第八集:焔の正体
五百年前、人間は罪なき鬼の子供を二人なぶり殺しにした。
火鬼は報復として三百人の人間の心臓を抉り出し燃やした。
そして裁断に地上に降りた神官五人の心臓を食らい魂を消滅させたため、天地、宇宙、万物の創造主、天上皇が火鬼を封印した。
自然が生んだ火鬼は鬼神と呼べるほどの力があり、消滅させる方法はあるにはあるのだが、それは不可能に近い。故に情状に酌量すべき点も含め、封印の形となったのだった。
「――貴様だったか孤魅恐純!!」
電蔵主庵の九本の尻尾が逆立った。興奮する姿はどこか嬉しそうだ。
孤魅恐純は封印されている火鬼の名で、天上界で知らない者はいない。
下界での通り名は宵月童子だ。他にも異名はあるが、年代、状況、色んな場面で適当に名乗った仮名で本人すら憶えていない。
鬼族は化ける能力に長けている。姿形、性別を如何様にも変えられた。
焔も然りだ。今し方は、実体に戻っている。
外見や声帯は二十歳前後の青年に大人びた程度、角は以前同様で二本、身長は196㎝強と伸び、服装は騎士服となった。
がらりと印象が変化した焔は――腰にベルト、肩にエポレットがある赤銅色のチェスターコートを基調とした上着を纏っている。裏地は白で縁の線と飾緒は金色だ。幅が広がった袖――、金のボタンが付く袖口は折り返されていた。ウエスト部分が細く全体的にタイトな作りだ。
通気性と伸縮性に優れた滑らかな生地の乗馬ズボンは、丈長のコートで隠れているが上着と同色、足はオーナメント柄のグリーブを付け黒いロングブーツを履いていた。
腰に差す刀は鬼灯丸と言い、柄は鮫皮を巻き付けた上に黒漆を塗り、平織りの紅糸で平巻に締めてある。紅葉の目貫に朱殷の鞘、刀身は焔の能力で形成された炎だ。
タリアは顎先に手を添え、神妙な面持ちで訊ねる。少し拗ねて突き出た唇が可愛いが、背に庇う焔には見えていない。
「焔……、君はどうして子供になっていたんだ?」
「ふっ……。なにタリア、そこが気になるの?」
「ああ、君なら人間に抵抗もできただろう?」
「子供じゃなかったら、助けてくれなかった?」
「そんなことはない、助けたよ」
「それは良かった。別に大した理由じゃない。鬼力が底を突いていたから、後はあの形体が一番楽なんだ」
タリアは焔の答えに理解を示した。焔は「さて」と正面を見据える。
「電蔵主庵、殺り合おうか」
「孤魅恐純よ。何故、神を庇う? 私達は種族こそ違うが、自然が生み出した渾沌――神の天敵、唯一の対等者、同士じゃないか。敵はむしろお前の後ろにいるぞ」
電蔵主庵が疑問を呈し、顎をしゃくった。神と異界は事実、穏やかな関係ではない。
「答える筋合いはないだろ」
焔は素っ気なく会話を終わらせる。電蔵主庵は瞬きを数回し、目を半眼に、雨を激しく降らせた。
雷鳴は攻撃の合図だ。焔が右手を斜め下にタリアを守る体勢になる。
「――紫花電雨」
電蔵主庵がフィンガースナップをした瞬間、火花放電が濡れる地面をバチバチ走った。葵色の大電流が孤立波となって向かってくる。
「私に任せてくれ!」
怖めず臆せずタリアが、焔の横に並び、自分の能力で防御しようとした。しかし焔が許さない。
「だめ」
焔は甘美な声音の一言で止め、タリアを下がらせる。
上位神は最も位階の高い神だ。許可なく上位神の前に立つ行為は無礼極まりない。よって誰かの背に庇われたり、下がらせられたり、タリアは経験がなかった。
「…………」
タリアは焔の凛々しい横顔を瞠目し、形容し難い初めての感情になる。焔は純粋清らかな桜色の瞳を目端で捉え、視点を電蔵主庵に移した。朱色に染まる眼光は狂気的だ。
「――衝天万炎」
焔が右足の靴先でトンと地面を軽く鳴らせば、炎が天を衝く勢いで辺り一帯を焼き尽くした。雨も消し飛び、蒸発する。
五百年封印されていた孤魅恐純は、滴下生で完全なる復活を遂げていた。だが相手も又、雷狐、強さは折り紙付きだ。
電蔵主庵は番傘で防御し無傷に等しい。
「新鮮で愉快だ。遊び足りないがすまない、時間切れだ」
彼は二つの割れたビー玉を持っている。電蔵主庵は番傘を閉じ、タリアを正視した。とても上品な口調で、溜息交じりに告げる。
「はあ、下級は弱いですね情けない。神官相手に黒狐と白狐、全滅です。この村は用済みになりましたし、私が留まる理由もない。失礼します」
撤退の宣言だった。電蔵主庵は己の利益を一番に考える。粘る意味がない現状、引き際が肝心だ。
「君は罪を犯した。過去の罪も数百年と償われていない。罪を犯した者は償わなければいけない。業だ。天上界に報告を上げるが君は私達を等閑視するんだろう」
「……均衡を保つ柱を一本崩すと崩壊するでしょう。タリア嬢、孤魅恐純、何れまた」
電蔵主庵は瞬く間に霧となって消えた。雲が散り散りに、村人達の不安を拭い去る。明けない夜はない。明日は村人達も久しぶりの太陽を拝めるはずだ。
「――タリア様!!」
そこへ頃合いよく、ハオティエンとウォンヌが村人達を背負って戻ってきた。二人が無事でタリアは安堵するものの、村人の数が足りない。
村人達は涙を流している。察したタリアは一呼吸置き、二人に礼を述べた。
「ありがとうハオティエン、ウォンヌ、お疲れ様」
「すみませんタリア様、ひとり救えませんでした」
ハオティエンの謝罪にタリアは首を振る。
「いや、君達は頑張ってくれた。君達のお陰で三人も助かったんだ。私ひとりじゃ到底、三人も救えなかった。慰めじゃない、事実だよ。君達は武官の鑑だ、ありがとう」
「……はい」
他の上位神は下神に簡単に「ありがとう」と言わない。タリアの飾り気のない本心にハオティエンは武官としての成長を心に強く誓った。
それよりタリア様、とウォンヌが話を区切る。
「電蔵主庵は? いたんですよね? 逃げたんですか?」
「あ~、うん、いたよ。まあ、逃げた、のかな」
タリアは片頬をぽりぽり指先で掻き、返事を濁した。逃げたのか逃げられたのか逃がしたのか、言語は難しい。
「……かなって、五事官が煩いですよ」
「報告頼めるかなウォンヌ、ウリに」
五事官の長ウリはウォンヌの父親だ。生真面目な彼は詳細な報告を欲しがる。タリアが苦手な説教も一揃いだ。
「はあ……、承知しました。オイお前、役に立ったんだろうな?」
「――ん? さあ、タリア俺は役に立った?」
「ああ、うん。それはもちろん、とても大助かりだ」
ウォンヌの質問がタリアに回った。タリアの回答に小鬼の焔は微笑する。
「タリア様。俺も一旦、天に帰還します。医研官の長、華蛇様に呼ばれていて」
ハオティエンは所々、怪我をしていた。神の体は丈夫だが出血を放っておいてはいけない。
「しっかり治療しなさい。私は――」
「…………」
焔が無言でタリアの袖を引っ張った。真っ直ぐな上目遣いで訴えてくる焔に、タリアは間延びしつつ言葉を直さず紡いだ。
「――私は村に残る。私の任務に期限はない。明日以降、いいかな」
「畏まりました」
ハオティエンが了承した途端、村人達が間断なく感謝の意を伝えてくる。
「ありがとうございます道士様ァ! うぅ……ッ、死んだ奴もいるが! 俺たちゃアンタらの法力に助けられた!!」
「ああ!! 凄かったなあ……!! 謙虚に旅人を装ってらっしゃるたぁ、恐れいった!!」
「お偉れえ道士様なんだってなあ!! イテテ……、死なずに済んだんは奇跡だ! ありがたや、ありがたや……!」
「第一、第二の付き人がどえれえツエーんだ! ア、テテテ……」
「……? ……?」
タリアは疑問符を大量に頭上に放出した。ハオティエンとウォンヌが拱手し、そそくさと退散する。
「ハハッ、二人は面白い。ねえタリア、お腹空いたな。なにかご飯が食べたい」
「――ん? ああ。私もぺこぺこだ、空き家を探そうか」
時刻は亥の刻だ。欣々然とした焔の促しに、タリアは自身のお腹を擦り苦笑いしたのだった。
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