第十四集:神の舞
――天帝饗宴、最後の歌舞が披露される。
星々と闇夜が織り成す幻想的な空間にひとりの男神が、十二枚の翼を広げ、数十メートル上空に舞い降りた。
「タリア様よ……」
「三美神タリア様……」
「宇宙が愛す天女だ……」
豊かさと開花を司る男神、一方でカリスの一柱、美と優雅を司る上位神タリアだ。
タリアは上位神アライアが用意した漢服、襦裙に着替えている。
衿元が右前の短い上衣の襦は退紅色、捩じれた腰紐の裙は退紅色とヒヤシンス色、桜刺繡があしらわれた帯もヒヤシンス色で、下裙はヒヤシンス色の、前部に鳳凰刺繡が縫われてあるウエストスカート状を着用していた。衿元の両肩に散らばる桜刺繍は上品で愛らしい。
袖はシースルーだ。タリアの白い肌が星の輝きで透けている。靴は履いていない、裸足だ。髪型はハーフアップに結ってあり、ピンクゴールドのティアラが飾られていた。後ろ髪は色とりどりの花々で彩られてある。繊細で可憐だ。
両耳にかけたマスクフェイスベール、 縦28cmで横33cmの、タッセル型パールチェーンが、顔下で揺れていた。色はピンクゴールドだ。花の細工は細かく、真珠も小ぶりで華美にない。
アクリル樹脂製のパールや雫形ラインストーンが、額と眉上に貼られてある。化粧が施された容貌は正に美の象徴だ。万物を平伏せさせる神々しさと儚さを兼ね備えていた。
焔と三百年後の婚姻を誓う菊結びのロングタッセルが左耳に吊り下がっている。
タリアは右手に持つ金メッキの七五三鈴、十字型の神楽鈴を鳴らした。座金、柄金具の唐草模様の彫刻は精巧で高級感がある。持ち手は朱の漆塗りだ。
天上皇に奉納すべく奏される歌舞、神楽の舞は優雅で気高い。笛を主に大鼓、小鼓、太鼓が囃す。優美に重きを置いたタリアが、満月を背に微笑み、くるり回り指先を下唇に添える仕草は奥ゆかしく、神々は感声の溜息を漏らした。
「……泣けてきちゃう」
「……崇高だなタリア様は」
「……ああ、大慈大悲だ。俺達はいまタリア様に救われているんだ」
「…………」
神々に紛れ、不穏な空気を漂わせる男神もいる。皆一様に天の原を眺め、彼の禍々しく歪んだ表情に気づいていない。
「タリア様ー!!」
「タリア様こちらに御慈悲を~!!」
「タリア様~! こちらに、こちらに~!」
無礼が寛大な天帝饗宴で神々の要望が飛んだ。タリアは左右に神楽鈴を振り、神々の願いに応じた。目映い光の粒子が一筋の線となって神々の頭上に零れる。
「神々の前途を祝福しよう」
「――わあ!! タリア様の御恵みよ!!」
「――タリア様~!!」
「――ありがとうございますタリア様~!!」
歓声が沸き上がった。タリアは役目を終え、天上皇に拱手する。柔らかい無音の返事にタリアは頷き、地上に下降した。
北の物見櫓、赤瓦の上で両腕を組み、彳んでいる人物は焔だ。タリアの舞を見守っていた焔が、組んでいる腕を解き、春風に乗ったタリアに両手を伸ばす。
「タリア」
「ただいま焔」
タリアは迷わず自身の手をそっと焔の手に重ねた。ふわり、タリアが十二枚の翼を仕舞い、足裏を赤瓦につける。間際に、焔がタリアを横抱きに抱えた。
華奢な両脚が宙を彷徨う。
「うわ!?」
「汚れる」
「……ありがとう」
タリアは焔の厚意に甘えた。拒否する理由もない。
「綺麗だった」
「ありがとう。実は久々で……ハハ、……ぎこちなくなかったかな?」
数百年、舞稽古を疎かにしていたタリアが不安げに問う。
「滑らかだったよ。さすが天界随一に美しいと謳われる神様だ。みんな見惚れてたけど、俺が一番、見惚れてた自信があるね。だって俺が一番、タリアを愛してる」
そう答えた焔がタリアの顔を覗き込んだ。紅く灯る虹彩に、耳介を赤く染めたタリアが、美麗な色調で映っていた。
「……っ、ありがとう」
「……ハ、可愛い……」
タリアと焔の会話は聞えないが、神々達は北の物見櫓を見上げ、注視している。
「……火鬼、だよな?」
「タリア様と三百年後、婚姻するって噂の鬼だろ?」
「神々の天帝饗宴に招待されたの? 彼は鬼でしょ? 四界の鬼族よ?」
「馬鹿、ただの鬼じゃない。アイツは自然が生んだ渾沌の火鬼で五百年前の大罪人だぞ……? 人間や神官を殺した、性質は怠慢で醜い賤しい獣だ」
「我らがタリア様のご神体に不躾な……」
神々の耳語は小声で無論、二人に届いていない。だが突如、焔が神々を眼下に睥睨した。邪気が蔓延る刃の瞳は毒々しい。
「ひい……!!」
「ば、化け物ッ、化物だ!!」
「シッ、喋るな殺されるぞ!!」
神々は咄嗟に視線を逸らし頰被りする。下級三神の神々が、数百年で死屍累々を築いた残虐な火鬼の殺気に敵うはずがない。
「……焔? 下に何かあるのか?」
「……ああ、下は賑わってるなって」
「ハハ、まあね。神々も日々の任務で疲れている、気分転換も必要だ。天帝饗宴の目的だよ、天上皇が喜んで下さる」
「ふうん」
焔の興味ない相槌は素直で面白い。タリアは苦く笑い、促した。物見櫓で上位神エルが叫んでいる。
「焔、戻ろう」
「タリアと二人がいい」
「兄さん達と会える機会は少ない。仲良くして、桜舞殿に帰ったら私とキミの二人だ」
「……帰ったら、――したい」
優しく諭すタリアの耳元で焔が甘美に囁いた。
「…………ッ」
タリアは「したい」の意味を察する。含羞で全身が真っ赤だ。
「いい子に義兄さん達と仲良くする、喧嘩もしない」
「……、ん」
焔の好条件はずるい。タリアは明日の寝不足を覚悟で要求を承諾した。否、せざるを得ない。
「じゃあ、戻ろう」
タリアが首肯したと同時に、焔は靴底で上手く屋根を滑り、物見櫓の内側に入る。
「――遅い!!」
開口一番、白軍衣を纏う上位神エルに一喝された。
「まあまあ義兄さん」
堂々たる威厳に満ちた態度のエルに焔は物怖じしていない。クロスが一驚し感心する。
「おお~、エルの一睨みが効いてない。強心臓~」
「煩いぞクロス! 孤魅恐純、何でお前はタリアを抱えている!?」
エルはクロスを叱り、焔に詰め寄った。凄まじい勢いだ。
「何でって……、義兄さんはタリアを汚したいの?」
「――――っ!」
傷ひとつないタリアの桜色の爪先を一瞥するエルは、反論できず、乾いた奥歯をぐっと噛み締める。タリアは片頬を掻き、能力でパッと白い長靴を取り出した。
ずっと焔に抱えられているわけにもいかない。それにエルの手前、このままの体勢ではいられない。
「あー……よし、いいよ。すまない焔、大丈夫、ありがとう下ろしてくれ」
「…………」
「え……」
タリアが靴を履いていた、ものの数秒で、何故か焔が不機嫌になっている。
「タリアを抱えられなくなってめっちゃ怒って――……、とと」
焔の背負う影はドス黒い。クロスは言いかけた発言を飲み込み、口を噤んだ。
「……え、と……下してくれ焔」
「俺は平気だ、下したくない」
焔がタリアの体を抱え直した。密着度が増す二人にエルが黙っていない。
「孤魅恐純!!」
エルの爆発をタリアが食い止める。
「ああ、兄さん待って!! 焔、下してくれ、いい子じゃなきゃ帰宅後の約束は白紙だ」
タリアは嘘をつかない。議論の余地はない。焔は選択肢を絞られ、不満ながらも腰を落とし、タリアを解放した。
「……足下、気を付けて」
「ありがとう」
焔に礼を告げるタリアの足底が地面に着いた直後、間、髪を容れず、クロスが問う。
「タリア、お前すげえ。帰宅後の約束ってなに?」
「……あー……ハハ、秘密だ。ねえクロス、最近時空はどう?」
曖昧な答酬で誤魔化し、タリアが話の焦点をずらした矢先、とんっと背中に何かぶつかり、皮膚が「ジュッ」と焼かれる痛みが走った。
「は、ははは……、あはは、やった!! やったぞ!!」
ひとりの男神がタリアの背後で嘲笑している。両手で棒状の柄を掴んだ物体の正体は、縦横50㎜直火式の四角焼印――、黒い堕落印字の烙印だ。
焦げ臭い香りと共に、上位神兄姉の眼前で、焔の間近で、タリアは速度が鈍いスローモーションのように倒れた。幼い声音で須臾に漆黒がタリアを誘う。
「――墜ちておいで」
おはようございます、白師万遊です(。☌ᴗ☌。)✧♡
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