第三集:荊の結婚祝い(后篇)
「……ふう」
昼餉の片付けが終わり、タリアは割烹着を脱いだ。垂れた一筋の髪を整える仕草が美しい。
万物の創造主、天帝、天上皇創りし最後の男神、カリスの一柱、三美神のひとり上位神タリアは、天上界随一の美貌と謳われ崇められている神だ。狂いのない噂通りの黄金比率の顔立ちは儚く、滑らかな曲線美を描いた腰は細く手足は長い。透き通る肌は上質で肌肉玉雪、美を象徴した容姿だ。性質も穏やかで五界の住人を差別なく扱う。
それに対して火山が生んだ自然の渾沌、孤魅恐純は悪名高き火鬼だ。眉目秀麗で妖しい雰囲気に女鬼は群がったが相手にせず、数百年で残酷と非道に血濡れた死屍累々を築き上げ、誰も信頼しない誰も愛さない、孤高たる男鬼だった。
陽と陰、正と悪、無垢と不浄、真逆のふたりが出逢い、惹かれ、今に至るは、定められた必然なのだろう。
「(……運命ってーの?)」
全然まったく毛ほどと、荊は運命を信用していない。されど現実、焔は愛し愛されるタリアを手に入れていた。タリア限定でも未だ信じ難い事実だ。
焔の過去を知る荊は感慨深く、羨ましい。故に意図せずポロリ願望が零れる。
「僕もお嫁さん欲しい~、頑丈な子がいいな」
六百歳の荊は鬼族で言えば若い上、一度も婚姻の経験はない。むしろいま、人生で初めて真面に考えた。
青い双眼はタリアを捉えている。
「興味ない。余所で呟け」
荊の独り言を一刀両断した焔の語調は冷たい。
「んだとコラ! 孤魅恐純お前、ちょっとは僕に興味持てよ~!」
「まあまあ荊、そう拗ねないで。私は興味があるよ。頑丈な子がいい理由はあるの? 荊はがっしりした子が理想なのかな?」
逆に焔の隣でにっこり微笑し、荊に問うタリアの声音は柔らかかった。やはり対照的なふたりだ。
「……タリア、荊に興味があるの?」
するり、焔が自分の右手の指先をタリアの左手、赤い水晶の指環が嵌められた指先に絡める。タリアの顔を覗き込む表情は不満げで若干、唇を尖らせていた。
「あー……誤解しないで焔、天上界の神々は五界の幸福を願い、愛を諭す役目を担っている。私もキミに恋をして、たくさんの感情を日々、学んでいるし、理非曲直を正すことは難しいだろうが、荊も恋を通して纔かな情が芽生えたらいいなと思っているんだ」
「例えば? タリアは俺でどんな感情を学んでるの?」
「――え? えー……と、愛と違って恋は一方的で自己的なものだ。けど私はキミを愛していてキミも私を愛してくれている双方向の想いだ、突如の恋が愛を育んでいる。苦難、忍耐、鍛錬は希望に繋がり寛容を尽くす。一方が受動的と見做す寛大は、一方で能動的な耐久性の意味がある。栄光と誉れと不滅、焦燥や嫉妬や怒り、キミに貰う愛は、まるで万華鏡だ。一日足りと同じ日はない」
「ハ、確かに……」
タリアの見解に焔は同調で顎を上げ、瑞々しいその唇に口づける。一瞬のキスを垣間見た荊が「ヒュ~」と鳴らす口笛の音感はいい。
継いで焔がタリアの背骨を一本一本なぞる仕草は艶めかしい。焔は螺旋に渦巻く色情を含んだ艶やかな目つきでタリアを見下ろしていた。タリアがハッと目線を横にやる。
荊とばっちり視線がぶつかった。
「……あ、焔、荊がッ!」
「ああ、ごめん可愛くてつい」
焔の謝罪は軽い。タリアは焔を引き剥がしつつ荊に謝る。
「……ッ、すまない荊」
「え~いいよいいよ、孤魅恐純って案外、独占欲あるだ~。性欲やばそ~」
「一日中、いや三日三晩はタリアを抱ける自信がある」
「マジで!? 鬼畜だな!! 最高じゃん!! 詳しく教えてくれ~!!」
卑しい好奇心で満ちた様子の荊は前のめりの体勢だ。
「……フム」
焔は首を傾け暫し黙考するや否や、荊に無言で近付き、片腕を掴み、立たせた。あれよあれよと荊は玄関口に誘われる。荊同様、状況が読めないタリアは疑問符を浮かべていた。
閂を開け、玄関の戸を押す焔が振り返り、タリアに告げる。
「荊、送ってくるよ。無性にタリアを抱きたくなってきた、寝床で休んでて。もし逃げれば三日、俺の城に監禁して啼かすから」
「――――!?」
「行くよ、荊」
「ォワッ!? ちょっ、痛い痛い扱い雑!! 腕が捥げるマジで千切れる!! タリアちゃんっ、僕のタイプはまた今度ゆっくり話すね~!!」
荊は半ば強引に引き摺られ、帰って行った。手を振るタリアは静まった場にひとり残される。焔は嘘をつかない、発言は本気だ。
「…………」
タリアは焔に刻み込まされた、神体が震えるほどの狂った愛の実を宿す快楽の沼に三日、溺れる勇気はない。タリアは大人しく覚悟を決め、焔の指示に従わざるを得なかった。
おはようございます、白師万遊です(*´ー`*)
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