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第18話 立つ公爵・立てぬ王太子

本日更新 コミック17話相当分となります!

「「「「反省しております」」」」


 俺とリシュ、ゴルラ、ベネティアはバルベラ伯爵の執務室に並んで頭を下げていた。


「自身の立場を自覚せよ。馬鹿者共め」


 その様子を宰相が何とも言えない顔で見ている。


 表面上は孫を見る好々爺の視線だが、その裏で俺達の弱みでも探しているのだろう。

しかしその目的は果たせないはずだ。


「まずユリウスとベネティア。下着姿で取っ組み合って酒場の備品を破壊。特にユリウスは腰を痛めて職務に支障が出たと聞いた」


 宰相がつんのめる。


「リシュ。宿の主人から部屋の鍵を強奪した上で使わずに扉を蹴破ったと聞いた。せめて理屈の通る行動をせんか」


「は、反省するます」


 宰相が啜っていたお茶で咽せた。


「ゴルラ、貴様は全裸で街を走り回ったそうだな? どうにもお前だけ方向性が違うな」

「ち、違う……そうじゃないのに……」


 俺達の失態があまりにくだらないせいか宰相は去ってしまった。


「くぅ……せっかく挽回したと思ったのに」


 ベネティアが凄い表情で睨んでくる。

本当に惜しい、もう少しだったのに。


「まあ下らん話はもう良い。マルグリット荘園の件は実に上手くいった。望外の結果と言って良い」


 今回の作戦、本来の目的は公爵派によるマルグリット荘園への陰謀を打破して宰相派の力を示し、マルグリットが取り込めれば満点……次へ向けた地味な作戦だった。

 

 結果としてその目的は全て達成された。

特に内通者が王前で暴かれて大騒ぎになったのは公爵にはとんだ不名誉だろう。


 そしてマルグリット殿下の方も取り込み成功……というより懐いた。


 ついでに俺の知らない「なにか」の情報も掴んだようだけれど、知ってしまうと厄介ごとが増えると決まっているので知らないことにしておこう。


 バルベラ伯爵は続ける。


「やはりお前は使えるとの確信も得た。よって正式に第4軍団にて百人長の地位を与えよう。本来ならば千人長とすべきだが、千人長の任命には形だけでも元帥の許諾が要る故、しばし待て」

 

 悔し気な顔でベネティアがこちらを見る。

 

 自身を指差してセンニン?――あぁ『自分が先任』と言っているのか。

微笑ましくて笑ってしまう。


「もう少し喜んでもいいものだと思うが。自分で言えば価値が落ちるが異例の取り立てだぞ」

 

 おっと伯爵の機嫌を損ねたか。

クビになるなら構わないが一兵卒にされたら一大事だ。

 

 わざとらしく喜ぶリシュと俺を見た伯爵は溜息を落とし、机に革の袋を置く。


「なんじゃらほい」


 リシュは袋を開き、無言で後転してから俺の袖を引く。


「伯爵から理屈の通る動きをしろって言われたばっかりじゃないか……」

 

 俺が袖を引かれるまま袋を開くとジャラジャラとかなりの量の金貨が出てくる。

 

 それを見たリシュとゴルラが揃って後転。


「でかい図体で鬱陶しい真似をするな!」


 ベネティアに尻を蹴られてのたうつゴルラをよそに伯爵は続ける。


「褒賞と支度金だ。指揮官としてふさわしい身なりを整えよ。余れば好きに使え」

「いやぁ、ありがとうございます」


 地位なんて貰っても義務ばかりついてきて嬉しくないが、お金はなんなりと楽しく使える。

しかもリシュとゴルラの反応を見るに、相当な額なのだろう。


「大金か……」


 脳内に王都全体をシュミレートする。

大通りから東に2つ入った脇道、4件並んだ小酒屋を越えた先にするか。

あるいは王都街壁の外、船着き場に沿って立ち並ぶ人夫用の宿の先にある――。


「一見倉庫のようだけど、やたら綺麗に掃除された?」

「そうそう、そこだよ! でも入口にお姉さんが立ってるからすぐに……おおう」

 

 振り返るとリシュの顔が3cmの距離にあった。


「いかがわしいお店行ったらもぐからね」

「……はい」


 とはいえご褒美とは別に給金も出るだろうし機会はいくらでもあるだろう。


(見てるからな)


「うわっ」


 リシュの声が脳内に直接響いた気がするが気のせいだろう、そう思うことにする。


「お前達は本当に騒がしい。まぁ怖じて縮こまるよりは有望であると思っておくか。さて真っ当な地位も与えたところで、少々野暮用に付き合って貰おう」


「野暮用?」


 伯爵は嫌そうな顔で首を振る。


「王太子がな。陛下に一言物を申したいそうなのだ」

「はぁ……申せば良いのでは?」


 俺がそう返すと伯爵は小さく笑う。


「それが、どうしてか宰相と俺にも付き添えと仰せなのだ」

「はぁ」


 俺の脳内で不安げな顔をした男版マルグリットが形成される。

だが待てよ、彼女は王の孫娘であり王太子は長男なのだから……。


「三十路の男が親と語らうのに付き添いが必要なのだそうだ」


 なんとも期待値を下げてくれるセリフだった。




 俺は伯爵に連れられて、またも謁見の間に向かう。


 いかにも尊大な足取りでやった来た男が一人、彼が伯爵陣営の旗頭ディミトリ王太子か。

 

 本人は早足で颯爽と現れたつもりなのだろうが、歩幅が狭くて動きが速いので、どうにもソワソワしている印象を受ける。


 表情もなんとも落ち着かず余裕がない。

悪い意味で若く見えると言うべきだろうか、大人になりきれていない印象だ。


「おお、フェンバルにバルベラ……ん?」

 

 王太子が怪訝な顔で俺を見る。


「軍才を買い、新たに百人長に任じた者です」


「ん、平民出か。良い、軍団のことは貴様に任せてあるからな」


 王太子はいかにも見下した表情をしたが、伯爵を一瞥してそれ以上は言わなかった。

傲慢に振る舞うには伯爵への恐れが見え、寛容に振る舞うには平民への侮蔑を隠し切れない。

実に中途半端だ。


「それより謁見はまだか? 王太子たる余が赴いたからには――ふぎっ」

 

 文句を言いながらどっかり椅子に座ろうとした王太子が目算誤って床に滑り落ちる。


「……っ!」


 俺は噴き出しかけたベネティアの大きなムチムチしたお尻を抓って笑いを堪えさせる。


 王太子は全員の顔を窺い、誰も笑っていないか確かめてから鼻を鳴らして座り直した。

宰相が王太子を持ち上げ煽て、なんとか機嫌を損ねないように気遣う。

 

 俺と伯爵の視線が合った。


『これで大丈夫なのかい?』

『これしかいないのだ』


 こんなところだろうか。

ともあれ扉が開く。



 王太子は勇壮な表情、そしてやや乱暴な大股でノシノシ歩きながら……のつもりだろうか。

実際にはなんとも焦っている余裕のない表情と小走りと早足の間ぐらいの仕草でチョコチョコと王の前へと進み出る。


「父上! 私が何を言いたいか、もうお分かりでしょう! ここは我がバルザーラの将来を考え……」

 

 王太子は宰相と伯爵が追い付くのを待ってから言い放つ。

だが王は最後まで聞かず、話を遮るように手を差し出した。


「王太子ディミトリ。ここは公の場である。無礼な呼び方をするでない」


 謁見の間に並ぶ騎士や文官達も一斉に咎めるように王太子を見た。


「ぐ……へ、陛下は私が何を言いたいか、その」


 開幕で堂々宣言のつもりが見事に腰を折られた形だ。


「今、バルザーラは新しい風を必要として」

「ほう。具体的にはどういう風であるか?」


 またも文官達の視線が集中する。


「それは……王家の威厳をその……高めるようにと」


 なにも考えてなかったのか。


「それに軍務も領地経営も未だ経験しておらぬお前になにができると言うのか」


 近衛騎士と文官達が目を閉じて小さく頷く。


「そ、そのような細々としたことはフェンバルとバルベラに任せれば良いのです」

「そんなメチャクチャな……」


 思わず口に出してしまった。

聞こえてないようで良かった。


「儂はお前にフェンバルとバルベラが御せるとは思わぬがな」

 

 俺もそう思う。

宰相が裏で好きに政治を牛耳り、伯爵が軍を率いて独断専行で暴走する未来しか見えない。

 

 王は尚も騒ぐ王太子を手で制する。


「そもそも、お前には既に王太子の立場を与えておるではないか。いずれ王位は正統に継承される。無駄に急かすよりも己を高めつつ、待つべきではないか?」


 王太子は振り返って宰相と伯爵を見るが、さすがに二人の方から後継の話などすれば公に謀反を宣言するようで勝手が悪い。


 もっと言うなら、この二人はそもそも穏便な禅譲で事を済ませるつもりがない。


 ディミトリが地団駄を踏むように立ち上がった時、入口の方から大きな声がきこえる。


「こ、困ります! 今は王太子殿下が謁見中で――」


 泣きそうな声と同時に扉が勢いよく開け放たれた。


 堂々たる体躯、王にさえ劣らぬ豪奢な衣服と共に纏った威厳、そして限界まで偉そうな態度。


「ナ、ナヴィス公爵……」


 誰かが呟く。

ほうほうあれが公爵、イメージにぴったりだ。

 

 公爵は王太子がやろうとして失敗した大股の早足でドスドスと玉座に向かってくる。


 入口を守る騎士が一応近寄るも、公爵にして王族の彼を押さえつけることなどできるはずもない。


 ナヴィス公爵は跪く俺達に近づくと一声。


「どけ下郎!」


 と雷鳴のような声を出した。

 

 俺とベネティアは大人しく道を開けるが伯爵は動かない。


「新参の貴族モドキが我が前を塞ぐか!」


 そこに宰相が割り込む。


「宰相よ。王家の大事である。道を開けよ」


 ナヴィス公爵は俺達の時とは違っていくらかの敬意と共にそう言った。


 宰相は困った顔を作りながら頑として動こうとしない伯爵を説得しつつ道を開ける。

これで残るは王太子だけだ。


「私の謁見中に突然来るとは何事ですか!」


「やかましい! こどものおねだりを待っておる暇などないわ!」


 こりゃまた的確な。


「お、おねだりですと!? いかに叔父上でも無礼がすぎます! 許しませんぞ!」


 顔を真っ赤にして立ちはだかろうとする王太子。


「ほう、許さんとすればなんとする」


 ナヴィスが王太子を睨みつける。 

身長差もあって凄まじい威圧感だ。


「王太子の権でもって儂を追放するか? それとも新参共の軍を我が領に差し向けて攻め滅ぼすか、あるいは腰の剣を抜いて切りかかるか!」


「あうう……」


 ナヴィス公爵は王太子に体が触れるほど近くまで迫って数秒待ったが、王太子は何もできずにアウアウと呟くのみだ。


「なにもせんならさっさと去ね!」


 怒声だけで王太子は吹き飛ばされて尻餅をつき這って宰相の後ろに隠れる。

小さな老人では不安なのか俺の背中へと移るも、尚頼りないと思ったのか、伯爵の背中に隠れて『無礼、無礼』と連呼する。


 こりゃダメだ。役者が全く違う。


 ナヴィス公爵は情けない声を一聴することもなく王の前に進み出た。


「ナヴィス公爵。いかに我が弟とはいえ、さすがに横暴が過ぎるのではないか?」


「陛下に問うべきことあり! 国内の混乱に際し、外国を頼んでおるというのは真なりや!」

 

 王の問いを無視して重ねた問いに場が一気にざわめく。


「外国軍……ねぇ」


 見れば伯爵は驚き疑う表情。

宰相も驚きの表情だったが……ほんの僅か笑った気がする。


「そのようなこと、どこで聞いた。証拠でもあるのか公爵」

「……」


 言い放った後、ナヴィス公爵は一転してなにも話さない。


「確かに近隣国には我が縁戚も多い。だが余は王としてあくまでこのバルザーラを……」


 ナヴィス公爵が深く大きなため息をつく。

 

 そして一喝。


「情けなし! それでも一国の王か!」

「なんだと?」


 さすがに王も怒りの表情で玉座から身を乗り出す。


「是であれば――援軍求めて何が悪い。決めるのは余であると言い放てばよかった。否であれば――証拠など知ったことか無礼者がと強弁すればよい。それが王たる者の在り方であろう! 臣下を相手に言い淀む優柔不断で国が回るものか!」


 声に押されて王は玉座に戻り、文官や近衛兵達も圧倒されて言い返せない。


「兄上……儂に王位を譲られよ。元は同じバルザーラの血、席を変えるだけではないか」


 ナヴィスは声のトーンをやや落として言う。


「……」

「そんなこと! ひぅ!」


 王太子が何か言おうとするが一睨みで黙らされる。


「ここでも即断できぬか。王家と国家がため、時間はありませんぞ」

 

 ナヴィス公爵は言うだけ言うと背中を見せて堂々と去っていく。


「い、いくら公爵であっても無礼討ちになるべき暴言ではないか?」

「護衛はいないが……」


 ボソボソと呟く近衛兵を王が制する。


「ならん。あやつを害すれば大領主が軒並み立って内乱となる。それだけはならぬ」

 

 その通り、屈辱を受けても内乱だけは回避すべきだ。


「とはいえ回避できるかはわからないけれどね……はぁ」






数日後 王都近郊


 俺はマルグリットから諸々全てのお礼としてピクニックに招かれていた。

 

 のどかな草原、軽く日陰ができるほどに茂った木、綺麗な泉、実に美しい場所だ。


「やっぱりお外で食べるサンドイッチは美味しいのじゃ。……あ、こほん。美味しいのう」


 俺がサンドイッチを頬張るマルグリットを微笑ましい目で見ていると、視線に気づいたマルグリットが照れたように言い直す。

 

 頬張るとはいってもさすがは王族、一口がちょっぴり大きいだけの気品を感じる食べ方だ。


「リシュの『頬張る』は本当にハムスターみたいになるからなぁ」


 さて、そのリシュとゴルラもピクニックに招かれていたのだが……。

 

 マルグリットが心配そうな顔になる。


「リシュは大丈夫なのか? お腹の病気と聞いたのじゃが」

「ははは……大事にはならないはずだよ」


 リシュは昨夜、大きな賭けに負けたのだ。


 市場で買ったニシンの鮮度が怪しく俺とゴルラは止めたのだが。


『もう市は開いてない。メインのおかずが無いなんてあり得ないよ。覚悟を決めないと』


 リシュは微笑む。


『人には賭けに出なきゃいけない時があるの。大好物のニシンの塩漬け、少しぐらい臭いがおかしくったって!』


「そして朝からトイレで慟哭する羽目に」

「ゲフン!」


 お付きの侍女が咳払いする。

俺も看病すると言ったのだが、断固拒否で放り出されて予定通りここにいる。


「ふにゅ……本当はリシュにも、お礼を言いたかったのじゃが」


 そう言いながらマルグリットは姿勢を正して俺の手を取る。


「妾を助けてくれたこと、荘園の皆を庇ってくれたこと、みんなみんなありがとなのじゃ」

 

 そう言って両手で俺の手の平をそっと包み、上目遣いでニッコリ笑う。

可愛い。とんでもなく可愛い。花が咲いたようだ。


 マルグリットは王宮の使用人に好かれていたと聞いていたが、こりゃ当然だ。

あまりの可愛さに頬が緩み、思わず抱きしめたくなってしまうほどだ。


「むっ淫気!」


「ふに? インキ?」


「いやいや。そういうのじゃないですから」


 そこでマルグリットが困った声を出す。


「あ、御本を部屋に忘れてきちゃった……ミーマ、悪いけど取ってきてほしいのじゃ」


 もちろんと立ち上がった侍女のミーマさんが動きを止める。


「心配です」

「確かに」


 マルグリットを守れるのが俺一人になるのは危険極まる。

しかも百人長記念に貰ったこの剣は昨日テンションの上がったリシュが室内で振り回し、鉄鍋に当てて先端が欠けている。


「いえ暴漢ではなく、スケベ方向の心配を」


「なんでさ……」

 

 ミーマさんならともかく少女と幼女の間にしか見えないマルグリットとどうなるというのか。


「こういうノホホンとした男が一番危険なのです。いざとなったら警笛を吹いて下さいね。刈ります」

 

 侍女は俺を全く信じていない顔で最後までこちらを見ながら王都へ戻っていく。

 

 マルグリットは侍女の姿が見えなくなると勢いよく顔をあげる。満面の笑みだ。


「おっと。これは殿下の謀略でしたかな?」

 

 俺がそう言うとマルグリットはニンマリ笑ってお洒落な小さい靴を脱ぎ捨てると泉の中に走りこむ。


「ミーマが居たら止められちゃうから。いつかやってやろうと思っていたのじゃ!」


 マルグリットは水しぶきをあげながら泉の中を走り回る。年相応の少女のように。 


 俺も靴を脱いで後に続き、深みにでもはまらないよう備える。


「水冷たい! 底ヌルヌルする! 楽しいのじゃ!」


 マルグリットは笑いながらクルクルと回転してはしゃぐ。


「わにゃっ!」


 そして案の定、足を滑らせて転んでしまった。


「おっと危ない」


 俺がマルグリットの小さな体を支えると、彼女は少しだけ驚いた顔をしてから警笛を咥える。


「ええっ!」


 俺が動揺した声を出すと「冗談なのじゃ」と言ってケラケラ笑った。


「妾はずっとこうして暮らしたい。領主になんてなりたくなかったのじゃ」


 泉は十分足が着くほど浅いが、彼女はあえて立ち上がらずに水の中にしゃがむ。


「争いなんて見たくない。おじい様も、大叔父上も、宰相もバルベラ伯爵も……みんなみんな怖いのじゃ。戦うことばっかり考えているのじゃ。ついでにゴルラも顔が怖い」

 

 そして俺の服を掴む。


「最初見た時からユリウスとリシュだけは雰囲気が違ったのじゃ。きっと妾の気持ちをわかってくれるって思った」


「うん。僕も戦いなんてもううんざりさ」


 そう言うとマルグリットは嬉しそうに笑う。


「ならどうしてユリウスは軍人をやっているのじゃ?」

「伯爵に弱みを握られているんだ」


 即答する。

伯爵の部下にならなければルップル村は処断されていたのだから嘘ではない。


「オンナ関係で?」


 マルグリットが警笛を咥える。


「違うよ! なんでそうなるんだい」


 俺が慌てるとマルグリットはまた嬉しそうにコロコロと笑い、自分で立って泉を出る。


「怖いことが全部終わったら妾はのどかな場所に引っ越すぞ。そこでのんびり暮らすのじゃ」


 マルグリットはぐしょ濡れになったドレスを重そうに持ち上げながら言う。


「ははは、のんびりだけでは生活できませんよ」


「ユリウスとゴルラが働いて妾を養うから大丈夫じゃ」


「しっかり支配者階級だった!?」


 思わずマルグリットの頬っぺたを引っ張ると「痛いのじゃー」と笑う。


 ひとしきり笑った後、マルグリットは濡れた服を脱ぎ落して両手を広げた。


「え?」

「ん」


 あまりに普通の動きだったので気付けなかったが下着まで脱いですっぽんぽんだ。


「さすがに色んな意味でいかないよ」


「? 服が濡れちゃったからお着がえしないと」


 そう言ってマルグリットは全裸のまま、早くとばかりに手をばたつかせる。

 

 あぁなるほど、お姫様は着替えなんて自分でするものじゃなかったのか。

手伝って貰うのが当然で特に恥じらいもないようだ。


「あーどうしたものか」


 本当の幼児ならともかく、この年齢の女の子の着替えを男が手伝いのはどうかと思うけれど。


「寒いのじゃー」


 このままだと風邪をひかせてしまうし、なによりすっぽんぽんで立たせておくのは色々と不味すぎる。


「仕方ない……着替えはこれでいいのかな」


 俺は慣れない手つきで着替えを手伝う。


「にゃは! くすぐったいのじゃ! あはは、ユリウス――ユーリ下手くそ!」


 全裸のまま身をよじって笑うマルグリット、こんなシーンをリシュに見られたら。


「ふぃー完全復活。おのれニシンめ、なかなかに油断ならぬやつ。今まで散々食べまくった復讐をしてくるとは。えっとミーマさんここでいいのかな? ユーリお土産持って来たよ!」


「そろそろおやつの時間ですので果物は助かります」


「……ミカンとリンゴはともかくカボチャなんて持って来てどうするんだよ」


 侍女とリシュとゴルラの3人が顔を出した。

目の前には全裸のマルグリットと後ろから抱きつくような恰好で服を脱がせているように見える俺……。


「くすぐったいー早くして欲しいのじゃー」

「「「……」」」


 リシュは無言のまま両手の人差し指で俺を指差し、ゴルラが口に手を当てて絶句する。

ミーマの目から光が消え、胸元からナイフを取り出す。

 

 どう言い訳しようか考えて、どうにもならないので逃げようとした時、規則的な音が響いていることに気付く。


「これは!」


 俺は王都の方向に視線を向ける。


「そんな古典的な手が通じますか。まずはモノを斬り落としてから事情を聴きます」


 いや違う。本当にこれは。


「警鐘、王都から?」


 ゴルラが王都に目をやった瞬間、光る筋が一斉に城壁に向かって飛んでいった。


「火矢!? 攻撃を受けている!」


 言葉と同時に鬨の声をあげながら兵士が城門へと突っ込んでいく。

遠目ではあるが千単位の数で騎兵も相当数混じっている。


 王都を守るべき重厚な陣地も城門も完全な奇襲に全く機能しておらず敵はそのまま王都内に突入している。


「ま、まさか王都に賊が!?」

 

 俺はとりあえずマルグリットに勢いよく下着を穿かせる。

珍妙な声があがったが今はそれどころではない。


「まさか、あの数は本格的な軍隊だ」


 付け加えるならば外国軍が領内深くにある王都を奇襲できるはずがない。


「そういうことか」


 今、バルベラ伯爵は王都内にいない。


 一昨日、外国軍による領地侵犯の恐れがあるとして宰相が警戒のために国境への移動を命じたからだ。

その宰相自身も昨日から地方視察に出かけて王都にいない。


「つまりは」 


 公爵をたきつけて王都を攻撃させる。

自分の手駒である第4軍団とバルベラ伯は討たれぬように逃がしておく。

全て宰相の謀略だろう。


「やってくれたね」


「あの数はどうにもならねえぞ。とりあえずここは逃げるしかない!」


 王都と反対方向の街道へ動こうとするゴルラを止める。


「ダメだ。この規模の奇襲を準備したからには重要人物を逃がさないよう網を張っているはずだ。まともな足も無しに街道を逃げるのは無理だよ」


 まさかマルグリットが乗ってきた真っ白な馬車に乗って逃げられるはずもない。


「なら農民に変装しようよ! 私もユーリも地味な顔だしいけるって。ゴルラは山賊ね」

「それだと俺だけ殺されるじゃねえか!」


 というのもあり得ない。


 どんなに偽装しようと相手がマルグリットを見逃すはずがない。


「わ、妾は平気じゃ……終わるまでここに隠れている!」


 震えながら草むらに頭を突っ込もうとするマルグリットを抱え上げる。

 

 そこで背後から警笛が聞こえた。


「いたぞマルグリット殿下発見! マルグリット殿下だ!」

「第4軍団の者もいる! 早急に制圧しろ!」


 敵兵がわっと寄ってくる。


 残念ながらこっそり逃げる可能性は完全に潰えた。


 俺はマルグリットを背中に隠しつつ、川の方向を指差す。


「船を確保して川を逃げよう。成功すれば騎兵が出てきても逃げ切れる」

 

 川まではなかなかに距離があるが、このまま街道を走っても絶対に捕まる。

マルグリットにうんざりと言った傍からまた戦いだが、今回もまた選択の余地がない。


 まずは今にも斬りかかってきそうな敵を押さえないといけない。


 俺は正面から斬りかかろうとする敵に向かってゆっくりと抜刀する。


「こ、この軍服は百人長か。気をつけろ、雑に仕掛けるなよ……」

「氷のような目をしてやがる……手練れだぞ」


 真似ているのはヴァイパーが敵を睨む氷のような目だ。

ちなみにお金でサービスしてくれる女性とキスしているのを見つかった時も同じ目をされた。


 敵兵2人は俺に剣を向けながらもジリジリと下がる。


 俺の方も剣を構えたまま動かない。

少しでも動くとボロが出る、なにしろ剣なんて使うどころか抜いたことすらほとんどない。

何かの式典で抜いた時にすっぽ抜けて上官の足元に刺さった覚えもある。


 とはいえ、ずっと睨み合っていたら敵の援軍がわんさときてしまう。

奇妙な構えでもして相手を怯ませようかと考えた時だった。


「唸れ黄金の右腕!!」


 リシュの叫び声と共に後ろから耳を掠めてミカンが飛んでいく。


「な、なんだ!?」


 リシュ黄金の右腕は正確に敵兵の顔面を捉えたが所詮はミカンだ。

武装した相手に命中したところでどうなるものでもない。


「そこだ!」

 

 だが敵兵の視線が逸れた隙にゴルラが仕掛けた。


 ミカンと俺に集中していたせいか敵兵の対応は遅れ、一人は脇腹を切り裂かれ、もう一人は拳で顔面をぶん殴られて卒倒する。


「今だ走れ!」


 俺達は一斉に身を翻して走り出す。


「逃げたぞ! 追え!」

「幼子連れで逃げ切れるものか!」

 

 10人近い足音が追いかけてくるが、敵の目論見に反してマルグリットを肩に乗せたゴルラが速い。


「村じゃ毎日力仕事してたんだ。軽い嬢ちゃん一人乗せたぐらいで遅れるかよ! なあ頭撫でるのやめて貰っていいか?」


「す、すまぬ。ピカピカしてるからつい……」


「吠えろ黄金の右脚!!」


 リシュもゴルラに負けない俊足、ミーマさんもロングスカートめくり上げているとは思えない速度だ。


「だがしかし……」

 

 そう残念ながら……だ。


「ユーリがすんごい足遅い! 追い付かれる!」


 自慢じゃないが士官学校では短距離走成績はドベだった。女子生徒や50代のおっさんも含めてだ。


「あぶねえユリウス矢が来るぞ!」


 ゴルラの警告で俺は振り返り、飛んでくる矢に向かって鋭く剣を振り抜いた。

――しかし剣は何もない空間を通り過ぎ、矢が貰いたての帽子を貫いた。


「うわぁー! ユーリが死んだぁ!」


「い、いやなのじゃぁぁぁ!」


「今のは剣で払い落とす流れだろうがよ!」


「だ、大丈夫……ギリギリ上を通り抜けたから……」

 

 しかし俺が尻餅ついたことで追い付かれてしまった。

複数のクロスボウがこちらに狙いを定めている。


「殿下には当てるなよ。護衛は全員殺して良い」


 その引き金が引き絞られる刹那……。


「再び唸れ、私のサウスポー!」


 風を切ってリンゴが飛び、クロスボウを構える兵に命中する。


「ぐっ!」


 顔面へリンゴを受けてはさすがに怯む。


 その隙をついてミーマさんが飛び出した。


「どうか殿下の目をお塞ぎください」

 

 まさか一人犠牲になるつもりかと、マルグリットの目を塞ぐ。

 

 だが次の瞬間、ミーマさんは太ももまでめくり上げたスカートの下から取り出した大ぶりのナイフ……帝国ではククリナイフと呼ばれるソレを一閃し、敵兵の首がリンゴのように落ちて転がった。


「ヒッ!」


 転がる頭部と切断面から噴水のように噴き出す血に敵兵が怯み、その隙に俺達は再び駆けだす。


「な、なにが起きたのじゃ! 見えないのじゃ!」


「コロン……コロン……人間の首の中ってあんなになってるんだね……」


「り、リシュ大丈夫か?」


 いよいよ川までもう少しと言うところまで来たが、前方に身長2mはあろうかと言う大男が立ちはだかる。


「警笛を聞いて来てみれば、大手柄ではないか」

 

 大男はヌンとばかりに戦斧を振り上げる。

 

 ゴルラと侍女は後ろから追い付いてくる敵に手いっぱいだ。

 

 俺はヴァイパー式氷の目をしつつ剣を抜く。

これでまた警戒してくれれば逃げる隙が生まれるかもしれない。


「ほう、できそうだな。楽しみだ」


 だが男は怯むどころか期待に満ちた目をしながら戦斧を回転させて気合い十分の様子だ。

 

 そして睨み合いになった刹那、なんと俺の剣は真ん中から突然折れて地面に落ちた。


「……鉄鍋のダメージは深刻だったらしい」

「ふ、天運に見放されたか。猛者とまともに勝負できぬは残念だが、これも戦よ」


「くっ今助けるよユーリ!」

「妾もやるのじゃ!」

 

 リシュとマルグリットが俺を援護しようとミカンを投げる。

だが大男にそんなもの効くはずもない。


「も、もっと大きいのを!」

「えいえいっ!」


 リンゴが大男に当たるも何の障害にもならず、俺に向けて戦斧が振り上げられる。


 ここまでか……まあ精一杯頑張った。

後はゴルラがリシュをなんとか逃がしてくれることを祈るしかない。


「これもいくのじゃリシュ!」

「おぉぉぉぉぉ! もってくれよ私の体ぁ!」

 

 リシュの尋常ではない声が聞こえるが大男の目には俺しか映っていない。

一刀で確実に仕留めるべく全身全霊で戦斧を振り下ろし――。


「グギャッ!」


 大男の側頭部にすごい勢いでカボチャが命中した。

兜はひしゃげ、男は半回転して地面に倒れ伏す。


「やった! やったのじゃリシュ! 見事なのじゃ!」

「見たか我が魂の一投を!」


 この10kg以上ありそうなカボチャ投げたの? 

あの勢いで……?


 ともあれ好機だと立ち上がるがゴルラと侍女がやってこない。


「ユ、ユリウス」

「殿下……」


 見つけた彼らの視線の先には後方には優に百を超える敵部隊が迫っていたのだ。

弓兵や騎兵もしっかりと揃っていて、数人で時間稼ぎができる相手ではない。

 

 ここまでかと誰かが呟いた時だった。


「後退! 一時後退だ!」

「陣形を整えろ! 長槍はまだ追い付かんのか!」


 敵部隊が突然乱れ下がっていく。

 

 見れば近くの丘に第4軍団の旗を掲げた数百人の部隊が並んでいる。

その先頭にいるのはベネティアだ。

彼女は颯爽と髪を風になびかせ、そして……。


「な、なにがどうなっている!? どうして王都が攻撃を受けている!? 攻撃しているのも味方じゃないのか! バルベラ伯にも連絡がつかないし……どうすればいいのぉ!」

 

 涙目でとても混乱していた。

そこで俺は思い出す。

 

 諸々あってベネティアの不手際は許されたが、反省がてら本隊を離れて小規模部隊の演習をさせられていたのだった。

 

 だからこそバルベラ伯のように難は逃れられず、だからこそこの場に完全武装の部隊が揃っている。


 ベネティアと目が合った瞬間、彼女はパッと笑顔になる。


「あ、あそこにいるのは我が軍団の新米百人長ではないか。まったくどうでもいいが、同じ軍団の者なら助けねばなるまい。行くぞ」


 ベネティア支隊……とでも呼ぶべきか……は数の差もあって簡単に敵兵を追い散らした。


「遅い! 王都に居たならすぐに合流せんかバカ者!」


 俺は苦笑してから表情を戻す。


 まだ危機は去っていない。

王都を襲撃した敵は数千以上の規模だ。


「助かったよ。後は任せて」

「うんっ! じゃない! お前は百人長だろうが。私の方が上なのに任せてたまるか!」

 

 女性3人がヒソヒソと話す。


「一瞬、とっても可愛い顔になったのじゃ」

「あれはメスの顔と申します殿下」

「普段の偉そうな態度と大違い……って駄目でしょ! ユーリがデカいおっぱいに取られる!」


 さてこれでなんとか形にはなった。

まだ危機には違いないが……。


「なんとかなりそうかな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 寡兵で大軍をはね除ける展開はワクワクします。今回の参謀殿はどんな活躍をしてくれるんだろう。 [気になる点] 女性陣がみんな公私の別ができていない(していない)のが気になります。中世頃の女性…
[良い点] マルグリット殿下がほぼモルト女王でかわいい [一言] やっぱベネティアがヒロインだよなぁ!
[良い点] 宰相がユリウス、リシュ、ゴルラ、ベネティアの四人の弱みを掴もうとしたが弱みというか前回の騒動に呆れてその場から退散したんだなと思いました‥。 ディミトリ王太子‥‥なんというか王位継承者…
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