第二十四集:婚姻
――天上界内城の上空、雲居に聖栄堂はある。
聖栄堂は二本の尖塔を持つ白亜のバロック様式の建築だ。外壁は上位神一人一人が精緻な彫刻でびっしり彫られてあった。精巧で躍動感がある。技巧に富んだ技術だ。天上界で「神の宝石」と謳われ、至宝と崇められていた。
気品と風格に満ち満ちる、威容を誇った聖栄堂は、上位神専用の式場だ。穢れ無き彼ら上位神の華燭の典は皆、ここで執り行われてきた。天上皇と上位神のみで挙行する習わしだ、儀式は公的にされない。
内装はロココ芸術で溢れている。曲線が多様された花や貝殻の意匠を盛り込んだ空間だ。ブロンズ製の説教壇があり、円柱はギリシャ建築様式になっていた。天井画は平面の天井に天界界が描かれある、壮麗なフレスコ画だ。
身廊を取り囲んだ金や赤、青と漆喰をふんだんに使用した柱飾りは圧巻で美事、列柱する大理石の柱や床も見物だ、歴史と文化を映し出す鏡となっていた。パイプオルガンも無論、設置されてある。
夥しい彫鏤で充溢した主祭壇にて、正対する二人、上級三神の上位神タリアと火鬼の孤魅恐純は優しい光輝に包まれていた。
――午の刻の正刻、占星学の暦に従い、ふたりの神聖な婚儀が始まる。
タリアと焔は鬼界の伝統的な龍鳳服の紅い婚礼衣裳を身に纏っていた。タリアの花嫁禮服の重ね衿は紅い、衿や袖口、帯、前掛けは金色だ。上衣と下衣、扇型の裾に青海波文の刺繍が、両袖は対の鳳凰が金糸で縫われある。前掛けの模様は牡丹文だ、肩の線を滑らかに這う桜文は美しい。
頭に被った紅蓋頭は花柄でシースルー素材だ。紅いシルクサテン生地のウェディングシューズはピンヒールタイプで、9㎝ヒールのアッパーや踵、バンプに金糸で松竹梅の粧飾が巧緻に彩られてあった。踵部分に紅いビーズが先端に付いたタッセルが八連ずつ、ぶら下がっている。
焔の新郎禮服はタリアと色相がお揃いだ。伊達衿は黒い。髪型はハーフアップで紅い紐で結ってあった。黒靴は厚底だ。
列席する上位神は天官軍総帥エルを筆頭に、生命の死を司る冥官の長シリス、慈雨を司る男神シュトリア、時間を司る男神クロス、治癒を司る男神ラファフィル、典雅と優美を司る夜宴官の長女神アライア、舞踊と酒宴を司る女神エシュネ、他に赤朽葉色のおかっぱ頭の法を司る罪裁官の長女神アマトやアップバングレイヤーソフトツーブロック無造作ショートが目立つ背丈2m20㎝の財産、増大、水を司る男神キッドがいる。皆一様に白い漢服だ。女神は襦裙で統一されてあった。
華やかな演奏が響き渡る。旋律は上品で厳かな雰囲気を壊さない。
結婚に相応しい愛の教えを天上皇が朗読し、拝聴し終えた。天声が七色声で「火鬼、孤魅恐純」と呼んだ。
焔がタリアの両手を掬い、握り締め、神々の前で誓言する。
「俺はタリアを終天に愛すと誓う。タリアの魂が消滅するときは俺も消滅する。タリアが逝くところに俺も逝く。俺の心体、魂、全部をタリアに捧げる。現世、常世、隠世、来世、タリアの傍らに俺はいる」
焔の生き甲斐はタリアだ。タリアに助けられ、愛を知った。火山が生んだ自然の渾沌、火鬼、孤魅恐純の過去は血濡れている。殺戮に身を委ね、残忍、冷酷、非道、死屍累々の頂点に君臨し、孤高の悪の根源となり、自分以外は敵の世界で人生を歩んできた。
――醜悪で渦巻く空虚な心は埋まらない。
天地を憎んだ。祈請を拒んだ。他を嫌い、賤しい自分を呪う。
けれど寂寞たる正浄山に五百年封印され、タリアと出逢い、黒く淀んだ視界が一変した。
『――傷の具合はどうかな。怖がらないで、私は君の味方だ』
タリアの慈悲は無償で尊い。荒々しい焔の憎悪を鎮めてくれる。
焔はタリアに救われた。それはタリアも同じだ。
「私、上位神タリアは焔を無窮に愛すと誓う。哀歓、苦楽を共有し、神聖文字で銅版に刻んだ結婚誓約書通り、私の真心と十二枚の翼を焔に捧げよう」
焔に続き、一言一句、紡がれる。潤った美声はガラス細工の如く尊い。
豊かさと開花を司る男神、一方で美と優雅を象徴するカリスの一柱で、魅力、美貌、創造力を司り、繁栄と花盛りを担う見目麗しい上位神タリアは、数世紀、数千年と神々に崇高され、煌びやかな孤独の沼に沈まされ、藻掻き苦しんでいた。
息苦しい沼底に浸るタリアを、引き上げてくれたのは焔だ。
『――大丈夫』
上位神を背中に庇う神々はいない。タリアは電蔵主庵の一戦で焔に庇護された情景をいまも鮮明に憶えている。凛々しく力強い、圧倒的な安心感をくれた。焔は誠実で乱暴な、丹赤に燃える、無秩序を凝縮した剥き出しの感情で、いつもタリアを守ってくれる。
焔はタリアに隔意がない。彼に天上界の絶対は通用しない。
タリアは焔と出逢い、恋し、愛し、誰にも何にも縛られない自由奔放な喜怒哀楽に触れ、情感が万華鏡の日々だ。
境遇が異なる二人は、彷徨っていた赤い運命の糸に導かれ、徐々に漸近する必然の愛を熟し、充満した永遠不変の真理を手に入れる。
――天上皇の賜物に盛大の感謝をしたい。
「タリアに俺の命を」
「焔に私の、不朽の愛を」
焔とタリアは赤い水晶の指環を互いの左手薬指に嵌めた。鬼界で採掘される純粋で希少な天然水晶だ。天上皇が降り注いだ光の粒で生涯、指環は外れない。前約の菊結びのロングタッセルが相望を成就し、未来の一歩を踏み出した瞬間だ。
そして焔がゆっくり、タリアの紅蓋頭を捲る。
長い桜色の睫毛、瑞々しい紅い唇、質感のいい陶器肌、施された化粧は淡い臙脂色で華美にない。
不浄を退ける研ぎ澄まされた清麗さだ。
「……俺の花嫁は天地随一だ」
「……ありがとう」
焔の右手がタリアの首裏に回った。朱色の虹彩が底光りしている。毒々しい邪気を天地は恐れ神々は神の天敵と貶すが、タリアに恐怖や偏見は一切ない。揶揄られても構わない、タリアの選んだ選択は、火鬼、孤魅恐純との偕老同穴の契りだ。
タリアがやや右側に首を傾け、首筋を伸ばした。鼻先が掠り、口が合わさる寸前で、互いを直視していた瞼が閉じられる。切なく甘い、口づけが交わされた。
「……ん」
寸秒のキス、の段取りだ。数秒経つが、焔は離れない。離してくれない。
「ほ、……ぅん……」
突如、熱い舌が捻じ込まれた。焔がタリアの舌を起用に搦め捕る。
「ぁ……、待っ、……」
抗議の声は塞がれた。口腔を貪られる。焔の暴走に果然、外野は黙っていない。
「――てめっ、小僧!! 俺の可愛いタリアに!! ふざけんな!!」
「――父上の御前で万死に値する!!」
「――私がアイツ殺してやる!! いいでしょ!? ねえ!!」
側廊からシュトリア、エル、アライアの怒号が飛んだ。焔はタリアの舌を吸い、下唇を啄み、名残惜しげに解放した。
「……はあ。義兄さん達、煩いよ」
「誰のせいだ!!」
「お前のせいだ!!」
「アンタのせいよ!!」
焔が零す不満に三人が同声に叫んだ。タリアは含羞で茹蛸状態になっている。唾液で濡れた口元をてきぱき拭き、天上でふたりを見下ろす天上皇に平謝りした。寂光の許しが得られ安堵する。
刹那、色鮮やかな花々が舞い散った。光輝燦爛で目映い。
「――上位神タリア、火鬼、孤魅恐純、二人の前途を祝福しよう」
天上皇の御言葉で、ふたりの「結婚成立」が宣言され、閉式の辞となる。焔は矢庭にタリアを横抱きに抱えた。
「……うわ!?」
「ヒールは危ない」
「……ありがとう」
確かに歩行困難でタリアは焔の気遣いに謝意を伝える。焔は優雅な歩調で主廊を歩き、上位神達の小言に黒い笑みで応え、重厚な扉を、タリアを抱えたまま容易く片手で開けた。
「――タリア様だ!!」
「――タリア様ぁあ!!」
「――おめでとうございますタリア様ァ!!」
数百とある階段下で待機していた、上位神下位の神々の歓声に出迎えらえる。タリアが天上皇に進言し、彼らにお披露目が「諒」とされた。前例のない、異例の措置だ。
武官ハオティエンやウォンヌ、五事官の長ウリや武官の長アレスがいる。黒衣官の長サファや医研官の長、華陀は号泣していた。ちらほら厳しい現実を、甘受できない神々が失神している。
「タリア様ああ! ありがとうございます!!」
ハオティエンとウォンヌの願いを叶えた結果でもあった。喝采で彼らの礼は届いていないものの、タリアは手を振って微笑んだ。天飛ぶ不死鳥ベンヌ、ふたりの門出を春光が照らしていた。
おはようございます、白師万遊です(๓´˘`๓)♡
最後まで読んで頂きありがとうございます(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコ
実は風邪をひいてしまい、数日寝込んでいて更新遅れました。
更新日は決まっていませんが待っていて下さった方、
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