第十三集:天帝饗宴
辰の刻――辰三つ時、天上界上空は地上の晴夜と異なり星々の煌きで煌々と明るい。膨大な惑星、天の川銀河が立体的に流れている。光害の影響がない天上界は、天の川の視認が容易だ。
「――わあ! 天官軍よ!」
「――天官軍の出番だぞ!!」
「――エル様ーッ!!」
眼路を下げれば、普段は静寂な内城が、今夜は一段と騒がしい。天上界は今宵、天上皇が主催する天帝饗宴が開かれていた。天帝饗宴は神々の宴だ。上級三神、中級三神、下級三神、が一堂に会する。緋毛繊台が設けられた酒の席は階位で区切られており、下級三神は黒白の番傘に白虎が描かれている西、中級三神は青い番傘に青龍が描かれている東で盃を酌み交わしていた。
上級三神は南と北に分かれている。南は中位神と下位神、北は上位神だ。
彼らは物見櫓で神々の歌舞音曲を眼下に眺めていた。物見櫓は大型の掘立柱の建造物、支柱に丸太材や角材を組み上げて作る井楼だ。中位神の物見櫓は緑瓦、上位神の物見櫓は赤瓦になっている。
「エル様~!!」
「我らが天官軍!!」
天官軍の登場が、場に一層の賑わいを齎していた。
彼らの奉納演武、剣術は迫力がある。鉄製の剣の音鳴りは心地が良い。
「――ハアッ!!」
精練された深沈厚重な軍隊だ。一振りの威風が偃した。
「義兄さん、かっこいいね」
「ああ、見事だ」
焔とタリア、二人も北の物見櫓にいる。
焔は珍しく紅い漢服、上衣下裳を着用していた。縁の黒い襟で襟に続く衽、ボタンを使用せず黒帯で締めている。首元や腰を飾った金の装飾品は上品で華美になっていない、靴は黒い長靴だ。鬼灯丸は仕舞っていた。
そこにぞろぞろ、遅れて上位神が昇ってくる。
「――いたっ、タリアだ!!」
「――久しぶりねタリアちゃん」
「――わ、マジ久しぶり~!」
男神シュトリア、女神エシュネ、男神クロスだ。一斉に三人は話し始めた。
「タリアァ、俺の可愛い末弟! ったく下界に入り浸りやがってっ、お前に会いたかったんだぜ俺は!」
彼はシュトリア、慈雨を司る神だ。一重瞼できりっとした切れ長の目元、鼻筋は高く小顔でシャープな顔立ちをしている。服は上衣下裳、雄黄の漢服で襟や帯は抹茶色、靴は黒い長靴を履いていた。髪は蒲公英色の長髪だ、前髪は瞼上で揃えてある。背丈は210㎝と大きい。
「婚姻するんですって? お姉ちゃんと恋バナしましょ~!」
彼女はエシュネ、舞踊と酒宴を司る神だ。カリスの一柱、三美神のひとりで出産と婚礼を担っている。二重瞼を囲んだ長い睫毛、スッと通った鼻筋に狭い小鼻、美眉で艶がある唇、一言に容姿端麗だ。
服は漢服で、上位神アライア同様、彼女も又、襦裙しか着ない。衿元が右前の短い上衣の襦、腰紐の裙、下裙はウエストスカート状だ。羊刺繍が可愛い布靴を履いている。紫苑色の髪は長髪でハーフアップが可憐なお団子頭だ。結った箇所に紫苑色のリボンが巻かれてある。
右手に持つタッセルが付いた、全長約32㎝、扇面約20㎝の、古典円型団扇の模様は羊柄だ。他と自分を比べない性質故、185㎝の背丈に悩みはない。
「ねえタリア、お前ちょっと痩せた~?」
彼はクロス、時間を司る神だ。黒いリップを塗った唇、顎下に脂肪がない曲線美の顎、顔上は濡羽色の髪、刈上げマッシュヘアの前髪で隠してある。服は上衣下裳、艶めいた濡羽色の漢服だ。靴も黒長靴と全体的に真っ黒い。左手に握る約180㎝の時空の杖、その先端に付いた、高波動エネルギーを有する高品質の水晶は透明で美しい。199㎝と高身長だ。
皆それぞれ、十二枚の翼は畳んでいる。
「シュトリア私も会いたかったよ。アシュネ、恋バナは何れ……。クロス、私は痩せてない、かな」
ひとりひとり、タリアは丁寧に応じた。久しぶりの再会はやはり嬉しい。
「――……んで、へえ? ソイツが例の火鬼の小僧?」
シュトリアが左腰に左手を当て、鬼角を生やした焔を一瞥する。上半身の重心を右側に傾け、焔を見下していた。シュトリアは四界の者が嫌いな性格だ。
タリアが焔の右斜め横に出て庇う。今日は天帝饗宴、喧嘩は避けたい。
「兄さん、威嚇しないで。彼は火鬼の孤魅恐純、私の愛する人だ」
「……ぐっ、タリアが……ッ、愛す、る……だとッ!?」
シュトリアは胸元を抑え片膝を突いた。
「え……、シュトリア!?」
突然の事態にタリアが慌てて駆け出す寸前、エシュネがタリアの傍に寄り、「いいのいいの」と制止する。そしてタリアの右腕に自身の左腕を絡め、くるり体を反転させた。焔、タリア、エシュネ、三人が正対する。
「タリアちゃん、シュトリアくんは自業自得よ。孤魅恐純くん、私はエシュネ、タリアの姉よよろしくね。カリスの一柱で出産と婚礼を担っているの。アナタは子供、お好きかしら?」
「ガキは嫌いだ。でもタリアに似た子供は欲しい」
「まあまあまあまあ」
エシュネは口元付近に団扇を添え、焔の返答ににこにこ微笑んだ。
「ね~ね、火鬼の赤ちゃんって火鬼?」
クロスが三人に加わった。唐突な質問だがタリアも興味がある。火鬼は自然が生んだ渾沌だ。血縁者がどの程度、血を継ぐのか知りたい。
「いや、火鬼じゃない。女鬼側の遺伝子を大半に子供は形態形成される。産んで一カ月経てば火鬼の遺伝子は完全消滅するよ」
「え~? なんかそれ、自分の子じゃねえじゃん?」
「俺はタリアの子なら気にしない。まあ、誰かが愛着沸かないって自分の子供殺してたな」
「オイオイ~。やっぱこえ~な、神の天敵って……」
焔の見聞は露骨でクロスは口端を引き攣らせた。不快感を表すクロスに反してエリュネは平然とした様子で焔に助言する。団扇でタリアを扇ぎ、涼しい夜風を送った。
「大丈夫よ孤魅恐純くん。タリアちゃんが望めば父上がアナタとタリアちゃんにそっくりな子供を授けて下さるわ」
焔がきょとんと、エリュネの言葉を反復させる。
「……俺とタリアにそっくりな?」
「ええ、ええ。タリアちゃん半分、孤魅恐純くん半分、堪らなく愛くるしいわよ」
「…………」
焔が無言でタリアを直視した。小首を傾げるタリアが焔の名前を呼ぶが、本人の耳に届いていない。
焔はタリアが女神になったときの会話を思い出している。
『……未来にタリアと俺の……、タリアに似た子供はいるかな』
『天上皇は寛容だよ。三百年後が楽しみだ』
焔は少し勘違いしていた。タリアの遺伝子で二人の子供が創造されると、誤想していたのだ。まさか渾沌種が、夢にも思うまい。自分の本当の子供ができる、奇跡だ。
焔が自分の名を連呼していたタリアを抱き締める。エリュネは「あら」とタリアと一旦、距離を置いた。
「ほむ――」
「……子供、欲しい。タリアと俺の子供が欲しい」
若干、震える声音は酷く切ない。懇願されたタリアは優しく焔の背中を撫でる。
「天上皇は寛容だ、って言わなかったか?」
「うん、言ってた」
「私に似た子供がいいのか?」
「…………、タリアと俺の血が混ざった、二人に似た子供がいい」
暫し黙考し囁かれた答えは以前と違うものの、きっとこれが焔の本音だ。
「三百年後を楽しみにしてて」
「……ん」
ふたりの愛の結晶を成す未来の約束は純粋で尊い。三百年後が待ち遠しい焔は、タリアの前頭部に自分の片頬を擦り付け、甘えた。
「何なの!? めっちゃラブラブじゃん! くそ羨ましい~! 僕も恋がしたい~!」
「まあまあまあまあ! 孤魅恐純くんったら大胆、タリアちゃん愛されてるのねえ」
「………あ、い…」
タリアと焔の抱擁を霞んだ眼に捉え、シュトリアがばたり倒れる。真っ白に燃え尽き風化した。死んで――、はいない。
振り向くタリアがシュトリアの屍もとい、魂の抜け殻を発見する。
「ん? ……ああっ、シュトリアが!!」
「いいのいいのタリアちゃん、シュトリアくんは平気よ兄の定めね。ねえ孤魅恐純くん、二人の馴れ初め教えてくれないかしら?」
「もちろんだ、義姉さん」
「義姉さんですって!!」
「じゃあ僕は義兄さん?」
「ああ、義兄さんになるね」
「お~彼の大罪人、火鬼が義弟か……。複雑じゃね?」
「ねえ皆、シュトリアが……ッ」
三人はシュトリアを意に介さず雑談で盛り上がっていた。周章狼狽するタリアを焔は腕の中から逃がさない。直後、物見櫓に舞い降りたエルに「お前達ッ、俺の演武を見ていなかったな!?」と説教される。序でにタリアと焔は昨日の外城の騒動、「口づけ」の一件も叱られたのだった。
おはようございます、白師万遊です(。☌ᴗ☌。)✧♡
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