第二十三集:エル 対 火鬼
――天上界は晴天だ。雲はない。立体的な渦巻銀河が目視可能で、太陽は眩耀と煌いている。
焔は天上界内城、西側、一面緑の大草原にいた。清々しい爽快感だ、宇宙と境界線のない広大な緑の絨毯は美しい。伸びやかな新緑、自然の空気が副交感神経系を活性化してくれる。爽やかで溢れた酸素の美味しい理由だ。
焔は深呼吸し、眼間にいる人物に訊ねた。
「義兄さん、俺になにか用?」
四半刻前に遡る。上位神タリアの桜舞殿に突如、上位神エルが訪れ、「火鬼を借りる」と、焔は否応なく連れ出された。小首を傾げるタリアに焔は「義兄さんと遊んでくるね」と笑顔で別れた後の、現在に至る。
「――……、お前とタリアの婚姻、明日になったんだろ。父上より拝聴した」
エルが無音の息を吐き、口火を切った。タリアの堕神事件で一躍を担った焔に天上皇が褒美を贈り、三百年後の婚姻予定が急遽変更し、明日、タリアと焔は一蓮托生の二世を契る。恋い焦がれたタリアが正真正銘、焔の嫁になる輝かしい日だ。
「ああ、まあね。義兄さんは反対?」
上位神エルは末弟想いを拗らせたブラザーコンプレックスだ。異論を唱えても何ら不思議はない。
「父上の決定は絶対だ。父上の厳格な摂理、反対はしない」
「――で?」
焔が周期的な反復の拍節で、促した。
「お前と一戦、勝負したい」
「一戦ね、いいよ」
要は末弟に相応しいかの腕試しだ。焔は快く承諾し、左横目遣いでもうひとりの人物に声をかける。
「そっちの義兄さんは、いいのかい?」
「――あ、僕? ふあ~……、僕はいい」
そっちの義兄さん――男神は草原で胡坐を掻き、焔とエルの会話を黙って聞いていた。欠伸をする口は大きい。
「はあ……、ラファフィル、自己紹介ぐらいしないか。ヤツは鬼界の火鬼、下神じゃないんだ。俺達の常識はコイツに通用しない」
エルが呆れ気味な口調で戒飭した。上位神、長男の務めだ。
「あー……、ごめんエルくん。火鬼くん、俺は四男のラファフィルよろしくね」
上位神ラファフィルが簡略な挨拶をする。発せられた胸声に抑揚はない。
彼は上級三神の上位神、治癒を司る神だ。彼は地上の自然保護、環境を促進し、地球環境に熱心な人間に庇護を与え、旅人の安全を見守り、下界の調和と平和の手助け、人間や神々の傷付いた身体や神経を癒す役目を担っている。下界の医療者を導き、努力に似合った知恵を授ける役割も彼の仕事だ。
顔形は骨格がハッキリした印象で二重瞼に若緑の眼睛、山根と鼻背、鼻尖が整う鼻の鼻孔は狭い。手入れされた鉤眉、上下均等な厚さの唇、脂肪のない顎先はシャープだ。角質細胞が層を成す白い肌の毛孔は目立っていない。
服装は常磐色の漢服で、上品なレース素材の白衣を羽織っていた。
漢服の素材は絲、上衣下裳の構造だ。衿や帯の縁は千草色、前掛けは茶鼠色で全体的な色合いがいい。玉に五徳あり、の翡翠の勾玉の首飾りは高品質だ。靴は黒い長靴を履いている。
髪は若緑の長髪で三つ編みに編んでいた。編目は緩んでいる。後頭部の分け目はジグザグだ。
背丈は189㎝、細身の筋肉質で体格がいい。
「よろしく義兄さん」
「ハハ、僕さ、下神と喋んないし何か新鮮でいいね。ねえ、火鬼くんとタリアちゃんって相性いいの? 喧嘩しない? タリアちゃん、おっとりしてるじゃん? キミは何かさっぱり……いや、ばっさりじゃん」
「昨日、鬼界で占ってきたんだ。相性はばっちりだよ」
昨晩、鬼界で焔とタリアは鄭に相性を占ってもらっていた。ふたりは不釣り合いで相応の魂、らしい。焔は非科学的な占いを信じない質だが、自分を唯一、無償で無垢に愛してくれる慈悲で満ちたタリアを信用している。偶然の一致はきっと必然の運命だ。
「へえ~! タリアちゃんと鬼界に! エルくん、タリアちゃん鬼界に出入りしてるんだって、神ってバレないのかな? 四界の者は天上臭いって神を嫌うじゃん」
焔の情報にラファエルは純粋にタリアの身を案じていた。エルは心配の域を超え、眉を顰める。時を平行にその頃、タリアは可愛いくしゃみをしていた。
「アイツ……」
「まあまあ義兄さん、俺がいる。俺に敵う鬼は然う然ういない。それにタリア、白い鬼角で変装してるしバレないよ」
「変装!? タリアが鬼に!?」
「え、うん。鬼界随一の女鬼だよタリアは」
「……女鬼のタリア? クソ、俺のコレクションにない……」
タリアの成長記録、もとい、写真集制作はエルの使命だ。天地万物の天帝、天上皇創りし最後の男神、タリアの青史をエルは収めてきている。
「義兄さんタリアのアルバム作ってるんだっけ? 誰か噂してたな……、写真、俺も協力するよ。ご飯を炊くタリア、お風呂上りのタリア、寝惚けてるタリア、民族衣装を着たタリア」
「よし。孤魅恐純、課役を命ずる」
「アハハ。ねえ義兄さん、俺は義兄さんの義弟になる。命令じゃなく、気軽に『頼んだ』でいいんだよ」
エルは逐一、堅苦しい。天上皇が初めて創った男神エルは、上位神育ちで序列や掟、秩序を重んじる性格だ。されど焔は鬼界育ちで規律はない。自由奔放な焔の見解にエルは数回瞬きを繰り返し、天上界と鬼界の歴史にない新しい関係性の芽吹きを感じた。
「……上位神じゃない、火鬼が義弟か。じゃあ、頼んだぞ」
「うん、頼まれたよ」
ふたりは目笑し、ゆっくり抜刀する。焔の鬼力で形成された鬼灯丸の刀身、光炎は禍々しい。
エルの二等辺三角形に近いアーミングソードは邪を帯びる鬼灯丸と対極で、清きを浴びた刀身は神々しい。剣身の中央の溝、フラーに天上皇の御言葉が刻まれてある。
「お前は火山が生んだ渾沌、神の天敵、魑魅魍魎を統べる鬼神と言える火鬼だ。天上界で厖大な鬼力を放出されたら、中級三神や下級三神の下神達に影響を及ぼす。よって鬼力を籠めた技の使用を禁じる。いいな?」
天官軍総帥エルは八相に構え、簡単な規定を定めた。鬼界の三災鬼のひとり焔は特段、構えていない。
「いいよ。一発勝負だよ義兄さん」
「ああ」
ふたりは目配せの合図で踏み込んだ。足元の緑の葉が数枚靡き、一弾指、ふたりの刃がぶつかる。衝撃で突風が渦状に巻きあがった。
「――ハアッ!!」
エルが間合いを図り袈裟斬りする。焔はエルの重い一撃を弾き、右薙ぎでエルの懐を狙った。エルは後方に一回転、白軍衣をはためかし躱すや否や、瞬時に焔と距離を詰め、左切り上げで反撃する。
「――ハ」
焔は上半身を反らして避け、エルの刃に反射した自分の紅い虹彩を見送り、流れる勢いを殺さず斜め左薙ぎで、エルの首元に刃先を下し、グッと耐えた。エルは空振りに終わり、焔の勝ちだ。
兵の決着は早い。エルは舌打ちし、鞘に長剣 を納刀する。
「……チ」
「義兄さんは強いね、一発勝負じゃなきゃ負けてたな」
敗北したエルに対しての御世辞ではない。焔に顧慮的気遣いの概念はない。最近ようやく覚えたが、タリア一辺倒でタリアにしか発動しない。エルに告げている感想は事実だ。彼が弱ければ焔の騎士服の胸元は、右から左、左から右と、すっぱり斬られていない。
五百年で火鬼、孤魅恐純の衣服を裂いた者は、上位神エルが初めてだ。
「お前も天上に悪名を轟かせるだけはある」
「……ん? お~!! 火鬼くん、エルくんが褒めてるよ!!」
焔に拍手をするラファフィルは目尻の涙を拭った。感動の、否、睡魔の結晶である。ラファフィルはふたりの決闘中、眠っていた。
「ラファフィル!! 俺は褒めていない!!」
「ありがとう義兄さん、義兄さんに認めてもらえて嬉しいよ」
礼を述べる焔の、顔面に貼り付けられた笑みは黒い。
「……はあ。解散だ。タリアが待ってるだろう」
「桜舞殿に義兄さんも来る? 午後、タリアに花嫁衣裳の試着させるけ――」
「行こう」
エルの返事が焔の語末に被さる。焔は鞘に鬼灯丸を収め、苦く笑った。ラファフィルは寝転がり、足を組んで動かない。
「僕は明日を楽しみにしてる。タリアちゃんによろしくね、火鬼くん」
「ああ。じゃあまた明日、義兄さん」
ラファフィルに手を振り、焔はエルと桜舞殿に戻った。「おかえり」と出迎えるタリアに焔が口づけ、エルが説教したことは言うまでもない。
おはようございます、白師万遊です(*'ω'*)ノ
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