第十六集:再創造
「――此度の凶事、タリアに罪過はない。狡猾でない私の可愛い子は死を覚悟した、情けをかけてやろう」
天上皇の慈悲でタリアの十二枚の翼、四肢が再創造された。天上皇が去り七色の霄漢が元の星空に戻る。
「……ん」
艶々しい長い睫毛を伴う、タリアの瞼が震えた。澄んだ桜色の虹彩に濁りはない。
「……タリア」
「……焔……、父上が……」
断片的だが記憶にある。堕落の烙印を押され、堕神に堕ちかけ、焔やエル、クロスに助けられ、常闇で藻掻く空っぽな肉体を、天上皇が慈愛に溢れた暖かい光で掬い上げてくれた。
「うん、アイツがタリアに恩恵をくれた」
「……アイツ、じゃない焔、天上皇だ」
焔の語法は相変わらず悪い。タリアは訂正しつつ、ゆっくり上半身を起こし、立ち上がる。確認した手足は寸分違わず、以前のままだ。
焔が自身の漢服の上衣を脱ぎ、タリアの両肩に羽織らせる。
「無理しないでタリア」
「平気だよ、天上皇の恩寵だ。焔も助けてくれてありがとう」
「俺は別に……、奪った側だよ。……後悔はない」
吐露された心情は十中八九、言行通り真実だ。けれど焔の紅い瞳の最奥が、タリアを失う恐怖心と、タリアを傷付けた悲心で揺らいでいるのも又、真情だ。
相手の立場になって物事を考えれば、容易に心根は察せられた。とても、酷く、辛く、苦しんだはずだ。
「焔、理解している。ああする他、私は助からなかった。誰かやらなくてはいけない酷な役目を、キミが兄達に代わり果たしてくれた。すまない焔、キミの愛に感謝してるよ。ありがとう」
タリアは焔の額に自分の額を当て、精一杯、想いを伝える。焔は涙を堪え、タリアを掻き抱いた。
「……愛してるんだタリアを」
「ああ、私も焔を愛してるよ」
火山が生んだ自然の渾沌――孤魅恐純は、鬼界で最恐の三鬼のひとり、天地に悪名轟く残虐な火鬼だが、繊細な一面もありタリアに対しては誠実で愛情深い。
「……俺は堕神のタリアでも構わない」
「あー……、堕神はだめだ私が構う」
意識が遠退くなかで焔とした言問も憶えている。
『百年、五百年、千年、タリアに恨まれていい。殺させない。俺とタリアを邪魔する神々、アンタ達を殺す』
焔は堕神に堕ちたタリアを征伐するであろう天官軍、総帥エルやクロスを殺す覚悟だった。タリアを愛するが故の決断だ、現時点で二人が無事だった以上、強くは咎められない。一触即発の事態はエルの裁断で免れ、現在がある。兄二人にタリアは拝謝した。
「エル、温情ある裁きをありがとう。クロスもありがとう、キミの能力のお陰で天帝饗宴の余韻を壊さずに済んだよ」
「何だよタリア~っ、お前ほんと心配かけやがって!! って火鬼邪魔~!!」
「あー……はは……」
焔は未だ離してくれない。両手を広げた体勢のクロスが、タリアの後ろで両頬を目一杯、ぷくっと膨らませている。
「焔、ね、兄さん達と話がしたい」
「………」
タリアの促しに焔は無言でその細い首筋に顔を埋めた。息を吸い、一拍後、解放してくれる。見上げた焔は一見、無表情だ。されど機嫌は斜めではない。
「ありがとう、いい子だね焔は」
焔の前頭部を撫で、タリアは兄達と正対した。途端にクロスが「いやいや」と否定してくる。首振りの動作でマッシュヘアの髪が左右にサラサラ靡いていた。
「タリアお前~、ソイツ火鬼! いい子じゃねえよ! お前をぎったんぎったんの、けちょんけちょん、滅多切りにしたんだぞ!?」
「ぎったんぎったん……は、私のためだ。普段はいい子なんだよ」
「ええ~……? 僕こわいよソイツが将来、義弟って……」
「俺達は孤魅恐純の度胸に救われた。クロス、お前にタリアは斬れたか?」
エルに戒飭されたクロスは泣言を撤回し、焔に謝意を表して拱手する。
「……いや、はあ~偉ぶった。ごめん火鬼~、僕の弟を助けてくれてありがとう」
クロスは戦闘経験がない上位神だ。自分ができないことを高言してしまい、天を仰いで反省した。自身の品位と人格の価値を誇る上位神、しかし己の誤った所見を認めらえる性質は彼の美点だ。
「いいよ義兄さん、気にしないで」
タリア一辺倒の焔は特段、周囲の間然を意に介さない。
「孤魅恐純、恩に着る」
首肯で焔に謝儀を示したエルがタリアに視線を移す。金色の瞳に映ったタリアは神聖で穢れていない。脳裏に過るタリアの痛ましい姿にエルは拳を握った。
「お前を侮辱した男神を俺は、俺達兄姉は絶対、許さない。お前の神体を一度、堕落させた由々しき案件だ。全貌を暴き、一連に関与した神々は皆、死罪に処す。お前は当事者だが一切、この件に関わるな、機密事項で内々に処分する。命令だいいな?」
「……はい」
堕神が絡んだ事件の指揮権は天官軍総帥エルにある。異論は禁じられていた。タリアは点頭せざるを得ない。
自分を嫌っての反抗か、将又、たまたま自分だったのか、動機や背景が不明でタリアは釈然としないが、エルがすべて明らかにしてくれるだろう。
起きた事件はすでに過去だ、反芻思考はしたくない。苦痛の既往は忘れて然るべきだ。タリアは兄姉を信じて前に気持ちを切り替えた。
「クロス、能力を解け」
「は~い。始時止時!」
エルの下命に従い、クロスが時の杖を暈光させる。制止していた時計の針がカチリ秒を刻み、天帝饗宴の場にいる神々が動き始めた。常に変化する下界で止時始時の能力を使うと時差が生じ、時差を正す作業を早急にクロスは行わなくてはならないが、永続の典型例――天上界は時間の概念に縛られていない。もし一年、天上界の時間を止めても、天上界にとっては須臾の一齣だ。よって特別な穴埋めの必要性はない。
「タリア、俺の宮殿に来るか? 桜舞殿は巡邏官が少ないだろ?」
エルが後顧の憂いで申し出る。巡邏官は天上界の内城、外城を見回り、上位神の身辺や宮殿の警戒と警備を担う神々だ。監視された環境を好まないタリアは巡邏官の長に頼み、桜舞殿周囲を巡視する巡邏官を最低限の人数に留めていた。内城で最も手薄な宮殿だ、エルの懸念も致し方がない。
「(……私を襲った男神は単独犯か複数犯か……)」
エルの提案にタリアは悩んだ。焔を危険に晒せない。万一の危険を考慮する。
「義兄さん俺がいる、俺がタリアを守る。心配は無用だよ」
黙考していたタリアの隣で、両腕を組んでいる焔が、エルの気遣いを断った。
「焔……」
それに、と紡がれた理由にタリアは固まる。
「タリアとした大事な約束もある」
「…………」
忘失していた。桜舞殿に帰りたい焔の目的は明確だ。もちろんタリアは前者も本音とわかっているが、黙したタリアに誤解されまいと、焔が美声ではっきり弁明する。微笑した眼差しに悪意はない。
「一意専心でタリアを守りたい、四六時中タリアを抱いていたい、どっちも本音だよ」
「ちょ、ほ、焔……!!」
兄達の面前だ。タリアは含羞で全身の血が沸騰した。
「事実だ」
一方の焔は平然たる面持ちだ。二人の会話にクロスが「成程」と、右手の拳固で左手の平を叩く仕草をする。
「火鬼とタリアの帰宅後の約束って、夜の営みだったんだ~! へえ~!」
「クロスッ……、やめてくれ!!」
性行為を婉曲した単語はもはや露骨だ、隠しきれていない。
「何で? 恥ずかしがるなよ~、愛を確かめ合う行為は喜びと満足の源泉じゃん。つかタリアお前、火鬼の体力に付いていけてんの? そっちもすげえ強そうじゃん……コイツ――僕ら上位神と同等と呼べなくもない鬼神、渾沌だし」
「タリアは大抵、最後は気絶してる」
「…………っ」
クロスの質問に焔が答えた。タリアは両手で両耳を塞いでいる。兄達に夜の色事を知られ、羞恥で茹蛸状態だ。
「え~……? 上位神を気絶させるってマジかよ、何時間シてんの? こわ……」
「……タリアが、俺の可愛いタリアが……」
焔の答酬内容に青ざめたクロスの横で呟くエルが突如、倒れた。
「エ、エル!?」
タリアが駆け寄る。エルは完全に意識を失っていた。「極度のブラコンは大変だな~」などとクロスは笑っている。
「はあ……」
エルが悪夢に魘され、目覚めたときが恐ろしい。焔と口論になる避けられない未来に、タリアは憂鬱な吐息を零したのだった。
おはようございます、白師万遊です(*ฅ́˘ฅ̀*)♡
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