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第20話 愚か者

 ナヴィス公爵によって王都は落ちた。

辛くも逃げ延びた俺達は『我らが』……不本意ながら『我らが』第4軍団の本隊と合流し撤退する。


 公爵軍は追撃の構えを見せたものの、王都の完全制圧を優先したのか牽制するだけで仕掛けては来ず、こちらもまた現有兵力で王都奪還は不可能であったことから交戦せず大人しく離脱することになる。


「おじい様……大叔父上……どうして……」


 憔悴するマルグリットの肩をお付きの侍女が抱く。

戦闘の中でスカートが破れて肉付きの良い太ももが露わになっていることを気にする空気ではない。


「平気なのじゃ。リシュもユーリも、ご、ゴホン――も無事だったのじゃ。まず良かったのじゃ」


 そう言ってニコリと笑うマルグリット。

我が侭を言うでもなくヒステリーを起こすでもなく本当に立派な娘だ。

多分咳払いのところはゴルラの名前を忘れたのだろうけれど些細なことだ。


 強がりだろうが、ここは下手に声をかけずにそっとしておくべきだろう。

 

 それに比べて。


「あんぎゃああ! へそくりを天井に隠したままだったぁ! お気に入りのグラスも置いて来ちゃったクッソー! とんでもない掘り出し物だったはずなのに!」


「蚤の市で買ったあれか? どう見ても安物だし盗品じゃねえのか。裏に名前書いてあったぞ」


 リシュがゴルラの禿げ頭をバシバシ叩く。

俺もフォローしておこう。


「心配無用だよ。あのカップ、実は僕が一昨日落として割っちゃったからね。損はしてないよ」


 ゴルラの馬に乗っていたリシュが俺の馬に飛び移り、首を締め上げてくる。


「お前ら王都が奪われたのだぞ! もう少し神妙にしたらどうだ!」


 ベネティアが怒鳴るのだが、滞在が短すぎて街には特に思い入れもなかったからなんとも。


「市民の犠牲が少ないといいね」


 完全な奇襲で激しい市街戦になっていなかったのが救いか。

また襲った方も同国の王族なのだから無用な破壊や虐殺はしないだろうと推測できるが。


 唐突にリシュが神妙な顔をする。

手にはなにやらチラシのようなものを持っている。


「やっぱり心配? ミランダさんとか知り合いでしょ?」

「ミランダ? うーん覚えがないな」

 

 帝国時代に一晩仲良くした後、財布の中身を全部もって消えた彼女のことではないだろうし。


「おっと、ごめん違ったね。ジェニファーさんだった」


 あぁ彼女かと頷く。


「足が綺麗なジェニファーさんか。弟想いの良い人だったし、大事がないことを祈――」


 そこまで言って天を仰ぐ。


「やっぱ行ってたなこいつ!」


 投げつけられたのは女性と仲良くする店のチラシだ。

カマかけにひっかかってしまった。


「お前らいい加減にしろ!! もう見えて来たぞ。イグリス伯のご領地だ」


 ベネティアが指差す先は王都には劣るが、とりあえず町と呼べる規模の場所だ。


「王都ガールとなって目の肥えた私には少々不足ながら……ここも都会だね。風車がいっぱいあるし」


「そうだな。風車があるなら都会だぜ」


 リシュにゴルラも同意する。


 風車が都会の基準なのだろうか。

まあ中世の技術の中では複雑な機構ではあるのか。

 

 それにしても中世での風車の用途は水関係か小麦粉ひきだと思っていたけれど、町の規模の割に多すぎないだろうか。


「イグレス伯のご領地は風車地帯の端だから当然だ。……さあついた。今日からはここが我らの根拠地だ。さっきの調子で領主殿を怒らせて、伯に無駄な手間を取らせるなよ!」


 ベネティアが騒ぐ俺達を睨む……が、今一つ迫力というかトゲがない。


「ベネティア?」

「ん、どうした?」


 やはりだ。

今までなら『うるさい!』『話しかけるな!』『また下着を見たな!』という調子だったのに。


「今回はお前が居なければ切り抜けられなかった。相応の敬意を示してやっているだけだ」


「君の武勇も見事だったよ。敵の騎士隊長を一刀両断だった」


 後ろからだったけれどね。


「そ、そうか。うむ、騎乗戦闘は特に鍛錬を重ねているからな。自信はあるのだ」


 たちまちニコニコになるベネティア。

ここまで煽てに弱い女性もなかなかいない。


「今夜辺り少し話さないかい? ナイト・イルレアン」

「町についたら色々忙しい……まあ夜にちょっとなら……うむ、大丈夫かな」


 ベネティアは怒ったように眉を寄せながら口元は緩み声も嬉しそうだ。

もう一息でいけるのではないだろうか。

次はどこを褒めたものか。

 

「ついでにその小山みたいに飛び出したでっかいおっぱい揉ませてほしい」

「そうでっかいのだ! 動く度にユサユサ揺れて困……ハッ! また誑かされる所だったエロ男!」


 ベネティアが俺の頬を思い切りビンタし、背中に隠れて声真似していたリシュが歓声をあげる。


「困るなぁ。心の声を口に出されると――ぐぇっ」


 俺は反対側の頬も打たれ、それを見て笑い過ぎたリシュが馬から落ちかけて絶叫、慌てて支えようとして踏み台にされたゴルラだけが豪快に落馬する。


 あんまりな光景に深刻そうな顔をしていた周りの兵士達が一斉に笑いだす。


「お前達はどこに行っても漫談を始めるな。……暗く沈むよりはよいが」

 

 バルベラ伯は軽く笑いつつ俺とリシュを見ながら、なにやら思案しているようだった。





 その後、俺達はイグリス領主に顔を通して『予想外の事態』に慌てて駆け付けるらしい宰相を待つこととなった。


 領主屋敷で暇をつぶすわけにもいかず領主が用意してくれたという住まいで待つこととなったのだが。


「広い! これは広い! うぉぉぉ! テンション上がって来た!」


「見ろリシュ! 地下室があるぞ! 隠し部屋があるかもしれん!」


 リシュと……意外にもゴルラまで引っ越し作業そっちのけで興奮している。


「僕達3人にこんな立派な屋敷をくれるなんて領主様には感謝しないとね」


 言いつつも今まさに会ってきたはずの領主の顔がなんとも思い出せない。

あまりに特徴が無さすぎたのだ。


 困ったと首をひねる俺の隣でいつの間にか来ていたバルベラ伯が小さく笑う。

俺とリシュに向けたものとは違う嘲笑に近い笑いだ。


「イグリス伯に気を使う必要などない。奴は宰相の手足にすぎん。たとえ顔を殴っても怒るのは宰相の許可を得てからだ。自分の意志でなにかすることはない」


 そういうタイプだったか。

嘲笑するつもりはないが、話をする意味のない相手だとは覚えておこう。


 対して目の前のバルベラ伯爵は個性と意志の塊だ。

そりゃ相性が良いはずがないな。

 

 後ろで騒ぎ続けるリシュ達を尻目に伯爵は更に続ける。


「バルザリオンを奪ったナヴィス公爵は王を僭称した。これに対して逃げのびた第1軍団……事実上の近衛は反逆だと批判している。王の所在は不明だが、捕らえたならばそう言うだろう。どこぞやに潜んでいるか、親交のある外国に逃げのびた可能性もある」


 そこまで言って伯爵は机の上で手を組む。


「さてお前はこの展開をどう見る?」


 伯爵の眼光は鋭く、いい加減な答えは許されない雰囲気――なのだが屋根裏でなにをやっているのか、リシュとゴルラがドタドタ派手な足音を立てて埃が降って来るので台無しだ。


「あんの馬鹿共め! 伯のお話中に!!」


 ベネティアが般若みたいな顔で天井裏へのハシゴを駆けあがっていく。


「とても都合が良いですね」

「誰にとって?」


 俺は無言で伯爵自身と宰相フェンバルが来るであろう方向に視線をやる。


「そもそも僕達は派閥として最も脆弱でした。実力ではナヴィス公爵に大きく劣り、王位の正統性では王太子を擁するとはいえ現王に敵うはずもない」


 力でも威光でも勝てないのだから埋もれるのは当然だ。


 しかし王都の陥落で状況は一変した。


「王都を失い近衛も打撃を受けた現王派はほとんどの力を失った。一方でナヴィス公爵も叛逆で王を追い落とした汚名は消えず、正統性に疑問のつくまま王を僭称することになってしまった」

 

 つまり現王よりも力が有り、公爵よりも正統性がある存在として宰相派……いや長男派が浮上してくるのだ。


「後は疑われないように部隊を1つ潰して千人長を戦死させておけば完璧ですね」


 わざとらしく伯爵を流し見る。


「……俺の画策したことではない」


 伯爵は僅かだけ気まずそうに言う。


 まあ伯爵が自分でやったなら危険を犯して本隊を率いて来ることはないと思っていた。

苦労した分のちょっとした嫌味だ。


「先の荘園で入手した物品の中に王と外国を繋ぐ証拠があったのだ。俺としてはそれを武器に現王に圧をかけ、あるいは取り込みも図ろうと考えていたのだが……」


 宰相がわざと公爵にぶちまけたと。


「ナヴィスは傲慢で考え古く、地位でしか人を見ぬ愚かな男ながらバルザーラへの愛国心だけは本物だ。王が外国の干渉を受けていると知れば必ず爆発すると踏んだのだろう」


 主語が省かれたが言うまでもなく宰相が――だ。


 犠牲にされる側としては称賛できないが、実際バルベラ伯の考えよりも効き目のある謀略であったのは間違いない。


 伯爵がほんの僅か、定規で計らなければわからないぐらいの角度だけ頭を下げた気がする。


「本来ならば宰相を問い詰めるところだが、追及してボロを出す相手ではない。証拠を残すようなヘマも無かろう。此度は出し抜かれたが二度目はない。それだけだ」


 どうやらこれが真実で間違いなさそうだ。


「それは頼もしい」


 数秒の沈黙が続く。

正確には天井からのドタバタは続いているが。

……続いているどころか足音が一つ増えて落ちる埃の量は五割増しだ。


「して……公爵軍をどう見た?」


 おっと埃の塊が伯爵の頭に落ちたぞ。


「戦力としては整っています。練度も装備も十分、編制もバランスが取れていて十分に強いですよ。カルビンの部隊とはえらい違いだ」

 

 公爵軍を褒めると伯爵が徐々に不機嫌になっていく。

続きがあるから待って欲しい。


「が、それ以上ではありませんね。個々の部隊の充実に比べて部隊同士の連携が非常に悪い」

 

 王都からの撤退戦でも敵の部隊がきちんと連携していれば、俺達はたちまち退路を塞がれて撃破されてしまっていたはずだ。


「領主軍の常だ。いかに各領主が名将であっても隣の部隊は動かせぬ。小領主とはいえ大領主の部下ではないからな。それ故の軍団制なのだが」


 おっと伯爵が一気に上機嫌になったぞ。


 バルベラ伯爵の第4軍団に対して公爵は第2、3軍団に知己を送り込んで実質支配下に置いている。


「ナヴィスは軍の階級よりも爵位や家柄を重視する。軍団をまともに使いこなせていないのだ。そこに十分な勝機がある」


「ははは」


『その通り!』と応じれば『さあやって来い!』と言われるし『そんなこともない』と言えば不機嫌になるだろうから笑って誤魔化しておこう。


 おっと天井裏が静かになったぞ。


「ふむ、ところで――」

「天井裏ですか?」


「そんなことはどうでもいい。ベネティアまでなにを遊んでいるのか」

 

 伯爵が綺麗な髪に絡んだ蜘蛛糸の切れ端を払い落とす。

違ったようだ。


「ユリウス。お前の軍才は傭兵団長でもやっていた故と思っていた。農民をよく訓練して率いたからな」

「ははは」


 答えにくいのでまた笑っておこう。

ついでに伯爵の目が鋭くなったので目も逸らす。


「だが違うと確信した。お前は明らかに真っ当な戦い方を知った軍人だ。今まで何人を率いたことがある? 百どころか千にもとどまるまい?」


「はは、忘れました」


 南部紛争の方面軍司令官をやった時の5個軍団30万人が最大だっただろうか。

今さら何の意味もないことなので言わないけれど。


 伯爵は俺に固定していた視線を外して窓の外に目をやる。


「海の彼方の異国より流れ着いたなどという話、過去を明かさぬ為の嘘と思っていたが」


 怪しすぎるから他国のスパイではないか調査したのかもしれない。

無論何も出てこない。


「それが本当なんですよね。我ながらどうしてこうなるのか」


 バルベラ伯は短く息を吐き、なんでもないことのようにサラリと言う。


「千人長の地位は宰相が到着次第俺から与える。最早元帥の許可もなにもないからな」


「はあ、どうも」


「やはり地位には微塵も拘らぬか」


 そしてフムと1つ頷く。


「この屋敷を3人で扱うのは骨が折れよう。まして付き人共があれではな」


 タイミングよくリシュの興奮した叫び声が家全体を震わせてゴルラとベネティアの歓声も続く。

俺はそっと顔を伏せた。


「先日、知己の騎士が下らぬ事で命を落としたのだ。自業自得なのだが、その妻が庇護を求めている。弁えた女故、お前のところに置いてやってはどうか。小さいのを囲っておるよりは見栄えも良かろう」


 露骨な愛人の紹介だ。

女性を恩賞や道具のようにやり取りするのは中世社会に居るとはいえ同意しかねることである。


「ちなみにご年齢は?」


「今年24だったな」


 俺は顔の前で手を組んだ。


「なるほど」


 拒否すべき考えに変わりはない。

しかし給金を払って家事を手伝ってもらい、それとは別に女性の自由意志を前提に口説くのならば問題ないのではなかろうか。


「淫らな気配を感じた」


 ヌっとリシュの顔が天井から逆さまに出てきた。

白髪の山姥かと思ったら埃を山盛り被っていたのか。


「……その人には昼間だけでも手伝いに来てくれれば有難いと伝えて下さい」


 伯爵がリシュと俺を見比べて、なるほどそうかと呟いたところで表が慌ただしくなる。


「どうやらタヌキが着いたようだな。嫌味の一つも言ってやらねば」


 伯爵は席を立ち、リシュとゴルラ、ベネティアが興奮しながら屋根裏から降りて来る。


 全員程度の差こそあれ埃と煤と蜘蛛の糸を被っていた。


「天井に金塊でもあったかい?」


「金塊どころか見てよこれ!」


 差し出されたのは埃だらけの巻物だ。

文字は無く街周辺の地図がひどく抽象的にかかれていた。


「あー宝の地図……」


 幼い頃に作ったような作らなかったような。


「そう! 位置的にここは来る時通った岩場だよね! あそこ洞窟がいっぱいあったし!」


 リシュが動く度に埃が舞って春の杉の木みたいだ。


 俺は微笑ましい顔でリシュを撫でてからゴルラを見る。


「い、いや俺もまさかとは思うが、古そうな地図だしもしかするとだな」


 ゴルラも乗り気だったらしい。

よく見ると頭にすんごい禍々しい蜘蛛が乗っているので近寄らないでほしい。


「……」


 無言で顔を赤らめて目を逸らすベネティア。

途中から怒鳴り声が止んだのはこの巻物に夢中だったからなのか、可愛い所があるものだ。


「ほらじっとして。埃と煤だらけだ」

 

 俺はベネティアの頭と肩、胸と背中から足を手で掃ってやった。

丁寧に丁寧に長い時間をかけてじっくりと。


「む、すまん。自分では見えない部分が多くてな」


 これだけ色々出っ張っていれば死角だらけだろうとも。

実に素晴らしい弾力だった。


「ねえ、今の普通に乳タッチ……」


「尻も撫でてたな……気付いたらまた怒鳴るからほっとけって。それより宝の位置なんだがよ」


 俺達も宰相を迎えないといけない。

心情的には穏やかじゃないが良いものにも触れたし冷静でいられるはずだ。 


「うん?」


 ベネティアは細かいし怒りっぽいのに抜けている。

気をつけてあげないと悪い男にぱっくり食われてしまいそうだ。





 さて到着した宰相は慌てた様子で馬車を降り、バルベラ伯爵と俺達を見て胸を押さえて嘆息する。


「よくぞ皆様ご無事で居られた。文で知らされてはいても顔を見るまでは安心できませんでしたぞ。あぁバルベラ伯、いよいよ大変なことになりましたな」


 心から動揺していたとばかりの宰相。


「ええ、せめて1日前に知っておれば対処のしようもあったのですが」

 

 表情を変えずに宰相を見る伯爵。


「本当に。まさか公爵ともあろう方がこのような暴挙に出るとは思いもしませんでした。これで陛下は王都を追われ、ナヴィス公爵は反逆者……動揺する者も多いことでしょう」

 

 2つとも弱体化したのだから万々歳とでも言いたそうだ。


「ここにいる者達の奮戦がなければ緒戦で部隊と千人長を失うところでした」


「敵中に寡兵で孤立しながら巧みな指揮でもって見事切り抜けられたとか。かくなる名将がおれば、これからの戦乱も上手く治められましょう。ここに参る道中にも陛下や公爵を見限り、ディミトリ殿下に従いたいと申す者達からの使者がひっきりなしにございまして――」


 味方が一気に増えるのだから1部隊、千人長1人ぐらいなんでもない……ということだろうか。

口に出す言葉と意味が一致しない会話が続く。


「――して、ディミトリ殿下はいずこに? さぞ陛下の御身を心配なさっておいででしょう」

 

 腹黒会話にいよいよ眼光鋭くなり始めていた伯爵が目を丸くする。


「フェンバル閣下に御同行されていたのでは?」


 二人が揃って沈黙する。

おっとおかしくなってきたぞ。


「『幸運にも』イグリスを視察なされていたはずでは? 確かに到着したと知らせも……」


 言いながら宰相の額に汗が浮かんでいく。


「一度もお見かけしておりませんが?」

 

 伯爵も呆然としながら言う。


 なんと陣営の旗頭がどこかにいってしまいましたとさ。

思わず噴き出して全員に睨まれたのでゴルラの後ろに隠れよう。


「まさかまだ王都におられて拘束されたのですか!?」


 さすがの宰相も動揺が声に出る。

しかしベネティアが進み出て否定する。


「いえ攻撃の前々日に視察に向かうとして王都を出られました。間違いありません!」

 

 そこでベネティアに続き、王太子の付き人らしい男が泣きそうな顔で手をあげる。


「も、申し訳ありません。到着の知らせを出したのは私にございます……デ、ディミトリ殿下から数日寄り道をしたいので知らせだけを出しておけと言われその通りに……」


「どこに行った!」


 伯爵が被せるように迫る。


「お聞きできませんでしたがウルシア方面の道へ……」


 宰相が額を押さえて俯く。

その口元は確かに『あのボンクラが』と動いた。


「どゆこと?」


 ベネティアに聞いてみる。


「……ウルシアの町にはディミトリ殿下が寵愛する愛人がおられるのだ」

「うーわ、ユーリしに行ったんだ」

 

 俺の名前をいかがわしい単語にしないで欲しい。


 宰相は公爵の襲撃日を察知して重要人物全員が王都を離れるようにした。

しかしディミトリ殿下は宰相には無事到着したと文を出させて、こっそり愛人のいる町に向かった。

これだけでも十分に笑い話なのだが。


「急報にございます!」


 走り込んで来たのは傷だらけで粗末な服を着た女性だったが、破れた服の下から鎖帷子が見えており、ただの農民でないのがわかる。


「ディミトリ殿下より!『やむを得ぬ事情により立ち寄ったウルシアで正体不明の賊に包囲されている。至急救援に参れ』とのお言葉でございます!」


 正体不明の賊とは公爵派の軍だろう。

王太子はなにも知らないのだ。

 

 さて宰相と伯爵にとっては笑い話などとんでもない。

旗頭たるディミトリが捕縛されでもしたら、こちらの正統性は完全に失われて派閥は瓦解する。

 

「さて困ったね」


「のじゃ?」


 ただならぬ雰囲気に侍女を伴ったマルグリットもこちらを覗き込んでいた。

彼女の方が後継の資質がありそうだけれど、と目で訴えると伯爵は首を振った。


「ディミトリ殿下に旗頭としての価値があるのは王太子、王位継承権1位であるからだ。マルグリット殿下では代役にならん」


 良くないことを言われたのを察したのかマルグリットはトテトテ走ってリシュの胸に飛び込み、恨みがましい目で見てくる。罪悪感がすごい。


「あるいは彼女以外に王族がいなくなれば、その限りでは無かろうが」

「ひっ」


 またも良くないモノを感じたのかマルグリットはゴルラを盾代わりに前に立てる。


 伯爵はそんなマルグリットを一瞥もせず、宰相を一睨みしてから音声をあげる。


「ベネティア千人長! ウルシアに向かいあのアホ――ディミトリ殿下を救出して来い!」

「はっ!」


 良かった。俺じゃなかった。


「ユリウス千人長! 騎兵を預ける。ウルシアを包囲する敵をかく乱して救出を援護せよ!」

「……はい」

 

 全然良くなかった。俺もだった。


「一刻を争う。準備が出来次第出立せよ!」

 

 弾かれたように走るベネティアと急いでいるふりでノソノソ動く俺。

 

 包囲下にある味方の救出は一応佐官時代からよくやっていた。

他の者が難しいだのリスクが大きいだのと嫌がり、大抵最後は俺に回って来るのだ。


「ええと、この町がイグリスで向かうのがウルシアだっけか」


 頭の中に入れておいた地図と敵味方の予想戦力を軽く整理してみる。


 王太子を狙うにしてはおかしい。

わざわざ防備のある町に居るところを狙わなくても道中に網を張れば済むことだ。

そもそも宰相すら知らなかった突飛な行動を公爵が予測できたとも思えない。


 つまり攻撃目標になっていた町に王太子の方から飛び込んだということだ。

なんとも不運だが都合の良いこともある。

敵側が『俺達が王太子を助けにくる』と予想できないことだ。


「到着までウルシアが持ち堪えていればなんとかなりそうだね」


「……宝探しは?」

「終わってからにしようぜ」


 こんなことなら宝探しの方がマシだったとの思いを込め、巻物を掲げるリシュの頬を軽く伸ばし、ゴルラの頭を撫で、溜息を吐いて準備にかかる。

コミック版第1部完!

ながら小説版はひっそりと続きます。


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[良い点] 戦記ものなのに非常にテンポが良い。どの話でも少なからず戦の話が進むし、主人公は命を拾ったと思ったら間髪入れずに次の戦いへ…w [一言] 前話で宰相が公爵に情報流してたから寝返ったのかと思っ…
[良い点] 漫談が良いアクセントになってますね。 いや、メインなのか。 [一言] コミック完結は残念ですが、その分こちらを楽しみにします。 更新頻度が上がりそうな予感もしてます。
[良い点] マルグリット殿下が王都が落とされて憔悴している中、ユリウス、リシュ、ゴルラがあまり変わっていないのを見て思わず安堵しました。 ユリウス‥女性と仲良しになれる店に行っていたとは常連だったのか…
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