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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
第三幕~.。.:*✽桜紅の契り✽*:.。.~
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第十八集:アライアの想い人


 「……ハア、寒い」


 太陽がまだ昇っていない()初刻(しょこく)上位神(じょういしん)アライアの姿は下界(げかい)にあった。辺りは幽闇(ゆうあん)で静寂に包まれている。(そば)にひっそり(たたず)んだ檜皮葺(ひわだぶき)屋根の小さな流れ造り神社は古い。(こけ)むす石鳥居(いしとりい)柱脚部(ちゅうきゃくぶ)亀腹(かめばら)反増(そりまし)額束(がくづか)狛犬(こまいぬ)や石段が自然と調和していた。


 舞う粉雪は柔らかい。地面の熱さに負け、さらさら溶けている。


 「来ないわね……」


 アライアは鳩羽(はとば)色の外套(がいとう)を羽織り直した。形は優雅で華やかなドレープを描く、大判のケープコートだ。襟元(えりもと)と袖口にラビットファーがトリム、(すなわ)ち装飾されてある。モダンなヒヤシンス模様は上品で、女性らしい装いだ。

 

 「――アライア」


 そこに物音ひとつ立てず、ひとりの男が現れた。堕神(だしん)(ゥアン)闇黒(あんこく)を司る輝堕王(きだわう)だ。彼は革が揉まれた、もみ革製のチュニック、黒軍服(くろぐんふく)を着衣している。

 詰襟(つめえり)で袖がフラットな腰丈の栗梅(くりうめ)の上着に、下は黒い短袴(ズボン)、謂わば乗馬ズボンだ。肩章(けんしょう)は金色の鎖でショルダーチェーンになっていた。金色のダブルボタンは十二個、真鍮(しんちゅう)製でドーム状に盛り上がっている。金糸や銀糸で刺繍が(ほどこ)された黒マントは絢爛華麗(けんらんかれい)、引き摺る長さは権威の証だ。栗梅(くりうめ)のロングブーツは膝丈で五連のバックルベルトと、二つのチェーンベルトが付いていた。


 容貌(ようぼう)は眉目秀麗で、パーツの配置がいい黄金比率の顔形(かおかたち)だ。すっきりしている肉のない(あご)山根(さんこん)鼻尖(びせん)が通った高い鼻、彫深い(まぶた)に黒い虹彩(こうさい)で眼球も黒い。目縁(まぶち)は黒化粧がされてある。歯や舌、爪も黒く、上質で肌理細かい肌は煌いていた。唇は厚みが薄く艶々しい。

 髪型はツインテールの黒髪を束ねて丸め、団子状に結ってあった。生花(せいか)の黒い彼岸花(ヒガンバナ)が挿してある。長い前髪は団子に入れておらず、真ん中分けの自然体で左右に垂らしてあった。


 背丈は206㎝ある。天上皇(てんじょうおう)授かりし十二枚の翼は漆黒だ。


 「久しぶり、ルキ」


 アライアは動じていない。ゆっくり輝堕王(きだわう)に近寄る。


 「……ああ、久しいな」


 輝堕王(きだわう)は元上級三神(じょうきゅうさんしん)上位神(じょういしん)、光を司る男神(おがみ)ルキ、が旧時(きゅうじ)神名(しんめい)だ。上位神(じょういしん)エルの次に創られた男神(おがみ)でアライアの兄になる。ルキは上位神(じょういしん)で最も知恵に満ち、美の極みで、光を(もたら)す神と謳われていた。

 彼は神代(かみよ)の昔、地上に生まれた初めての人間の跪拝(きはい)を拒み、天上皇(てんじょうおう)に天上界を追放され、初めての堕神(だしん)となった男神(おがみ)だ。天上界と下界の境に自分で創った異空間、常闇(とこやみ)奈楽界(ならくかい)に住んでいる。


 「……タリアは無事よ。天上皇(ちちうえ)が再創造してくれたの、危うかったわ。火鬼(ひおに)がいなきゃ……」


 「火鬼(ひおに)……ああ、アイツか。タリアの男だろ、やるじゃねえか」


 「――え、火鬼(ひおに)と会ったの!?」


 「まあな、俺は好きだぜアイツ」


 ルキは偶然、タリアと数世紀ぶりに再会していた。タリアが世話になっている村の子供ユアンが魔女のりんごを食べ、「りんごの呪いだ。三日後に死ぬ」と予言された、あの堕神(だしん)の一件だ。ルキはいまも憶えている、別れ際に抱き締めたタリアの温もりを忘れていない。


 「好きってルキ……。彼は鬼界(きかい)の火山が生んだ渾沌(こんとん)火鬼(ひおに)よ? 正統な上位神(じょういしん)と真逆の異端児じゃない。ちっぽけで(いや)しい無価値な魂、下賤(げせん)だわ」


 「火鬼(ひおに)はジジイが創った愚かな紛い物の神や、下等な人間じゃねえ。幾分、マシだ」


 「……ハア、相変わらずねルキ」


 「お前も相変わらず、俺がやった耳飾りしてんじゃねえか」


 アライアの両耳を飾る古風な扇形(おうぎがた)の耳飾りは、ルキが贈ったものだった。細かい細工で装飾された鈴と(はす)が可愛く、気品ある水色フリンジの彩りはさりげない。

 

 「……ッ、べ、つにいいじゃない。(はす)が好きなんだもの」


 「ハア……(はす)ね、お前そろそろ俺を好きでいるのやめろ」


 「……兄妹弟(きょうだい)が好きで何がいけないのよ」


 「アライア、俺の嫁になる夢は諦めろ」


 「……っ!!」


 鶯舌(おうぜつ)でハッキリ告げられたアライアは、胸中(きゅうちゅう)を見透かされ、顔を真っ赤に下唇(かしん)を噛んだ。「ったく」と呆れ気味なルキに益々(ますます)、アライアの体中の血液が羞恥で沸騰する。


 「俺は堕神(だしん)(おう)闇黒(あんこく)を司る堕神王(きだわう)だ。お前の恋人だったルキはいない」


 「…………」


 アライアの初恋はルキだ。初めて体を委ねた相手もルキだ。彼に告白し、諾了(だくりょう)され、恋人となり、婚姻――の予定がその間近で彼は堕神(だしん)に堕ち、アライアの元を去った。いまも尚、想いを断ち切れずにいる。「いない」の一言で片付けられない、数千年の(わずら)いだ。


 「……はあ。エルに言伝(ことづて)を、そっちの大神(たいしん)(そそのか)した堕神(だしん)は殺した」


 「……了解、ありがとう。エルがアナタに会いたがってるわ」


 「ハハッ、天繋地(てんけいち)でたまに会ってる。ま、すげえ遠目でな」


 ルキは肩を(すく)め、苦笑した。天上界と下界の狭間――天繋地(てんけいち)で、天官軍(てんかんぐん)堕神(だしん)異界者(いかいしゃ)は日々、交戦している。ルキもごく(まれ)天繋地(てんけいち)へ赴き、当初、人間を拒んで共に反旗を(ひるがえ)した堕神(だしん)達と戦い、絶対的で憎き天上皇(てんじょうおう)に再戦を挑める機会を窺っていた。


 ルキは自身の父、天上皇(てんじょうおう)が嫌いだ。自分の子供以上に人間を愛し慈しみ、時に戒め、恩恵(おんけい)を与える父親の寛大な御心(みこころ)が許せない。

 

 「双子で争うなんて……」


 悲しいわ、と呟いたアライアが愁眉(しゅうび)(ひそ)める。


 天上皇(てんじょうおう)創りし初めての男神(おがみ)エルと、次に創られたルキ、二人は双子だ。弟ルキを失った兄エルの喪失感は計り知れない。彼は天繋地(てんけいち)で己の任務を遂行し、ルキが天上皇(てんじょうおう)懺悔(ざんげ)する日を願い、信じ、待ち続けていた。


 「ハッ、今更だろ。アイツはジジイに忠実だ。不満だらけの俺と違う。ジジイの寵愛(ちょうあい)を俺達より(おと)る、威光(いこう)や力を持たない粗陋(そろう)な人間に奪われて平然としてやがる、反発心がねえ。叡智(えいち)盲従(もうじゅう)だ」


 「私達上位神は天上皇(ちちうえ)を尊重するため生まれたのよ。嫉妬や暴慢(ぼうまん)天上皇(ちちうえ)を困らせるためじゃない。私達の真価(しんか)は天上皇に注ぐ愛情にあるの」


 「ジジイが人間を一掃すりゃ『偉大な創造主』って崇高してやる」


 「……ルキ」


 「お前の巧言令色(こうげんれいしょく)籠絡(ろうかく)されちまう俺じゃねえ」


 「…………」


 ルキの突き放した物言いにアライアは口を噤んだ。「そんなつもりない」は嘘になる。ルキを改悛(かいしゅん)させたい真心が裏目に出てしまった。反論の術がなく黙してしまう。


 「んなしょげんな、アライア」


 「……しょげてないわよ」


 「アライアお前は堕ちるなよ、堕神(だしん)に。俺とした約束、憶えてるな?」


 刹那、低音でルキが唐突に訊ねた。暗闇を従える眼光は鋭い。


 「……憶えてるわ。私達上位神(じょういしん)末弟(まってい)、タリアを全力で守る。でしょ」


 「ああ。アイツは俺達上位神(じょういしん)ひとりひとりの希望と血が混ざる、天地で随一、特別な存在だ。幸せでいてほしい、幸せじゃなきゃいけない」


 ルキの唯一、変わらない理念で固い信念だ。アライアから目線を逸らすルキの横顔は凛々しい。栄光で輝いていた上位神(じょういしん)の面影が微かに残っている。けれど邪気を帯びた雰囲気は不気味で禍々(まがまが)しい。アライアは否が応でも、ルキが堕神(だしん)に堕ちた試練たる現実を再認識させられた。


 「タリアは私達上位神(じょういしん)愛念(あいねん)の祈りの結晶よ、幸福な未来を天上皇(ちちうえ)が確約してくれているわ」


 上位神(じょういしん)タリアは天上皇(てんじょうおう)が創った男神(おがみ)で相違ない。しかし上位神(じょういしん)の一滴の血と希望が一欠片、細胞に導入されてある。最後、を強調した天上皇(てんじょうおう)の粋な計らいだ。

 そして自らが誕生に関わるタリアを上位神(じょういしん)達は育てた。我が子同然で愛着が沸かないわけがない、彼らが(こぞ)ってタリアを傾慕(けいぼ)する所以(ゆえん)だ。位階(いかい)兄姉弟(きょうだい)を超えた愛がある。


 「……俺の信頼はジジイにねえ、お前ら兄妹弟(きょうだい)にある。じゃあなアライア、俺は行く。お前も俺と長居してちゃ、間諜(かんちょう)って疑われちまうぞ」


 「……あ、待ってルキ! もうちょっといいじゃない、兄妹(きょうだい)でしょ」


 (きびす)を返すルキの左腕をアライアが咄嗟に掴んだ。かき集めた勇気で「五分でいい」と引き留めるがルキは首を縦に振らない。


 「はあ……、だめだ。俺はお前の敵対者、タリアの情報交換が終了したいま、お前に用はない。兄妹弟(きょうだい)によろしくな、さっさと天上界に帰れよお前も」


 そう言ってルキは暗黒色の霧になって消散(しょうさん)した。アライアの手が宙で彷徨(さまよ)い、ルキの余香(よこう)がふわり一帯に漂う。ひとりになったアライアは俯き、頬を濡らす一筋の涙を拭ったのだった。


おはようございます、白師万遊です⸜( ´ ꒳ ` )⸝♡︎


最後まで読んで頂きありがとうございます꒰◍ᐡ人ᐡ◍꒱

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