第21話 王太子救出作戦
ウルシア男爵領【ウルシア】
町は多数の兵士に全周を包囲されていた。
特に町に2つある門の前は弓兵と槍兵によってガッチリと固められてネズミ一匹這い出る隙間もない。
街壁の外には数体の遺体が転がり、所々残る焼け焦げた跡は町が既に攻撃に晒されたことを示していた。
『ウルシア男爵に告げる! 直ちに開門してナヴィス陛下の軍門に降るべし!』
派手な甲冑を着た貴族とおぼしき男が音声をあげた。
即座に応えて音声があがる。
「ナヴィス殿は公爵であって陛下に非ず! 末席なれど国王陛下に忠誠を誓った身なれば、不遜な僭称認めること是無し!」
応えた男こそ町を治めるウルシア男爵であった。
相手が怯むほどの立派な口上であったが、男爵の周囲は不安げで当人の額にも汗が浮かんでいた。
それもそのはず、押し寄せた軍勢は優に2千を超える。
対して町の兵は200に満たない。
最初の攻撃を退けられたのは数を頼みにした乱暴な力押しであったことと、なにより攻め手が損害を嫌って退いたからに過ぎないと理解していた。
そして攻め手に諦めるつもりはないらしく町の前で投石機が組み立てられつつある。
本格的な攻撃にウルシアの守りが耐えられるとは思えなかった。
「ウルシア卿……援軍要請に応える領主は無く、町を焼かれぬ為には道理を曲げて屈するより他……」
ウルシア男爵が悔しげに膝を叩いた時、突如として馬蹄の音が響き始めた。
十や二十ではない。百の騎兵が駆ける地響きのような音だった。
「攻撃が始まったか!?」
「いや大きいが遠い! 攻め手の更に後ろだ!」
男爵達が慌てて街壁から身を乗り出すと、村の東方向から猛然と土煙があがっていた。
僅かな間を置いて飛び出したのは紡錘陣をとる騎兵隊であった。
「まさか援軍か! しかし近隣の領主は皆公爵派……一体誰が――」
全速力でみるみる距離を詰めて来る騎兵、その旗印が見て取れた途端、全員から驚きの声があがる。
「あれは第4軍団! バルベラ伯か!?」
「誰ぞバルベラに助けを求めたのか!?」
「そも奴らは我らと仲悪く、助けに来る義理などあろうはずもないのに」
混乱するウルシア男爵達をよそに騎兵隊は気勢をあげながら組み上がりつつあった投石器に襲いかかる。
「て、敵襲! 敵襲――!」
「一体どこから!? 我らは無防備だぞ!」
「うろたえるでない! 武器をとって救援が来るまで投石機を守――ガバッ!」
投石器の組み立てを鼓舞していた指揮官の男が口内に槍を突きこまれて断末魔の悲鳴をあげた。
投石器もまた同じ運命で、騎上から通り過ぎ様に次々とロープが切断され、油がぶちまけられ、松明を投げられて燃え上がる。
「ま、マロフォン卿ご戦死――!!」
一瞬にして投石器を全滅させた騎兵は複数の隊に別れ、町を囲んでいた部隊を次々と攻撃していく。
ウルシアを囲みながらも圧倒的兵力差から安穏としていた部隊は泡を食って陣形を乱す。
「な、なにをしとるか! 防御陣だ! 対騎兵防御を取れ! 火も消せ! 風上に動け!」
ドタバタしつつもなんとか態勢を立て直そうとしたところで、最初の騎兵が来た方向とは別方向から時間差で重騎兵が突撃を開始する。
「な、なんじゃこれは……なにが起こっているのか」
ウルシア男爵の問いに答えられる者はいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王太子救出部隊
「敵の投石器、全て炎上させました」
「同時に指揮官らしき貴族を討ち取りました。紋章官に確認をさせましょう!」
俺は頷きかけ、馴染みのない単語に動きを止める。
「紋章官? ああ討ち取った者が貴族なら手柄を確認しないといけないのだったか。中世の戦争には風情が残っているねぇ」
これが重砲の撃ち合いともなると何キロも先から砲撃して英雄も将軍も兵士も民間人もただただミンチにするだけだから救いようがない。
「僕が負けて捕まった時のために捕虜条約なんてのもあると良いんだけれど」
「捕虜交換はあるらしいが俺達平民はまあ斬首だろうな」
「それじゃあ、まずくなっても参ったするわけにはいかないね」
下らないことを言いながら次の指示を出す。
「敵は対騎兵陣を取りつつある。だが完成する前に重装騎兵が間に合いそうだ。はは、まさか重装騎兵なんてものを運用することになるとは夢にも思わなかった。演劇に出ているみたいだ」
重装騎兵が防御を固める前の敵に突入する。
整わない陣形、揃わない長槍での槍衾、しかも別方向からの突撃と条件は最悪。
これでは全身鎧を着た金属の塊たる重装騎兵を止めることはできず、たちまち突き崩されていく。
「あんな重たい鎧を着て良く馬に乗れるよねぇ。僕なんて平服でもたまに落ちるのに」
「お前こそ、よくベラベラ話しながら戦の指揮できるな」
ゴルラに咎められて周りを見る。
咎めるような呆れたような、そんな視線だ。
両軍共にしっかり軍隊なので少し気楽にいきすぎてしまったかな。
ふざけていると思われるのも困るので真面目な顔をしておこう。
指揮中の独語は昔からの悪癖だ。
昔はヴァイパーが適当に相手してくれていたけれど。
「なんだ?」
ゴルラの顔を見る。
自重しよう。
「コホン。さて重装騎兵は敵を突破しつつあるから……」
「このまま一気に突破して町へ突っ込むんだな!」
俺はゴルラに向けて微笑み……やっぱりむさいなぁ。
綺麗な花が欲しい。
「重装騎兵はここで後退。軽騎兵は敵を迂回しつつ町を大きく囲むように展開しよう。弓の射程に入らないよう注意」
拍子抜けした様子のゴルラだが仕方ない。
こちらの手元にある兵力は重装騎兵が一〇〇に軽騎兵が二〇〇だ。
混成部隊も50いるがこれはもちろん使えない。
一方の敵は二〇〇〇と少し。
ウルシアの兵力はわからないが、この兵力差ではまともな戦闘を継続するのは無理がある。
「そもそも今回の目的は敵の撃滅でも撃退でもなく、ウルシアからの味方部隊脱出……つまり一時的な解囲で事足りる」
重騎兵が下がったことで一息ついた敵は防御を固めながらも、町を囲む自分達を更に大きく囲む俺達を怪訝そうに窺う。こんな会話でもなされていることだろう。
『奴ら街から離れていくぞ? あんな遠くから囲んでどうするつもりだ?』
『門の突破を狙っていないのか……?』
『まさか目的は最初から我らの後方遮断か!?』
俺達が布陣したのはウルシアを包囲する敵と陥落した王都を繋ぐ街道一帯だ。
「小規模とは言え攻城戦をやるには大量の物資がいる。矢、油、糧秣に燃料、見たところ彼らはまともな輜重隊を連れていない」
銃砲が主役となるようになれば更に補給の要は増すが中世レベルの戦争でも兵站は必須のものだ。
糧秣は最悪略奪で賄えても矢玉や替えの剣、甲冑を持ち歩くのは苦しい。
「そしてこちらの編成は騎兵のみ。本当は単に王太子を助け出すために急いでいただけだけど、敵はそんなこと知らない。だとすれば?」
「奴らが陣形を変えるぞ! ウルシア包囲が緩む!」
ゴルラが言う通り、敵は町への包囲を緩めて俺達へ向き直った。
「そう正解。そして不正解だ」
『街の救援に騎兵だけを送るなどあり得ない』
『真の目的は後方の遮断だ』
『兵站が切れたところで本隊がやってきて我らを包囲殲滅するつもりに違いない』
『本隊が来る前に奴らを撃退せねば』
といったところだろうか。
まず第1段階はうまくいったが、これで包囲を完全に解いて俺達を追いかけ回すほど敵もバカではないだろう。もう一過程が必要だ。
「街の包囲を継続しつつ邪魔な俺達を排除するにはどうすればいいだろう?」
「……わからん」
ごめん。
これも独り言なんだゴルラ。
敵陣から幾筋もの土煙があがる。
「そう騎兵のお出ましだ」
まあ歩兵で騎兵を追いかけても埒があかないのでこれは正解ではある。
但し陣形と目的は完全に間違っている。
「敵の騎兵……五〇〇ほどもいる! 楔陣で中央突破するつもりだ!」
「だろうね。騎兵による中央突破は戦局を決定付ける。ましてこちらは全騎兵、攻撃に勝り防御には劣る騎兵同士の戦いでは先に仕掛けた方が勝ちだ。そして何よりも……」
俺は言葉を止めてゴルラが唾を呑む。
「『騎兵突撃せよ!』って恰好いいよね。いつだったか司令官と副官で号令の取り合いになったのを見たことも……ごめん」
緊張した皆から呆れた視線を向けられて黙る。
ともあれ、そのまま受けると大変だから対応しないといけない。
「軽騎兵は横隊のまま……散開、今」
俺の号令をゴルラが補完して二隊に分けた軽騎兵が左右綺麗にぱっかりと割れる。
「なにっ!?」
「敵が左右へ!」
突っ込む、食い破るつもりだった敵はこちらが自ら割れたことで足が鈍る。
「正面、重装騎兵突撃」
そして割れた軽騎兵の後方から横陣を組んだ重装騎兵が敵に突っ込む。
「重騎兵が待ち構えて……!」
「棒立ちの軽騎兵は目隠しだったか!!」
軽騎兵とは段違いの迫力と衝撃力もつ鉄の塊が敵と接触、金属の激突する音が響く。
『重装騎兵突撃せよ』か。
こんな号令を出すことになるなんて夢にも思わなかった。
さて数では劣勢だが、敵は突破のための楔陣でこちらは横陣なので正面戦力は変わらない。
少なくとも少しの間は互角に戦える。
「この間に最初に左右に割れた軽騎兵が体勢を整えてっと……まずは左」
声の届かない距離まで離れた騎兵に対して緑の旗が掲げられる。
左に割れた方の指揮官が頷き、重装騎兵とかち合う敵の側面に突っ込んだ。
即興で決めた旗信号だがしっかり理解してくれてなによりだ。
「敵軽騎兵が側面攻撃――!!」
「ええいちょこざいな! 側面をとったところで数ではこちらが圧倒している! 押し返せ!」
と、敵が側面攻撃に対応して部隊を動かした瞬間だ。
「赤い方を……今」
赤い旗が掲げられ今度は右方向に割れていた騎兵が突撃を開始する。
反対側に兵力を動かしたタイミングでの攻撃に敵はたまらず乱れる。
「正面の重騎兵を突破できずに頭を塞がれ、左右の横腹を抉られる……それも最悪のタイミングで」
名前を忘れてしまった指揮官の呟きに重ねる。
「付け加えるなら騎兵は攻撃に強く防御には弱い。敵から攻撃を仕掛けてはきたのだけれど、さて今攻撃しているのはどちらだろうか」
俺がそう言ったタイミングで敵騎兵が崩れた。
「も、もうここまでだ! 引け! 本隊へ戻れー!!」」
指揮官らしき叫びを皮切りに敵騎兵隊は一気に崩れ、バラバラに本隊へ戻ろうとする。
「勝った!」
ゴルラが叫ぶ。
味方の損害は若干名、敵は80~100と言ったところだろうか。
逃げ散る敵を勝利の余韻と共に見送りたいところだけれど、敵にとっては悪いことに今回の大目的は騎兵撃退ではない。
俺は溜息をつき、ゴルラに苦笑を向けてから号令する。
「全隊追撃開始。徹底的に敵を撃滅せよ」
指示を出した瞬間、騎士達……特に若い騎士達が目を輝かせるのがわかった。
不本意なんだ。本当に不本意なんだからそんなに喜ばないでくれ。
号令と同時に歓声があがり、味方は隊列を崩して逃げ散る敵に襲い掛かる。
「いいのか? お前はあんまりこういうのは……」
「やりたくないけど仕方ない」
中世レベルの戦いにおいて正面からの戦闘で生じる死傷者は実は少ない。
ではどこで兵が死ぬのか。
「追撃戦だ」
逃げる敵兵の背中に槍が突き立てられる。
クロスボウに後頭部を射られた敵が悲鳴をあげる。
落馬した敵兵が悲鳴をあげながら敵味方の馬蹄に引き潰される。
目を逸らしたい光景だが命じた者が見ないのは許されないので仕方ない。
「気にすんな。軍隊同士のことだからよ」
ゴルラの慰めに俺は肩を竦める。
「軍隊同士だからまだ渋い顔で居られるのさ。そうじゃなかったら泣いて帰ってるよ」
「なんだそりゃ」
さて追撃戦をやったのはなにも敵を皆殺しにしたいからではない。
俺は敵本陣を見て溜息をつく。
早く動いてくれないかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ウルシア攻撃軍 本陣
「み、味方の騎兵隊が撃破されました! 算を乱して壊走しております!!」
「敵が追撃に出ました! 一方的に叩かれております! このままでは――」
「ナイト・マトン! ナイト・ハルーミ、共にご戦死! オジーマ伯のご子息もやられました!」
味方騎兵の絶望的な状況に本陣は浮足立っていた。
「な、なぜ……仕掛けたのはこちらであったのに! ほんの十分ほどの間にこんな……」
呆然とする司令官の耳元で騎士が叫ぶ。
「ともかく今は救援を! 部隊長達が勝手に動きますぞ!!」
騎兵隊に知己や血縁でもいるのだろう。
司令官の指示を待たずして部隊が動き始めていた。
「しかしウルシアの包囲が……」
「町は逃げませぬ! 半刻ほど包囲を解いたからなんだと言うのですか!」
名のある者の戦死を告げる音声が追加され、司令官は決断を余儀なくされる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「動いた」
ついに敵の本隊から複数の部隊が押し出てきた。
彼らは逃げる騎兵を守るように前進して追撃する味方に矢を浴びせようとする。
騎兵を必要以上に叩いたのはこれが目的だった。
ここまで派手にやられてしまうと敵の本隊も救援に動かざるを得ない。
「本隊が動いたぞ! 長槍と弓隊が正面に出て来る!」
敵はウルシアの包囲を解いて全ての正面を俺達に向けた。
更には死に物狂いで逃げる騎兵が本陣に飛び込み、少なからぬ混乱を生じさせる。
つまり町は今がら空きだ。
「包囲が解けた。追撃中止。信号弾」
「はぁ?」
咳払いして火矢と言い直す。
真っ赤に燃える火矢が垂直に射られると同時に森から別の騎兵が飛び出した。
重騎兵から軽騎兵、馬車まで揃えた混成部隊がウルシアに突っ込んでいく。
その先頭を切るのは見覚えのある甲冑姿のベネティアだ。
遠すぎて見えないが睨みつけてきたような気がする。
見えないのに巨乳とわかるのは気のせいだろうか。
混成騎兵は敵が包囲を解いた間隙を突き、僅かに残った敵兵を蹴散らしながら門へと向かう。
そこで見事なタイミングで門が開いた。
「第2段階、救出部隊突入成功っと」
「これで完了か?」
ゴルラがほっと撫でおろした胸を押し上げる。
「いやいや、ここで僕達が引いたら再包囲されて救出部隊が出られなくなる。ディミトリ殿下を確保して脱出するまで敵を誘引しないといけない。ま、嫌がらせをして逃げ回る戦法は大体得意だからね」
いつだったか騎兵と軽砲で敵をつつきまわしていたら、とうとうブチ切れた敵が師団規模で追撃してきたこともあった。
俺と部隊は地獄を見たが、結果留守になった拠点を別の味方が押さえて勲章を貰ったものだ。
「地獄を見るのかよ……」
「そうならないように努力するよ」
俺達は敵の攻撃を躱し、嫌がらせの矢を射かけ、突撃のふりをし、無意味に原野に火を放ち、意味ありげな狼煙を焚き、一斉に歓声をあげる……とにかくできることはなんでもやった。
敵は概ね引っかかり、あるいは看破したつもりで足を止めて時間を稼がれていった。
「頑張ったがそろそろ品切れだ。ベネティアは時間にうるさいのに遅刻だなぁ」
俺が稼ぐと約束したのは半刻30分だが既に1時間近い。
兵を不安にさせないよう、わざといい加減な口調で言ったものの、本当にそろそろ限界だ。
「合図の火矢がまだあがらん……く、俺もあっちにいけば」
ゴルラとウルシアに視線を送った時だった。
『とったどーー!!』
ウルシアの町から聞き覚えのある声が響いた。
「「リシュだ……」」
今回は危険な戦闘だから安全なイグリスに残してきたはずなのに向こうに紛れ込んでいたとは。
更に気になることがもう一つ。
「町まで優に2kmはあるのにどうして聞こえるのか」
「しかも戦闘の音を越えて来たぞ」
本当に人か疑いたくなる声量だが今は置いておこう。
この状況で『とった』のはディミトリ王太子のことで間違いない。
リンゴとかだったらもう負けでいい。
「かく乱中止。門を牽制して脱出を援護、しかる後に離脱する」
幸いにして敵の騎兵は潰しているので逃げるつもりなら追撃は心配しなくていい。
「出た!」
ちょうど街の門が開いてベネティア達が飛び出す。
「フハハハ! 私の声は天まで届く!」
名もなき騎兵の肩に仁王立ちしていたリシュを拾い上げ、ゴルラに任せて苦笑する。
「リシュが本当に人間かちょっと疑わしくなったよ」
汽笛の付喪神とかじゃないよな。
必死の形相で駆け抜ける混成騎兵達の最後尾に戦場に似合わない派手な馬車がつけていた。
煌びやかな装飾の施された窓が開いてディミトリ王太子が顔を出す。
「よ、よくぞ参った参ってくれた! お前ユリウスと申したな! 平民ながら天晴な奴、見事見事によくやった! 恩賞は思いのままに……ぬひゃっ!」
馬車の壁面に矢が突き立ち、王太子は驚き仰け反って馬車内に倒れ込む。
続いて美しく着飾り、スタイルも抜群の女性が窓からひょっこり顔を出す。
「こんにちは~」
女性は俺達に向かって呑気に手を振り、すぐに王太子に窓から引き離される。
少し頭の悪そうな女性だったけれどあれが王太子の愛人かな。
なにより胸の開き方と谷間がすごかった。
さてと。
「遅いじゃないか」
隣に来たベネティアに文句を言ってみる。
「突入時の時に連絡用の弓矢が壊れたのだ……ウルシア男爵とも少しあってな。こっそり弓を借りたら今度は火矢が返り血で湿気っていて……不可抗力だっ!」
ぷいとそっぽを向くベネティア。
「ところでウルシアは……おっと賢明な選択だ」
撤退する俺達の背後でウルシアの塔に白旗があがっている。
ベネティアは複雑な顔をしていたが俺としては大満足だ。
俺達の任務はディミトリ王太子の救出であってウルシア救援ではない。
後詰もおらず町を救える可能性は無かったのだから、さっさと降伏した方が犠牲が少なくて良い。
「よく領主が納得してくれたね。揉めて遅れていると思っていたよ」
町は助けず王太子だけは連れて行くというのも向こうにすればあんまりな話だ。
「うむ。ウルシア男爵と少しあった。そこで条件として――」
言葉に合わせるようにベネティアの肩越しに可愛らしい少女がひょっこりと出てくる。
歳の頃はマルグリットと同じか少し上ぐらいだろうか。
いかにも大人しそうな子で、脅えを含んだ目で俺を見ている。
「男爵のお子だ。この子を我らで預かると約束して協力が得られたのだ」
「なるほど賢い」
ウルシア男爵はナヴィス公爵に降伏して、その陣営に組み込まれることになるだろう。
しかし公爵は叛逆者であり万が一にも敗れた時は協力者達も大変な目に遭うことは間違いない。
ならば宰相側に自分の血縁を送っておけば、最悪当主が処断されても家と血は続く。
「……うう」
とはいえ子どもにとっては親と引き離されて見知らぬ場所、見知らぬ者達の所に送られるのだから大変な心労になるだろう。
その娘も不安から逃れるように目を伏せ、甲冑を取ったベネティアの汗まみれの胸に顔を埋めている。
「うらやましい?」
「あぁとても。僕もあそこに顔を埋めてスリスリと――今のは卑怯な奇襲じゃないかい?」
「うるさい! 奇襲も戦略のうち!」
俺はごもっともと頷きながらリシュの折檻を受けるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日 ウルシア
降伏したウルシアの町に3人の男が立っていた。
一人は降伏したウルシア男爵。
敗将としてただ無言で立っている。
一人はウルシア攻撃隊の司令官たる伯何某。
ウルシア男爵の無為な抵抗を罵り、宰相やバルベラ伯と通じていたと声を荒らげ吠えている。
最後に一人の老将。
ナヴィス公爵派重鎮にして第2軍団長【ガルドリエス侯爵】は伯何某の吠え声を遮った。
見た目同様に威厳のある落ち着いた声で告げる。
「『ウルシアは小領なれど由緒正しき家柄。降れば迎えよ』が公の意である」
男爵は目を閉じたまま小さく息を吐き、何某は数歩後ずさる。
「……ガルドリエス殿がわざわざいらっしゃったのは処断の為ではないのですか?」
ガルドリエスは首を振る。
「ウルシアに重要なお方がいると知り、急遽『お迎え』にあがったのだが」
ガルドリエスが視線を送るも男爵は目を閉じて反応しない。
何某は「はてどなた?」と問い返すもガルドリエスは応えず嘆息する。
「2000の兵で囲みながら見事突破され。殿下を逃がすとは無駄足であったわ……。卿らの無能をおいても相当な手練れがいたと見える。バルベラめ下賎からも駒を拾う故、読めぬわ」
侯爵は舌打ちをしてから何某に手を伸ばす。
「は、はい! お預かりした部隊の損耗、しかとまとめてございます」
『歩兵1500中損耗200 騎兵500中損耗400 攻城兵100中損耗90 攻城兵器全損』
「ふむ」
ガルドリエスは従者に顔を拭かせてもう一度見直す。
『マロフォン男爵 オジーマ準男爵 ナイト・マトン ナイト・ハルーミ ナイト・サラミス 御戦死』
「ふー」
従者にもう一度顔を拭かせ水を受け取ってから見直す。
「え、えへ……」
侯爵は密かに噴き出すウルシア男爵には目も留めず、何某の襟を掴みあげたのだった。
次回はとてもファンタジーの予定です!