表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/28

第12話 ルップルの英雄

コミック11話 同名タイトル相当部分のお話となります。


単行本1巻 宜しくお願い致します!


「ボルノフ退治じゃあ!」


 変な方向からリシュの叫びが聞こえて振り返ると、茶色のフードを被って木の洞にピッタリはまり込んでいた。

見事なカモフラージュながら木からリシュの顔が生えているようでどうにも滑稽だ。

 

 しかし笑っている場合ではない。

再び火球が飛翔して着弾、樹上から矢を放っていた者達が火達磨になって落下する。


「これ想定内なの?」


 俺は思わずそう漏らす。


「なに言っているんだ。ボルノフが火魔法の使い手なのはみんな知ってるだろ」


 とゴルラ。


「はい。相変わらずの威力……どうして精霊はあんな男に力を与えたのでしょう」


 とドリタさん。


「なるほど……魔法……魔法ね」


 俺は二人の顔を交互に見て溜息を吐いた。


 そういえば……と回想すると色々な事象が繋がる。


 ドリタは明らかに何もない場所で火をつけていた。

水桶無しにテーブルを水拭きしている人もいたし子ども達の魔法使いごっこはやたら具体的だった。


「教えて欲しかったなぁ」


 俺は情けない顔でゴルラに言う。

 

 再び火柱があがり陣地が崩れる。


 まさか戦場に魔法が出てくるとは完全に意表をつかれた。

想定外も想定外、考えてすらいなかった。

生身の人間から大砲並の火力が出るなんて俺の世界の常識で想定できるわけがない。


「とはいえ泣いてもいられないか。両側陣地は放棄、予備の陣地まで後退。その上で……」


 俺は火炎を撒き散らして暴れるボルノフを見据える。

威力は小型の野砲並、しかも発射間隔は五秒に一度だ。

あれじゃ急造陣地なんて何の役にも立たない。


「でも陣地は吹き飛んではいない。なるほど……榴弾のような爆発ではなく燃焼だけか」


 その時、陣地を狙って魔法を放とうとしていたボルノフの背後方向から、竹槍を持った男が叫びながら突っ込んでいく。


 恐怖のあまり変になったのだろうか。

ボルノフも当然気付いて振り返る。

 

 距離はまだ十分あった。

どうしようもなくやられると思ったのだが、ボルノフの放った火球は明後日の方向に飛び去る。


「うん?」


 ボルノフの魔法とやらは樹上の弓兵を狙い撃てる精度があったはずだ。

それをあんな近距離で外したのか?


 恐慌した男が仲間に引きずられて戻り、それを追撃して放った魔法はまた精確に照準されていた。


「なるほど近くても照準変更にはラグがあるんだね。そして発射間隔も徐々に大きくなっている」

 

 発射間隔と照準変更のラグ、そして貫通力の無さ……。

 

 俺はすっと目を細める。なんとかなりそうだぞ。


「ともあれ少しばかり修正が必要だね。ラインBまで下がろう」


 俺は魔法攻撃に晒されている左右の陣地に後退を命じる。


 もちろん無秩序な敗走ではなく後方に用意した予備陣地まで下がるだけだ。

この状況での後退は好ましいことではないが作戦が崩壊するほどのことでもない。


「魔法を知らないとか言って、ちゃんと策があるじゃないですか」


 ドリタさんがほっとした様子で聞いてくる。


「まさか。炎を飛ばす魔法なんて想定外も良いところだ。ただ戦争はどれだけ綿密に計画を立てても必ず想定外が出て来るから、想定外のことが起きることを想定していただけだよ」


 はて妙に静かだとリシュの方を見てみると、唯一見えていた顔に茶色の布を被って擬態している。

完璧すぎる偽装……ただ、それ出れるのかい?



 味方を後退させつつ、投石で領主軍を足止めして予備陣地の態勢を整えさせる。


「ハハハ死ね! おら死ねよ下民共!!」


 その間もボルノフは好き放題に暴れ回る。

見かけた弓兵へ炎を飛ばし、手当たり次第に防御陣地を焼き払い続け、あらんかぎりの罵声を浴びせまくっていた。


「ふむ良かった」


 俺達にとっての最悪は奴が領主兵と共に撤退する部隊を追撃して予備陣地まで進み、立て直しの余裕を奪われることだった。


 逆に最善なのは今のように眼前の放棄しつつある陣地を焼き払い続けてくれることだ。

もしボルノフに的確な戦術判断が出来ていたら戦況は一層悪化していただろう。

 

 俺は従軍経験のある者達を集めた精鋭部隊を呼びつける。

目標は領主軍主力からボルノフに変更されるがやること自体はわからない。



「おらどうした! 貧相な陣地は全部灰だぜ! 這いつくばって許しを請え! そうしたらせめて一瞬で焼き殺してやるからよぉ!!」


 ボルノフは威勢よく吠えたが露骨に息があがっている。

合わせるように魔法の精度も落ちている。やはり見立て通りで間違いないようだ。


「よし攻撃開始」

 

 俺の勇ましい号令……いや我ながら覇気のない声を吹き飛ばすようなゴルラの号令で精鋭隊が動く。


 まずはボルノフに対して弓が一斉に放たれた。

魔法を警戒してへっぴり腰な射撃は著しく精度を欠くが牽制なので構わない。


「はっバカの一つ覚えが! ビビり丸出しのヘロヘロの矢が当たるかよ!」

 

 などと勇んでボルノフは矢を払い落とし、次いで矢を放った弓兵に狙いを定める。

 

「次、右方向」


 そこに右側面の草むらから忍びよった少数の味方が攻撃を仕掛ける。


「くっ! 地虫らしく這いずって来やがって!」


 ボルノフは咄嗟に魔法を放つも、観察した通り急に照準を変えたせいで一発目二発目と当たらない。

しかしさすがに三発目の火球は正確に味方に向けて飛翔する。


 着弾、炎上……しかし悲鳴はなかった。


「盾を捨てて下がれ! 無理はしなくていいぞ!」


 燃え上がったのは竹を組んだだけの簡単な盾のみだ。

そもそもこの盾は予備陣地の矢避けとして用意していたもので、それに竹槍を差して体の前へ突き出しただけだ。


「そ、そんなバカみてぇな盾で俺の魔法が防げるわけねえだろ!」


「それがそうでもないんだよ」


 分厚い木柵を焼き尽くすような火力に簡易な竹の盾が耐えられるはずはなく瞬時に消し炭となる。

 

 だがそれでいい。一撃耐えればそれでいいのだ。


「本物の野砲ならまとめて吹き飛ばされて終わりだけど、彼の魔法とやらは威力だけで貫通力がないから盾や柵を使い捨てにすれば兵士は守れる」


 二発目三発目が同じように盾を焼き、右から攻めた者達が逃げ散ってボルノフが吠える。


 もちろんこれも想定通り。ここで次の手を打つ。


「次は左から」 


 左側面から別の隊が飛び出して一斉に投石する。

そして反撃の魔法を盾を犠牲に回避しつつバラバラになって逃げ散る。

 

 怒りに任せたボルノフが追おうとしたところで、先程逃げた者達が右側面から再び鬨の声をあげる。


「このぉ!!」


 あらゆる方向から散兵を繰り出して右に左にボルノフを振り回す。

奴は予備陣地に気を向けることすらできない。


 魔法の発射間隔は長くなっていき精度もみるみる落ちて来た。


 魔法とは本人の疲労に大きく影響されるようだ。

一々大声で罵りながら暴れているから余計疲れるのだろうな。


「でも周りの領主兵はどうして助けないのでしょう」


 ドリタの疑問には領主軍が自ら応えてくれそうだ。



「な、なにをボウっとしておる! さっさとボルノフを援護せんか!」


「し、しかし……ああも四方八方に魔法を乱射されては、まともに援護もできません!」


「近づこうにも……下がれ! 巻き込まれるぞ!」


「ボルノフ殿落ち着いて下さい! こちらの方陣に加わって頂ければ……うわっ!」


 こちらもボルノフを援護しようとする部隊を優先的に攻撃する。

するとまた激昂したボルノフが大雑把な照準で反撃をして滅茶滅茶になるのだ。


「彼は脅威ではあるが役には立たないね」


 まず絶望的に戦術眼がない。

彼が攻めるべき場所をわきまえて居れば、あるいは手の打ちようがなかったかもしれない。

 

 次に集団の中で役割を果たすだけの練度がない。

左右に振られると魔法の狙いは自分の足元を撃つぐらいにブレてしまい、しかもそうなると分かっていても感情に任せて乱射する。

しかも威力だけは高いとくれば同士討ちになるから援護にはいれない。

破滅的なまでに味方との連携に向いていないのだ。


「遊撃隊はボルノフへの攻撃を続行。ともかく絶え間なく別方向から連続攻撃だ。他の部隊は領主軍への攻撃を従来通りに続行せよ」


 戦況は再びこちらの優勢に戻る。


 ボルノフをただただ暴れ回って敵味方に迷惑をかけるだけの存在に落とし込み、その上で領主軍への包囲攻撃は続行する。


 領主軍は半包囲状態での継続的な攻撃を受け続けることになり、こうなると村から三連戦の疲労が更に効いてくる。


 しかも随時空けられる包囲の隙から小規模な部隊が離散するので戦力は戦闘で損耗している以上に低下していく。


「さて、これは――」


 ゴルラとドリタが俺を睨む。

『勝ったかな』とは言わないでおくよ。


「――そろそろ総攻撃と行こうか」


 状況の優勢が敵味方の装備と練度の違いを超えた。

つまり力押しで潰せる状況になった。


 だが俺が総攻撃の命令を下す数秒前、口汚く罵り続けていたボルノフが何やら捨て台詞を残してくるりと背を向けた。つまり逃げ出したのだ。


「まさか攻撃の予兆に気付いた!?」


「……いや。生き汚さと言うか直感や本能の類だろう。ただ困ったな」

 

 逃げに入ったボルノフは右も左も気にせず走る。

もちろんどこに逃げても簡単には突破できないようにはしてあるが……。


「どけどけどけ!!」


 火球を乱射しながら走るボルノフは陣地を焼き、伏兵を蹴散らして逃げる。


「彼は組織戦闘では役に立たないと言ったけれど単身で逃げに入ったら止められないんだよ」


 正面に大火力を叩き込めるから進路を塞ぐのは困難かつ逃げ続ける相手に側面攻撃は難しい。


「ど、どうするんだよ。逃げられるぞ! いいのか?」


「よくないね。殺したらダメだとは言ったけれど逃がしたら逃がしたで厄介だから捕まえたい」


 しかし騎兵もないこちらが追撃するのは難しいから心理的に攻めてみよう。


「やぁボルノフ。僕の顔に見覚えが……って聞こえるわけないか」


 ただでさえ声が小さいとか抑揚がないとか言われる俺の声が戦場の喧騒の中で通る訳がない。

なのでゴルラにお願いしようとした時、斜め後ろの木の洞から空気の抜けるような……リシュが息を吸い込む音が聞こえた。


「逃げずにこっちむけ! このうすら禿げーーー!!」

「うわっ!」


 思わず耳を塞いでしまう。

大砲の発射音並の轟音だ。

小さなリシュのどこからこんな声量が出るのか。


 傷付いたように頭を撫でるゴルラは置いてボルノフの足が止まる。

そして振り返りとんでもない叫び声の発生源たるリシュ――は再び木と一体化したので、その隣に居る俺と目があった。


 ボルノフは僅かに首をひねった後、しばし呆然としてから俺を指差す。


「お、おま……おま……」


「ふむ」


 見覚えのある俺が農民側に居る。場所的に首領と思われる。自分を罵倒した。


 など諸々理解するのに数秒といったところか、遅いな。


「やあ、また会ったね」


 俺は奪われかけた勲章をこれ見よがしにちらつかせる。


「もっとよく顔を見せて欲しい。前に会った時も逃げていたから背中しか見ていなくてね」


 そして笑顔で一つ頷いて続ける。


「はい、よく見た。もう行っていいよ」

 

 あっちへいけとばかりに手を動かす。


「――――!!」


 声にならない怒号に続いて火球が飛び、火の粉がかかるような至近距離に着弾した。


「きゃああ!」

「うぉぉぉ!」

「うぎゃあぁ! 木と一体化しすぎて身動きがとれない!」


 ドリタとゴルラが頭を抱えてしゃがみ込む。

リシュは木の中でウネウネと……やっぱり自力で出れないんだなそれ。

 

 一方で俺は笑顔そのまま「外れたよ」とばかりに微笑む。


「てめえが……てめえのせいで……そこを動くな! 兵士共! あそこに居るのが敵の首魁だ! いや違ってもいい! とにかく真正面を攻撃しろ! おら、いけいけ!!」


 ボルノフが怒鳴りながら突っ込んでくる。

領主や他の騎士が何やら怒鳴っているが最早聞く耳もたず、なし崩しに総突撃が始まった。

 

「指揮系統もなにもあったもんじゃないねぇ……」


 俺は飛んでくる矢や火球から目を逸らすことなく仁王立ちし続ける。


 正直、前線に出るのは怖いから嫌だし、一歩も引かない猛将タイプでも決してないのだが、この規模の戦いではそうも言っていられない。

まあ砲弾や銃弾が飛び交うのは慣れているから腰を抜かすことはないけれど。

 

 頭を両手で押さえて蹲ろうとしていたゴルラと目が合う。


「な、なんでもねぇよ」


 戦場に慣れてなければ怖いのは当然、別に気まずそうにする必要もないさ。


「ぬおっ矢が木に刺さったっ! 枝っ枝に火がっ! 完璧に隠れたつもりだったのに、これもしかして棺桶では!?」


 騒ぐリシュに俺達の表情は和らぐ。


「さて、見ようによっては兵を引き連れて突撃する英雄の図に見えなくもないけれどね」

 

 怒り狂うボルノフと彼の勝手な命令に戸惑いながらも突撃する兵士達。


「しかしながら古来、感情任せの突撃で勝利を得ることなどないんだ。残念ながら」

 

 俺が頷き、ゴルラが震える声で怒鳴る。

同時に弓兵が一斉に向きを変えて矢を引き絞る。


 樹上や丘の上など様々な場所に配置していた弓兵はその全てがこの場所、つまり本陣正面を射撃できる位置どりになっているのだ。


「ボルノフの挑発からというのは予想外ではあったけれど」

 

 半包囲だけで敵を殲滅できなかった場合は故意に本陣の場所を露見させ、ここに突撃を誘う算段ではあったのだ。


 一斉に弦が音を立て、周囲一帯から俺達の正面に矢が降り注ぐ。


 着弾と同時に領主兵数十人が倒れ込み、たちまち突撃の足が止まった。

もちろん矢は止まることなく降り注ぎ続け、領主兵達は面白いように倒れていく。


「すごい数の矢だ! 集中射撃だぞ!」

「そこら中から撃たれて盾でも防ぎきれん! このままでは皆やられる下がらなければ!」

「ボルノフ殿止まって下さい! これは罠です! ボルノフ止まれ!!」

「うるせぇぇぇ!!」


 別の騎士が怒鳴るも怒りに我を忘れたボルノフは止まらずに魔法を乱射しながら突っ込んでくる。

 

 その正面に湿地帯の罠で使ったのと同じようなロープがこれ見よがしに張られている。


 もちろんこんな見え見えの罠にはひっかかるまいが回避した先に伏兵と枯草を燃やすトラップが……。

 

「え?」


 口から泡を飛ばしながら走るボルノフがそのままロープを足で引き千切った。


 俺が思わず声を漏らすと同時にトラップが発動し、尖った無数の枝のついた板が跳ね上がってボルノフとその隣に居た兵士の膝から突き刺さる。


「ぐぎゃああああ!!」


 悲鳴をあげて剣を取り落とすボルノフ。


「まさか普通にかかるとは……想定外だけれどまあいいか」


 ボルノフは必死に罠を抜こうとするも返しがついているので簡単には抜けない。

次いで俺を猛烈に罵りながら、手をこちらに向けてなにやら怒鳴るも魔法は出ない。


「なるほど、魔法は持ち主の精神状態に左右されるみたいだね」


 まさかこっちにかかるとは思わなかったけれど、致死的な罠にしなくて良かった。

とりあえずボルノフを生け捕って次は領主本人、目的まで後半分だな。



「いかん! ボルノフが農民風情に殺されたらワシの立場が……頼むぞセルトン!!」


「お任せを! 既に敵の陣形、見抜いてございますれば!」


 馬蹄の音に視線を向けると、見るからに周囲より装備の良い騎士らしき者に率いられた騎馬部隊10名ほどが駆けてくる。


「新手か! よし、近場の奴で迎撃を……」

「ゴルラ待て」


 俺はゴルラを止めた。


 敵の新手は騎馬では走破しにくい森林地形をものともせず整然と突撃をしてくる。

帝国の基準でもそれなりの練度で間違いなく領主軍の最精鋭部隊だ。


 しかも率いる騎士は周囲の状況を的確に判断して陣地の隙間をついてきている。

素人兵のこちらが適当に相手をするのは危険だ。


「全予備部隊と遊撃隊を正面に、弓兵は連続射撃で敵の足を止め……」


 俺がそこまで言った途端、騎馬部隊の先頭に立っていた恐らくは指揮官の騎士……彼の顔面を杭のような太い槍が貫いた。


 顔が半分になった騎士が呆然とした表情で俺を見る。


「僕じゃない。だから恨まず逝ってくれ」


 騎士はいかぶかしげに首を傾げ、そのまま激しく痙攣して絶命した。


 騎士に従っていた精兵たちも同じように杭のような槍で貫かれ、あるいは馬をやられて落馬したところをめった刺しにされ、悲痛な叫びをあげながら絶命していく。


 一瞬にして領主軍の切り札を葬った者達が草むらから現れる。


 それは細いながらも筋肉質な腕に杭のような太い槍を持ち、足は人間の胴体ほどもある。

見るも恐ろしい形相で雄たけびを上げる姿は歴戦の戦士ですら脅えさせるだろうし、3mもある全身は矢など弾きそうな真っ赤な鱗でおおわれている上に太い尻尾が……。


「なにあれ」


 俺は振り返る。


「出たかファイアリザードマン!」


 ゴルラが緊張の面持ちで言う。


「なにそれ」


「この辺りに住み着いている魔物です。この森は外輪なのに制約が強めで……奴らは炎に引き寄せられる性質がありますからボルノフがやたらにつけた火に反応してやってきたのでしょう」

 

 ドリタがゴクリと唾を呑み込む。


「へぇ、そんなのいるんだ」

 

 悲鳴に振り返ると落馬した敵兵が件の魔物が口から出す火によって焼き殺されていた。


「ファイアリザードはヒグマも食べちゃうほど強い上に火まで噴くの! ここらでは一番タチの悪い魔物だよ!」


 なんとか木の洞から抜けたらしいリシュが唾を呑み込みながら深刻そうに言う。

ズボンが脱げてしまってパンツ姿なので締まらないが。


「事前に教えて欲しかったなぁ。B案ではアイツらが来た方向に陣地張るつもりだったんだけれど」


「深い森にファイアリザードがいるのは当たり前だと思っていたから」


 魔法もあるんだから火を噴いてクマを食べるトカゲ人間が居ても不思議じゃないか。

次からもっと調べておこう。


 ともあれもう勝負はついた。

 

 味方はファイアリザードを見ていち早く距離を取ることができたが、囲まれていた領主軍に逃げ場はなく、ちょうどボルノフが付けた無数の火の近くに居たこともあって彼らと乱戦になっている。

こっちとの死闘の後にこれだからもう余力は残っていまい。


「さて……と」


 俺が一息ついた途端、膝に枝を食いこませたボルノフが鬼の形相で怒鳴る。


「貴様ら! 下賎で下等なウジ虫共が! 俺にこんな真似をして……絶対に許さねえ……一人残らず……お前らみんな一人残らず、嬲って犯して苦しめてから殺してやるからなぁ!」


「アイツ、ここに至っても!」


 普段は穏やかなドリタさんの表情が歪む。

女性のこういう表情も嫌いじゃないけど今はそういう性癖の話をしている場合ではない。


「あぁ!? お前はゴモモの変態年増! 一丁前の恰好しやがって、お前なんざ裸で腰突き出して踊ってんのがお似合いなんだよ!」


 ドリタがグッと下を向き、気まずそうに俺の顔色を窺った。


 さてどうしたものだろう。


 俺は押し寄せるファイアリザードの群れと、大混乱の領主軍を見比べる。

この混沌に飛び込むのはもちろん下策、今は態勢を整えつつ双方の消耗を待つべき時だ。


 つまりボルノフと舌戦する程度の時間はある。



「貴様らみたいな下等で無能な腐れ農民は――」

「無能はお互い様じゃないかなぁ」


「おお、ユーリがいったぁ!」


 俺が口を挟むとゴルラから奪ったズボンをダボダボに穿いているリシュが歓声をあげる。

リシュの方は微笑ましいが、ゴルラが大変なことになってるぞ。


「君のことは少し調べたけれど高貴な家の生まれらしいね」

「あたりめえだ! てめえら地虫なんかとは格が……」


 俺は唾を飛ばして話すボルノフの罵声に割り込む。


「ほう格が違う良家の生まれ……なのに君は中央の政治にも軍事にも関われていないようだね。良家の子息が三十路前で無役とは、普通のことなのかい?」


 ボルノフが硬直する。

効果的なポイントをついたようだ。


「言いにくいけれど大臣の子息でこれは余程の無能でなければ考えにくい」

「全然言いにくそうに聞こえない……」


 リシュがちょっと引いた表情で俺を見る。

彼がドリタに言ったことを考えればこれぐらいは良いだろうに。


「て、てめぇ……剣も魔法も使えねえやられるだけのクソ雑魚が――」

「剣と魔法か。なるほど、しかし君の勇名なんてものは、とんと聞こえてなかったよ」


 もし聞こえていれば僕も君の魔法に気付けていたかもしれないのに。


 ドリタさんが俺に向けて何度もガッツポーズをする。

とても揺れている。


「ヴァーベク家の人間を侮辱してタダで済むと――」


「その名家の人間がこんな辺境でくすぶっているのはどうしてだい? 家を追い出された? 政務軍務の才はなく、武芸もそこそこ止まり、実家での立場を守るだけの交渉力も人脈もなかった……うーん」

 

 ボルノフが目を見開いて震えはじめる。

ズボンを奪われたゴルラが何とも言えない複雑な顔で俺とボルノフを交互に見る。


「つ、強いものが――」

「『強い者が弱い者を支配するのは当然』だったかな?」


 俺は一拍おいて周りを見回し、ボルノフにも同じように促す。


 ボルノフ自身は俺達の前で何もできず蹲り、彼の暴走で領主軍は崩壊しつつある。


「残念だけれど君は自分で思っているほど強くはない」


 強くないからこそ辺境の乱暴者に収まれた。

それ以上の害悪にはならなかった。

なんと恵まれたことか。


「次は『文句があるなら逆らってみろ』だったかな。君にはそれができなかった。だからこそ追い出された実家に言われるがままに大人しく、辺境で悪徳騎士をやっていたのだろう」

 

 余計な悶着を起こさない実に平和的な妥協だ。


「違う……俺は……乱暴者で……好き放題に生きるために……」


 リシュ、ドリタ、ゴルラの3人が俺の袖をクイクイ引いている。

ここでやめてもお互いに気になるだろうし最後まで言わせてほしいな。


「本当は自分でもわかっているのでは? 認めたくないから、他人にそう見られたくないから、無法者のふりをして誤魔化している。本当の君はとても弱くて何もできない秩序に従順な人間だよ」


「――――!」


 ボルノフが最早人語ではない雄たけびをあげた。

うわっと体を引く。


「ユーリえぐすぎ!」

「同情なんて微塵もしませんけど、アイツの全てを否定しましたね」


 上官に人をぶち切れさせる天才だなと言われたことはある。


「まあ人を散々悪く言ったのだからこれぐらいはね。どうせ罠で身動きできないし、魔法も撃てないみたいだし、怒るだけ怒らせておけばいいさ」


「殺す……絶対に殺してやる!!」


 俺の言葉を否定するようにボルノフは太ももから返しの付いた罠を強引に引き抜いた。


 肉が千切れて大量の血が噴き出す。

それをモノともせずにボルノフは立ち上がり、血を噴き出させながら一直線に駆けてくる。


 出せなくなっていた魔法も復活し、むしろ最初よりも歪ながら勢いを増している。

魔法に精神状態が影響するとすれば火事場の馬鹿力みたいなこともあるのか。


「怒りに我を忘れてやがる。メチャクチャしてくるぞ!」


 ゴルラの言う通り、ボルノフは自身が火傷するのも構わず火球を乱射しながら、一直線に向かってくる。


 同じく罠にはまった領主兵達は最初こそ歓声をあげたが、火球が罠ごと自分達を焼いたところで悲鳴に変わった。


「ありゃ困ったな」


 こちらの勝利は最早揺るがない。

ボルノフがいかにぶち切れて暴れても犠牲が少々増える程度で戦局には影響はない。


「しかし僕達が死ぬのはまた別問題だ」


 俺はリシュとドリタを伏せさせて言う。


「――――!!」


 ギリギリ『お前だけは殺す』と聞き取れた罵声と共に火球がこちらへ正確に飛んでくる。


 俺は多分防げないだろうと思いながら盾を構え、隣に向けて呟く。


「ゴルラ」


 今にも逃げ出そうとしていたゴルラが背中に電流でも流されたように伸びた。

 

 俺はゴルラの方を見ず、飛んでくる火球を見据えながら微笑む。

 

 そして着弾――。

 


 俺の前にはゴルラが立っていた。

火球はゴルラの強靭な肉体に支えられた金属盾によって弾かれ、あふれ出た火炎が俺達の両側を通り抜けて炎の道を作った。


「あっつ! お尻あっつ!」


 尻に火の粉がとんだらしいリシュが叫ぶも火傷するようなものではない。


「この禿げよくも邪魔をぉぉ!」


「てめえの業だ。悪あがきすんな」


 ゴルラは溶け落ちる盾を投げ捨て、弓に持ち替えて――放つ。


 矢は狂乱しながら俺達を罵り続けるボルノフの口内に吸い込まれた。

 

 僅かに湿った音を立て、ボルノフの後頭部から赤く染まったやじりが突き出る。


「が……ががが……が……」

 

 致命傷を負ってボルノフは激しく痙攣し、のた打ち回りながら火球を乱射する。

それはこちらの陣地や領主軍兵士、あるいはファイアリザードへと文字通り四方八方に飛び散る。



「カルビン様、血路が開きましたぞ! ただボルノフ殿が!」


「もうボルノフどころではない! このままでは儂の命も危ういぞ! 今はこの場を脱してから……あんぎゃあ!」


 陣地の隙をついて逃げようとしていた領主一団のど真ん中にボルノフの火球が着弾した。

導いていたらしい騎士は一瞬で焼け死に、取り巻きも火達磨となって転がり回る。


 カルビン本人は直撃こそ免れたが、パニックになった馬に落とされ、朽木に頭を打ち付けて気絶した。


「あらら、最後の最後で逆らうとはね」


 そこで真上に発射されていた火球が空高くまで昇って勢いを失い落下、ボルノフ自身へと命中した。

彼は断末魔をあげることもなく、小さく震えながら焼け焦げていく。

小さく従順であった悪逆の騎士は自らの炎で焼かれたのだ。



 ゴルラの一矢で総大将と副将が倒れた。

これで領主軍の戦意はなくなるだろう。


「さて……と」


 俺は矢を射た姿勢のまま固まっているゴルラの肩を叩く。


「君は嘘を言ったね」


 ゴルラの肩が跳ねる。


「君の話と違って逃げなかったじゃないか。教えておいてほしかったな」

 

 ゴルラは弓を取り落とし、俺を見て笑いたいのか泣きたいのかわからない顔をする。


「ゴルラ?」


 そして怪訝そうな顔をするリシュを見てドバッとばかりに涙を噴き出させた。


「お、俺はリシュに……言わなければいけないことが……」


 完全に決着はついた。

味方が最早戦意のない領主軍と疲弊したファイアリザードの群れに襲い掛かり、たちまち制圧していく。


 その裏でゴルラは這いつくばり、リシュの足にしがみついて泣きながら全てを告白した。


 泣きながら叫ぶような懺悔の声はその場に居た全ての者に聞こえる。

もう隠すつもりもないのだろう


「これは僕の聞くべき話じゃないね」


 俺は独語してから助ける者もなく仰向けで気絶しているカルビンの捕縛に向かうのだった。

二度と登場しないであろうリザードマンに敬礼です笑

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いくら火の魔法を使えても威力があっても貫通力がない、しかも術者が疲労がたまり、さらに精神状態に左右すると精度、発動する時間が更に長くなる‥ 改めて魔法って便利だけども不便なもんだなと思いま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ