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第15話 作られた一揆

コミックデイズ 有料最新話更新と同じ部分になります!


 落ち着いた色合いながら上質な絨毯、シャンデリア……見るからに上品で高価そうな調度品が並ぶ執務室で小さな影が俯きながら問う。


「彼らはなんと言っておるのじゃ?」


 甲冑ではなく礼装を纏った騎士が立派な髭を伸ばしながら答える。


「『治水工事に男手を取られて収穫もままならない。すぐに工事をやめろ。民草を殺す気か』と身分も弁えず無礼な口を叩いておりますれば」

 

 小さな影は溜息をついて首を振る。


「前は他より税金が重すぎる。その前は騎士の横暴に耐えられぬ……じゃった。いくら調べても税は重くないし、暴虐をする騎士など居らぬ。今まではみんな仲良くやってきたのに突然どうしたと言うのじゃ」


 影はふんにゃりと机に突っ伏す。


「恐れながら殿下。今や農民共は仕事を投げ出し、武器を持ち、徒党をなしております。かくなる上は交渉などせず、武力をもって鎮圧する他ないかと」


 小さな影が椅子を後ろに倒して席を立つ。


 「そ、それはダメじゃ! そんなことをしたら……」

 

 扉がノックされる。


「宰相閣下より遣わされた第4軍団、五〇〇の兵が間もなく到着するとの報告でございます!」

 

 騎士は満足そうな表情を浮かべ、反対に小さな影の表情は一気に曇る。


「バルベラの第4軍団は新参ながら精強と聞きます。荒事は彼らに任せておけば安心でございましょう」

 

 小さな手がギュッと握られる。


「力で押さえたら死者が……民が……みんなが……」


 俯く少女を見下ろすように壁にかかる王家に連なる者のみに許された紋章――彼女こそ現王バルザーラ4世の孫娘マルグリットであった。





荘園近傍


「まったく何故こんなっ! 納得がいかんっ!」


 ベネティアが忌々しそうにうなっている。


「おっと命令に不満ありかな? ははは密告なんてしないさ、なんたって僕も不満だらけだからね」


 言い終わる前に短剣を突き付けられる。


「閣下のご命令に不満などあるものか! 納得がいかんのは貴様に従わねばならぬことだ!」

 

 同じことではと思ったが言ったら本当に刺されそうなので指摘はしない。

 

 今回の出撃に際して、形の上では千人長のベネティアが指揮官で俺は名もなき補佐の一人だ。


 しかし出撃前にバルベラ伯爵はこういった。


『此度の指揮は全てユリウスに任せて、お前は補佐に徹せよ』


 ベネティアは伯爵の前では大人しく――いや割とみえみえに動揺していたか。

ともあれ出撃してからは、それはもう朝から晩まで突っかかってくる。


「護衛役のゴルラが身代わりになってくれないかなぁ」

 

 俺の視線を追ってベネティアもゴルラを睨み、少し遅れて豊満な胸がユサリと動く。

 

 ゴルラは赤面しながら首を横に振り、威圧できたと思ったのかベネティアは満足そうに胸を張る。

噛み合っていないが故の薄氷の平和だ。

 

 リシュの姿は見えない。

ついて来てはいるはずなので補給の馬車に忍び込んで摘み食いでもしているのだろう。


「おっと」


 俺はそこで片手をあげる。

しかし誰も止まってくれないのでベネティアの袖を引くと睨まれた。


「……全軍停止」


 限界まで嫌そうに命令するベネティア。

やれやれよかった。


「橋の手前に伏兵がいるよ」


「突然なんだ。根拠を言え!」

 

 俺は頭をかきながら続ける。


「待ち伏せに適した地形はここまで三か所あったけれど、ここが当たりみたいだ。正面は狭い橋、右手方向に廃屋を模した見張り台、上空を周回し続けている鳥――中隊規模で伏せている」


 ベネティアの目が見開かれ歯が食いしばられた。


「ただ相手が軍隊なのか武装した農民なのか――」


 言い終わる前にベネティアは剣を振り下ろして叫ぶ。


「弓隊、側面茂みを射撃!」


「――確定できていない……あーあ」


 たちまち矢が茂みに射込まれた。

茂みから次々と悲鳴があがり、竹槍を持った男達が一斉に立ち上がる。


「軽歩兵突撃! ぬかるみに気を付けろ!」


 戦闘が始まってしまった。

もう少し慎重にいってもよかったのに。


「右手の高所にも注意だね。弓を置かれるとまずい」

「ふん! 言われなくても!」


 ベネティアの指示で軽騎兵が駆けだし、丘に登ろうとしていた集団を馬蹄で蹴散らす。

配置につく前の弓兵が騎兵に取り付かれてはもうどうしようもない。

これがライフル兵であっても同じ結果になっただろう。


「ふむ、しかしこれはまた……」


「狙いは適当でいいから矢を射掛けろ!」

「交互に後退しながらだ! 絶え間なく射て足止めするんだ!」


 敵の弓兵達は隊列こそ乱しているものの秩序を保っている。


 逃げる方向も植生が濃く高低差のある騎兵の苦手な地形へ的確に逃げている。


「これはやはり農民じゃないね」


 伏兵を看破されての敗走からこれができるのは農民を上手く率いている~では説明がつかない。

ちょっと心が楽になったぞ。


「くそっ! ここまでか!」

 

 そこで追いたてられていた敵の一人がこちらにクロスボウを向けてきた。


「ひえっ」

「おわっ」

 

 俺はゴルラの背中に隠れ、ゴルラは慌てて盾を探り――。


「ふん!」


 ベネティアが飛んできた矢を軽々と弾いた。


「すごい」

「お見事」


 賛辞を贈る俺とゴルラをベネティアは俺達を一睨みして騎乗のまま駆けだす。

 

 慌ててクロスボウを捨てて剣を抜いた敵と切り結び、一刀目でよろめかせ、二刀目で剣を弾き、三刀目で喉笛を叩き斬る。


 更にベネティアは突き出された竹槍を盾で払いのけて敵の頭をかち割り、反対側から迫る敵の手首を叩き落とし、更に馬から飛び降りて帷子姿の敵の喉元を刺し貫いた。


「貴様らこの程度の相手になにをしている! それでも栄光ある第4軍団の一員か!」

 

 ベネティアの鼓舞で味方兵士は大きく勢い付き、もはや敵はただ逃げ惑うのみ。

勝負はついた。


「本当に強いなぁ。無駄も不足もまったくない均整の取れた体……本当に美しい」



 言いながら俺はベネティアの逞しくも美しい体……昨日の行水を思い出す。


 ゴルラと野営地近くの泉で行軍の汚れを落とそうとして先客のリシュと鉢合わせてしまったのだ。


 もちろん最初は全裸のリシュに目を引かれたのだが、その奥で同じく水浴びをしていたベネティアがとんでもなかった。まさかあれほどの巨乳が微塵も垂れず前に突き出しているなんて。


 しかし鷹の目で鑑賞できたのもほんの数秒だった。


「この下郎共がぁ!」


 殺意の籠った怒声と共にベネティアは全裸のままこちらに突進、より近くに居たゴルラに組み付き、巨体をものともせずにスープレックスしたのだ。


「なんてこった、助けないと。例え同じ技で投げられるとしても!」

 

 俺はゴルラを助ける為、無防備に走り寄る。


「お前はこっちだぁ!」


 しかし俺の勇気はリシュのフライングラリアットで地面に叩きつけられてしまう。


「「しゃあ!」」


 地面で伸びる俺とゴルラを尻目に全裸でハイタッチするベネティアとリシュ――。




 馬の嘶きで我に返る。


 輸送馬車のいる後方からだ。


「まさか後ろからも!? 挟み撃ちにされちまうぞ!」


 ゴルラが焦った声を出す。


「いやぁ挟むにしては遅すぎる。待ち伏せが成功か看破された瞬間でないと……待ち伏せ部隊が叩き潰され弓兵も蹴散らされた今になって後ろに来ても各個に撃退されるだけなのに」


 そこまで言って俺は呻く。

同じことに思い当ったのかゴルラも青くなる。


「リシュが輸送馬車の中にいる!?」


 戦いの行方を考えればどうでも良い攻撃だが、リシュと比べたらこの戦いそのものがどうでもいい。


 俺とゴルラが慌てて駆けつけると、やはり農民のような一団が馬車を囲んでいる。


「た、確かこの馬車を奪うか火を点ければいいんだべな?」


「脇道がぬかるんでいて遅れちまったのう。急がねば」


 どうにも動きの遅い一団が馬車に乗り込み、数秒後。


「おわぁぁぁぁぁ!!」


 凄まじいリシュの悲鳴が聞こえ、間に合わなかったかと俺とゴルラの血の気が引く。


 だがよく考えてみると斬られた悲鳴にしては変な声……しかも鼓膜が痛いほどの大声量だ。


「ひぃぃぃ! 助けてくれぇ!」


 馬車に入っていた敵が泣き叫びながら転がり出る。

その尻には深々と白いものが刺さっていた。


「中に奇声をあげる化け物がいる! 尻に牙を突き立てられた! もうダメだ死んじまう!」


「なんてデカい牙だ! まさか樹海の魔物でも連れてきやがったのか!?」


 冷静に見ると男の尻に刺さっているのは巨大な牙ではなく大根だ。

尻の中に20cmぐらい入ってる気がするけれど……うわぁ。


「だ、大丈夫、全員でやれば……」


 敵数人がヘッピリ腰で馬車の中を覗き込むと、赤い何かが凄まじい勢いで飛んでくる。


「ぎゃあ! トゲを飛ばしてきやがった!」


「毒々しい赤いトゲだ! 毒針かもしれんぞ! これはダメだ、もう逃げよう!」


 数人が竹槍を放り捨てて一直線に逃げていく。


 うんニンジンだね。


「な、なにがあったんだべ!?」

「わからん! とりあえず俺達も逃げるべ!」


 最初の数人が逃げたのを見て、周りの一団が逃げ、更にそれを見て他の一団も続く。

 

 こうして彼らは第4軍団の兵士が駆け付ける前になにもせず逃げ散ってしまった。


「なあ、ユリウス」

「あぁわかるよ。彼らは間違いなく農民兵だ」


 俺は無秩序に逃げ散って行く彼らの背中を見送りながら呟いた。


「ゴルラ! ユーリ!!」


 馬車からリシュが飛び出してゴルラの頭に抱きつく。

そして『くさっ!』と一声言って今度は俺に飛びついた。


「こ、怖かったよぉ! 馬車でつまみ食――検品をしてたら急に見知らぬおっさん共が……」

「うん無事でよかった。もう大丈夫だよ。ポケットのソーセージとパンは戻しておこうね」

 

 俺はリシュを撫でながら言う。本当に良かった。


「大根ねじ込んでやったの! こうズドン、グリュって2段階で」

「ひねりまで加えたのか……」 


 尻がキュッとなってしまう話は置いて、全体の戦況に目を戻す。


 伯爵の話では二線級の部隊ということだったがカルビン伯爵や農民兵とは比べ物にならない練度だ。これならある程度の戦術は……とそれどころじゃない。


「概ね片付けたな! 次は輸送隊を狙った者共だ! 地の果てまでも追いかけて皆殺しに」


 俺は鼻息の荒いベネティアを制止する。


「もう決着はついたよ。彼らの方は追う必要もない」

「バカを言え! 王国正規軍たる我が第4軍団に牙を剥いた以上は一人残らず殲滅する!」


 と言うだろうから。


「いやいや殲滅はやめよう。あえて逃がして奴らの出元を探るべきだ」

「む……確かに」


 ベネティアは納得したのか追撃停止の命令を出す。

 

 ちょっと熱くなりやすいが聞く耳もたないほどではない。

暴走の気はあるが判断は早いし、優秀な司令官の傍で勉強すれば連隊長、優秀な副官が付けば大隊長かな。逆に付かなければどこかで盛大にやらかしかねない。


 試しにヴァイパーとベネティアを脳内で並べてみよう。

 

 伏兵に気付かない。危険地形の見落とし、指揮官が直接攻撃される部隊配置……ヴァイパーに怒鳴り散らされている光景が見えてしまった。


「なにを見ている」


 ベネティアは俺を睨み、豊かすぎる胸を手でかばう。

 

 昨日の行水事故はともかく今日は違う。


「まあ警報機としては優秀なようだが、所詮は伏兵対策で飼える程度だ。うぬぼれるなよ」

 

 ベネティアは小馬鹿にしたように笑って馬を進めていく。


「飼う……か」


 長身で逞しく気も強いベネティアに飼われる様を想像する。


 風呂上がりに体など拭かされ、機嫌が良ければ撫でて貰え、悪ければ理不尽に責められる。


 もし逆らったらどんな仕置きをされるのだろう。

あの豊満な胸で張られるのだろうか、いやそれどころか地面に引き倒されて鍛えられた大きな尻を顔に叩きつけられるかもしれない。


「ぱっと見、屈辱に耐えている顔に見えるんだがな。最近、俺にも分かってきたぜ」


「うん……絶対スケベなこと考えてるね。とりあえず脛蹴っとく」


 衝撃で意識が現実に戻った。

 

 俺はじっとりした目で睨んでくるリシュとゴルラの圧の強い顔面に挟まれながら先を急ぐ。

道中、視界の端に斬り捨てられた『農民』の姿を捉えた。


「統率された待ち伏せ作戦、連携のできる弓隊、そしてグダグダの一団……だいたい正体が見えてきたかな。あとは内だけなのか、外もあるのか」


 そもそも待ち伏せは相手の進軍時期と経路を把握しなければ成立しない。

荘園領主に出した手紙には、そのどちらも書いていたはずだ。


「これは漏れたかな」


「ユーリ漏らしたの!? もう30近いのに!?」


「違う。そして声が大きい」


 リシュ自慢の大声量が響き渡り、振り返ったベネティアがドン引きしている。

顔立ちが端麗だから嫌悪の表情もまた綺麗でゾクゾク……じゃない。

 

 俺は溜息を吐きながら泥に半分沈んでいた敵のクロスボウを見つけてゴルラに渡す。

手紙の内容を考えないと。






領主邸


 騎士が手紙を読みあげる。


「『我が部隊は有力な待ち伏せ攻撃を受けて損害大きく 部隊再編の為に一時行軍を停止せり 王国軍たる我らに牙を剥くは明確な反乱であるのに 貴軍が鎮圧行動をとっていないのはいかなる理由か?』かなり怒っておるようですな」


 読み終えた騎士がマルグリットを見る。

彼女は小さな手をギュッと握った。


「『殿下に鎮圧の意志なくば 我が部隊は宰相閣下の命に基づき全域の掃討を開始する』とのことでありますが」


「だ、ダメじゃ! 第4軍団は好戦的と聞いておる! そんな部隊がメチャクチャしたら関係のない者達まで巻き添えになってしまう!」


 泣きそうな顔で立ち上がるマルグリット。


「と、とにかく話を聞いて貰わないと! まずは屋敷に来て欲しいと手紙を出すのじゃ!」

 

 マルグリットは小さな手で筆を握りしめ、騎士はそれを感情の無い目で見下ろしていた。






野営地


「可愛い字だ。これは相当な美少女に違いない。お会いするのが楽しみだよ」


 俺は王の孫娘からの手紙を微笑ましく見る。


「それで? 損害など無い我々が必要のない部隊再編の為に足を止め、半日でつける殿下の屋敷を3日後に訪問すると返事したのは何故だ?」


 ベネティアが足を組んで不満げに言う。

重なってムッチリ潰れる太ももを見ていると机を叩かれた。


「殿下の周囲に情報漏れがありそうだから利用しようと思ってね」


 俺は地図を示す。軍用はさすがに精度が良くてありがたい。


「僕達の野営地から屋敷までの道中、待ち伏せるならどこだと思う?」

 

 ベネティアは左右が崖になった狭い場所を差す。


「この崖に兵を伏せて岩でも落とされたら一大事だぞ」


 俺は首を振る。


「地形に長さが無さすぎるね。僕達が百人ならいいが、五百となれば前後どちらで塞いでも外に残った部隊が崖を回り込む。そうなれば一網打尽だ」


 ベネティアはムッとしながら地図の別の場所を叩く。


「ここは右手が川で左手が沼地だ! 正面に兵を伏せれば逃げ場なく……」


「視界が開けすぎている。斥候を出されたら遠くからでもすぐ見つかるよ」


 プクーっと膨らむベネティアを置いて俺は地図の一点を指す。


「ここは道の右手が険しい崖、左手が森、正面はなだらかだが高さのある丘だ。稜線の向こうに兵を置かれると遠目にはわからないし、近づいてからでは逃げ場がない」


 ベネティアの膨らんだ頬から空気が抜けて嘲笑する。


「確かに高い丘からの奇襲は厄介だが左はただの森だ。崖や川と違っていくらでも――」


「その森に隠蔽された陣地があったらどうなるだろう」


 ベネティアが呻く。


「隠蔽された陣地に兵を伏せて僕達をまずやり過ごす。そして丘で襲撃を受けた僕達が一旦森に引こうとしたとこで御開帳だ」


「高低差ある丘の敵と戦いながらの側面攻撃……反対側は崖……」

 

 想像したのかベネティアの顔が青くなる。


「だ、だが陣地を作るなんて条件は反則……あっ3日」


「正解」


 手紙には3日後に出立すると書いた。


「敵が戦術を理解しているならこの場所で陣地を構築して3日後に来る僕達を待ち構える。だから僕達は3日後ではなく今日の夕刻に出立、明日の黎明に陣地構築中の敵を急襲する」


「その為にマルグリット殿下に嘘の手紙を……?」


 俺は隣にいたリシュと一緒にシーッとジェスチャーする。


「もう一つ、攻撃開始と停止のタイミングは僕に一任して欲しい」

「……」


 ぷくっと膨らまないで頼むよ。

俺の人生観にとってとても大切なことだから。


「僕の読みが正しければ殲滅なんてする必要はない。ただ一度衝撃と恐怖で散らせば済む」


「だ、ダークユリウス……邪悪に笑う」


 大袈裟に引くリシュの頬を軽く引っ張る。

そのワードは本当に大衆紙の一面になったんだからやめておくれ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

明朝 ?陣地 


「打ち込むぞ。杭をしっかり支えていろ」

「間違っても手を打たないでくれよ」


 見るからに農民といった風体の男2人が手際よく木杭を地面に打ち込む。

彼らの周りでも複数の男達が杭を打ち込み、あるいは柵を組みたてていた。


「こういう作業なら普段からやっていて慣れたもんだけどよ。槍持って騒ぐのはどうにもなぁ」


「オラだってそうさ。でもオラ達の年貢が他のとこの倍と聞いちゃ黙ってもいられねえべ?」


 封建制の常、農民達は自らが生まれた土地から出ることはなく外部の知識は乏しかった。


「まあな……でもマルグリット様はお優しい方って噂だぜ。そんなえげつないことするかねぇ」


「オラもそう思ってたが、長のところには来年は年貢を倍寄越せだの、村の若い男に全員無休で賦役に来いだの無茶言ってきてたんだとよ。それでとうとう我慢ならねえってさ」


 王都の噂なんて当てにないねえと呟き、一人が声を潜めて囁く。


「でも俺はちょっと変だと思ってんだよ。最近、故郷が魔物に潰されたとかでまとめて越してきたやつら……アイツらが来てから変になってきた気がするんだ」


 別の者も頷いて囁く。


「俺もあの新参達は妙だとは思うぜ。でも結局、一揆すると決めたのは長達だ。長達は皆賢いし俺達は長に従ってりゃええんだ」


 話を聞いていた隣の男達も会話に入る。


「んだんだ。それに一揆だなんだと大げさに言うが、村を焼かれるでもなけりゃ領主様の屋敷に押し掛けるでもねえ。誰も死にも怪我もしてねえ」


「そうそう、このまましばらく騒いでいりゃ種蒔き前に年貢が半分になるんだと長も言っとった。そういうこっちゃ」


 男達は深刻に考えるのをやめ、雑談しながら作業を再開する。

 


 一方、彼らと対照的に青い顔をした中年男――村人達がいうところの長が深いため息をつく。


「遂に軍隊が来てしまった……話が違うではないか」


 それに答えるのは農民の装いがまったく似合わない戦士の体格と氷の目を持つ男達だ。


「御心配なく。その為の備えをしておるのです」


「……お前らは魔物に村を潰されてここに来たと言うておったが、知り合いの商人は最近魔物に潰された村など知らぬと言っておったぞ。……その商人も最近はとんと来ずに新参ばかりになったが」

 

 冷たい目をした男達は農民達の作業を眺めるだけで長には答えない。


「なあ、お前ら本当は――」

「長殿」


 男達が長の言葉を強い口調で遮る。


「仮に私達が良からぬ者であったなら、長はその良からぬ者からの贈り物を懐にたんまり詰め込み、良からぬ者の女と夜を楽しく過ごしたことになる」


 別の男が続ける。


「私達は村を追われた難民。そしてマルグリット殿下の非道に抗議する農民。そうですな?」


 長はそれ以上何も言えずに俯く。

男達は作業をする農民達に呼びかける。


「みんな! 俺達の故郷では常識だったが、マルグリットは自分の使用人を何人も殺して王都を追われた極悪人なんだぞ」


「弱い者を苦しめて喜ぶ非道な女なのさ。優しく人柄なんてのは皆を騙す為の嘘だ。さあアイツに税をむしり取られないよう頑張ろう!」


 農民達はやや困惑気味ながらも気勢をあげた。



 男達は農民達に応えて気勢をあげながら、勇猛な仕草とは正反対の冷めた口調で語り合う。


「指揮官殿。陣地はなんとか間に合いそうですが、残存兵力と農民共で勝てるでしょうか?」


「さあどうかな。どっちでも良いことだ」


「我らが勝てばバルベラ伯の名誉は地に落ちる。負けたとしても奴らに大きな損害が出るのは確実、そうなればバルベラはあの気性だ。一揆に加わった村を許しはしまいよ」


「孫娘の荘園で村を焼けば陛下と出撃の命を出した宰相との仲もこじれる。そうなれば――」


「我らが主、ナヴィス公爵殿下を利する」


 男達は頷き合う。


「いよいよ収拾がつかなくなったところで公爵殿下が直々に反乱者たる我らに恩情の声をかける」


「我らは即座に武器を置き、殿下の慈悲に感涙する。あぁ偉大なるナヴィス殿下……ということだ」


 謀略の仕込みは何か月も前に終わっている。戦の勝ち負けなどどうでも良い、と思われた。


豪快なスープレックスを作者も至近距離で見たいものです。


単行本1巻も宜しくお願いします。

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[一言] トリス○ンに戦鬼陛下の女好きが伝染ったかのようなユリウス閣下……。( おーう、ビールの銘柄っぽい名前の国の王女様系みたいですね! 女帝の方ではとハラハラしました。 そんな娘の顔を曇らせる輩…
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