第十二集:福運
上位神アライアが桜舞殿を去って四半時後、タリアと焔は内城と外城を繋ぐ、七福門の門番、左門神と右門神がいる七福門を潜り、外城へと入った。二人の醸し出す圧倒的な存在感は、神々達の衆目を集めている。
片や天上皇創りし最後の男神――華々しい三美神のひとり上位神タリア、片や鬼界で悪名高い三災鬼のひとり――火鬼の孤魅恐純だ。注目の的にならないわけがない。
外城の神々達は火鬼の邪気を恐れ、遠目に二人を窺っていた。
「タリア様よ……!」
「……火鬼だ本物か」
「タリア様が婚姻なされるって、噂じゃなかったな」
「相手は五百年前の大罪人、憎き火鬼だぞ……」
見目麗しい上位神タリアは神々しい光の粒を天風に乗せ、眉目秀麗な孤魅恐純は禍々しい紅い影を騎士服の裾に滲ませ、並んで歩いている。純粋な陽と邪悪な陰、対極な二人だが、絵画の如く美しい光景に神々達は魅了されていた。近くでタリアを拝見したい男神や女神もいるが、鋭利に尖った焔の放つ殺気で足が竦み動けずにいる。
「タリア」
「ああ、ありがとう焔」
火鬼が差し出す左手の平にタリアが右手を添えた瞬間、外城が響んだ。
「タリア様がッ……!」
「お、おい……火鬼が上位神のお体に触れたぞ……!」
「……いいのか!?」
上位神の神体は神聖で、上位神外の神々の接触は許されない。ざわめく外城、そこにひとりの男神が一歩前に踏み出し拱手した。
「…………」
界事を司る神官、五事官の長ウリだ。五事官の服装規定、亜麻色のロング丈、長袍を着ている。因みに長以外の五事官は皆、黒い長袍だ。
今日は一段と目元の隈が濃ゆい。そしてたくさんの書類を片腕に挟んでいた。彫があるぱっちりした二重瞼の眼に生気が宿っていない。荒んだ空気を背負っている。
「あー……、こんにちはウリ、丁度良かった。キミに会いに外城に来たんだ」
タリア達は五法殿に向かっていた途中だ。嬉しい鉢合わせに挨拶するが、ウリの重い佇まいにタリアは冷や汗を掻いた。
緊張しつつ、対話の許可をする。
「いいよウリ、容認する」
「……こんにちはタリア殿、常々、数百、数万回とアナタに申し上げておりますが、ご自身が上位神であらせらえるご自覚はおありでしょうか? 上位神のアナタが下神の僕に用件がある場合、アナタが外城に来訪なさるのではなく、僕がアナタの宮殿にお伺いする立場なんです。秩序を重んじ、外城を乱さないで下さい」
ウリは自分の階位に無頓着なタリアを危惧していた。階級や序列、掟に厳しい上級三神の中位神や下位神は上位神の疵瑕に目敏い。ただでさえタリアは目立つ、無用な揉め事に巻き込まれないか、邪推を回されたり責任転嫁されないか、ウリは心配でタリアを諫めている。本人が知る由もない、ウリなりの忠義の表し方だ。
開口一番、訥々と諫言されたタリアは、透き通る白い片頬を掻き、苦笑した。
「アハハ……、すまないウリ」
「はあ……。アナタの『すまない』も本来、下神にご法度ですよ」
上位神と下神の壁は分厚い。上位神自ら安易に非を認め、下神に謝罪する者はいない。平等を謳う天上界、しかし蓋を空ければ対等のない世界だ。
天上皇が神々に与える不変の不条理を、神々は試練とし、万一も思い上がりで理解した気になってはいけない。絶対は天上皇にある。
万物に共通した普遍的で不安定な矛盾だ。許容せず、諦念せず、断念せず、真理に囚われず、破壊せず、乖離せず、不条理を不条理のまま生き、神々は不条理の意味と本質を探究し続ける義務を課されていた。
――経験と誠実な精神で向き合うことが重要だ。
タリアも又、不断の挑戦と努力をしている。不条理を生の基準に、感情意識を活動させ、理想を求めていた。
「……肝に銘じよう」
頷くタリアにウリは溜息を吐き、本題に入る。
「はあ……――でタリア殿、僕に如何様なご要件が?」
「先日の樹氷村、冴木犀の一件だ」
「樹氷村の雪花の案件は神兵ハオティエンとウォンヌの聴取で粗方、把握しております。雪花の実物はありませんでしたが、微量な結晶は入手できました。これは重大な事案です。樹氷村は我々五事官、許万官、医研官が、今後の調査対象に……、お陰様でとても忙しくしております」
「あー……、ハハ……、お疲れ様……」
目頭をぐいぐい解すウリは疲労困憊気味だ。寝不足なのが見て取れた。
ウリは五界すべての怪奇事件、猟奇事件の解決を最優先に、転仕や任務能力に関する事柄、昇給昇格、神員配置、神材育成、格官職の方針を束ね書記を兼務、関係官職との連携、現場支援、官職指導に助言、備品や宮殿の土地管理、等々を担っている。当意即妙な判断、臨機応変な対応力が欠かせない大変な任務を正確で迅速に遂行するウリは、天上界の誉れで尊敬と信頼に値する男神だ。
そんな多忙なウリに仕事を意図せず増やしてしまったタリアは申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「タリア殿は一度、下界で運勢を占ってもらっては如何ですか? 数千年の歴史上、三災鬼や三毒狐、三厄狼や二凶鹿が自ら下界に赴き、人間を襲う事例は極端に少ないです。にも拘わらずタリア殿は、鬼界の孤魅恐純、狐界の電蔵主庵、鹿界の万季地と漠、狼族の冴木犀、自然が生んだ渾沌、神の天敵と短期間でこうも遭遇しています。数世紀でアナタひとりですよ?」
「……私ひとり、幸運なのかな……」
「幸運じゃなく、凶運です」
真剣な口調で零すタリアの独言をウリがキッパリ否定した。
「凶運……、いや、焔と出逢えたし幸運じゃ……」
「そもそもの凶運の発端は、火鬼でしょう」
ウリがタリアの隣にいる焔を睨んだ。
「ハッ、俺とタリアの出逢いは福運だ」
焔は鼻で笑い瞼を半分に、数百倍の威圧感でウリを見下げた。ウリが対峙する焔は死屍累々の亡骸の積み上げてきた真の悪だ、醜悪に澱んだ虹彩は刺々しい。
歪な重圧にウリの両肩が痺れる。
「――――っ」
ウリの一瞬の強張りをタリアは見逃さなかった。タリアはウリを威嚇する焔の殺伐とした顔を両手で包み込んだ。
「ありがとう私達は福運だ。だから、ね、ウリを虐めないで」
「……虐めていない」
「運勢占いは下界で流行っている、今度、占ってもらおう」
「運勢占い……、鬼界にいい占い師がいる。漆黒や荊が一時期ハマッてた」
鬼界の招死笑滅や乱螫惨非が夢中になる占い師だ。余程の命中率に相違ない。
「へえ! じゃあ、鬼界で決まりだ」
タリアが浮かべた笑みに釣られ、焔の口端も緩んだ。ウリがタイミングを見計らい、咳払いする。二人の甘い雰囲気に周囲の神々が石化していた。
「ゴホンッ! タリア殿、外城です。節度を保って下さい」
「ああウリ、すまな――」
タリアが焔から両手を離すや否や、唐突に焔がタリアの両頬を両手で持ち上げ口づけする。一帯が無音になった。タリアが含羞で茹蛸になる。
「――ちょ、焔!」
刹那のキスだ。ウリは唖然とし、ハッと語調を荒げ焔を咎めた。
「孤魅恐純!! 衆人環視の中でっ、アナタ正気ですか!?」
「自分の嫁を可愛がってなにが悪い?」
「嫁!? 三百年後でしょう!? 不純です!!」
「不純? 神が愛を不純と?」
「愛じゃなく、孤魅恐純アナタが不純なんです!!」
非難の応酬だ。タリアが喧嘩を仲裁する。
「やめないか二人共!!」
「タリア殿っ、アナタもアナタですよ!? 辺りをご覧になって下さい!」
「辺りって……うわ!?」
神々が失神していた。「医研官を呼んでくれー!」、「こっちもだー!」と救助要請が飛び交っている。吐血した者や半狂乱になっている者もいた。悲惨な状態だ。
「はあ……まったく。アナタ達がいては収拾がつきません。いいです二人は内城にどうぞお戻りを、ここは僕が引き受けます。明日は天上皇主催の天帝饗宴です。くれぐれも、問題は起こさないで下さい。いいですねタリア殿」
「……え、と。わかった」
後者が一言一句、強調される。ウリに釘を刺され、タリアは諾ったのだった。
おはようございます、白師万遊です♡(。☌ᴗ☌。)
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