 と俺は呟く。


「て、敵襲!!」

「来ました! やはり来ました!!」


 丘には最低限の敵部隊が詰めていたようだ。

一斉に射掛けられた火矢は彼らを動揺させ、またその火は敵の全容を映し出す。

ざっと百から二百といったところか。


「敵は少数の監視部隊だけだ。一斉攻撃、丘を奪取しろ!」


 モブルク卿の号令で五百の兵が丘を駆け上る。  

激しい剣戟の音が響いたのも短時間で敵はたちまち崩れて丘から追い散らされていく。


「ダメだ! こんな数ではとても耐えられん! 退け! 退くんだ!!」 

「灯りを消せ! 丘の上から狙い撃ちにされるぞ!」 


 転がり落ちるように逃げていく敵兵達、味方からは大歓声があがる。


 それを聞きながら俺はゴルラを見る。


「どう思う?」


「俺達がまだ王都正面にいると思わせておいての夜襲で丘を奪取。敵の主力は全部王都の正面にいるから今から移動しても反撃する前に守りを固められるから完璧じゃないのか? ……ただ」


 俺は何も言わず続きを促すようにゴルラを見続ける。


「ただ、夜襲で一番の弱点を奪うってのはよ……割とその」


 困ったようにゴルラが言うと伯爵がフッと笑った。


「あまりにもみえみえ?」


 俺が言い終わると同時に王都内部に次々と光が灯る。その大きさは火矢の比ではない。


「「放て!!」」


 太く空気を切る音と共に真っ赤に燃えた石や藁束が放物線を描いて飛び、バルザリオンの丘へと落下する。一発落ちるごとに大きな火柱があがって味方兵士を昼間のように照らし出す。


「投石器だと!?」

「バカな攻城兵器を移動させて組み上げる時間などあるはずがない!!」

「まさか最初から――!?」


 その通り。

敵は最初から丘に狙いをつけ、石を焼いて待っていたということだ。


 攻城兵器のつるべ打ちに続いて、今まで真っ暗だった空間に無数の灯りが浮かび、次いで鬨の声があがる。すさまじい大音声だ。


「第2軍団前へ!」

「攻撃開始! バルザリオンの丘を奪還せよ!!」


 その数三千以上、第二軍団が丸々移動していたようだ。


「完全に読まれて罠を張られていたね」


 敵軍が丘を駆け上る。


 丘に陣取るモブルクの部隊は高低差を生かして矢を射かけるが、数で完全に負けている上に王都内からも撃ち続けられるのだからたまらない。


 丘を巡っての乱戦で味方はたちまち追い込まれていく。 

俺もいくつか指示を出し伯爵も小規模ながら援軍を送ったものの戦局は覆し難い。


「ガルドリエスの爺に臨機応変という言葉はないが頭が固い分余計なことはせん。勝てる状況を取りこぼすことはまずない」


 伯爵の言う通り、第二軍団の指揮は堅実でつけ込む隙はほとんど無かった。

ただ順当に確実に押して来る。



 そして朝日が地平線に顔を出すとほぼ同時にモブルクの部隊は完全に崩れた。


 半分以下に減った味方兵士が丘を駆け下りてほうほうの体で本陣に戻り、モブルクも複数の矢を受けて部下に引きずられてくる。


 反対に丘を奪い返した敵は旗を振りながら大歓声をあげる。


「ははは! バルベラの小細工などこの程度のものよ!」


「バルザリオンの丘を狙うなどとうに知っておったわ!」


「全てはガルドリエス閣下の手の平の上よ! 此度の戦の結末は見えたな!」

 

「んー。まずいね」


 心配顔のゴルラに向けて俺は両手を広げて溜息をつく。


「丘の攻略は中止だ。正面の敵に向けて陣形を組め」


 伯爵がそう宣言して将兵はオウと応えるもやはり動揺は隠しきれない。


「だ、大丈夫なのかよ……」


 心配するゴルラ。


「大丈夫じゃないね。丘をこちらが取れば王都内の観測と直接攻撃までできたけれど、敵に取られれば逆にこちらの陣形はほとんど全て把握されてしまう。弱点も丸見えだ」


 そう「ほとんど」把握されてしまうのだ。


 朝日が昇りきる。

敵味方共にもう姿を隠すことはできない状況になったところで敵の全軍が追い付き正面からの戦いとなった。


「敵が仕掛けてきます! 数は1万以上! 我らの陣形の脆弱部を狙っています!」

「だろうね。第二段階、ここが正念場だよ」


 半分の兵力で対応するとなれば必然的に陣が薄くなる場所は出てしまう。

一応気付かれないように偽装はしているのだが。


「丘を取られたら全部丸見えだ。まさに絶対不利だね。はは」


「予備の部隊をあげて押されている場所を支えろ。こちらの動きは敵に掴まれている。相手もすぐに増援を出すぞ」


 こちらが増援を入れると敵はそれ以上の兵数をもって突破を試みようとする。


 イグリスでの戦いとも似ているが、あの時はそれぞれ攻撃し合ってどちらが先に突破するかの競争だったのに対して、今回はただこちらが一方的に押され凌いでいる状況だ。

兵力、状況共に不利なのだから仕方ない。


「どう見ても敗色濃厚だねぇ。本当ならばさっさと逃げてしまうのが良いのだけれど……うん?」


 俺は敵の動きに不審なものを感じて指差す。


「妙ですね。正面の部隊は精強で味方を突破しつつあったのに突然引いた。代わりに明らかに準備不足の部隊が寄せてきた。とても不合理だ」


 すると伯爵は鷹のような目で敵の旗を見て返す。


「最初に寄せていた部隊はナヴィス縁戚で第三軍団の重鎮モルドン伯の部隊だ。後の部隊は外様貴族だな。モルドンは自分の部隊から犠牲を出すのを嫌ったのだろう」


 なるほど、ここが中世封建世界の戦いだということを思い出す。

近代軍でも部隊同士の確執やしがらみなどはあるが封建制においてはその比ではない。


「ふむふむ、ではこうすれば……」


 俺は部隊を動かしてわざと前線が乱れたように見せてみる。

すると外様とされた部隊が前に進もうとするも、これを押し退けるように重鎮の部隊が再攻撃してきた。


「敵が崩れたら前に出て戦果だけはあげようとするわけだ」


 そこで準備させていた予備の部隊に横やりを入れさせて前線を立て直す。

すると重鎮の部隊は驚いたようにさっと後ろへ下がり、慌てて外様部隊が間に割り込み穴を埋める。


「ありゃ苦しくなると逃げちゃうのか。いくらなんでもそれは我が侭じゃないかい?」


「おい遊んでおるのか」


 伯爵に怒られてしまった。


「申し訳ありません。確かめておきたかったもので」


 俺は伯爵の鋭い眼光をゴルラで防ぎつつ咳払いする。


「ではそろそろ本来の作戦に入りましょうか。まず敵の重点攻撃箇所に援軍を入れます。左翼から予備部隊を引き抜いてあてましょう」


 第4軍団は俺の指示に応えてたちまち動く。

非常に素早く洗練された動きで練度の高さを示している。


「敵の攻勢が止まったな。さすがに息切れか」

「でもよぉ……」


 そうゴルラの心配通りだ。

こちらの動きは丸見えなのだから、敵はがっちり補強された部分から予備部隊を引き抜いて脆弱になった左翼に狙いを変えるだろう。敵が余程のバカでなければそうする。


「左翼には少数ながら精鋭部隊が配置されている。一時的には反撃も可能だが?」

「いえもう少し待ちましょう」


 俺はそう言って適当な樽の上に座る。

おっと伯爵の前でこんな態度をとったらベネティアに……と思ったがいないのだった。


 やはり最初に犠牲覚悟で遮二無二攻撃してくるのは外様の部隊か、


「これをある程度受けておいて……左翼後退ゆっくりと。圧力に負けてとうとう限界に達したように」


 ずるずると後退を始める味方を見て、敵陣を掻き分けるように新手が現れる。

しかも今まで頑張っていた部隊はそいつらに道を譲るかのように停止させられている。


「ここで反撃。側面から圧をかけて押し戻せ。本陣からの火力も集中しよう」


 全体として味方の不利は揺るがないが、突出した敵部隊の一つだけが集中攻撃を受けて苦境に陥る。


 さてこの状況を敵の立場から見ればどうだろうか。


「別に焦る状況でもない。全体では押しているのだから気にせず攻撃を続けるのが最善だ。最悪この部隊が崩れても戦況に影響はない。戦いの一番大事な場面は今じゃない……あらら援軍出したね」


 突出した部隊を助けようと敵陣の後方から出た援軍が割り込んでくる。

重騎兵が主体で随行する歩兵も重装甲かつ統率の取れた精強な部隊、文字通りとっておきだったはずだ。


「第三軍団長ロムセラはナヴィスの強い影響下にある。奴の縁戚であるモルドンを捨てられまいよ」


「ええ、そして戦術的には大きな間違いです。こんな『どうでもいい』状況で切り札を切ってしまった」


 俺は敵精鋭部隊の登場で押し退けられた味方に更なる攻撃を命ずる。

既に劣勢で突破も包囲もできないが遮二無二連続で仕掛けられる攻撃を前に敵精鋭部隊は後退できない。


 そこで味方の伝令が走り込んでくる。


「右翼への敵攻撃は苛烈! このままでは長く持ちません! 援軍を!!」


 残念ながらこちらにも手持ちの部隊はないのだ。

そう手持ちにはない。


「中央もジリジリ押されてきてるぜ! このままじゃ……」


 ゴルラが頑張っている中央でも戦況は刻一刻と悪くなっている。

そろそろかな。


 敵は勝利を確信したようで俺達を大きく包むように両翼を開いて襲い掛かって来る。

すべての兵力が参加してきたようだ。


「第三段階」


 俺が頷くと同時に鮮やかな色の魔法がポンポンと小気味良く打ち上げられた。


 途端、俺達が激突している場所とは全く違う場所。

敵軍の真横にあたる盆地から鬨の声が響いた。


 そして次の瞬間、土煙と共に騎兵と歩兵がわっと窪地から飛び出した。

先頭をきるのはベネティアだ。


「なっ伏兵だと!?」

「バカな! 丘は我らが押さえている! あそこから見下ろせば敵の動きは全て……」


 敵の動揺の声がきこえてくるようだ。

 

「それが丘から見えない場所が一か所だけあったりしたんだよ」


 視線を遮るような台地から続く窪地、かつ稜線上に木が密生している都合の良い場所がある。

その『都合の良い場所』へ朝日が昇る前にベネティアの部隊を潜ませた。

なにがあっても合図があるまで動くなと厳命して。


 夜襲が看破されているのはわかっていた。

わかっているのに仕掛けたのは夜のうちにあの場所に部隊を隠したかったからだ。


 丘を巡る争奪戦に破れることもわかっていた。

適度に争ってから敵に高台をとって貰うことが目的だった。

戦場を見渡せる要衝を押さえたことで、敵は奇襲への備えをしなくなった。


 その後になんとか戦いながらも押し込まれていくのも予定通り。

押し込まれながらベネティアが側面攻撃できる場所まで引っ張り出した。


 小手先の戦術を使って抵抗したのは真の目的に気付かせないようにするため。

わざとらしく負けて敵に怪しまれてはいけない。


「全ての戦闘はこの状況を作り出す為の前置きだった」

 

「敵は全戦力を押し出した。予備はもう無い」 


 俺に続いて伯爵が目を輝かせて言う。


 敵が俺達に引導を渡そうとまさに全力で剣を振りかぶった瞬間、その側面に伏兵が現れたのだ。


「側面警戒はない。高台を押さえて全て見渡せるのだからする必要がなかった」


 ベネティアの部隊は完全に無防備な敵側面に突入する。


「そ、側面から急襲――!!」

「まずい全隊が横列だぞ! 長槍も盾も全部前に――!!」

「対応できる部隊はないのか!? 全部正面にあがっている!? 今すぐ戻せ! このままでは……」


 敵陣は狂乱状態に陥った。


「ここを逃すわけもない」


 敵の圧力から解放された俺達は本陣が左翼と右翼を巻き込むように矢じり状の陣形を取る。

細かいことはどうでもいい、の突撃陣形だ。


 伯爵が掲げた手を敵に向けて振り下ろす。

なんとも絵になる光景だ。


「全体突撃、敵の中央を突破せよ」 


 ベネティアの攻撃で狂乱する敵陣へ全ての味方が突入していく。


 軽歩兵が慌て走り回る敵兵を横からあるいは背中から斬り伏せる。 


 長槍が敵兵の頭と胴を貫いて宙空に持ち上げる。


 騎兵が敵を木偶のように弾き飛ばし、更には頭を踏み砕く。



「敵は最初の夜襲から今まで99%の間優勢だった」


 伯爵が呟く。 


 同時に前線からどっと歓声があがり、次いで敵第三軍団長の戦死を告げる音声が響く。


「最後に勝たねば意味はない。過程など無意味だ。最後に勝っているかどうか、それだけだ」

 

 俺は伯爵の弁に答えない。


「第二軍団が突っ込んできます!!」


 見れば第二軍団が丘を駆け下りて来る。

その先頭は豪奢な装いの老人だ。


「ユリウス備えは?」


「まあ丘を駆け下りての突撃はありきたりですから」


 俺が腕をあげると長槍兵が横陣を組む。

老将を先頭にした第二軍団は駆け下りる勢いそのままにこれを突破するが、壺の底のように展開した軽歩兵が待ち構え、次いで全方位から矢が浴びせかけられる。


 丘を下りてしまえば視界のアドバンテージもなくなる。

そもそも突撃しかない状況で行った突撃など通るわけがない。


「彼もそれぐらい分かっていたでしょうに」

「時代遅れの爺だ。死に場所を求めて来たのだろう」


 そういう浪漫的なものは嫌いではないが、今は浸っている余裕がないので淡々と処理する。

ついでにもう一つ利用させてもらおう。


「突撃に合わせて包囲を少し緩めようか、王都に逃げ帰りやすい場所をね」

 

 俺の命令で壺を歪めて隙間を作る。


「包囲が緩んだぞ!」

「よし! これで血路を開ける!」

「突破して王都内に入れ! 野戦では負けたが籠城すればまだまだやれる!」


 敵兵は緩んだ包囲をこじ開けて血路を開き、そのまま王都正門へと回り込んでいく。

 

「伯爵合図を。第四段階です」

「結局は全てお前の手の平の上か」


 伯爵の命令で王都の監視塔に向けて攻撃魔法が連続で放たれた。

火球や水球が監視塔に命中して轟音をあげる。  


 しかし魔法とは便利なものだ。

野砲と違って体一つで撃てるから設置の手間がなく、機動力も高い上に草むらに潜ませることもできる。


「威力と射程が使い手によってバラバラというのが苦しいところだけれど、あとは派手な割に威力は知れているかな」


 派手な攻撃ではあったが監視塔はほとんど破損していない。


「監視塔を丸ごと吹き飛ばせるような使い手など国に1人いるかいないかだ」


 これでは正面からの野戦兵器として使うのはなかなか難しいかもしれないな。



 合図を受けて王都正面……俺達が偽装の為に放置していた荷馬車や兵站部隊から火の手があがる。


 次いで現れたのはナヴィス派の軍装を着た一団だ。


「ぬ、お前達は?」


 王都へと逃げ戻る第二軍団の将兵が得物を構える。


「別動隊の者だ。陛下の命で敵の後方を襲ったがもぬけの殻だった。一応敵の物資を焼き討ちしたが」


「おお、ルムス卿の別動隊か。ただ最早それどころではなくなった。ともかく今は王都に戻るから同行しろ。兵力は少しでも欲しい」


 と第2軍団の兵士と合流して王都へ進んで城門を潜るなり――。


「一斉攻撃! 楼閣を焼き払え!!」

「門を開けろ! 開けたら壊してしまえ!」


 魔法が防御塔や櫓を次々と焼き、あるいは壊し、敵兵の中にも撃ち込まれる。

体一つで撃てる魔法はやはり奇襲には最適だ。


 王都全体に警鐘がなり響き、市民も含めて大混乱と陥った。



 奇襲を狙っていたのは俺達だけではない。

敵の方も睨み合いながら俺達の後方に別働隊を回していたのだ。


「それを伏兵で待ち構えて殲滅。軍装を奪って王都に逃げ帰る敵に合流させ中で暴れさせる」


 魔法を使える者を複数混ぜれば混乱は更に大きくなる。


 もちろん普段であれば簡単に見破られていただろう。

だが追撃を受けながら敗走している状況ではそうもいくまい。


「さて彼らが暴れているうちにさっさと入ってしまおう」


 王都外の敵を完全に蹴散らした俺達は開きっぱなしの城門を潜り、燃え上がる楼閣を見上げながら大混乱の王都内に踏み込んでいく。


「これで終わりかな」


 そう呟いた時、王都中央……王城から大きな怒号があがる。


「……嘘だろ。まずいぞ」

「まずい。まさかついてきていたなんて」


 首を傾げる伯爵に対して俺とゴルラは顔を見合わせる。


「「リシュの声だ」」

随分と間が空いてしまいました。

次回は個人戦闘を書きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い面白い! この大戦役はさすがにコミック版で見るのが難しいんですかね……。
2023/04/25 00:51 ニコニコから来ました
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