第十五集:堕神タリア
「――墜ちておいで」
「あ、あ、いやだ……」
幼い低声が誘い脅かしてくる。刹那、タリアの美しい桜色の髪先が黒く変色し始めた。苦しい、熱い、痛い。タリアは藻掻き地面に転がる。
「に、さん……!! 兄さんッ、……!! 」
「――止時始時!!」
上位神クロスが時空の杖の能力で天上界全体、神々のみの時間を止めた。上位神、焔以外の時がぴたり制止する。即座にエルが下命した。
「シュトリア、エシュネ、ソイツを捕らえ罪改牢に連行しろ! クロス! 俺とタリア、孤魅恐純とお前をアルテミスの森に飛ばせ!!」
「エルくんッ、タリアちゃんを堕落させないで!!」
「クソッ、何が何だか!! エルッ……、タリアをアイツらに渡すなよ!!」
「…………」
墜神の征伐はエルの任務だ。エシュネとシュトリアにエルは応じず、横目でクロスを催促した。クロスの時空の杖が暈光する。
「――移時異時!!」
クロスの能力で、クロスを含んだエル、タリア、焔、四人がアルテミスの森に一瞬で移動した。焔がタリアを支える。同時にタリアが十二枚の翼を広げ、エルとクロスが息を呑んだ。
天上皇授かりし純一無雑の二翼が仄かに黒い。
「――兄さんッ、……エルッ、私を殺してくれ!!」
「タリア……!! 義兄さん、タリアにいったい何があった!?」
消滅を懇願するタリアに焔は驚き、状況が読めず、エルに訊ねた。エルがタリアをうつ伏せに押さえつけ、背部の襦裙を破り答える。
クロスは耐えられず目を背けた。
「……墜神の血で作る堕落印字で彫られた、堕落の烙印だ。強制的にタリアは堕神に堕とされる」
タリアの背中、中央の一部が赤黒く爛れている。輝堕王の名を四角形の縁で囲んだ烙印だ。
「そっちの義兄さん!! アンタの能力で治らないの!?」
焔が時間を司る男神クロスに期待した。クロスは左腕でゴシゴシ目元を擦り謝る。悲嘆に暮れた湿り声が切ない。
「わ~っとごめん治せねえの!! 僕の能力は上位神の三際を操れないんだよ~。時を遡ってタリアを襲う前の男神を消したところで、タリアに押された烙印の現在は過去を塗り潰せないんだ」
つまり、タリアの烙印を消す術はない。
「――に、さん!! 私は堕落したくない!! こ、ろして、兄さん!! 兄さんの任務、だ!! 任務を、……遂行して!! 私は父上を……裏切りたくない!! ルキたちみたく私は常闇を屈伏させられない!! 恐怖の淵で私は正気を保っていられない!!」
上位神たる誇りをタリアは失いたくなかった。欲望に塗れ、意義を忘れ、自分を見失い、朽ち果てたくはない。上位神エルは神々に憧憬される天官軍総帥だ。階位に関係なく堕ちた神、堕神は決して許さず征伐する。
――しかし、それは周知の事実だ。
「……タリアは殺させない。俺がアンタ達を殺す」
矢庭に焔が鬼灯丸を取り出し、抜刀した。炎の刀身、灯る無数の鬼火、尖った紅い瞳は至極冷静で迷いがない。クロスとエルは後方に跳び、焔とタリア、二人と間合いをはかる。焔が解放した鬼力の重圧で、星々を反射させる湖面に波紋が生じた。
エルが二等辺三角形に近い剣身、アーミングソードを抜剣する。
「……本気か孤魅恐純、タリアが堕神になるんだぞ?」
「俺はタリアを愛してる。上位神に拘りはない。堕神のタリアと鬼界に帰るよ」
焔の意思は揺らがない。タリアが焔に哀願した。
「や、めて焔!! いやだ、堕ちたく、ない!! 私を愛、してくれてる、な……殺し、殺すな、殺してく、れ!! ぅあ、ああ……!!」
思考を乱され脳内を支配される、歪な感覚に、タリアは二の句が継げない。
「百年、五百年、千年、タリアに恨まれていい。殺させない。俺とタリアを邪魔する神々、アンタ達を殺す」
「ぁ、あ。エ、ル……わた、殺して……」
タリアは焔の説得を諦め、かき集めた僅かな自我でエルに縋る。涙を流すタリアの純白の眼球は常闇の害悪に侵食され斑模様となっていた、一刻も躊躇してはいられない。
「上位神タリア、俺はお前の兄だ。上位神の長男、神々の始まり、俺に命令を下す権利はお前にない」
エルは突き放す物言いをするが、左手で握った鞘に長剣を納刀する。太息を吐き裁断を紡いだ。
「お前は俺達兄姉の愛する末弟だ、見捨てはしない。上位神タリア、お前を半処刑に処す」
「エルお前タリアに……!!」
クロスは驚愕で斑声になった。上位神の半処刑は十二枚の翼と四肢を奪われる。
「タリアを堕神にしない最善の方法だ。俺の決定に異論はないだろ、クロス」
「ない、けど……」
「安心していい。父上が手づから創った上位神の神体は丈夫だ、消滅に至る手順でもない。完全な堕神に堕ちるまでの猶予は十分……。闇の蚕食を防遏するため、タリアを極限に削る……。俺がやろう」
エルがタリアに近付き跪いた。タリアは冷や汗が凄い。必死に悪を退け、善の清き信念で戦っている。誕生より数十年、数百年、数千年、見守ってきた末弟だ、好き好んで苦痛を与えたい兄姉はいない。
正義を司る男神エルの、金色の双眼が涙で湿った。堕神や異界者を討伐する威厳に満ちた天官軍総帥はいない。躊躇うエルを見兼ねた焔が指示を仰いだ。
「……はあ、義兄さんは下がって俺がやる。タリアを削るって? どうしたらいい?」
「……孤魅恐純」
「タリアは俺の嫁だ。タリアを傷付けていい男は天地で俺だけだよ。夫婦は苦楽を共に、でしょ。タリアを助けたい気持ちは義兄さん達と一緒だ」
焔の威圧感が薄くなっている。主張は強引だが説得力はあった。
「助けたい気持ちは一緒、か。……いいだろう。まず――」
「わかった」
焔はふたつ返事をする。エルの訥々とした説明を聞くや否や、鬼灯丸でタリアの翼を二翼、切断した。狂いのない見事な太刀筋だ。
「……――アアアアアッ!!」
突然、骨組みを斬られ、鋭い激痛がタリアを襲う。タリアの叫声が天を衝いた。羽根に迸る鮮血は夥しい。
「いい子だねタリア、我慢して」
血煙を浴びた焔は、タリアの悲鳴を意に介さず、両手、両足を鬼灯丸で素早く斬り離した。容赦ない斬撃だ、タリアは何時しか気絶している。血腥い場景に慣れていないクロスが口元を左手の平で塞いだ。
「うぁ……、お前マジかよ火鬼~……。好きなヤツを滅多切りするか普通……。僕は無理、可愛いタリアにお前……、ひでえ……、はあ悪夢だ………」
「俺はする。タリアが助かる」
焔の断言は即答だ。焔はタリアのマスクフェイスベールを外し、血塗れの上半身を抱き締めた。エルがタリアの片頬を撫でる。
「……偉いなタリア、よく頑張った」
「タリアは? 堕神の進行は治まったの義兄さん」
「堕神の烙印は神の源、神力を吸い堕落させる。神力の源は心臓だがタリアはいま心臓を動かす微力な神力しか残っていない、無いと言っていい。これで拠り所のない堕落の烙印の効力はなくなる」
エルの言葉通り、タリアに汚濁した賎陋なる闇が、黒く噴霧した。徐々に顰められているタリアの蛾眉も緩み、張り詰めた場の糸がはち切れずに済んだ。
焔がタリアの額の粟立つ汗を漢服の袖で拭い、エルに問う。
「義兄さん、タリアは何日で回復するの?」
「……二翼と四肢の再生だ。三百年弱は眠る」
「……そ」
程遠い日数だ。されど焔は文句を言わない。
クロスが焔の相槌に小首を傾げた。
「『そ』って火鬼お前、三百年、タリアを待つ気?」
「待つよ。タリアと三百年、俺も眠る」
「ひえ~マジで……、すげえ執着心……」
焔の意向に一驚するクロスが頤を掻いた直後、天空が七色に輝き天声が響き渡る。
「――エル、クロス、火鬼」
天地、宇宙、万物の創造主、天上皇だ。
「はい、父上」
「はい、父上」
エルとクロスが同声し拱手した。無論、焔はしない。
「――タリアを堕落の性質から解放したお前達の判断を諒とする」
「ありがとうございます父上」
「――此度の凶事、タリアに罪過はない。狡猾でない私の可愛い子は死を覚悟した、情けをかけてやろう」
天上皇の御言葉が光の粒となってタリアに注がれる。タリアの右翼と左翼、四肢を新しく再創造し、天上皇は去ったのだった。
おはようございます、白師万遊です⸜( ´ ꒳ ` )⸝♡︎
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