第二集:荊の結婚祝い(中篇)
山桜の木が用いられた四角い囲炉裏は立派だ。継ぎ目も精良な木で囲炉裏鉤にふっくらと優しい鋳肌の蝋型鋳造、銚子が変化した鉄薬鑵、換言すれば鉄瓶が掛かっている。素朴で堅牢な鉄瓶は鬼界の有名な鍛冶屋に作らせた逸品だ。丸く透けている蓋のツマミの装飾は精密で繊細、鉄瓶も純金彩色の龍が彫られてあって美しい。
小物は高級品が多いものの、藁葺屋根の外観同様、内側の装いは至って普通だ。
「へえ~、以外だな」
囲炉裏を囲んだ形で置かれた、綴じ込み式で織られてある絹交の座布団に胡坐を掻き座す荊は、周囲をぐるっと見渡し独り言ちた。長い三つ編みをくるくる指先に絡ませ遊んでいる、荊の癖だ。習慣的な行動は無意識で理由は特段ない。
焔が荊の語尾を拾い、単語を反復させる。
「以外?」
「ん? いやだって~、お前が住んでる鬼界の城すげえじゃん? こっちは質素っつーか、……狭くね?」
焔の根城、山頂に建てられた炎紅城は広大だ。築城、数千年の、鬼界で有名な難攻不落の古城と名高い。
「狭くていい」
「え~なんでだよ?」
「手を伸ばせば――」
組んでいた両腕を焔は解いた。
「わ……」
そして昼餉の準備をするタリアの肩を引き寄せ、言葉を紡いだ。
「タリアがいる」
「………?」
小首を傾げたタリアは機嫌の良い焔と視線が合う。荊は左手の平を右手の拳でポンと叩いていた。焔の意見に納得している。
「成程! 孤魅恐純お前、冴えてんな~!」
「焔、荊となんの話をしているんだ?」
「ん? 俺がタリアを愛してる話だよ」
強引なこじつけだが強ち、外れてはいない。焔の返答にタリアは耳介を赤くした。微塵と焔を疑わない純粋な反応だ。
「……そ、れはありがとう。お茶を取ってくる」
「照れてる可愛い……」
タリアを目で追う焔の眼差しは愛情で満ちている。残虐で濁った血潮に染まる虹彩の中心、瞳孔が揺らぎ、紅く灯っていた。
「ちょっと~! 僕の前でイチャイチャしないでくれない!?」
荊は独り身だ。現在、恋人もいない。誰も知らないが歴代の彼女達は皆、彼のアート作品として飾られている。彼の屈託のない笑顔に誤魔化され、騙され、乱螫惨非の根本で渦巻く酷悪を見抜けなかった、哀れたる女性達だ。
「勝手に来て勝手な文句を言うな茨、こっちは新婚だ」
「喧嘩しないでふたり共、荊、私は来てくれて嬉しいよ」
戻ってきたタリアが幅がある木製の炉縁に荊の好物、かき揚げやほうれん草と人参のおひたし、油淋鶏や葱油餅、白菜のスープ、お茶等々を並べ、欢迎を表した。焔の心臓以外の大好物、激辛麻婆豆腐も作ってある。
「うわ~!! 美味しそう!! 昨日僕、赤鬼の不味い臓物食って吐いちゃってさ~、お腹ぺこぺこだったんだ~!」
「アハハ……、キミの口に合うといいんだが」
荊の素直で理解し難い空腹事情は返事に困る。苦笑したタリアの背中を撫でる焔が礼を告げ、微笑んだ。
「ありがとうタリア、食べようか」
「うん」
全員が席に着き、ご飯を食し始めた。刹那、荊が能力で白い箱を取り出し、左手で塩と紹興酒が加えてある白菜のスープを啜りながら、右手で握った箱を行儀のない動作でタリアに手渡す。
「タリアちゃん、孤魅恐純、結婚おめでと~」
「わあ、ありがとう荊!」
タリアは荊の聊爾な作法を意に介さず、しっかり両手で受け取った。
「開けてみて開けてみて~!」
荊に促され、タリアは箱を開ける。
「……綺麗」
タリアが透明な棘に注意し、陶器の鉢を掴んで持ち上げたものはサボテンだ。紅の八塩色で肉厚感のある丸い形状、紅い鬼の角を二本生やしていた。淡い桜色の小花が花の冠のように咲いている。真紅と撫子色の光の粉が舞い、煌いていた。
「僕がふたりをイメージして鬼界のサボテンを品種改良した、世界でひとつのサボテンなんだよ~! たまに飲み物あげてね」
こうやって、と荊が自身の湯呑をサボテンに近付けた途端、サボテンが真っ赤な舌を出しお茶を飲んだ。満足したサボテンはパフッと湯気を吐き、舌を引っ込める。
「へえ凄いな、頑張って育てるね」
植物ではなく生物であった。
「うん~、でっかくなる予定だよ~」
「大きくなるの? 荊は天才だね! 楽しみだ!」
タリアは「ありがとう」と感謝を重ね、荊の才能に感嘆し喜んだ。摩訶不思議で気持ち悪いサボテンと思っていないところが愛くるしい。
「いや~本当、僕って天才~!」
「一緒に育てようね、焔」
「ああ、もちろん。子育ての練習になる。この子の眼前でタリアを抱かない練習」
「…………ッ」
焔の予期せぬ返しにタリアは瞼を深め、羞恥で顔を背けた。「名前なにがいいかな?」とタリアの耳元で囁く焔の声音は甘い。
「はあ、僕も恋人募集しよ~」
再熱する二人の空気は蝶々が好んで飛び交う蜜の如くだ。荊はかき揚げをバリバリ噛み砕き、独言したのだった。
おはようございます、白師万遊です(◦ˉ ˘ ˉ◦)
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