第二十二集:過去の統括でいまのキミ
「ほい!! じゃ」
「ありがとう、鄭」
タリアと焔は占いを終え、店を出た。今日の目的は達成だ。いい結果にふたりは目笑する。
「じゃあタリア――」
「孤魅恐純!! いたァ!!」
店前で焔がタリアに話かけた直後、ひとりの女鬼が焔の胸元に飛び込んだ。タリアは驚いて一歩、後退る。焔と繋いでいた手が、するり解けた。
「孤魅恐純!! 久しぶり!! いるって噂、耳にしちゃって!! フフッ、会いに来ちゃった!!」
容姿端麗な女鬼だ。彫の深い骨格で団栗眼の碧眼、山根と鼻尖が通る鼻背に小さい小鼻、鼻翼は狭い。眉は秀眉で赤紅をさす唇、肉のない顎はシャープだ。深緋色の化粧が目元に施されてある。
髪色は青い。ハーフアップで結い、弁柄色のリボンが巻かれてあった。可愛い髪型だ。
服装は漢服で紅海老茶色の襦裙を着用している。衿元が右前の丈短の上衣は襦、腰紐の裙、下裙はウエストスカート状だ。薔薇刺繍が可憐な布靴を履いていた。
白藤色の羽織はオーガンジーの生地で透け感がある。ふわふわ夜風に揺れていた。彼女の色声は艶めかしい。
女鬼はおちょこ口で焔を見上げている。
「ねえッ、無視~?」
「焔、彼女は友達か?」
「いや」
「も~孤魅恐純の嘘つき~!!」
三人の会話が噛み合わない。どちらの否定が正解かタリアは小首を傾げた。
「あ~……、私はあっちにいる、ゆっくりいいよ焔」
「俺も行く、ひとりで行かないで」
気遣いが気に障ったのか焔の語気は強い。刹那、タリアはパチリ女鬼と視線がぶつかる。
「ねえっ、アナタ誰!? めっちゃ綺麗な男鬼じゃん!! 女鬼と錯覚しちゃった!! 白い角って雑鬼!? 名前は!?」
「行こう」
女鬼を乱暴に引き剥がし、焔がタリアの細い腰に片腕を回した。けれど女鬼は執拗だ、タリアの右腕を握って離さない。
「やだ!! ねえっ、アナタ私と寝ない? 私あっちの、西の区画の妓楼で働いてるの! 極楽街の妓楼は出入り自由なんだ~! 孤魅恐純、今日は寝てくれないっぽいし、アナタがいい! ねっ、いいでしょ? 安くするしっ!!」
「あ~……、え……と……」
鈍感なタリアが状況を察する。彼女は妓楼の遊女だ。今日は、の箇所で女鬼と焔の関係性は容易に把握できた。
焔が黒い影を背負っている。何故か道に背いていないタリアの背筋が緊張で伸びた。隣で発せられる焔の地を這う怨声は低い。
「……ごめんねタリア、ちょっとそっちにいてくれる?」
「……ああ、もちろん。穏便にね」
焔の心を汲み、快く首肯する。タリアはそっと場を後にした。
「ええ~……、私のお客が~……」
タリアの背を見送る女鬼が嘆いた瞬間、焔が女鬼の首根っこを鷲掴んだ。太鼓や神楽笛の音色で女鬼の濁声は消される。
「ガッ……ハ、な、に……!?」
「……憶えていない。まあ、確かに気晴らしで小汚い下賤と寝たときもあったな」
「ァア……、ダレガ!!」
女鬼の体が宙に浮いた。バタバタ両脚が彷徨い、片方の靴が脱げ、転がる。焔の握力は容赦がない。
「だずげ、ごめ、……ごめ、なざ!!」
女鬼は身の危険を感じ命乞いをした。上手く酸素が吸えず涙声だ。
「……お前の品行は醜穢だ、俺もな」
「イァアアアア!!」
けたたましい叫声が周囲の雑音に溶ける。焔の能力で女鬼が火だるまになった。高温の炎で焼かれ、倏忽、骨灰となる。白い粉末状の灰がさらさら紅い世界に雲散霧消した。
焔は序で火の犬を二匹、出現させる。
「縫い師に言伝だ」
「…………」
火の犬は焔の命令に従い、タッと前脚を蹴り疾走した。灯篭の燈火に同化する火の粒は明々しい。焔は賑わう極楽街を眦で捉え、騎士服の裾を翻した。引き摺る妖光は禍々しい。
一方その頃――焔と一旦別れたタリアは、一階の楼閣に繋がる重厚な紅い絨毯が敷かれた階段前の、鶴や亀の像がある開けた広場にいる。
「……わあ」
一天で閃々と輝く孔明灯、垂れ籠めた紅い湯気と橙色が織り成す世界は圧巻だ。暖かい天灯は幻想的で目映い。
所々に装飾された赤い木は、鬼界に自生する鬼紅木だ。常緑植物で一年を通じ紫がかった赤い葉がついていて落葉はしない。夜空を舞う鮮やかな赤は儚くも壮麗、華美にない上品な趣があった。
中央では演武が披露されている。階段側を正面にU字型で畳が置かれてあり、金縁盃を片手に、赤い野点傘の下で多種の鬼達が盛り上がっていた。童子が描かれてある高さ180㎝の四連衝立や、一刀彫の立体的な竜の彫刻がされた高さ80㎝の赤い衝立は圧迫感がない。外観の統一感を乱さず、しっかり空間に馴染んでいる。
「――よっ!! いいぞ~!!」
「――かっこいいわよ~!!」
弾んだ諧声がいい。
「――おっ、美人の姉ちゃん! 一杯、奢るよ!」
ほろ酔いで気分のいい青鬼が、タリアの存在に気づき、酒を勧めてきた。下腹部がぷっくり膨れている男鬼だ。頭部の真ん中を剃った紺色の落武者ヘアーで緑色の浴衣を着用している。着崩れた上半身はほぼ裸に近い。
「いえ、私は平気です。ありがとう」
「んな遠慮すんな! 別嬪のアンタの酌で俺は飲みてえんだ!」
「俺の女鬼に何をさせたいって?」
矢庭に、邪を纏う焔が現れた。鬼界の東を統治する火鬼、孤魅恐純は青鬼を半眼に睨んでいた。放たれる殺気は刺々しい。青鬼を含め全員が焔に慄き、平伏した。
滴る汗の量が心境を物語っている。
「孤、孤魅恐純様!!」
「俺の女鬼に酌を所望するか、下等な青鬼ふぜいが」
「孤魅恐純様の女鬼と存ぜず……!!」
「……………」
不穏な問答だ。誰もが胸裏で「青鬼の命は潰えたな」と確信した。冷酷無残な火鬼だ、彼に情けはない。
しかし幸いにも、今宵はタリアがいる。焔の女鬼、もとい、上位神タリアは彼の身勝手な非道を看過しない。
「ま、待って待って焔!! 彼はお酒を勧めてくれただけだ!! 誤解しないで!! 殺しちゃだめだ!!」
タリアが焔と青鬼達の間で両手を広げ、助命嘆願した。何事だと往行する鬼達が足を止め、対峙したふたりを注目する。
「……タリア」
焔が右手を差し出した。黒い眸子の領域が収縮し白光している。タリアは後方に微笑み、並足で焔に歩み寄り、自分の右手を重ねた。
「焔、彼を許してくれる?」
「……タリアは俺を許してくれる?」
許す相手が焔に移る。覇気のない声音で表情も幾何が暗い。
「……? 私に何を許されたいんだ?」
「……さっきの」
「さっき……、ああ女鬼の件かな?」
タリアが言外の意を推察し、焔に聞いた。焔は逃げ眼で目線を外に無言で点頭する。謝罪の仕方がわからず、どこか拗ねたような、幼い態度だ。
「焔、過去は過去だ。許すも何もない。過去の総括でキミはいま、私を愛してくれている。さっきの一件で私は怒っていないし、軽蔑もしていない。キミが患う必要はないんだよ」
万物流転、人生は千差万別で一列一体にない。特に下界の人間と違い、四界の者や天上界の神の寿命は長い。数百年、数千年、生きていれば様々な経験をする。
「……俺の過去に嫉妬はしてくれないの?」
焔は正直だ。タリアの慈悲深い平等無差別の見解に若干の不満を露わにした。
「ハハ、嫉妬はする。私も焔を愛する立場だ。でも嫉妬に勝る信用を、日々、キミは私に示してくれる。ありがとう、お陰で私は安心してキミを待っていられた」
神々は創造主の天上皇と異なり、全智全能にない。タリアは焔に恋慕の情を抱き、愛を育む過程で、矛盾した色々な両面感情をいま尚、学んでいる最中だ。愛は寛容で誇らない、謙虚に傲慢なく、タリアは焔を信じ忍んでいる。
「……はあ。タリアに出逢って、過去の自分に後悔してばかりだ。俺と結婚……、してくれるよね?」
溜息を零す焔がタリアを抱き締め耳語した。タリアの返事に迷いはない。
「ああ、もちろんだ。焔、キミと結婚する」
聴覚のいい鬼人達、二人の誓いで一瞬、辺りが静まる。そして一拍後、二人は歓喜に包まれたのだった。
おはようございます、白師万遊です( *´ω`* )
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