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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第三幕~.。.:*✽桜紅の契り✽*:.。.~
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第十九集:暗黙のルール

 

 「……ん」


 (うま)初刻(しょこく)、太陽の日差しでタリアは目覚めた。

 

 (ふすま)が閉められていない桜舞殿(おうぶでん)寝所(ねどころ)屏障具(へいしょうぐ)の一種、几帳(きちょう)が風ではためいている。(ほころ)びが四つの几帳(きちょう)は木製の柱と横木に溜塗(ためぬり)が施されており、金襴(きんらん)の垂れ布が掛けられてあった。上品な白の生絹(きぎぬ)に品のある桜模様が映えている。幅筋(のすじ)一斤染(いっこんぞめ)だ。三連の二重叶かのう(むす)びされた今様色(いまよういろ)唐打紐(からうちひも)が、桜の花びらが散っている床の簀子(すのこ)に伸びていた。うららかな春の陽気で柔らかい彩光(さいこう)が室内を照らしている。


 「タリア、起きたの?」


 「んー……、起きた……」


 「三時間も寝てないよ」


 「……ん」


 タリアは(ほむら)に今し方、解放されたばかりだ。堕神(だしん)の事件後、帰宅して数時間、愛を語らう夜の営みは続いた。(ほむら)の体力は底無しだ。「寝ていた」は語弊で、「気絶していた」が正しい。


 タリアは寝返りを打ち、(ほむら)と正対する。(ほむら)は右手の片肘(かたひじ)を突く、肘枕(ひじまくら)で横になっていた。タリアの髪を一筋(すく)い、手先で遊んでいる。(はだ)けた(くろ)襦袢(じゅばん)の胸元を流れる紅い髪は艶めかしい。妖艶な雰囲気を漂わせていた。


 「…………っ」


 目のやり場に困るタリアは羞恥で俯き、そっと自分が着た(しろ)襦袢(じゅばん)襟元(えりもと)を整える。刹那、(ほむら)の左手がタリアの手を掴んだ。



 「タリア寝る……?」


 「寝ない……、起きよう(ほむら)。もう昼だ」


 「じゃあ、三十分」


 「ちょ、焔……!!」


 タリアの上に(ほむら)が覆い被さってきた。一瞬で口づけされる。


 「ぅん……」


 何度か(ついば)まれ、やんわり歯列を割られた。口腔(こうくう)に忍び込んでくる舌は熱い。


 「……んんっ……」


 彷徨っていた舌を(から)め捕られる。甘く溶け合い、頭の芯が痺れた。


 「ん……はっ、んんっ……」


 狂おしく貪れる。二人の混じり合った唾液をタリアが飲み込んだ。与えられる快感に酩酊(めいてい)しタリアの脳内が(とろ)けた矢先、ドダドダドダッと廊下を走る音が聞こえ、矢庭(やにわ)白軍衣(はくぐんい)(すそ)をバサリ(ひるがえ)した男神(おがみ)が現れる。


 「――タリア!!」


 上位神(じょういしん)エルだ。隣に上位神(じょういしん)アライアもいた。


 「……あ」


 全員がビシリ固まる。直後、エルが無言で二人のいる寝所(ねどころ)御帳台(みちょうだい)にツカツカ詰め寄り、(ほむら)を横蹴りで吹っ飛ばした。(かかと)が泳がない、軌道のいい見事な足刀(そくとう)だ。


 加減のない一撃で(ほむら)妻戸(つまど)にぶつかる。


 「うああ!! (ほむら)!!」


 「……やあ義兄(にい)さん、おはよう。いい天気だね」


 けれど(ほむら)鬼体(きたい)が丈夫な火鬼(ひおに)だ。けろっと立ち上がり、エルに簡略(かんりゃく)な挨拶をした。かすり傷ひとつ負っていない。


 タリアはいそいそ御帳台(みちょうだい)を下りる。丈長に仕立てられた千鳥格子(ちどりごうし)薄羽織(うすばおり)(まと)い、(ほむら)のもとへ行き、乱れている(くろ)襦袢(じゅばん)を綺麗にした。


 「ありがとうタリア」


 エルとアライアを意に介さず、冷静な口調で礼を述べる(ほむら)の度胸は本物だ。タリアも肖りたい。居た堪れない状況だ。しかし逃げられず、タリアは腹を括り、二人と面を向かう。


 「え、と……。おはようエル、アライア」


 「おはようタリア。ねえ(みだ)りがわしい火鬼(ひおに)、殺していい? 宇宙の藻屑(もくず)星間塵(せいかんじん)にしていいわよね? 天上界にいらない夾雑物(きょうざつぶつ)よ、排除しなきゃ。私が()ってあげる」


 「だ、だめだ落ち着いてアライア!! 興奮しちゃいけない!! 私の宮殿を壊す気か!?」

 

 アライアが手首の準備運動を始めた。柳眉(りゅうび)を逆立てている。武道に()けたアライアに本気で暴れられたら桜舞殿(おうぶでん)は一溜りもない。


 「はあ……。アライア、アイツはタリアを(たぶ)かす魔物だが、いまはやめておけ」


 「……兄さん」


 エルが(こぶし )を振り翳すアライアを制してくれた。大人しくなるアライアは敵意を含んだ目で(ほむら)を睨んだものの、当人は腕を組み、歯牙(しが)にもかけていない。仲が悪い二人にタリアは片頬(かたほお)を掻き、咳払いで枯れた声帯を潤し、エルに用件を訊ねる。


 「ゴホッ……。エル、アライアとふたりで私に何か用が?」


 「ああ。天帝(てんてい)饗宴(きょうえん)でお前の神体(しんたい)常闇(とこやみ)に堕とした堕神(だしん)大神(たいしん)ドックスを征伐(せいばつ)した」


 「大神(たいしん)……」


 エルの用向(ようむき)天帝(てんてい)饗宴(きょうえん)でタリアが堕落の烙印(らくいん)を押され、堕神(だしん)に堕ちかけ苦しんだ、あまり思い出したくはない事案の解決報告であった。

 大神(たいしん)下級三神(かきゅうさんしん)、七番目の階位(かいい)に属している神だ。神々の御使いで下界を拠点に人間を見守り、中級三神(ちゅうきゅうさんしん)の六番目の階位(かいい)神後官(しんこうかん)の補佐官として堕神(だしん)と戦うことも多い。


 タリアは神の階級で最も位階(いかい)の高い上級三神(じょうきゅうさんしん)上位神(じょういしん)だ。下級三神(かきゅうさんしん)と接点はない、ドックスの名も初耳だ。


 「(彼と私を繋ぐ点はない……、いや……)」


 ない、は思い込みかもしれない。記憶を探り頭を働かせていたタリアの、その表情で思考を読んだエルが、事の発端の原因を極力簡潔(かんけつ)に告げる。


 「タリア、ドックスはお前と関りはない。ドックスは自分が堕神(だしん)になりたい身勝手な理由で、自ら堕神(だしん)に近付き、お前を手土産に堕とし(さら)う交渉でお前を襲ったに過ぎない。鄙劣(ひれつ)で思慮のない策略だ」


 「堕落の烙印(らくいん)をドックスに渡した堕神(だしん)はル……、輝堕王(きだわう)に始末してもらったわ」


 継いでアライアが補足説明した。元上位神(じょういしん)ルキの神名(しんめい)を言いかけ、きっちり訂正する。慌てた様子のない鶯舌(おうぜつ)の音律は歪んでいない。


 「――え……、輝堕王(きだわう)!?」


 闇黒(あんこく)を司る輝堕王(きだわう)堕神(だしん)の王だ。タリアは予想だにしない人物の名前を出され驚いた。彼は元上級三神(じょうきゅうさんしん)上位神(じょういしん)、光を司る男神(おがみ)ルキ、遥か昔人間の跪拝(きはい)を拒み天上界を追放された、正真正銘エルの双子の弟だ。

 

 エルの前で彼の話題は避けたいが、一瞥(いちべつ)したところ特段、動じていない。


 「私の能力、蝶青届美(ちょうせいかいび)堕輝王(きだわう)に連絡をしたの。アナタを間接的に侮辱した醜陋(しゅうろう)堕神(だしん)を野放しにしてはおけないでしょう? アナタに緊急事態が発生した場合、私達兄姉弟(きょうだい)は協力し合う暗黙のルールがあるのよ」


 蝶青届美(ちょうせいかいび)はアライア自身の伝言を霊光(れいこう)した青い蝶々が特定の相手に届ける、一種の通信手段だ。役目を果たした後は消滅する。儚くも美しい能力だ。


 「……暗黙のルール? そ、れは知らなかった。ありがとうアライア、エル」


 明言されていない兄姉(きょうだい)の規則の詳細は問わない。兄姉(きょうだい)はタリアの懸念を払拭(ふっしょく)してくれた、いまある現実がすべてだ。タリアは拱手(きょうしゅ)し感謝した。


 「いいのよ、アナタは私達の可愛い可愛い末妹(まつまい)だもの」


 「……私は男神(おがみ)だ姉さん」


 「じゃあねタリア私は御暇(おいとま)するわ、兄さんもまた。……火鬼(ひおに)と同じ空間にいたくないの、神体(しんたい)が汚染されちゃうわ」


 アライアはタリアの修正を無視し、末妹(まつまい)と長男、ふたりの左頬にキスをする。そして(ほむら)睥睨(へいげい)し、十二枚の翼で羽ばたいて行った。(ほむら)は鼻で笑い、「汚れたね」などとタリアの左頬を自身の(すそ)で擦ってくる。曇りのない真っ白な柔肌を気遣った動作は優しい。


 「(ほむら)……」


 「はい。いいよタリア」


 「……はあ、ありがとう」


 どちらの味方もしないが、満足げに微笑する(ほむら)の機嫌を現段階でタリアは最優先した。仲良くしてほしいが人は性質があり相性がある、類似性(るいじせい)相補性(そうほせい)の要因は千差万別だ。タリアは気長に二人の感情変化を待つほか術はない。


 恵風(けいふう)白梅(はくばい)紅梅(こうばい)の香りを運んでくる。アライアの退出で三人になった。タイミングを見計らい、エルが(ほむら)苦言(くげん)(てい)する。


 「孤魅(こみ)恐純(きょうじゅん)、お前とタリアは婚前だ。父の無償の愛に(なら)い、お前達二人の愛ある閨房(けいぼう)房事(ぼうじ)を咎めはしないが、少しは謹め」


 「ありがとう義兄(にい)さんは寛大だ、少し(・・)謹むよ」


 「…………」


 (ほむら)語末(ごまつ)を反復させ首肯(しゅこう)した。


 「(兄さんありがとう……)」


 タリアは心中でエルを(おが)んだ。されど安堵は早かった、ふたりの「少し」の誤差は雲泥(うんでい)だ。今宵タリアは身を以て体験する羽目になる。


 「タリア、父上に拝謁(はいえつ)するだろう?」


 「もちろん、(ひつじ)(こく)に予定しているよ」

 

 二翼と四肢(しし)を再創造し、仄暗い底から意識を浮上させてくれた天上皇(てんじょおう)に、万謝(ばんしゃ)したい。


 「俺も一緒に行くよ、タリア」


 「ありがとう(ほむら)、一緒に行こう」


 天上皇(てんじょおう)(ほむら)に会いたいはずだ。タリアは(ほむら)に微笑み、視線を目映い外に投げたのだった。

 

おはようございます、白師万遊です(*ฅ́˘ฅ̀*)♡

最後まで読んで頂きありがとうございます(灬ºωº灬)♡


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頂けると更新の励みになります(*´︶`*)


また次回の更新もよろしくお願いします(๑•ㅂ•)و✧

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