第二集:闇の訪問者(后篇)
夕餉を済ませ片付けも終わり一段落したタリアはうとうとしている。
「…………」
「タリア、眠い?」
「んー……」
応答は曖昧だ。半分すでに寝ていた、意識がはっきりしていない。
「おいで」
焔がタリアを横抱きに抱え、部屋の隅にある丸太のベッドに移動した。藁で編んだ敷物が敷いてある上にタリアをそっと下ろし、厳選された上質素材で織られてある、独特の風合いと光沢を兼ね備えた白い綿毛布をかける。柔らかく肌触りの良い毛布は格調高い高級織物で、鬼界にて焔が購入したものだ。
タリアは自分に無頓着で使用できればいい、選り好みしない主義であった。一流と三流、まったく気にしない。故にタリア一辺倒の焔がタリアと同等の良い品物を発掘し与えている。彼の最近の流行、楽しみのひとつであった。
晩酌を嗜んでいるルキが黒く濁った虹彩を煌かせ苦笑する。
「懐かしい光景だ。……すまねえな火鬼、朝も起きねえだろタリアは」
「まあね、可愛いよ。ぼんやりしてて」
「ハハ、まあな。俺、タリアの幼少期、目覚まし係してたんだぜ」
「へえ! いいな義兄さん!」
紅く灯光した焔の双眸は禍々しい。明るい口調で素直に嫉妬していた。火山が生んだ自然の渾沌、火鬼は乱暴で荒い無秩序を匂わせている。天上界にない直球な五情だ。
「だろ、お前は面白い奴だな火鬼、剥き出しの感情は嫌いじゃねえ」
「義兄さんも充分、面白いよ。堕神の王が自ら謝罪に来るなんて」
焔は肩を竦ませ、驚きと感心を表現した。タリアを気遣い若干、小声だ。焔のおもんぱかる相手はタリア限定で、タリアに対しての配慮は欠かさない。
「俺は上位神の兄妹弟が天地で一番、大切だ。タリアとエルは中でも随一なんだよ」
数世紀、数千年、堕ちて尚、漆黒で神体が黒に侵されて尚、変化しない信念だ。
「ふうん? 長男の義兄さんも? 意外だな」
「俺とアイツは双子なんだ、俺は弟。知らなかったか?」
「……奈楽界の伝承、輝堕王の素性は曖昧模糊だ、びっくりだよ。次男なんだね、義兄さんは」
「まあな、――……んじゃあ俺は行く。世話になった、飯、ありがとな」
ルキは一瞬制止し、突然、話を切り上げ、夜光杯を置いた。夜光杯の天然に形成されている紋様は美しい、透き通った墨黒は漆の如くだ。
ルキは立ち上がり、黒マントを羽織る。そしてタリアを一瞥し、玄関に向かった。閂を上げるルキを焔は止めない。
「義兄さん、また来てね。歓迎するよ」
「タリアが間諜と疑われねえか心配だ、下神で上位神を毛嫌いしてやがる奴は多い。アイツら下位は信用ならねえ、火鬼、タリアを守れよ。まあ、詭弁を弄する俺は欲深い輝堕王だ。タリアにまた、と伝えておけ」
「了解」
ルキの言伝を了承し、頷いた焔は腕を組んだ。邪を纏う殺伐とした雰囲気は異様で堕神も敵わない刺々しい冷酷な眼差しをしている。
他意はない焔の普通にルキはほくそ笑んだ。
「……フ」
ルキは黒マントの裾を靡かせ、振り向かず立ち去った。
――時刻は丑の刻だ。
月が照らす闇夜を歩き、静寂を好んだ村の森を抜ける。そこに、ひとりの男が待ち構えていた。ルキは平然と声をかける。どうやらこれを察知して早々と家を出たらしい。
「――よう。久しぶりじゃねえか、エル」
天官軍総帥、上位神エルだ。天上皇創りし初めての男神で上位神の長男、正真正銘、ルキの双子の兄である。
「……俺の結界を破れる堕神はいない。お前ら以外にな、輝堕王」
「なあエルお前、結界、張りすぎだ。聖域かよ。って言う俺もまあ、張ったけどな。一介の堕神は近寄れねえよ、俺やアイツもタリアは大切だ」
「…………」
ルキのタリアを想っての行動にエルは口を噤んだ。ルキはエルと距離を縮め、左頬を撫でた。ふたりは下界と天上界の狭間に位置する天繋地で遠目に会っていたが、直接の接触は数千年以来となる。
「痩せたか?」
「俺は痩せていない」
「ったく、冗談だっての」
ルキは一笑し顔を近付けた。黒と白の唇が合わさる。ルキはエルの白い下唇を啄み、淡い夢で見続けていた愛する分身に抱き着いた。
耳語するルキの蜜を含んだ低声は甘い。
「……刹那の逢瀬だエル、お前の一時間を俺にくれ」
「俺は堕落しないぞルキ、父上を裏切らない。絶対だ」
「ああ、お前はジジイを裏切らない。絶対な」
交わした会話に偽りはない。ルキがエルの首裏に左手を回すがエルは抵抗せず、引き寄せられるがまま、ルキの混濁した愛情を受け入れる。
溶け合う二人の汗、絡み合う肉体を、幻想的で妖しい月暈を放つ月光が、灯していたのだった。
おはようございます、白師万遊です(..◜ᴗ◝..)
最後まで読んで頂きありがとうございます!
感想、評価、レビュー、いいね、ブクマ、フォロー等々、
頂けると更新の励みになりますଘ(੭ˊ꒳ˋ)੭✧
【余談】
最近ようやく暖かくなってきたなと思ったら寒くなって、
季節の変わり目は大変です。
体調管理を万全に過ごしていこうと思います。
皆さんも風邪など召さぬよう、ご自愛くださいヾ(。>﹏<。)ノ゛
また次回の更新もよろしくお願い致します(⑅•ᴗ•⑅)




