11話 烏合の会戦
単行本① 10月7日発売しております!
領主軍出立から4日後 夜 ピエー村
「村は実に静かです。バリケードはなく集会所に松明がかかっている他は篝火などもありません。籠城の様子は見受けられません」
見張りの報告を聞き、騎士の一人がうむと頷く。
「陽も落ちた。ここまでの行軍も順調ではなく兵は疲れておる。村を検めるのは明朝にしてはどうか?」
それを聞いたボルノフが声を荒らげる。
「バカ言えよ! こっちは派手に灯りつけて動いてんだ! すぐに仕掛けないと逃げちまうだろうがよ! 全員村を囲みやがれ! ネズミ一匹逃すなよ!」
ボルノフの勝手な命令に騎士も兵も顔を見合わせたが、カルビンが渋々追認したことで鈍重な動きで村を囲み始める。
「村全部に火を放て! 丸ごと燃やしてしまえ!!」
一斉に火矢が放たれ、兵が家々や倉庫に走り寄り、藁葺屋根や窓の中に松明を投げ込んでいく。
ゴモモと同じようにピエーの家々もまた無残に燃え上がった。
「ははは! 土民の安物小屋は良く燃えるぜ! この火勢じゃどこに隠れていても丸焦げだなぁ!」
ボルノフは業火に包まれながら崩れていく家々を見ながら高笑いをする。
が、笑い続けるのは彼一人だ。
「……少し燃えすぎじゃないか?」
「うむ。いかに安造りとはいえ、こうも次から次に延焼していくのはさすがに……」
ボルノフの笑いが止まると同時に兵達からも動揺の声が漏れる。
火をかけられた家々はその高さの数倍の火柱をあげて燃え上がり、飛び散った火の粉が付着した家もたちまち紅蓮の火柱をあげていく。
そればかりではなく、家屋の間の空き地でさえ下草が燃え上がってまさに火の海だ。
「この燃え方まるで油でもかけたような――ゲホッ! この酷いにおいはなんだ」
激しく燃え上がる家々から大量の煙が立ち上る。
その煙は木と藁を燃やしたにしては多すぎ、しかも刺激臭を伴っていた。
「ゲホゲホ! 喉と目にしみる! 煙も不自然に黒い! 何が燃えておるのだ!」
「ええい、これはたまらん。一旦包囲を解いて――」
騎士が言い終わる前に野太い声の号令が響く。
「「「放て――!!」」」
村を囲む麦畑から領主軍にむけて矢と石が飛ぶ。
「敵襲だ!」
「ここでも待ち伏せされたか!」
「暗くて敵数がわからん! まずは方陣を組んで矢を防ぎ……ゲホッゲホ!!」
暗闇から飛ぶ矢を受けた騎士が落馬し、助け起こそうとした従者が拳大の石を受けて頭を割られる。
「弓隊はなにをしている! 撃て、撃ち返せぇ!」
激昂した騎士が命令し、弓兵が進み出るが真っ暗闇を前に互いに顔を見合わせた。
更に刺激性の煙が流れてくる度に目を擦って咳き込む有様だ。
一応は反撃するも敵に当たったかどうかどころか、自分の矢がどこに飛んだかすらもわからず、逆に暗闇から飛来した矢が弓兵1人の喉を貫くと慌てて後ずさる。
「かかれっ!」
更なる号令と共に暗闇から剣を持った数人の男が飛び出して領主兵に襲いかかる。
数合の打ち合いの末に領主の兵2人が斃れ、農民一人も槍に貫かれて倒れ込む。
「なにをしている援護せよ!」
慌てて騎士が援護に向かうも敵は畑に逃げ、暗闇の中で追いかけるのは危険と足を止めるしかない。
「くっ下民共の分際で! こうなったら畑ごと焼いてや――」
「やめんか!」
畑に手をむけるボルノフにカルビンが叫ぶ。
「今は税や収穫と言っている時では……」
「違うわい! 畑に火など放ったら前も後ろも炎でワシらまで焼け死ぬじゃろうが! ひぇっ!? こっちにも矢がきおった! 盾兵集まれ! まずワシらを守って壁を作るのじゃ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
農民軍 本陣
「うーん。これは酷い」
俺は焼け落ちるピエー村を遠目に見ながら呟く。
もちろん村が焼ける様子ではなく、慌てふためく領主軍に向けて言ったのだ。
そもそも村が火の海になるように仕掛けたのは俺だ。
そして村が十分に燃え上がったタイミングで村まわりの外周から仕掛けた。
ゴモモでの様子から領主軍が最初から畑に火を放つことはないと確信したからだ。
家畜を追いかけ回すぐらいだ。一年の収穫を丸々灰にすることは考えられない。
「領主兵は燃え上がる村をたっぷり見て夜目が利かなくなっていたんだな。これじゃ暗闇に潜む相手は見つけられん」
「しかも自分達は炎にはっきり照らし出されて、まるで的ですね」
俺はゴルラとドリタに向けて頷く。
敵は奇襲を続けるこちらの戦力を計りかね、村を包囲した態勢のまま方陣を組もうとしている。
方陣とは兵を四角に配置して全方位からの攻撃に備える防御的な陣形だ。
拠点防御をするには優れるが、機動性はなく反転攻勢にも時間がかかる。
「相手戦力不明時の夜襲対処としては正解。しかし今の状況では不正解。陣の中心が火事じゃねぇ」
家々の屋根と室内には燃えやすい枯草に油をしみこませ、酷い煙の出る毒草もブレンドして積み上げていた。
こんなものに火をつけたら大惨事、ピエー村はまるで火山のように燃え上がり、熱と煙が領主兵を背中から責め立てる。
火と煙が強くなるたびに彼らはジリジリと前に追いやられ、方陣は徐々に広がり伸びていく。
更に村は綺麗な四角ではないから、広がり方も必然的に歪なものになっていく。
「広がった方陣なんて弱点だらけだ。ほら隙ができた――二番隊攻撃開始」
俺の指示で、陣の綻び部分に竹槍を持った味方が飛び込む。
数合の乱戦が起き、熱に追われて味方から離れた領主兵を幾人か仕留め、こちらも一人が殺された。
「ぐ……また1人……」
ゴルラが小さく呻くが仕方ない。
これが戦争と言うもの、後悔なら始める時にするべきだ。
さて領主軍の方はかなり辛くなってきただろう。
背後からは火と煙、周囲からは矢と石で攻め立てられ、少しでも気を散らせば暗闇から襲撃される。
暗闇を睨んで守るのが精いっぱいだ。
「領主の騎士も兵も慌てるばかり……偉ぶっていた者達がこんなに脆いなんて……」
ドリタが驚きと恐怖の間の感情で言う。
「戦う場所と時間を全て相手に選ばせたらこうもなる。不用意に進まず朝まで待てば未熟な伏兵など看破できただろうし、こちらの兵力がほんの僅かだってことにも気づけたはずだ」
領主軍は村人をどう料理するかのみ考え、まともな戦闘になるなど思いもよらなかったのだろう。
「はて、あそこに不自然な盾の壁が出来ているのだけれど……まさか領主を庇っているのかな」
「カルビンの野郎だ。アイツは誰よりも臆病だから」
あんな目立つもの大砲とは言わないが火矢などで集中砲火すれば終わってしまうのではなかろうか。
領主を殺したらダメだからしないけれど。
ただ領主が前線にいるのはありがたい。
捕縛できれば話がはやい。
さて村は激しく燃えただけに炎もそろそろ小さくなってくるだろう。
次の準備だ。
「第2段階に入ろう。包囲部隊は撤退開始」
合図で畑に隠れる農民達が一層激しく投石や矢を射つつ脱出していく。
「松明つけてよし」
そして逃げる味方が一斉に松明を灯す。
「灯り? 農民共が逃げていくぞ!」
「なんだあの数、ほんの五〇人ほどしかいなかったのか!」
「おのれ奇策の部類だったか! 方陣を解け!! 追撃だ! 皆殺しにしろ!!」
領主軍はここからでもわかるほどの怒声をあげながら、一斉に方陣を解いて追撃してくる。
農民達はお尻に領主軍を引きつれたまま、村の隣の丘陵となった森林地帯に逃げ込んでいく。
「大変よろしい」
第一段階は合格点。次も高得点を狙いたいものだ。
『追え! たかだか五〇の農民相手に手古摺り逃がすなどしたら俺達はいい笑い者だぞ!』
重騎兵隊……恐らく騎士が猛然と追撃してくる。
そして足を滑らせて転んだ味方の頭を馬蹄で踏み砕いた時、草むらから一斉に飛び出した錆びた槍に貫かれて断末魔をあげる。
『正面にいるぞ警戒しろ!』
そう叫んだのが合図であったかのように右側面から鬨の声があがる。
『右にもいるぞ! 一旦広がって……』
左側から激しい投石。
『左もだ!!』
後方にも長槍がザッと立ち上がる。
『おのれ罠か……全周包囲だ』
逃げる部隊を遮二無二追いかけた領主軍は罠にかかり哀れ完全包囲下となる。
俺は目の前のスベスベを撫でながら肘をつき、彼らを見下ろしながら独語してみる。
「さて退路はないよ。どうするかい?」
領主軍は包囲されながら陣形を変え始めたようだ。
包囲は薄いとみて強行突破を計るのだろう。
「うん、それでいい。こっちの用意しうる兵力を考えれば全周包囲など愚策も愚策。突破して逆に分断する好機とみるのが当然だ。でももう一つ考えることがあるはずだよ?」
俺の呼びかけが聞こえるはずもないが領主軍は突破陣形のまましばらく考えているようだ。
「いやいや突撃陣形のまま固まっちゃダメだろうに……なにをやっているんだい」
もし俺の手元に有力な騎兵が三〇も居たらここで勝負がついていた。
苦笑しながら見ていると領主軍はモゴモゴと東に向きを変えていく。
「おっと? 東は沼地に当たってしまうから良くないねぇ。主力の騎士が動けなくなるし、足が止まれば挟撃になってしまうよ」
俺の独語に答えるように今度はノソノソと西を向く。
「ふーむ、西は強い傾斜地だから速度と衝撃力の必要な突破機動には向かないと思うなぁ」
もちろん聞こえるはずもないが、領主軍はまた止まる。
「一番無難なのは後方に抜けて引き返すことだ。伏兵がいる可能性もない。でも……できないよね?」
さて、このダラダラした動きの間に領主軍を包囲していたはずの者達が戻ってきた。
今や彼らの周りには持ち手のいない松明と槍、あとは叫び役程度の兵力しかいない。
彼らはほとんど無人となった包囲の真ん中で尚も踊っている。
ようやっと領主軍が大きく動き始めた。
俺はポンと手を叩く。
「その通り! 狙うべきは北西だ。騎兵の威力を生かしつつ、障害なく突破できる方向はそこしかない」
もし彼らが士官候補生ならば選択自体はまず及第点だろう。
しかし時間がかかりすぎたので赤点、あろうことか突破陣形のままワチャワチャしたので落第点だな。
領主軍は鬨の声をあげて一斉に突撃を開始、紙のように薄い包囲を易々と突き破り――俺達が待ち構える場所へと突っ込んできた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
領主軍 同時刻
「ほ、包囲はいかん! いかんぞ! ここは逃げ……いや後退してまず安全圏に……」
「お待ちくださいカルビン殿。相手は軍隊ではなく『下民』です。数も多くて300か400。全周を包囲すれば卵の殻のようなもの。容易く破ってご覧にいれましょう」
なるほどとカルビンは突撃陣形を命じて東に剣を向けた。
「カルビン様! 東には沼がございます! 我ら騎士が存分に動けぬかと!」
ならばと今度は西へ剣を向ける。
「カルビン様! 西は登り坂な上に立木が多く隊列を組むのに不利ですぞ!」
仕方なく後方を振り返ってみる。
「後方に抜けるのは安全ではございますが……」
「これだけの兵と騎士達のおる前で農民相手に後退と言うのは見栄が悪かろうのぅ……」
「当たり前です! 奴らを逃がすつもりですか!!」
最後にカルビンは北西に剣を向け、騎士達全員が頷いた。
「突撃じゃあ!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
農民軍 本陣
「良く出来ました」
先頭をきる領主の騎士達が足元に張られたロープに引っかかって一斉に転倒する。
更に太い縄が切られると、木や土砂が崩れ落ちて彼らの行き道を完全に塞いだ。
そこに先程までの包囲とは比べ物にならない本数の矢が放たれる。
騎兵が音を立てて落馬し、随伴する歩兵も悲鳴をあげて次々に倒れ込んでいく。
正面で待ち構えていたのはピエー村の隊だ。
彼らの村は山の傍にあって狩りを良く行い、罠づくりに慣れて弓を上手く扱える者の数が多い。
『弓兵、反撃しろ!!』
慌てて放たれた領主兵反撃の矢は焦るあまりに狙いを外し、あるいは立ち木に阻まれ、更には竹に砂を詰めた防御盾に刺さって終わった。
『正面に敵陣がある! また待ち伏せだ!』
『前の道はもう通れん。一旦迂回して……』
敵兵の叫びを遮るように腕を振り下ろす。
「クポ隊。ゴモモ隊。隠蔽解除」
迂回しようとした領主軍の眼前に、木柵と竹の防盾そして槍を持った者達が並ぶ。
地形を使った半包囲の完成、卵の殻のような全周包囲と違って本当に敵を撃破するための陣形だ。
「突け!」
不意をつかれた領主兵は一斉に突き出される竹槍にやられて下がっていく。
とはいえ相手は軍隊、山賊と違ってこんな柵で防ぎ続けること不可能だ。
『なにをしている! 散兵で攻撃、弓兵は後ろから援護しろ!』
と、もちろんこうなる。
「遊撃隊。反対側面から攻撃」
ルップルの時は数人しかいなかった軍隊経験者だが、これだけ村が集まれば一隊作れるほどにはなる。
その『戦える兵士』のみで編制した部隊を領主軍が攻勢をとる直前に仕掛けさせる。
攻撃をかける直前で別方向から逆に攻撃されるのは指揮官にとって悪夢の一つだ。
領主軍は慌てて、攻撃陣形を解除して遊撃隊を迎え撃とうとする。
「撤退」
統率のある遊撃隊は素早く逃げ去り、半端に追いかけた領主軍は防御陣地に阻まれる。
これらの動きが延々と矢や石が降り注ぐ中で行われているのだ。
陣地の全容を探ろうにも時刻は深夜、まともな偵察などできない。
「ピエー村の時と同じだよ。会戦の時間と場所を敵に選択させた時点で苦戦は必至だ」
俺は目の前のスベスベ……ドリタさんのうなじを撫でていたことに気付き、慌てて咳払いした。
「奴らの動きが目に見えて弱ってきたな」
ゴルラが呟く。
さっきまで「俺は大丈夫」「俺は逃げない」とかブツブツ呟いていて怖かったが戻ってきてくれて幸いだ。
「彼らは度重なる妨害を受けながらここまで来た。そして夜営もしないまま村で戦い、そのまま追撃からの突破戦、そして今は半包囲されて苦戦中だ。兵士は鉄の歯車じゃあない。これだけ連戦すれば疲れてまともに戦えなくなってくる」
しかも正面だけで戦っているなら疲労した兵士を休息に下げることもできるが、半包囲下では全ての兵士が攻撃に晒されるので休めない。兵士の疲労はたちまち限界点を迎えるだろう。
「それでもまだ少し敵の数が多いかな。左翼陣地、予定通りに」
俺の指示で左側陣地の一部に綻びが生じた。
『おい、あそこには敵がいないぞ!』
『よ、よし俺に続け! 突破する!』
一人の騎士とそれに続いて数名の領主兵が左側を抜けていく。同時に陣地の綻びは綺麗に閉じた。
「いいんだよな……?」
「あぁ、向こうに抜ければ森の奥深くに入っていくことになる。指揮系統も無くしての遁走だ。もう戦線に戻ることはできないよ」
これは殲滅作戦ではない。
相手の兵が離脱して戦力が減るのは望ましいことだ。
俺達は領主軍を防御陣で阻み、反撃を試みたり隙を見せれば側面から遊撃隊を飛び込ませ、絶え間なく矢と投石を続けていく。
敵は右往左往しながら加速度的に戦力を減らしていき、指揮官であろう騎士も倒れ始めた。
一方で味方の損害は敵の半分もなく、陣地も堅牢に維持されている。
「さて勝ったかな。ね?」
俺はいつの間にか隣にとまっていたカラスに呼びかけてみる……目が四つもあるぞ。これカラスじゃないのか。
その時だった。
「舐めてんじゃねえぞクソ共がぁ!!!」
戦場に響く怒声と共に人ほどもある火球が陣地に飛来する。
「「「ぎゃあぁぁぁぁ!!」」」
5mはあろうかという火柱があがり、4人程が火達磨となって転がり回る。
木柵は矢を防ぐための竹の防盾ごと燃え上がり、瞬く間に崩れ落ちた。
「は?」
俺は思わず身を乗り出し、カラスが飛び去る。
火矢や油を使うのは想定していたが、そんな威力じゃないぞ。
焼夷砲弾か? いや文明レベル的にあるわけないから投石機など攻城兵器の類?
だが偵察では見当たらなかったし、そもそも高火力の兵器を持ち込めないように丘陵森林を決戦の場に選んだのだ。
「クッ とうとうボルノフの野郎が出てきやがったか! 忌々しい炎魔法が!」
ゴルラが歯を食いしばって領主軍を睨みつける。
「ん?」
俺は思わずゴルラを見る。
「はい! でもアイツと戦うと決めたからには魔法は覚悟しています! さあ頑張りましょう!」
ドリタも覚悟を決めた顔で頷く。
「え?」
兵士達も口々にもう奴の魔法なんかにビビらねえぞと叫ぶ。
「おおう?」
俺は一つ頷いてから。
「魔法……ってなに?」
と呟くのだった。