第一集:久しぶりの再会
著しく不吉な闇の帳が重い、魔物が好む丑の刻の正刻、草木は寝静まり、不気味な静寂が闇夜に蔓延っていた。
輪郭の中を黑暗で塗り潰す人型の影が、下界の大地に降り立ち、薄暗でひっそり聳立する精巧に彫られたタリア神像を見上げる。
「――ここか」
黒き十二枚の翼を能力で蔵い独言した影は、入口先に花壇ある小さな藁葺屋根の戸を叩いた。
橙色の灯が灯り、玄関が開けられる。
「――……誰」
開口一番、焔が客人を威嚇した。尖る瞳孔は冷たい。
「……タリアはいるか?」
「いない」
「いるよ」
焔の否定を肯定したタリアが、焔の後ろからひょっこり顔を覗かせる。夜の営みが開始寸前だった手前で内心タリアは安心しているが、邪魔された焔は機嫌が悪い。
「久しぶりだな、タリア」
「――え……、リイ、ガウ……?」
「ルキに聞いて来た」
来訪者は元上級三神の上位神、行動を司る男神リイガウだった。
邪を纏う彼は遥か昔、土で創られた初めての人間アダムの跪拝を拒み、万物の創造主たる天上皇の下命に背いた罰として天上界を追放され、元上位神で光を司るルキと共に初めての堕神となったタリアの正真正銘、兄だ。
二重瞼で以前は春先に萌え出る若葉を連想させた萌黄色の明眸が黒に変化している。目縁を囲んだ長い上下の睫毛、鼻根と鼻尖を繋ぐ鼻背は高い。美眉で唇は艶めいていた。強膜や歯、爪も瞳同様に黒いが眉目清秀、中性的な顔立ちだ。黒い長髪はストレートの髪型で一本一本、瑞々しい。
服装はコートの前裾が直角に切り取られ、後裾だけが長い上着、燕尾服型の黒いロングコートを着用している。波を打った後裾、両胸部分にある銀ボタンは逆三角形に五列、合計十個あった。ハイネックデザインのスロートラッチの首元を飾る円形に加工されたハーキマーダイアモンドの水晶は、透明で強い輝きを放ってる。
ベルベッド素材で両肩や腰に施された刺繍は繊細だ。穿いているスリムフィットのスキニーは上着に合わせて同色で、靴は黒いハイカットの編み上げブーツを履いていた。
背丈は210㎝ある。両耳にぶら下がった百合の耳飾りが懐かしい。
「――リイガウ!!」
タリアはリイガウに抱き着いた。彼が堕ちて以来の再会だ。
「お前タリア、相変わらず綺麗じゃねえか」
「リイガウも――」
「タリア、離れて」
突如ふたりは引き剥がされる。タリアの滑らかな細腰に左腕を回し、強引だが優しい手つきで自分に引き寄せた焔が犯人だ。
タリアを見下ろす焔の嫉妬を含んだ眼差しは鋭い。火山が生んだ自然の渾沌、火鬼の兇で満ちる眼睛にタリアは動じず、神体をずらし左手で頬を撫でた。左手の薬指に嵌めてある指環は赤い。
「すまない焔、勘違いしないで、彼は私の兄リイガウだ」
誤解を解く口調でタリアに紹介されたリイガウは苦く笑い、謝罪を交え訪問理由を告げる。
「夜分にすまねえな火鬼、タリアが鬼界の火鬼と結婚したってルキをシバい……、じゃねえ教えてもらって祝福に来た次第だ。まさかタリアが嫁ぐなんてな。しかも四界の鬼族だ、やるじゃねえかタリア。ルキは下神や今や原罪を継ぐ人間じゃねえ、良い奴を選んだってお前を褒めてたぜ」
「え、と……うん。ありがとう」
「嬉しいよ、ありがとう義兄さん」
第一印象の敵認定を改め、リイガウの好意的な態度且つタリアの兄と認識した焔は、にっこり微笑んだ。露骨に豹変する性質は素直でリイガウは笑った。
「アハハッ、面白れえなお前! 義兄さんか擽ってえなあ、天上界にいねえタイプの男だ。なあタリア、いま幸せか?」
「もちろん、焔のお陰で幸せだよ」
幼い頃の面影が漂うタリアの笑顔に偽りはない。
「……火鬼、ありがとな。お前は私の大切なタリアを愛し、守ってくれた」
「当然だよ、礼に及ばない」
左瞼を瞑り右目の端でタリアを捉える焔の視線は妖艶だ。リイガウは焔の返しに過去を偲んだ様子で肩を竦める。
「掟や命令にねえ当然は案外、難しいモンなんだぜ?」
そう言ってリイガウは堕力でパッと黒い箱を取り出した。タリアの右手に握らせ、背中を向ける。刹那、バサッと黒い二翼が広がった。
「それは祝の品だ」
「ありがとう、帰るのか? お茶くらい……」
「今夜は遅せえだろ。さすがに邪魔はできねえよ。今度はタリア、お前の手料理、食いに来る。一目、会えて良かった。はあ……。約束っていいもんだな……次を楽しみにしてるぜ、じゃあな」
リイガウは軽く左手を上げ、一弾指、夜空に飛んだ。儚く散る時間、上品な百合の残り香は切ない。
「また会えるよタリア。義兄さんに、なに貰ったの?」
「ああ、ちょっと待ってね」
焔に促されタリアは箱を開ける。滴型の赤い水晶の装身具、フック部分が純金の耳輪が入っていた。四つある。
ふたりの煌く両目は可愛い。
「へえ、お揃いだ。気に入った、義兄さんは美的感覚がいいね」
「私も気に入った。私達を祝福してくれた贈り物だ、とても嬉しい……」
「さ、中に入ってさっきの続きをしようタリア」
「え、あ、ちょ、っと焔……!!」
タリアを抱き抱え、焔は扉を閉めた。ふたりの夜は始まったばかりだ。
数時間後、上位神エルが「俺の札を破った堕神がいる! どっちだ!!」などと乗り込んで来る未来は予想だにしていない。
おはようございます、白師万遊です*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭*
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