第九集:終結
それぞれの戦いが終わり、四人はタイミングよく先刻、四散した中間地点で合流する。焔が横抱きしていたタリアは血塗れだ。本来は桜色の深衣が、いまは血で赤黒い。
タリアに一瞬で接近するハオティエンとウォンヌが同時に叫んだ。
「――タリア様!?」
「――お怪我を!?」
「アハハ……、平気だ」
案の定の反応をされ、タリアは苦く笑った。上位神の神体は丈夫で「平気」に嘘はない。
「……ってタリア様、心臓が!! まさか冴木犀に!?」
「……ッ!? タリア様、冴木犀に心臓を奪われたんですか!?」
タリアの胸部に穴が空いている。ウォンヌとハオティエンは矢継ぎ早に質問した。
「冴木犀がいたと誰に?」
冴木犀は逃げて二人と接触していないはずだ。問い返すタリアにウォンヌが答えた。
「僕は瑠璃狼に、征伐しました」
「俺は銀狼です、こちらも征伐しました。ウォンヌと手分けして雪洞を捜索しましたが、人間の生存者はいませんでした」
継いでハオティエンが報告した。ハオティエンは所々、軍衣が紅血で滲んでいる。かなりの出血量だ。
「ありがとう二人共、ご苦労様。ハオティエン、キミに」
「……?」
タリアが差し出すものをハオティエンは受け取った。手の平にあるタブレット型の丸い玉を確認したハオティエンが驚愕する。覗き込んだウォンヌも瞠目していた。
「……っ、滴下生じゃないですか! 俺は大丈夫ですっ、タリア様が使って下さい!」
生命の樹から落ちる滴を固めた滴下生は、神々のための貴重な万能薬だ。常に入手困難で、他の神に譲る者はいない。
下神は上位神に忠実だ。上位神も又、下神に誠実であらねばならない。
「私はいい、キミにあげるよ。上位神の慈悲を、キミは拒むのか?」
タリアはハオティエンが断れない言葉で選択肢を一択に絞り込んだ。
「…………っ」
果然、ハオティエンはグッと押し黙る。そして黙考の末、拱手した。
「……いえ、有難く受け賜ります」
「ハハ、よろしい」
微笑するタリアは尊い。自分の怪我を顧みず、他を助ける。
天上皇創りし上位神は下神に興味がない。誇り、矜持、自尊心が強く、下神を煙たく扱う傾向にあった。けれど上位神タリアは、下神に自ら歩み寄る男神だ。
下神を気遣い、下神を守り、下神の意見を蔑ろにしない。
下神が忠誠を捧げるべき上位神だ。
滴下生を飲み、体を回復させたハオティエンが再度、タリアに礼を述べる。拱手し最大の感謝を示した。
「タリア様、ありがとうございます。武官ハオティエン、御恩は生涯、忘れません」
「大袈裟だなハオティエンは……」
ハオティエンは武人の性格だ。発言に重みがある。
「――ってタリア様、心臓は冴木犀に!? 食べられたりしてませんよね!?」
ウォンヌが二人の会話に割って入った。押し退けられるハオティエンは横目でウォンヌを睨みつつ、体勢を崩したまま「食べられてませんよね?」と語末を反復させる。上位神の神聖な心臓は天上界の宝、天上宝のひとつだ。汚れた四界の住人が万一も口にしていい代物ではない。
「えーと……」
タリアは言い淀んだ。二人に真実が知れたら後々が面倒くさい。
「(何か正当性のある……)」
「奪還した褒美に俺が食べた」
けれど、タリアが弁解を考える前に焔が告白した。簡略で直球、無駄がない。
正直は美徳だ。しかし時と場合による。ウォンヌとハオティエンはポカンと目を丸め、ハッと意識を覚醒させ騒ぎ始めた。
「……え、え!? タリア様!?」
「……は!? タリア様、本当ですか!?」
真偽はタリアに委ねられた。騒ぐふたりに溜息を吐き、タリアが認める。
「冴木犀に捥ぎ取られてね。本当だよ、焔が奪還してくれた。褒美に私が彼に心臓をあげたんだ」
上位神の心臓も生物だ。腐ってしまうより誰かの、愛する者の血肉になってくれたほうが断然いい。
「……褒美ってタリア様……、天上宝を……、火鬼に……」
落胆の色を隠せないウォンヌは上半身をだらり、くの字に曲げた。
「お前……孤魅恐純、タリア様の眼前で、タリア様の心臓を食したのか?」
ハオティエンの言問ひに焔はタリアの頭部に頬を擦り付け肯定する。
「まあね、美味しかったよ。タリアの心臓は甘い桜味だ」
「…………」
天上界の神々にとって、不愉快極まりない感想だ。ハオティエンは眉間に皺を刻み嫌悪感を露わにした。
タリアがハオティエンとウォンヌを宥める。
「あー……まあまあ、落ち着いて……」
「落ち着いてます!!」
「落ち着いてます!!」
ふたり共、全然、落ち着いていない音量だ。
「煩いな」
「お前のせいだろ孤魅恐純!! 婚約破棄しろ!! お前はタリア様の御傍にいる資格はない!!」
「…………」
婚約破棄は焔に使用してはいけない禁句用語、ウォンヌの馬頭に焔が無言で片方の眉山を吊り上げた。
「やめなさい!! ふたり共!!」
タリアが叱り場が静まる。顔を顰めたウォンヌの表情は幼い。
「……はあ。ハオティエン、五事官と許万官に連絡は?」
「しています。間もなく天と地を結ぶ天光柱が現れるかと」
下界の事案、及び、人間にない四界の死屍の処理は、界事を担う五事官と罪や穢れを祓う許万官の任務だ。
「じゃあ彼らにあとは任せよう。二人共お疲れ様、ありがとう」
樹氷村の事態は取り敢えず終結した。冴木犀の臨床試験、雪花は、五事官の調査対象になるだろう。五事官の長ウリの説教と嫌味を交えた聴取が怖い。
「タリア様は下界に? 移境扉開きましょうか?」
ハオティエンの木の棒を探す素振りに、タリアが待ったをかける。
「いいよハオティエン、今日は天上界の宮殿に帰る。焔、いい?」
天上界で傷を癒したい。共に暮らす焔の了承が必要だ。
「もちろん、いいよ。タリアの宮殿は好きだ。タリアの香りで溢れた御帳台もね」
焔の返事は快かった。故意的にないタリアの色香を匂わす一言に、ウォンヌとハオティエンが赤面している。
タリアの耳介も無論、赤い。
「……帰ろう。ハオティエン、ウォンヌ、キミ達二人も送ろう」
タリアが能力で小さなラッパを取り出し、フッと吹いた。
甲高い音が天に轟き、須臾に、天上界から二頭の白馬が引く白馬車が到着する。燃え盛る車輪でぎょろぎょろ動く無数の眼はやや異質だが、彼らの活躍は上位神エルのお墨付きだ。聖戦に欠かせない存在と常々、タリアも耳にしていた。この白馬車の正体は翼を二枚授かりし上級三神、下位神だ。
彼らは戦火の馬となって天上皇や上位神を運ぶ役割を担っている。
「さあ、みんな乗って」
タリアが馬車の扉を開き促した。しかし武官の二人、ハオティエンとウォンヌは渋っている。顔色が真っ青だ。
「いや……え、と……」
「あ、えー……、ああっ、タリア様! 僕達が許万官や五事官に詳説し、えー、ああッ引継ぎ! 引継ぎをしておきます! な、なあハオティエン!」
「あ――、ああ! タリア様、誠に申し訳ございません。折角のご厚意ですが、俺達は中央往来の間で帰還致します」
そう告げて二人は拱手した。首を垂れる二人は以前白馬車に乗車した際、上位神エルの荒い運転で散々な体験をしている。思い出すだけで胸焼けがしていた。
「……? わかった、じゃあ私達は先に失礼するね」
タリアも無理強いはしない。二人に挨拶し、タリアは焔に抱えられたまま馬車に乗り込んだ。二頭の白馬が棹立ち、牡丹雪が舞う幻想的な夜空を駆ける。
「タリア、寒くない?」
「……ん、キミのお陰で暖かいよ」
「休んでいていい」
「ああ……」
焔の高い体温は丁度いい。タリアは焔の胸元に体を預け、上瞼を徐々にゆっくり下げ、煌く虹彩を閉じたのだった。
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おはようございます、白師万遊です(*^▽^*)
最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)
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