第二十五集:歴史の一欠片
下界は春を迎えていた。咲き誇る桜の花びらが、春風で舞っている。花蜜を好んだ小鳥たちの戯れは無邪気で可愛い。
「……ふう、いいかな」
タリアは藁葺屋根の小さな家の玄関前を、長柄のやしば箒で掃いていた。丁度、焔も花壇の春花の水やりが終わる。
「タリア、散歩に行かない? 今日は特に予定ないでしょ?」
「ああ、天気が良い。行こうか」
焔の誘いにタリアは乗った。ふたりで掃除の跡片付けをする。戸締りもしっかりし、いざ出陣と思いきや、目先の空間がジジジジと機械音を鳴らし始めた。
「行こう」
焔は無視する。わかっていて、見事な度外視だ。
けれどタリアは看過できない。先に行く焔の片腕をパッと掴み、制止させる。
「あー……焔、少しでいい。待って、お願い」
「……はあ」
焔はタリアの「お願い」は全部、叶えたい。渋々、タリアと共に待機した。
一部の景色が歪み振動している。磁界が安定した数秒後、ホログラム化する、ひとりの男神が実寸大で出現した。五事官の長、ウリだ。
立体映像は彼の能力、届伝力である。届伝力は任務で五界に降りた神々と通信が可能で、常日頃タリアの傍にいる焔は必然的に何度か経験していた。先程の「回避」はそれ故の行動だ。焔はタリアとの時間を邪魔され、機嫌が悪い。
「…………」
「…………」
ウリは不機嫌な焔を意に介さず、正しい姿勢で拱手している。不穏な空気にタリアは左頬を掻き、苦笑いしつつ許可をした。天上皇の次に汚れなく清らかな上位神に、下神の神々は直接の接触と会話は許されていない。
「あー……こんにちはウリ、容認するよ」
「こんにちはタリア殿、孤魅恐純もお久しぶりです」
「……………」
焔は両腕を組み、無言を貫いている。礼儀作法や節度を尊重したウリの挨拶と大違いだ。
「アハハ……。すまないウリ、気にしないで、私に何か用かな?」
焔の怒りが爆発する前にタリアは訊ねた。沢山の仕事を抱えている五事官だ、用件なく上位神に連絡はしない。
「タリア殿に至急、下界の任務に当たってほしいのです」
下界で生じた案件は下界にいる神、又は、自ら志願する神が解決しなければならない。位階は関係ない。問題の重大さで五事官が判断し、神々に任務を振り分ける。
「はあ……」
案の定の流れに焔が溜息を吐いた。タリアが断らないことも既知の事実だ。階位の低い下級三神、大神や近神、一介神が手に負えない大きな事態の収拾は、上位神がしなければならない。
「いいよ、内容は?」
「そちらのお二人に伝えてあります」
そちら、の右側で旋風が発生し、二名の男神が現れる。焔の放つ威圧感が増した。
拱手する男神は中級三神の神官、武官の神兵、ハオティエンとウォンヌだ。タリアは焔を横目に「いいよ」と認許する。
「お久しぶりでございますタリア様」
二人が同声に告げ、首を垂れた。黒軍衣を着用しており、黄色い刀帯で軍刀も腰に佩いてある。準備は万端だ。
「久しぶり二人共、婚儀以来だね」
先月、タリアと焔は天上界の聖栄堂で華燭の典を挙げ、正式に夫婦となった。二人の左手薬指に赤い水晶の結婚指環が嵌められてある。二人はタリアと焔の指環を一瞥し、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「……くっ」
「……現実だったか……」
ハオティエンが拳をわなわな震わせている。ウリは旁边で頷いていた、なにか察している様子だ。
「ハッ……」
二人を半眼に見下ろす焔が鼻で笑った。紅い虹彩が朱に灯っている。
「何だよっ、何が可笑しい!?」
ウォンヌが柳眉を逆立て、焔に噛み付いた。
「別に?」
焔は一言であしらい、相手にしない。
「……コイツ!!」
「なに、殺る気? 殺される覚悟ある? 弐」
焔は他を煽る天才だ。極端に短い堪忍袋の緒が切れ、ウォンヌが抜刀する。
「――誰が弐だ、殺すッ!!」
「……よし、加勢してやるウォンヌ」
何故かハオティエンまで抜刀した。軍刀の刀身を這う光は神々しい。
「ハッ、壱も弐もまとめて殺す」
三人は犬猿の仲だ。些細なきっかけですぐ、喧嘩に発展する。冗談程度ならまだしも毎回、全力全開の本気だ。タリアも仲裁に入らざるを得ない。
「やめないか三人共ッ!! ウリッ、ウリも――」
「それではタリア殿、凱歌を揚げるは神にあり、失礼致します」
そう言ってウリは通信を切った。星を散らせるタリアの両眼が丸くなる。さすがは五事官の長、撤収の見極めが早い。臨機応変な対応力だ。
「あー……もう、三人共暴れないで!! 家が壊れてしまう!!」
タリアの叱咤が響き渡る。諍いは四半刻、続いたのだった。
彼らの日常は何ら変わらない。数世紀、数千年、人間の傍で歴史を刻み、火山が生んだ自然の渾沌、神々の天敵、死屍累々の頂点に君臨する火鬼と二世を契った上位神タリアの伝説は奇跡の物語としてこれからも語り継がれ、また一枚、ページは捲られる。
それは果てのない不変の、これは移り変わらない真理の、善と悪、陽と陰が織り成す、とある二人の初恋物語だ。
おはようございます、白師万遊です(*´▽`*)❀
最後まで読んで頂きありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡
桜紅初恋
一応、本編は完結、の形になります。
しかしまだまだ書き足りない部分や、
恐らく章が続く可能性が大きいので、
連載という形で続けていきたいと思います。
もう暫く付き合って下さると嬉しいです(*´∇`*)
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