第二十集:褒美
「――タリア様だ!」
「――おお……ッ、天帝饗宴のタリア様は格別だったよな!」
「――ああ、着飾っていない今日もお美しい」
天上界内城を歩く上級三神の上位神、カリスの一柱、三美神のひとりタリアを、男神達は遠目に眺めていた。春風がタリアの桜色の長髪を靡かせている。艶めいた一本一本の瑞々しい髪を右耳にかける仕草は可憐だ。目縁の睫毛と縦ジワのない潤いに満ちた唇が照り付ける太陽で輝いていた。透明性に富んだ美貌は光輝燦爛だ。
「タリア、離れないで」
「ああ、ありがとう焔」
鬼界、鬼族の火鬼、孤魅恐純が隣にいる。上位神外は触れられないタリアの右手を攫い、衆目を驚かせた。
「下賤なヤツがタリア様に!!」
「タリア様はアイツに唆されているんじゃないか!?」
「タリア様は無垢であらせられる!! アイツに騙されているんだ!!」
神々しいタリアと毒々しい焔、神々達は二人を対比する。焔の騎士服の裾は赫焉で揺らめいていた。黒い邪気を引き摺っている。歪に灯った虹彩は紅い。眉目秀麗で妖しい雰囲気はタリアと正反対だ。
タリアの華々しい陽と焔のおどろおどろしい陰、白と黒の抽象的な蛍光が尾を引いている。
「お似合いよね……」
「うっとりしちゃう」
上級三神の二番目の階位、中位神や三番目の階位、下位神の女神達の評判はいい。一枚の絵画の如く美しいふたりに女神達は見惚れ魅了されていた。
神々の注目が集中する。鈍感なタリアは男神達の媚びた色目に気づいていない。焔はやや右側に首を傾け、尻目で自分達に付いて来る神々を牽制した。神々は殺気が籠る炯眼で射抜かれ、「ヒイ……」と逃げ惑う。
「……ん? みんな急に走って……、仕事かな?」
「きっとね」
「――あ、焔こっち」
目的地が近い。タリアが焔の左手を引っ張った。楕円型に整えられている退紅色の爪が際立つ指先は細い。
「憶えてるかな?」
「もちろんだタリア」
タリアが誘導した場所は、焔も記憶にある。途中で途切れた階をタリアが先に上り、二回目で手慣れてる焔も一段一段、後に続いた。
最後の一段目でタリアが純白の十二枚の二翼を広げる。焔が斬り落とした痕跡はない。一枚、一枚、栄光で光華していた。散らばる銀光、きらきら舞った光の粒は儚い。
一歩先は躍動感のある壮大な雲海だ。道はない。
「――こわい?」
以前と同様の問言だ。
「タリアとなら地上に墜ちても構わない」
以前と同様の答言だ。
「ハハ、キミは度胸がある」
「ハッ、まあね」
焔の真言に迷いはない。タリアはゆっくり翼を羽ばたかせた。焔の左手を引き、正邪や澱みのない天の海を案内する。
夢幻的な橙色の孔明灯が昇っていた。一飛、沖天、平平安安と天灯に書かれてある。飛躍、天昇、平穏無事、の意味を指す、温かく赫灼した無数の熱気球は幻想的で優美だ。
「孔明灯、地上の祈祷だ」
「今日も誰か祈ってるんだね、暇人だ」
「アハハ……。あ、焔、足元に気を付けて」
宙に浮く薄い円形の土台に二人は到着した。
床は大理石だ。上空の気温でかなり冷たい。円の縁に添って天上皇の御言葉が描かれてある。中央に施された彫刻は天上皇の左目だ。
「こっちに」
タリアは焔の袖口を引っ張り、真ん中に移動した。天空に向けタリアが拱手し、謁見を賜わる。焔は腕を組み、拱手――揖はしない。
「天上皇、参りました。上位神タリア。火鬼、孤魅恐純です」
「――タリアと火鬼か」
目映い金光の欠片が爛然と降った。膨大な数の恒星、秩序が完結する青藍の六極に神秘的な白い幕状のベールがかかる。
二人を覗き込む影は大きい。輪郭線が霞んだ面相、その正体は天地、宇宙、万物を創造した天帝、天上皇だ。
「天上皇、此度は私の精神の弛緩が招いた一件にも拘らず、惨めで見窄らしい神体に情けをかけて下さり、誠にありがとうございます」
――常闇の幼い低声がいまも耳に残っている。堕落の烙印が皮膚を抉り焦がす痛みは忘れられない。
醜悪で蕭索、怨毒な奸凶の濁流の渦に抗えず、藻掻き苦しんだ。細胞を蚕食していく賎陋で、徳義は破壊され、内面的原理がひとつひとつ欠落し、頽廃し、不徳の織り成す甘美な誘惑に身を委ね浸潤しかけた。
「――私は森羅万象の歴史、未来を見透せる。罪咎はお前に無い。離反になるまい。お前は堕落を拒み試練を忍耐した、かけた情けは道理だ。エルやクロス、兄達の判断、火鬼の荒肝を礼賛しなさい」
「はい。私を救ってくれた皆に奉謝致します」
一度は処刑を望んだ。一度は生存を絶念している。
されど上位神エルが最善の裁断、半処刑に処してくれた。クロスが看視する中、焔が翼や四肢を切断してくれたお陰で、神力が極限に削られ、賊心が齎す苦痛が砕け、見限った爾後の未来に命を紡げている。
「――お前は私を裏切りたくないと泣いていたな。泣き虫なお前は懐かしい」
「……やめて下さい父上、懐かしいも何も私は泣き虫じゃありませんでした」
天上皇の昔話は恥ずかしい。タリアは両頬を赤らめ、口先を窄ませた。傍らでくすりと笑みを零す焔に益々、羞恥が増し居た堪れない。
「――前度の奇禍でタリア、お前が万一、堕神に堕ちていたら、私の天声はお前に届かず、自ら私のもとを去っていた。お前を愛す上位神、神々は数多にいる。お前と暗晦の裏道に逸れていただろう。そうなれば私は数百の子等を失っていた」
「父上……」
上位神の堕落は影響力がある。崇高していた神が堕ちた際、下神が釣られる事例は多くあった。天上皇に「もしも」はない。彼は分岐する道でタリアが選ばなかった、もうひとつの選択肢、未知の世界を語っている。
「――下界に蔓延る邪曲の種を火鬼、お前は摘んだ。お前がエルやクロスに代わり、偉業を遂行した。お前の捧呈とし私は受納する。火鬼の想望を叶え、三百年後に控えたお前とタリア、ふたりの婚姻を認め、前途を祝福しよう」
「……え、父上……、認めるって……」
天上皇の唐突な発言にタリアは狼狽した。狼狽眼で聞き直す。トクトク脈打つ心臓の鼓動は速い。
「――お前に対する火鬼の誠意は明白だ。偽りのない愛が成せる業に私は感銘を受けた。火鬼、タリア、お前達ふたりの結婚は明後日、下界の暦、大安日で執り行う。異論はあるまい」
「ない!! アンタ気が利くね!!」
黙していた焔が天上皇の語末を捉える勢いで返事をした。口角を上げ、上方を正視している。鋭い眼精だ。
「ちょ、焔っ、アンタはよくない!!」
瞬時にタリアが焔の言辞を注意した。果然、焔は呼称を改めない。
「石ころは呼ぶ価値がない。ねえアンタ、婚礼衣裳は俺が用意する。いいでしょ?」
「……はあ……、申し訳ございません父上……、彼は鬼界の者、何卒、ご容赦下さい」
焔はタリア以外を粗末に扱う傾向がある。鬼界出身でましてや自然が生んだ渾沌の火鬼、理非曲直を正すことは難しい。タリアは焔の不躾な態度を謝った。
「――存知しておる。火鬼よ、衣装はお前に一任しよう」
「そ、ありがとう」
相槌程度の礼の仕方だ。鷹揚な天上皇は焔の性質を排斥せず恵愛で被覆している。不変で完全なる至高、天上皇の無限で無償の愛は、天地平等だ。
「――タリア」
「はい、父上」
「――お前に課した任務は生涯になる。火鬼を伴侶にしたいか?」
神々の寿命は永久に等しい。数千年と連れ添う覚悟があるか問われた。タリアは躊躇わず返答する。
「はい父上、私は彼を愛しております。父上の福音に従い、火鬼に愛を、情けを、罪を学ばせる役目、悠久に謹んで拝命致します」
「――天地の幸福は私の計画に不可欠な要素だ。排他的でないお前は私の誉れだ、タリア」
「恐悦至極に存じます」
「――ふたり共、下がっていい。前約の菊結びは明後日、外すとする」
「はい父上、失礼致します」
タリアは拱手し、焔と内城に降りた。直後、焔がタリアの両脇を支え持ち上げる。「明後日には俺達、夫婦だよタリア」と叫んだ言葉に、「え!?」と内城の神々は騒然となったのだった。
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