第一集:漆黒のお祝い
下界を照らす豊穣の象徴、火星色に染まった天満月を横切る無数の黒い点の正体はコウモリだ。不吉を齎す光景はおどろおどろしい。
「キーキーッ」
不穏で汚す黒い翼を羽ばたかせながら啼くコウモリたちが、超音波の音域で合図を送り合い、下降した。
密集し徐々に形を成していくコウモリたち、溶けた黒がひとつの塊となる。地上に延ばされた片足は人型だ。
大地を踏み、降り立つ人物が背負う翳も又、黒い。
「……ここですね」
男は聳え立つタリア神像を見上げ、藁葺屋根の小さな家の戸を叩いた。数秒足らずで光が漏れ、扉が開けられる。
「――こんばんは」
ひょっこり顔を出し、タリアが挨拶をした。はらり肩を滑る桜色の髪は瑞々しい。
「……こんばんは」
「キミは……」
低音を這う暗い語調で会釈した男は鬼だ。頭部に黒い角が二本、生えている。二重瞼の団栗眼で明眸は白く眼球が黒い。目縁を囲った艶の滴る長い睫毛、垣間見えた舌と歯も黒色だ。爪や肌も薄黒い。小顔で整う目鼻立ち、191㎝の長身に不釣り合いな可愛い容貌であった。
髪型は黒髪のマッシュヘアだ。服装は正喪服を着ている。黒シャツに黒ネクタイ、黒のサスペンダーに黒のソックス、靴は内羽根でストレートチップデザイン、全身真っ黒の特徴的な身形をしている。
「……孤魅恐純、いますか……」
「あ……」
焔の客と瞬時にタリアは推測した。「待ってね」と焔を呼ぶ意思を伝える寸前で、タリアの腰を引き寄せた焔が代わりに返事をする。
「いるよ」
「焔、キミの友達か?」
「友達じゃない、コイツは招死笑滅、本名は漆黒だよ」
タリアの問いを否定し、焔が男の名前を明かした。
「……初めまして、……です」
招死笑滅は相槌を打ち、焔の紹介を肯定する。
招死笑滅は鬼界で最恐の鬼、三鬼のうちのひとりだ。鬼界の通り名は招死笑滅、下界の通り名は華怖童子、冷血で冷酷な黒鬼と天地に名を轟かせていた。
タリアは招死笑滅と初対面になる。
「初めまして漆黒、私は天上界の神、上位神タリアだ。よろしくね」
「……よろしくは、ちょっと無理……、だって天上を束ねる厄介な上位神だし……」
「アハハ……」
素直な返答だ。鬼界と天上界は事実、折り合いが悪い。特に招死笑滅は七百二十歳と鬼族の古参の鬼だ。天上界は彼の犯してきた罪の数々を許していない。
「――なに漆黒、タリアに喧嘩売りに来たの? 俺が相手になるよ」
焔が苦笑するタリアの頭上で低声を零した。半眼で下す眼精は鋭い。灯った虹彩は紅く闇夜を滲ませている。同族に容赦のない殺気だ。
「やめて焔、私は気にしていない」
タリアが体を捻り、焔の胸元に両手を添えた。怒りを沈殿させる瞳孔は禍々しい。
「……他意はないよ、孤魅恐純……、俺はこれを渡しに……」
漆黒に戦闘意思は無く、能力で左手の平に黒い霧を出現させる。取り出された箱は黒い。そして漆黒は無言でタリアに受け取るよう促した。
「え、あ、ありがとう……」
「……どうぞ」
「あ、うん」
開けてみて、と目線で催促されタリアは従う。中に入っていたものは、一本角の鬼の骸骨だ。刹那、骸骨が動き自力で骨を組み立て、直立した。背丈は30㎝弱だ。
ゆっくり漆黒が来訪目的を説明する。
「俺の手製……、喋れないけど死なない。いい家来になる……、孤魅恐純の封印の解放と……ふたりの結婚祝い。乱螫惨非に聞いて……」
「ありがとう漆黒、とても愛くるしいね。この子に食べ物は必要かな?」
タリアは漆黒の祝福を喜び、訊ねた。普通の感覚を備える人間ならば「不吉で気味悪い。悪趣味だ」と突っ返す、外見が恐ろしい贈り物だ。タリアの豊かな感性は海底の如く深い。
「要らない……、じゃあ、俺は帰るね。孤魅恐純、また……」
「あ、お茶は? 疲れてるだろう、休んで行ってくれ」
「いい……コウモリの世話をする時間なんだ。ありがとう……、タリアも……」
引き止めたタリアの気遣いに礼を告げ、迷いつつ小声で「また」と語尾に付け足す漆黒の表情は柔らかい。直後、漆黒はコウモリに変化し散り散りに飛んだ。
唐突で不器用な優しさは尊い。タリアは夜空に美声を張る。
「またね漆黒、ありがとう!」
きっと気持ちは届いたはずだ。
「タリア、体が冷える。閉めるよ」
「ああ」
焔に背中を押され、タリアは黒い箱を一瞥し、家の中に消えた。カタカタ家中からする、骸骨が走り回る音は軽い。鬼の骸骨の名は焔が命名し、盈月鬼と名付けられたのだった。
おはようございます、白師万遊です(∩´͈ ᐜ `͈∩)
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