第十七集:腑に落ちない動機
天帝饗宴の閉幕後――時刻は丑の刻、上位神数名と五事官の長ウリは裁誠殿に召集されていた。天上界内城南、雲居にある裁誠殿は天官軍が捕縛した罪人や堕神を裁断する場所だ。光華した金瓦が特徴的な荘厳ある外観で、寄棟屋根の構造を生かした複雑な形状、重層寄棟造の二階建て建築の宮殿となっている。
吹き抜けの一階内部は風通しがいい。白大理石の床、神々が精巧に彫られた支柱に天上皇の恵みを表す天井画、天井布のレースが夜風で靡いていた。
障害物のない一帯は広い。最奥に数百の階段があり、黄金に輝く玉座が一脚、壇上に設置されてあるだけだ。玉座はライオンの脚部を模した脚、円弧構造の背凭れは赤いベルベット生地で高級感がある。
その玉座に上位神エルが足を組み、鎮座していた。圧倒的な存在感だ、重圧がある雰囲気は厳かで近寄り難い。
上位神数名と五事官ウリは玉座下、開けた階段前にいる。エルの正面左で一列に並んだ上位神、男神シュトリア、男神クロス、女神アライア、女神エシュネ、正面右は五事官の長ウリが背筋を伸ばし佇んでいた。
「――罪人を」
エルの下命でクロスが時空の杖、高品質な水晶を灯らせる。
「移時異時」
「――ガハッ!!」
突如、時空を超え、空中にひとりの男神が現れた。受け身を取る間もなく、どさり、上空の冷気で冷えた地面に叩き落とされる。首と手を繋ぐ鉄製の鎖付き桎梏がジャラジャラ、静寂な空間で歪に響いた。
男神は白い長襦袢を着ている。身丈は対丈で袖口は広袖だ。身長は180弱、細身の痩せ型で肩幅が狭い。顔立ちは一重瞼で茶色い瞳、歪曲した鼻筋にひび割れている唇、窪みのない骨格で華に乏しい平凡な印象だ。黒髪の長髪は束ねられていない、ぼさぼさに乱れていた。足元は裸足だ。
――若干、左目の眼球や前歯が黒い。
「五事官の長ウリ」
エルが名前を呼び、ウリの発言を許可する。万物の天帝――自己完結した絶対的存在、無限で無辺の天上皇の次に汚れなく清らかな上位神に、下神の神々は直接の接触と会話は許されない。ウリは礼儀正しい所作で拱手し、左腕に挟んだ書類を拝読した。口調は淡々としている。
「彼は下級三神、七番目の階位に属す大神、神名ドックス、三百歳の男神です。三百年前は人間で天上皇を崇め祀り功績を積み、一介神に昇栄、後の階級となっています。下界の人間を見守る役目を担い、勤勉で、人間の信者も少数ですが抱えております。目立った揉め事はありません」
「目立った揉め事がねえだ!? じゃあ何でコイツはタリアを襲った!? 半分堕神じゃねえか!!」
シュトリアの怒号がウリに浴びせられた。尖る蒲公英色の虹彩は獰猛で荒々しい。
「やめなさいシュトリアくん、彼は罪人の身分を早急に調べて来てくれたのよ」
エシュネがウリを庇う。シュトリアは露骨な舌鼓をし黙った。
乱暴が織り成す一瞬の沈黙後、エルがドックスに質問を投げる。
「罪人ドックス、お前が如何に重い罪を犯したか理解しているか」
大神ドックスが堕神に堕ちた過ちはもはや軽い。それ以上に、上位神タリアの背中に堕落の烙印を押した罪悪が重大だ。
「……ハッ」
ドックスは答えない。胡坐を掻き、自暴自棄になっていた。
「コイツ……ッ!!」
「ちょっとシュトリア!! いまは殺しちゃだめよ!!」
シュトリアが殴りかかる寸前で、右隣にいたアライアが止める。羽交い絞めにされたシュトリアは動けない。
「クソッ、アイツが!! タリアを堕落に追いやった犯人なんだぞ!! 俺達の可愛いタリアを!! 無価値で下衆なアイツが!!」
「わかってるわよ!! ちょっと兄さん!! 早くしてちょうだい!!」
暴れるシュトリアをうつ伏せにしたアライアが、こちら側を半眼で眼下しているエルに催促した。エルは反省の色がない罪人を睨み、額にある長い睫毛で囲まれた第三の目を、ゆっくり開目する。
エルの第三の目は、過ぎ去った他の過去を透視できる能力があった。
「――過視透眼」
第三の目が黄金に光る。鮮やかで目映い眼差しがドックスを貫いた。ドックス全身の随意運動が不可能となり、エルから視線を逸らせない。
エルが適切な手段を講じる。
「さて、お前達も確と見ておけ」
ドックスの記憶を階位の分け隔てなく全員と共有した。鮮明で立体的な映像が、エルを含め、全員の脳裏に浮かび上がる。
小雪が舞った色彩なき森の銀世界、二十四節気の小雪の末候、永遠を喩える橘始黄が、厳冬の寒さに耐え忍んでいた。鼻腔を擽る香りは甘酸っぱい。
葉の枯れた冬立木を撓雪が弛ませている。天上界にない冬季の風景だ。
五界で有名な雪国は狼界だが、狼界に比べ、ここは雪の積もり方が浅い。
となれば、自ずと選択は絞られ、ここが地上のどこか察せられた。
人間の暮らす、下界だ。
「――……俺は堕神になりてえんだよ!」
「――……つって、天上界の間諜じゃねえのか?」
木々に紛れ、ふたつの影が揉めている。ひとりは深衣を着た男神、大神ドックスだ。もうひとりは黒直裾袍を着衣している堕神であった。堕神は顔部の視認をさせない黒頭巾を被っている。
「間諜じゃねえよ!! 俺は天上界にうんっざりだ!! 掟、掟って我慢ならねえ! 輝堕王が創始した奈楽の掟はあるが堕神は自由じゃねえかっ、そっちに堕ちてえんだ!!」
「堕ちてえ、ねえ……威勢はいいが下っ端の大神か~。戦力外っぽいし、手土産がいるな」
「手土産……?」
ドックスが語末を反復させ、緊張気味に唾を飲み込んだ。堕神は両肩を濡らす玉雪を指先で掃いつつ、対話を続けた。
「そ、手土産。ウチの国王さ、そっちにいるタリアが好きなんだよね」
「……タリア……、って上位神タリアか!?」
驚愕するドックスに一笑した堕神が何かを手渡す。輝堕王の名が刻まれた堕落の烙印だ。
「――そ。肌肉玉雪、眉目秀麗、上位神が挙って愛する末弟、漂亮なタリアを堕落の烙印で堕とし連れて来な。お前がこっちに来れる条件だ」
「…………っ」
ドックスは禍々しい血が塗られてある堕落の烙印を受け取った。
「じゃあなドックス、楽しみにしてるぜ」
堕神は長居せず、黒い霧となって消散する。残されたドックスは烙印を凝視し、雪上を這う濁声で独言した。両目の眼が血走っている。
「……上位神タリア、を手土産にか……。決行は……来年だな、警備が手薄な天帝饗宴で……、くはは……」
ドックスの笑みを最後に第三の目が閉じられた。
腑に落ちる、そんな動機はない。ドックスはただ単に、自分が堕神になるため、堕神に命じられるがまま、タリアを巻き込んだに過ぎない。
身勝手で自己中心的な、規律のない凶行だ。
エルは不気味なほど静かに立ち上がり、二等辺三角形に近い剣身、アーミングソードを抜剣する。
「堕神ドックス――。此度の事件が発生した誘因は堕神にあるが、要因はお前が満たしたい欲望にある。お前は天上界の安寧秩序を妨害した。天上皇創りし上位神の神体を強制的な方法で堕落に導き、天上皇の御心を裏切り冒涜した。斬罪に処す」
「クソッ、クソッ……!! なにが斬罪だっ、俺は堕神になる!! なるんだ!! 上位神タリア!! 上位神タリアに会わせろ!! 突き堕としてやる!!」
判決を下されて尚、ドックスは堕神を諦められず喚いた。往生際が悪い。エルは眉間に皺を寄せ、右手に持つ剣を天に掲げる。切先の刃がギラリ光芒した。
神々の罪が支払う報酬は消滅だ。正道を外れた神に栄光と来世はない。
「万裁公天!!」
天は万物を公平に裁く、エルが剣をドックスに向け右薙ぎにする。二筋の光波が、ドックスの首を切断し心臓を穿通した。
トン、トン、トン、とドックスの頭部が床面で回転する。胴体の血飛沫が周辺を赤く彩った。半分神、半分堕神の半端なドックスは消滅していないが息絶えている。
「……穢れた肉体は燃やす。五事官の長ウリ、お前が記録作成、保管をしろ。極秘案件だ他言するな。外部に漏らせばお前の一族諸共、魂を永久消滅させる転生はさせん」
「承知致しました」
ウリに拒否権はない。間、髪を容れずエルの下知に拱手したのだった。
おはようございます、白師万遊です⸜( ´ ꒳ ` )⸝♡︎
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