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第19話 王都失陥

コミック版18話相当分ながら内容はかなり変わっております!

 俺はベネティアの視線を受けつつ、彼女の率いる兵力を一瞥する。


「兵力はざっと四〇〇か……これで全部かい?」


「全体訓練をしていた全員だ。それより敵はどこの国なのだ!? まさか野盗が王都を襲うはずあるまい!」


 王都に攻め入った部隊――もう明らかだし公爵軍でいいか。


「急襲したのはナヴィス公爵軍だよ。複数方向から複数部隊、数は今のところ八〇〇〇ぐらいだけれど、後詰もいそうだね」


「八〇〇〇だと!? こちらは四〇〇……王都の第一軍団ですら三〇〇〇……これではとても脱出など」


 悲嘆しているベネティアの声に被せる。


「いや、これだけ居ればなんとかなりそうだ」


 ベネティアがポカンとした可愛い顔になる。

もっと見ていたいけれど、追い払った敵部隊に新手が合流し始めているのが見える。

これ以上問答している余裕はなさそうだ。


「まずは安全地帯に行こう。普通に逃げたら追撃を食うから……敵に向けて突撃陣形を組んでくれ」

「馬鹿な! ここで仕掛けても周り中から敵が集まって来る。自殺行為だ!」


 俺は少しだけ鋭い目を向けて黙らせる。

本当は笑って済ませたいのだが、ここで問答して行動が遅れたら致命傷になってしまいそうだから。


「眼前の敵を目標に突撃陣形。文句は後で聞くからね」


 こちらが騎兵を先頭に突撃陣を取ったことで敵部隊も慌てて動く。


『敵が突撃陣形を取ります!』


『我らのど真ん中を抜けるつもりか! そうはさせんぞ!!』


 敵陣から長槍隊が先頭に押し出る。

その後ろに弓兵が並び、側面攻撃に備えて剣兵が左右へ散っていく。

極めて一般的ながら効果的な防御陣形だ。


 その陣形が完成する瞬間……今だ。


「全員反転、後ろの林まで駆け足で後退」


 無謀な突貫を覚悟していたベネティアとリシュがカクンと前のめりになる。


「後退だと!?」


「そう後退。みんな駆け足、陣形は適当に崩してもいいよ」


 不満そうなベネティアだったが、「後退後退」と言いながら逃げる俺を見て慌ててついてくる。


『な、なぬ? 敵……後退していきます』

『と、突撃してくるんじゃないのか?』

『ええと、防御陣……そのまま待機?』 


 こちらの突撃に備えてがっぷりと構えていた敵陣から気の抜ける音が聞こえるかのようだ。

敵は一拍おいてから気を取り直したものの、突撃阻止の防御陣形は機動力が皆無だ。

バラバラになって追いかけるか組み直すしかない。


『攻撃陣形に組み直しましょう!』

『そんな悠長なことをせずとも敵は遁走しておる。陣形を崩して追撃しろ!』


 敵はどうやら前者を選択したようだが、迷っていた時間が長く、こちらの背中には届かない。


「敵にまとまった数の騎兵が居ればこう簡単にはいかなかったんだろうけれどね。ラッキーだ」

 

 こうして味方は敵に追い付かれる前に近場の林に駆け込むことに成功した。


「よし再度反転して弓兵斉射。各個射撃でいいよ」


 味方の弓兵が林の中から射撃を開始するとバラバラに追い付こうとしていた敵兵が次々に倒れる。


『ええい軽歩兵では弓にやられる! 重歩兵は……遅い! こちらも弓兵を前に出して応戦しろ!』


 敵の弓部隊が迫り撃ち合いになったものの、頭上に枝葉があり木を盾にしながら射掛けられるこちらと、全身晒して戦わねばならない敵が撃ち合えば結果は明らかだ。


 練度を比べるまでもなく敵の弓兵は犠牲に耐えかねて下がってしまった。

歩兵も先程の射撃に懲りたのか見通しの悪い林に踏み込むのを躊躇したのか足を止めてしまう。


「敵の攻撃はまず頓挫と」


 走ってばかりで疲れてしまった。

水を一杯飲んで落ち着こう。


「さて逃げながら地形を把握していたけれど、この林は街道までは繋がっていない。つまり僕達が逃げるにはどうしても正面の敵を押し退ける必要がある」


「色々見ながら逃げてたからユーリはあんなに遅かったんだね。十歳の女の子ぐらいの足だったもん」


 リシュが納得したように頷く。

初等部の足の速い子には負けるぐらいには遅いのだが、あえて否定はしないでおこう。

部隊の逃げ足は速いのに、とは良く言われたものだ。


 さて気を取り直そう。


「ならどうしてそんな場所に逃げたんだバカ」


 おっと、こっちはお怒りだ。

でも最近ベネティアのキツイ視線が癖になってきて心地良い。


「袋小路だが地形は守りに適して籠るのは中々手強い部隊が四〇〇人。さて敵から見ればどうしたい?」


 両手を広げて聞いてみる。

ベネティアもそう睨まずに、厳しい時ほど心の余裕が必要だよ。


「お、大人しくすればなにもしないから大丈夫だから出てきてと説得するのじゃ」


 マルグリットの考えは理想的だけれど、この状況で応じたら皆殺しにされそうだ。


「周りの奴らに声をかけて全方位から一気に攻める……」


 ゴルラの言う数を集めてのゴリ押しができるなら一番良いが、彼らの最優先目標は間違いなく王都と王宮だ。ここに集められる兵力は限られている。


「食べ物を撒いて出てきたところを……」


 はい次。


「弓兵に火矢を打ち込ませればいい。火と煙で守りが乱れたところに歩兵を突入させ、崩れた部分から騎兵を入れて食い破る」 


「そう、ベネティア正解だ」


 両手をあげて勝ち誇るベネティアとハンカチをかんで悔しそうなリシュ……心の余裕結構あるね。

二人は侍女ミーマの冷たい視線で我に返ったのかベネティアが何故か俺に石を投げてきた。


「敵が君よりもう一段優秀ならば正面からの攻撃を陽動として側面からの別動隊を本命にするだろうけれどね」

 

 あとは魔法使いが居れば火矢と並べて投入してくるだろう。

威力はともかく装備無しにあれだけ燃やせるのはとても便利だよね。魔法使い。


「……」


 注文つけたのが悪かったのかプクーっと膨らむベネティア。

対抗してリシュも膨らむ……そのハムスターもかくやの膨張率の秘密はなんだろう。


「コホン。では敵が準備を整える前に仕掛けるしかないな」

「いや敵が攻撃してくるのを待つんだ。防御態勢を整えているふりをしてね」


「!?――」


 リシュが驚いた顔で立ち上がり――ベネティアにパスする。

雰囲気に入りたかっただけで良くわからなかったようだ。


「準備の時間を与えてはより不利になるではないか。戦は先手をとったものが勝つのだぞ!」


 引継ぎ成功だね。


「ただ漫然と守るならそうだけれどね。敵の先手にこちらの手を被せて潰すんだ。ここからはタイミングと速度が最重要だ。君の訓練の成果に期待するとしよう」


「なにが期待だ、何様のつもりだ」


 俺はベネティアに捻られつつ、森の前で数を増やしていく敵軍を眺めながら言う。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ナヴィス公爵軍部隊


「ゴーモス卿、攻撃準備が整いました!」


「臆病者共め……突撃のふりで逃げよるとは面食らったわ。しかも林に飛び込むとは鬱陶しい」


 隊長らしき貴族がイライラした様子で森に蠢く敵を睨む。


「本来ならばあのような小勢など捨ておいても良いが、マルグリット殿下を連れておるとなればそうもいかぬ」


「殿下の確保は公爵殿からの優先命令ですからな。しかし見事達成すれば王宮への一番のりにも等しい戦功となりましょうぞ」


 部下の進言に隊長は頷く。


「よし準備ができたな。手筈通りに火矢で敵の陣形を乱し、しかる後に軽歩兵突入。崩れたところへ騎兵を突撃させる。敵は四〇〇こちらは八〇〇、新参貴族の木っ端部隊に負ける道理などない!」

 

 部下が頷き、隊長が剣を掲げた。


「一斉射撃構え! 歩兵は突撃陣形をとれ……よし撃て!」


 燃え盛る矢が放物線を描いて森に落下していく。


 だがその矢が地面に届くか否かのところで森から鬨の声があがる。


『今だ! 全隊突撃ーー!』

『とぉっつげきぃぃぃ!!』


 まず凛々しい女の声が勇ましく響き、続いて雷鳴のような大音響が轟いた。


 いざ総攻撃に駈け出そうとしていた歩兵達は、逆に目の前から飛び出してきた敵軍にひっくり返っていしまう。


「敵の逆撃です! 先んじられた!!」


「騎兵を先頭に正面突撃してきます!!」


「射撃中止! 弓隊を下げて長槍隊は前にいそげぇ!」


「歩兵は陣形を横列に変更! 突撃陣を解いて横隊だっ! 早く組み替え――もういい間に合わん! そのままでいい、防ぎ留めろ!」


 各隊の指揮官達は動揺して怒鳴り散らし、あるいは呆然と言葉を失う。


 まさに攻撃というその瞬間に突撃を受けた。

攻撃に突撃をぶつけられたのだ。


 隊長が剣先を地面に叩きつける。


「おのれ最悪のタイミングで!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ユリウス側


「よし最高のタイミングだ」


 敵は後ろに下がろうとする弓兵と前に出ようとする歩兵がゴチャゴチャになっている。

攻撃用の隊列のままで、こちらの突撃をまともに受けてしまったのだ。


 最後には思考を放棄したのか、攻撃隊列のままで防戦しようとする始末だ。


 両軍の激突と同時に怒号と剣戟の音が響く。

倍ほども居る敵はたちまち朽ち木のように崩れていく。


「真正面からの攻撃で倍の敵を崩せるものなのか」


 驚くベネティアの隣に並ぶ。

甲冑で彼女の大きな胸が目立たないのが残念だ。


「敵は攻撃するつもりのところを攻撃された。反対にこちらは攻撃してくるとわかっている敵に攻撃を仕掛けたのだから、まあ大抵は勝つさ。これも一つの先手だよ」


 敵は本来なら射撃部隊と十分離して歩兵を配置すべきだった。

もっと言うなら逆撃に備えて十分な数の騎兵を予備に残すべきだった。


 だが寡兵な上に追い込まれた俺達を舐めていたのだろう。

全部隊を攻撃に投入して一気に殲滅しようとした。

それが仇になった。


 混乱して無防備になった敵弓兵は次々と切り捨てられ、敵の歩兵も前を塞ぐ弓兵が邪魔な上に、防御に不適な陣形のままで突撃を受けて切り崩されていく。


 森への突入に備えていた騎兵隊も密集陣形のままに矢の射撃を浴び、どこに向かえば良いかわからず右往左往している。


 敵陣はど真ん中から切り裂かれ、隊長とその部下達が慌てふためきながら走り回っているのが見えた。


 この混乱はしばらく収束しない。

追撃どころではないだろう。


「『敵の望み通り戦うな』は至言だね。よし突破完了だ。このまま王都の前を横切って逃げよう」

「逃げると言うな。撤退と言え。もしくは転進だ」


 だが俺達の逃げ道に、突如敵の一団……約一五〇名の騎兵が割り込んでくる。


「あの旗、装備、第2軍団所属の騎士団だぞ!」


 ベネティアがどうするとばかりにこちらを見る。


 一瞬まずいと冷や汗をかく。

退路に出て来るものだから敵の予備部隊かと思ったのだ。


 だが敵は移動用の縦長隊列のままで驚いたように立ち止まった。

よく見れば自分達の旗を振ったり紋章をあげたりと、こちらの所属を確認しようとしているようだ。


 こいつらは今戦っていた敵とは指揮系統が違う。

破った部隊は外周包囲が役目、目の前の騎士団は王都内への攻撃部隊なのだろう。

情報が共有されておらず困惑している。


「かくなる上は突破以外に道はないぞ!」


 いつもの猪突気味なベネティアだが今回はそれが唯一の道で違いない。


「そうだね。相手が状況に気付く前に強襲しよう」


 俺達は鬨の声をあげるでもなく敵騎士団に近づき……一斉に仕掛ける。


『お前達は誰の部隊――その甲冑! 貴様ら第4軍団の……ワギャッ!』


 先鋒を切ったゴルラが一人の騎士を捉えた。

大剣を渾身の力でフルプレートに叩きつけると、鐘でもついたかのような金属音が鳴る。

重厚な鎧は凹みながらもゴルラの剛力に耐えたが、騎士は頭から落馬して地面を転がり、呻き声をあげるだけとなる。


 それを皮切りに味方兵が一斉に襲い掛かり、不意をつかれた敵騎士団は次々と落馬あるいは鎧の隙間に剣を突き立てられ仕留められていく。



 マルグリットが辛そうな顔でこちらを見るも残念ながら今の状況で戦うなは不可能だ。


「殲滅の必要は無いよ。機動力を奪えば良い。馬を使えなくする事に全力を」


 せめてこう言うのが精一杯。


「貴様が指揮官か! よくも我が息子を!」


 恨み言と共に、騎士が斬りかかって来る。


「あぶねえ!」


 ゴルラが応戦して打ちあったものの、お付きの騎士二人が参戦してそちらに手一杯となってしまった。お付きが居ると言うことは彼が隊長なのだろう。


「ふん隊長同士の決闘に下人が割って入るなど。奇襲など仕掛ける卑怯な部隊だけはある」


「……奇襲?」

「……卑怯?」


 俺とリシュは騎士隊長と煙をあげる王都を交互に見てからヒソヒソ話す。


「ご、ごほん。まあ世の中綺麗ごとだけではいかないこともあるのだ」


 隊長は気まずそうに咳払いする。

どうやらこの隊長も反乱に困惑していたようだ。


「細かいことは公爵殿しか知らぬ! さあ隊長同士の決闘なり!」


 これは困ったと思いつつゴルラは手一杯、俺の背後にはリシュとマルグリットがいるので、仕方なく俺も剣を抜いた――刀身がなかった。


「さっき折れて柄しかないんだった! ちょっと待って!」

「いざ待たん。勝負勝負!」


 突っ込んでくる隊長、さすがにこんなギャグみたいな死に方はしたくないと思った時だった。


「隊長は私だぁ!」


 別の場所で戦っていたベネティアが横合いから乱入し、通り過ぎ様に隊長の首を刎ね飛ばしたのだ。


「おのれ……卑怯……ぐふ」


 隊長の首は恨みの言葉を吐きながら宙を舞い俺の目の前に落ちる。

未練残りまくり呪う気満々の表情だ。


 睨みつける隊長の首に向かい、あっちあっちとベネティアを指差すが、既にその目は光を失い絶命していた。


「これで僕の方に化けて出たら理不尽だよなぁ」


 一方のベネティアは躍動している。


「どうしたこの程度か! 裏切り者の剣は鈍いものだな!」


 斬りかかる敵の剣を上に弾き、脇腹の隙間に剣を突き刺して落馬させる。


 敵の振り下ろしを剣と小手を重ねて受け止め、顔面に肘を見舞ってから喉元を切り裂く。


 正面から三合斬り結びつつ、四合目をあえて下に外して相手の馬を傷つけ、ふらついたところで顔面を刺し貫く。


 どうだとばかりに俺の方を見た。


『少々指揮に優れようと剣術の腕があってこその騎士 私が一番なのだ!』


 なんて心の声が聞こえてきそうだ。


「こ、この女強いぞ。気をつけろ!」

「さぞ高名な騎士に違いない。顔を知る者はいないのか!」


「ふ、ふふー!」


 ベネティアは敵の声に恍惚としている。

こんな状況でも褒められると弱いらしい。


「危ない!」


 そしてリシュの叫び声で我に返り慌てて矢を弾く。

恍惚としたままだったら首筋に刺さる軌道だった。


「長所も短所も多くて面白い女性だね」


 そこでゴルラが今は亡き隊長のお付き騎士を見事蹴散らして戻ってくる。


「指揮官は討ち取り部隊の統率は潰えた。これ以上の交戦は不要だ。さあ逃げよう」


 再び撤退を開始しようとした時、馬の足が何かに当たった。

 

 敵の従卒……この時代では騎士見習いとでも言うのか。

騎乗せず鎖帷子を着て騎士に従っていたのだろう、歳の頃は男と言うよりまだ少年だった。


「……」


 少年は槍で貫かれて斃れ、乱戦の中で全身を双方の馬蹄に踏み砕かれていた。

崩れた白い目と視線が合う。


「ふむ」


 まず状況が全然違う。

彼は武装した軍人で戦場に投入された兵士だった。

軍人同士が戦闘中に殺し殺されるのは致し方ないことであり民間人の殺傷とは種類の違うものだ。


 わかっているのに、少年が泣きながら起き上がり、足にしがみついてくる感覚に襲われる。

――

――

――。



「ユーリなにしてるの!」


 怒鳴り声で我に返ると、目の前に音を立てて矢が落ちる。


「早く次の指示を出せ! いつまで呆けているのだ!!」


「ユーリ! ユリウス! どうしたのじゃ返事するのじゃ!」


 気付くとリシュが背中にしがみつき、ベネティアも真横で怒鳴っている。

マルグリットも必死に袖を引っ張ってくれていた。


 一瞬呆けただけのつもりだったが、どうやら1分程もそうしていたらしい。


「敵の新手が来たぞ! 追い付かれる!!」


 更に現れた敵の新手……いや距離はまだ遠い。振り切れる。


「弓隊は新手に二度のみ射撃。騎兵は突出して前方の敵歩兵を牽制、長槍放棄、敵の剣を拾って再武装し隊の左右を固めろ」


 なんとか指示を出したところで再び矢が降る。

周り中に敵部隊が居るので少々の矢を浴びるのは仕方ない。

当たらないように祈るしかない。


「殿下! こちらにお入り下さい」


「わっぷ! ひらひらでフリフリなのじゃ。布が小さくてお尻半分しか隠れてないのじゃ」


 侍女がスカートをめくりあげて中にマルグリットを隠す。

羨ましいなどと言っている場合ではない。


「ゴルラは敵の追撃に備えて後ろを頼む。リシュは僕の方に」


 俺は百人長装備のマントを開いてリシュを包むように隠す。


「ゆ、ユーリと密着!? ユーリの匂いが……不自然に良い匂いするけど、これ女ものの香水だろ。さては行ったな! いつだ? 昨夜か? 今朝か!?」


 俺が腹を抓られながら笑うと、リシュは折檻をやめて静かに抱きつく。


「ユーリのおかげで今回も助かった。だから震えないでいいんだよ。……それはそれとして匂いの説明はしろ」


 服の上から乳首を思い切り抓られて痛みに呻くが、足にまとわりつく幻影は消えていた。


 さて別方向に俺達と同じように王都から逃げていく集団が見える。


 それを見たベネティアが呻くように言った。


「あの軍装は第1軍団のものだ。王都から離れぬはずの彼らが血路を開いて逃げのびているとなると」


「クーデターは成功し王都は奪われたってことだね。実に鮮やかでお見それするよ」


 俺もこれだけスマートにできていればね、と嘆息して続ける。


「こりゃ僕達もバルベラ伯に切り捨てられたかな」

「馬鹿なことを言うな!」


 ベネティアが怒鳴るが、半分泣いているようにも聞こえる。


 そうは言っても伯爵が「たまたま」本隊と共に王都を離れたタイミングでこれでは疑わない方が無理というものだ。


 リシュがマントからひょいと顔を出す。


「花の王都生活もう終わり? 田舎娘から都会娘になれると思ったのに」

「そうかもねえ。諦めてルップルに帰ろうか」


 俺としてはそれが一番良いのだが。


「そうはならない!」


 ベネティアが手を伸ばしてリシュの頭を押し込む。


「ちょっ痛い! 力強い! てかユーリに変なとこがあたるからやめて!」

「うーん、当たるかどうかは微妙なサイズかな」


 ともあれ敵の追撃を躱してからの話だ。

これがまた際どい追いかけっこで、追い付かれるか逃げ延びられるか五分五分の状況が続いていた。


 なんとか途中でリシュとマルグリットを別方向に逃がせないかと考えた時、前方から多数の矢が風を切って飛んでくる。


 ここにきて伏兵かと身構えるも矢は俺達を大きく飛び越え、追手の頭上に降り注ぐ。


 矢の飛んできた先を見やると、そこにはずらり三〇〇〇人の第4軍団本隊が並んでいた。


「ほら、ほら来た! 何が捨てられただ! アホユリウス! イエイ私の勝ち!!」


 喜びを爆発させるベネティアはさておいて目立つ甲冑を着たバルベラ伯爵がやってくる。


 そして第一声。


「よくぞ切り抜けた。して現有兵力で王都の奪還は可能か?」

「ははは」


 二言目にこれとは。

いきなりもいきなりで笑いが出てしまう。


 その上で表情を引き締めて返す。


「不可能です。敵兵力は八〇〇〇以上、王都は既に陥落し味方は大きく疲弊、攻撃に勝算はありません」


 俺達はもちろんボロボロだが、伯爵率いる本隊もよく見れば部隊が所々歯抜けになっていて兵も疲れている。強行軍でやってきたのだろう。

まともな戦いが出来る状態ではない。


「そうか」


 伯爵は煙をあげる王都と、今まさに掲げられたナヴィス公爵の旗を睨みつけてから踵を返す。

表情が動揺から安堵そして怒りに変わっていく。


「あの古狸め。いつか鍋にしてくれる」


 ああ、そういうことね。


「そんな宰相さんと喧嘩したら……あっ」


 慌てて口を塞ぐマルグリットを見て笑いながら今後の苦労を予想して溜息を吐く。

こうして俺達の王都生活は一旦終わりを告げたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 敢えて敵陣に攻撃準備をさせてからの真っ向からの突破、読んでる分にはハラハラドキドキで済むんですけど、実行する主人公達は鋼の心臓を持ってないとストレスで死んじゃいそうw 最高の場面でした! …
[良い点] 一度森林に入り、さらに敵軍の攻撃する前に先制攻撃をする。 これが指揮官の場数の差だなと思いました。 そしてこれが孫子の兵法の始めは処女の如く、後は脱兎の如くという言葉そっくりだなと思いまし…
[良い点] 主人公率いる軍勢が局地戦で勝利を重ねても 全体で見ると惨敗して王都を奪われるのは定番ですが まさか味方に奪われるとは…宰相と合流出来るのか!? どうなる次回!
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